「まぁ、今日はこんなとこまでか」
「ふえぇ〜〜…」
理菜がダウンした。
──俺は理菜に頼まれて、テスト勉強の手伝いをしに彼女の家に来ていた。
(ちなみにミルキィ曰く、私は大丈夫だから行ってきてやれ、とのこと)
「つ、疲れた……」
机にうつ伏せになって呻いている。
「珍しく最後まで頑張ったじゃないか」
「うー。"珍しく"は余計です…」
「ははは……って、げっ!?」
時計を見ると既に夜の十一時を過ぎていた。
…これはマズい。
家に帰ってみろ。
まずはロケットアーテリーで迎えられて(アーテリーは寝てるだろうが、ヤツが投げてくる)
ダウンしたところをミルキィに抑えられて、怒られて、そうして泣き始めて……。
「どうしたんですか、黛さん?」
「…時間が非常にマズい」
「……ミルキィさんですか?」
「ああ」
もう手遅れだろうが…。
そうだ!
「理菜、ちょっと電話貸してくれ」
「あ、はい。いいですよ」
* * * * * *
トゥルルル……トゥルルル……ガチャッ
『あ…ミル…じゃなくて、黛です』
「あのー私、黛と申しますが、ヒロユキさんお願いできますか?」
『ヒロユキはいないぞ…じゃなくていません……ってヒロユキかっ!?』
気づくの遅っ!?
「そうだけど」
『………』
「ん? ミルキィ? どうした?」
返事が無い。
『心配したんだからなっ!!』
「どわああっ!」
突然の大声。
鼓膜が破れるところだった。
とりあえず寿命が縮まった。
『ううう……ヒロユキぃ…心配したんだからぁ…』
すすり泣き。
悪いことをしてしまった。
「あ……ごめん、その…なんだ…。これから帰――」
ポチッ
「あ」
いきなり保留のメロディが流れ出す。
犯人は、もちろん理菜だった。悪気が無いような顔をしやがっている。
「貴様……なにしてくれてんだ…」
「あ、あはは…黛さん、顔、怖いです……。
えと、きょうはここに泊まっていきませんか?」
「断る」
「それじゃあ決定っ☆ 寝室はあっちですよ」
「おい」
何が"決定っ☆"だ。
「それじゃあ帰るから」
保留ボタンに手を伸ばす。
だが、途中で腕を掴まれた。
「いい加減やめ……」
――はっ!?
なんだコイツの妖しい眼差しは?
“ふふふ……いいんですか、黛さん?
寝ていかなければ、いまここで私が受話器を取ってミルキィさんを誤解させちゃうような声出しちゃいますよ”
だと!?
それは危険だ。命に関わる。
「ミルキィ? 悪ぃ、きょう中学校の同窓会があってさ。友達の家で寝るわ。そんじゃ」
『あっ、ヒロユキ。待っ』
ガチャ つー…つー…つー
「それでいいんですよ♪」
……こいつは鬼だ。
そもそもここで寝ていく理由がわからん。
* * * * * *
「ここですよ〜」
夕飯を食い終わると、小部屋に案内された。
(なるほどケーキの作り方をミルキィに教えるくらいだから、夕食はうまかった。
しかし食後、何故か具合が良くない。
身体が火照って頭が熱い。ぼーっとする。
もう寝ると理菜に告げると、彼女は何の抵抗も無くそれを承諾した)
中に入る。
「なんだこの部屋は」
六畳くらいの、そこそこの広さ。
真ん中に布団が一つ敷いてある。
随分さびしい部屋だ。
窓は鉄格子で囲まれ、他に通気孔が無い。電球すらもない。
なんというか、牢獄だな。
「まあ気にしないでください。それではおやすみなさい」
「………」
もういいわ、とにかく寝たい。
諦めて布団に入る。
「それではお邪魔します」
そう言って理菜がもぞもぞと布団に入ってきて、俺に身を寄せる。
「待て」
「はい?」
「『はい?』じゃない。出て行け」
「ええぇ〜…」
離れようともがくが、しがみついて離さない。
さらに身体を密着させてくる。彼女の呼吸が聞こえる。
駄目だ。これ以上は駄目だ。
「だあああっ!」
「きゃんっ」
布団から転がり出て脱出。
「ったく」
理菜の首根っこを掴んで部屋の外に追い出す。
「あうー……」
戸を閉め、鍵をかける。
「これで静かになった」
乱れた布団を直し、入る。
「ふぅ…」
安堵の息をつく。
目を閉じれば、すぐに眠りの世界へと落ちていった――
* * * * * *
「…あぅ、くっ…んん……はぁ」
遠い声。それでいて近くにいるような声。
女性のものだ。
「ふああ…黛さん、黛さんっ…」
なんだ? 変な声だ。いままで聞いたことのないような声。
……あ?
その前に自分の身体がおかしい。
痺れるような感覚だ。いままで感じたことのないような感覚。
目を開く。
仰向けに寝ている俺の上に何者かが跨[またが]っている。
一糸纏わぬ姿の理菜だった。目の焦点は合っていなく、顔はすっかり上気し切なそうに声をあげている。
「く…!?」
思わず声が出てしまう。
「あ…黛さん、起きちゃったですか? んんっ…」
「理菜、おまえ一体何を――うあ」
駄目だ。気を抜くと今すぐにでも意識を失いそうだ。
俺は必死に何か爆発しそうなものをこらえる。
激しい腰の動き。室内に淫らな水音が響き渡る。
限界が近づいている。ここは何とか力をいれてこらえなければ。
両手を伸ばす。なにか掴んだ。
「っ!?」
やわらかい。理菜の腰だ。……ええい、もうどうとでもなれっ!
「ま、黛さん…? ひあっ!」
自ら腰を激しく突きあげる。
「ひ、ひろゆ…ぁあっあっあっ…ヒロユキさんっ!」
つく度に(半規則的に)理菜のあえぎ声がきこえてくる。聴きたい。もっと聴かせてくれ。
「あっあ、ああっ!」
「りなっ―――!!」
理菜のなかの締め付けが一際強くなる。
瞬間、俺のものが爆発した。
「う、うああ……」
「あんっ、熱いです…ヒロユキさん……」
それから長い間俺の放出は止まらなかった。
* * * * * *
事を終えて、俺たちはそのまま横になっていた。
「ん〜ヒロユキさん、好きです〜♪」
不意に理菜が頬擦りをしてくる。
「や、やめろよ」
離してはくれない。
「駄目です〜」
「なんでだよ」
すると突然ぱっと俺から離れ、真剣な顔つきで見つめてくる。
「お願いします、ヒロユキさん…。せめて今日だけ……明日からは、またいつもような一日が始まります。
だから、せめて今日だけ……思いっきり甘えさせてください」
――いつものように明るいけど、でも陰がある。淋しそうな笑顔。
俺は何も言わず、理菜の頭をやさしく撫でた。
* * * * * *
「ロケットアーテリーっ!!」
ドゴォン!
「ぐはあっ!?」
腹部に大ダメージ。そのまま仰向けに倒れる。
「ヒロユキ…きのうは本当に心配したんだぞっ!」
「ああ悪かった…心から謝るから回復するか病院に連れて行ってくれ――がくっ」
「うわぁああ、ヒロユキーー!?」
そうして、いつもの一日が始まった。
(それでいて少し違う関係が)
もし これが夢だつたのなら 僕は
それでも これは夢ではない! と
こころの底から それを願ふだらう
さうして 夢から醒めるのを 待つ
〜終わり〜