出会いは偶然だった。  
・・・というより、俺がたまたま声を掛けたのが、智子ちゃんだった。  
「ねえ、お茶でも飲みに行かない?」  
俺が声を掛けたことに特に理由はなかった。ただ、その日に約束してた彼女にドタキャンされて、退屈していたのだ。  
いつも通っているコンビニで一緒になったのがきっかけで仲良くなった彼女だったけど、正直、もう終わりに近づいていると思った。  
都内の女子大に通っている彼女と、高校中退で料理の修業をしている俺・・・。隙間が出来ているのは分かっていた。  
だから、誰でも良かったんだ。智子ちゃんじゃなくても、その日、俺に付き合ってくれる女であれば。  
「は?お茶?」「うん、そこら辺の喫茶店で、さ」「今時、そんなナンパする人もめずらしい・・・」  
智子ちゃんは、初めて会ったときから、結構傷つくことをはっきりいう子だった。それは今でも変わりないのだが。  
俺はバツが悪くなって、そそくさと退散しようとした。だが、そんな俺を智子ちゃんが呼び止めた。  
「いいわよー、お茶くらい。暇だし」  
 
近くの喫茶店で、とりあえず俺たちはコーヒーを頼んだ。コーヒーが運ばれてくるまでの時間は、やけに長かったように思う。  
「君、何歳?」智子ちゃんがコーヒーに砂糖を入れながら言った。  
「・・・21」はっきり言って、この時点では智子ちゃんのことは自分と同じ年か、ひとつくらい下だと思っていた。だが、それは違った。  
「21歳!!いいわねー若者じゃん!!」  
(・・・若者?)そう思いながら、俺は智子ちゃんに聞いた。  
「えーと、君はいくつなの?」「あ、あたし?23歳!!」「に、23!?年上じゃねーかよ!!」「え?何歳だと思ったのよ?」  
「いや、ハタチくらいだと・・・」「童顔のせいか、23には見られないのよぉ・・・。これでもOLやってんのよ」「マジで年上かよ・・・」  
言っておくが、俺の好みは年上だろうが年下だろうがどうでもいい。ただ、目の前にいる女が、年上だということに驚いただけである。  
 
(うーん、どう見ても俺より年上には見えねーなぁ・・・。童顔だし)  
そう思いながら、智子ちゃんのことを上から下まで見た。その時、俺は智子ちゃんの胸のデカさに初めて気づいた。  
(マジで?童顔のくせにすげー巨乳じゃん)  
俺が智子ちゃんの胸に釘付けになっていると、智子ちゃんは口を尖らせて「エッチ」と言った。  
「彼氏、いるの?」「2週間前に別れた。好きな女の子が出来たんだって」「ふうん」  
下心丸出しの俺は、思わず言ってしまった。  
「ホテルとか、行く?」  
言ってから、しまった、とも思った。だけど、智子ちゃんは「うん、行こう」と笑顔で言った。  
 
 
・・・どうもおかしいと思ったら、こういうことかよ・・・。  
俺が智子ちゃんの勘違いに気づいたのは、まもなくだった。  
「好きなホテルがある」という智子ちゃんに連れられていったのは、新宿の豪華ホテルだった。  
「・・・これは一体・・・」「ここの17階のイタリアンが美味しいんだー」「イタリアン・・・?」  
何てことだ。智子ちゃんはホテルでの食事と勘違いしていたのだ。  
「えーと・・・名前・・・」「智子」「智子・・・ちゃん。イタリアンて・・・」「ホントに美味しいんだって!!」  
(なんでこんなことになってるんだ・・・)と思いながら、「よく来るの?」と一応尋ねる。  
「うん、前に付き合ってた人が色んなお店知ってて」「へ、へえ」  
その時だった。「トオル・・・?」智子ちゃんが呟いた。そして、智子ちゃんの視線の先には、仲良く腕を組むサラリーマン風の男と女がいた。  
 
「智子・・・」その男も呟いた。俺はすぐに智子ちゃんの元彼だと気づいた。  
でも、どうにもできない。  
相手の女が「ねえ、誰?」と聞いている。そして、男は「いや、ちょっとした知り合いだよ」と説明する。  
「・・・トオル、元気だったんだ」「ああ、お前も元気そうだな」  
男は俺の方をチラッと見て、鼻で笑うように言った。  
「・・・彼氏、なんだ」その言い方は気に入らなかったが、智子ちゃんのほうが心配だった。  
思いっきり傷ついた顔をしている智子ちゃんを見て、いたたまれなくなった俺は、智子ちゃんの肩を強引に抱き寄せ、「彼氏だよ!!」と言った。  
「ふーん、智子も男の趣味がずいぶん変わったんだな」男の嫌味な言い方は、完全に俺を見下した言い方だった。  
「智子ちゃんは最高な女なんだよ!なんたってこのおっぱいが・・・・」  
そこまで言って、俺は自分が何を言ってしまったか気づいた。サムイ空気が流れて終わった。  
 
「・・・成一君、最悪」「ごめんてば」「成一君があたしの胸について何を知ってるって言うのよぉ」  
近くの公園で、泣きながら口を尖らせる智子ちゃんに、俺は何も言えなかった。  
「あいつ、あたしの元彼なのよ。好きな女いるからって別れた彼氏・・・」  
(やっぱりそうか)  
「あたしの胸に飽きたとか言われたのよ・・・」「胸に飽きた・・・?そりゃヒデェな」「でしょ?」「ああ、最低な男だな」「ひどいよね、あいつ・・・」  
泣き止まない智子ちゃんをとりあえず、抱きしめてみた。  
昨日まで、いや、今日出会うまではまったくの他人だった娘なのにな。これも何かの縁だな。  
そう思いながら、智子ちゃんを抱きしめていた。  
「よし、今夜は飲もう!!」智子ちゃんが顔を上げた。  
俺の仕事も明日は休みだし、今日はとことん付き合うか。  
はっきり言って、その時の俺はそんな軽い気持ちだった。  
 
翌朝。  
(ああ、何だか頭が痛い。ああ、昨夜、飲みすぎたんだっけ・・・)  
そう思いながら上体を起こすと、自分が何も着ていないことに気づいた。  
「あれ、俺・・・」隣を見る。俺と同じように何も身につけていない女がスヤスヤ眠っていた。  
(ああ、俺、あのまま智子ちゃんと・・・やっちまったのか)  
昨夜の記憶を辿る。ふたりでさんざん飲み明かした。そのうち、智子ちゃんが帰りたくないと言い出した。  
で、俺の部屋に連れてきて・・・。だんだんと記憶が蘇る。  
智子ちゃんの胸に顔を埋め、その胸を揉んだり、舐めたり、弄んだ記憶を思い出した。  
「あー、俺って・・・」そう言って、立ち上がろうとしたとき、腰に痛みが走った。  
(うー、マジかよ・・・俺、やりすぎかよ)  
そうだったのだ。俺たちは、出会ったその日に、一線を越えてしまったのだ。しかも、俺の腰がこんなんになるくらい、ベットの上で激しく愛し合ったことになったのだ。  
もっとも、この時点では俺も智子ちゃんもお互いに愛情を持っていたわけではないが。  
 
「ん・・・」智子ちゃんが目を覚ました。  
「あれ、あたし・・・」数分前の俺と同じ状態の智子ちゃんだったが、何があったかはしばらく思い出せないようだった。  
「おはよう」俺がバツが悪そうに言うと、智子ちゃんもバツが悪そうに「おはよう」と言った。  
「あたしたち・・・もしかして」「ああ、多分、やったんじゃねーの?」  
俺はタバコに火をつけながら言った。  
俺にとっては、朝起きたら隣に裸の女がいることは過去に何度もあった。そのまま付き合った女もいたし、それっきりの女もいた。  
まぁ、ここまで腰を痛めるほどやったことはなかったが・・・。  
「あたし、変なことしなかった?」「変なことって・・・」  
いろいろ思い出してみる。  
「あー、確かに、少し積極的だったかもな」「うわー、恥ずかしい!!」  
 
はっきり言って、一緒に朝を迎えた女には興味はない。  
前の晩にはすげー好きだな、とか、やりたいな、とか思うけど、次の日の朝ってどうでもよくなる。  
でも、目の前で恥らっている智子ちゃんを、「可愛いな」と思った。  
胸がデカイのも俺は好きだが、表情がコロコロ変わって面白くて好きだと思った。  
あっけらかんとしてみたり、泣いてみたり、大笑いしてみたり、怒ってみたり・・・。昨夜はあんなに大胆だったのに、朝になってみれば妙に恥らってる。  
そのギャップに俺はそそられている。何だか、抱きしめてやりたくなった。  
「あたし、ごめん・・・」「なんでアンタが謝るんだよ?」「だって、あたしが飲みに誘ったわけだし・・・」「でも、やったのは俺だし」  
俺はまた、言った後にとんでもないことを言ったことに気づいた。  
でも、「え、強姦?和姦?」と、ふっと笑いながら、智子ちゃんは俺の腕に絡み付いてきた。  
「もう1回戦、いく?」そんなセリフを言いながら、智子ちゃんを愛しいと思った。  
これが、智子ちゃんと俺との長い物語の始まりだった。  
(つづく)  
 

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