終業式を間近に控えたある日、拓也が放課後の廊下を歩いていると、
向こうから近づいてくる人影があった。
もう拓也にとって見間違えようの無いそれは、
小気味の良い音を廊下に響かせながら歩いてくる愛としな子のものだった。
拓也のそばまで来ると、しな子が目立たないように小さく手を振りながら笑いかける。
「榎木君、ちょっとこれ見てくれない?」
そう言って愛が差し出した紙には、冬休みに行われるスキー教室の案内が書いてあった。
「スキー教室? 面白そうだね。…あ、でも泊まりなんだ…」
まだスキーをした事が無い拓也は興味をみせるが、
実の事が頭をよぎったのか、すぐに残念そうに首を振る。
「ね、とりあえず聞いてみてくれない? だめだったらしょうがないから」
「うん…わかった。パパに聞いたら電話するね」
愛の言葉に何故かしな子の方を向いて返事をする拓也に、
愛は何か言いたそうな微妙な表情を見せるが口には出さなかった。
内心胸を撫で下ろしながら拓也は二人と別れると、
大事そうに紙をしまって実を迎えに歩きはじめた。
「スキー?」
帰って来るなり待ちきれないように部屋までついてきてスキー教室の話をする拓也に、
春美はネクタイを解きながら少し考えるような表情をしたが、
それも長い事ではなくあっさりと首を縦に振る。
「そういえば実はまだ雪遊びってした事なかったな。
拓也にはいずれパパが本格的におしえてやるとして、連れて行ってやってくれるか?」
「いいの?」
目を輝かせて喜ぶ拓也をほほえましく思いながら続ける。
「いいさ。町内のやつだから子供だけでも大丈夫だろうし、それに」
意味ありげに言葉を切って、拓也の顔を掴んで引き寄せると耳打ちする。
「この間の遊園地の子も一緒なんだろう?」
「〜!」
顔を真っ赤にして言葉も出ない拓也の肩を叩くと、実を抱き上げて風呂に向かう。
その顔は親というよりも歳の離れた兄弟のようだった。
スキー教室には幼児だけのコースもあり、拓也も安心してスキーを楽しむ事が出来た。
最初こそスキー板に慣れるのに手間取ったものの、
2時間も滑る頃にはなんとか転ばずに止まる事が出来る位には上達していた。
中腹まで降りてきた拓也が一休みしようと止まると、
しな子が危なかっしい腰つきで近づいてくる。
大丈夫かな、と思う間もなくしな子は拓也の横っ腹に突っ込んでしまう。
「いたた…榎木君、ごめんね」
「ううん…深谷さんこそ、大丈夫?」
「うん」
しな子は申し訳なさそうにしながらも、
拓也が助けようと差し出した手を嬉しそうに握って立ちあがる。
「深谷さんもスキー初めて?」
「うん。でも結構面白いね。ね、もう一回滑りたいんだけど、一緒に行ってくれない?」
「いいよ。板履きなおしてから行くから、先にリフトの所で待っててくれる?」
「うん、そうするね」
降りていくしな子を見送った拓也が振り向くと、目の前に愛の姿があった。
「あら、危ない」
その声を聞くのと身体に衝撃を受けたのはほとんど同時だった。
不意をつかれた拓也は支えきれずに転んで再び雪まみれになってしまう。
「や、槍溝さん…今狙ってこっち来なかった?」
「いやねぇ、そんな訳ないじゃない」
そう言いながら愛の手は既に拓也の方に差し出されている。
「はい」
「はい…って」
「引っ張って」
「…」
拓也が無言で差し出した手を、両手で掴んで思いきり引っ張る。
三度雪煙が立ち昇り、愛の上に被さるように倒れてしまう。
「こんな人前で大胆ね」
それを聞いた拓也はさすがに少しむっとしながら無言で立ちあがると、
それでも愛に手を貸してやる。
「ごめんなさい。…怒っちゃった?」
「ううん、怒ってないよ。僕達もう一回滑ってくるけど、槍溝さんも一緒に行かない?」
拓也は怒っていないつもりだったが、言葉に少しトゲが含まれていたかもしれない。
それを察したのか、愛は拓也の誘いに首を横に振る。
「私ちょっと疲れちゃったから、ここで待ってるわ。
拓也君達が降りてきたら一緒に下まで行く事にする」
「うん、解った。それじゃ、ちょっと待っててね」
(もう少し私の事構ってくれてもいいじゃない)
滑り出した後ろ姿を寂しそうに見送りながら、
愛は拓也が戻ってきたらぶつけてやろうと雪玉を作り始めた。
初めてのスキーを満喫した拓也は、実を連れて部屋に戻ると食事に向かう。
同じく初めての雪遊びで実はすっかり興奮したのか、食事の間から半分眠ってしまっていた。
部屋に戻る頃には完全に眠ってしまった実を布団に寝かしつけると、
拓也も急に眠気に襲われる。
愛としな子に部屋に遊びにくるように言われていたのを思い出したが、
睡魔には勝てそうもなく、明日謝る事にして寝支度を整える。
小さな電球だけ残して5分ほどした頃、
眠りにつく一歩手前だった拓也は静かに扉が開く音を耳にする。
(だ、誰だろう…? まさか、泥棒?)
起きるべきかどうか、息を殺して迷う間に人影は拓也の布団の前に立つ。
(ど、どうしよう)
意を決して飛び起きようとした時、人影は拓也の予想もつかない行動に出た。
布団の中に潜りこんできたのだ。
「えーのき君」
すっかり聞きなれた声が右側からすると、親しげに肌を寄せてくる。
「ふ…深谷さん!?」
「私もいるわよ」
驚いて大声をあげそうになった口を、反対側から手で押さえながら愛が囁く。
「ど、どうしてここに…」
「だって、拓也君いつまでたっても遊びに来ないから」
「あ…ごめん」
「拓也君、今日は何しに来たか判ってるの?」
「え? スキーでしょ?」
「違うわよ」
あまりに静かに、断言する口調だったので拓也は思わず耳を傾けてしまう。
「泊まりと言えば! 布団に潜りこんで倒れるまで語りあかすのが醍醐味なのよ!」
「槍溝さん、声大きいわよ」
すっかりツボを得たタイミングでしな子がたしなめる。
「…と、いう訳で」
愛は腕を拓也のそれに絡ませながら再び声のトーンを落とす。
「ちょっと待って槍溝さん、いくらなんでも布団ひとつで3人は狭くない?」
「それもそうね、ちょっと待ってて」
愛は立ちあがると、暗闇なのにそれを感じさせない足取りで押し入れに向かい、
もう一組布団を取り出して並べる。
「はい、拓也君まんなか。あ、あとうつぶせになって」
「どうして?」
「その方が話しやすいじゃない」
妙に手馴れた様子で指示を出す愛に拓也はすっかりのまれてしまう。
「さて」
愛は再び布団の中に潜りこんで体勢を整えると、改まった声で拓也を見る。
たったそれだけで拓也は怯えた小動物のように身を固くしてしまう。
「拓也君、あたし達に隠してる事ない?」
「え? …な、ないよ」
「正直に言っちゃった方が楽なのよ」
「隠す事なんて無いってば」
「そう…しょうがないわね。深谷さん、教えてあげて」
愛はため息交じりに首を振りながら拓也の頭越しに視線を向けると、
了解したしな子が口火を切る。
「あたしね、榎木君に無理やり身体触られちゃったの」
「!!」
しな子の言葉を聞いた瞬間、拓也は一気に顔から血の気が引くのを感じる。
「すごく恥ずかしかったんだけどね、
榎木君怖い顔して睨むから、抵抗出来なくって」
実体験に本で読んだ事を混ぜながら、5割増で大げさに語る。
「絶対秘密」と誓いあったはずのしな子があっさりと約束を破った事にショックを受けたが、
とにかく自分から、しかも寝ているしな子の身体を触ってしまったのは本当の事なので
「嘘」と言いきる訳にもいかず、拓也は耳を塞ぐように顔を枕に押し付ける。
「拓也君ってみかけによらず結構ひどい事するのね。
私なんてね、電話でえっちな事言わされたのよ」
「うわぁ…」
しな子に負けじと愛も話に脚色を加えながらこの間の出来事を語る。
二人は好奇心に満ちた目でお互いの話を聞こうとしているのだが、
顔を伏せてしまっている拓也にはそれを知る事は出来なかった。
ただこの、拷問にも等しい二人の告白が
一秒でも早く終わってくれる事をひたすら願い続ける。
二人は、最初こそ亀のようになってしまった拓也を無邪気に面白がっていたが、
やがて拓也が反応を見せない事に不安を抱きはじめる。
「あの…榎木君?」
「………秘密って約束したのに、ひどいよ」
声は小さく途切れ途切れで、はっきりとは判らないが泣いているようにも聞こえる。
「……ごめんなさい」
拓也の肩に乗せた手が小刻みに震えるのを感じて、
愛はようやく少しやりすぎてしまった事を知る。
「私達ね、本当は拓也君がいやいや私達に付き合ってるんじゃないかってずっと怖かったのよ。
だから拓也君の方からそういう事してくれた時、嬉しくってついはしゃいじゃったの」
「…………そうなの? この間の事…怒ってるんじゃないの?」
てっきり二人が怒って暴露しているのだと思っていた拓也は、
愛の口から意外な本音を聞いて驚く。
「うん。榎木君ってあんまり女の子のお願いって断らないでしょ?
だから、あたし達のもそういうのじゃないのかな、って」
「……そんな事…ないよ。最初はびっくりしたけど、
今は…その…ちょっと、楽しい…っていうか…」
最後の方は恥ずかしくなって口の中でごにょごにょと言うだけになってしまったが、
二人は聞き逃さなかった。
「本当? 榎木君もこういう事…楽しいの?」
「あの………最近、ほんとにちょっとだけなら…」
自分がそう言ったのを最後にそれきり二人の声が聞こえなくなって、
不安になった拓也は恐る恐る顔を上げる。
そこにはじっと自分を見つめる二人の視線があった。
お互いに何と言えば良いのか解らず、沈黙が流れる。
「ごめんなさい」
やや気まずい時が流れた後、同時に口にした三人は次の瞬間思わず吹き出していた。
実が起きないように慌てて口を塞ぎながらしばらく笑い続けていたが、
収まった時にはそれまでのわだかまりが全て流れてしまっていた。
「でも、それはそれとして」
「やっぱりおしおきは必要よね」
肩で拓也をぐいぐい押しながら、二人は楽しそうに話かける。
「え…?」
「だって、私達の身体をもてあそんだんだし」
愛は拓也の頬をつつきながら、親愛の情を込めて顔を擦りつける。
「要するにね、今からあたし達が言うお願い榎木君に聞いて欲しいの。ね?」
しな子に手を握られながらそう言われると拓也も悪い気はせず、ついその気になってしまう。
「…変な事、言わない?」
「ええ」
それでも今までの経験からか、最後にもう一度念を押してから頷く。
「うん…わかった。どんな事?」
「それじゃあたしからね。あたしね、…榎木君から、してほしいな」
「…して、って…」
言いかけた拓也は、ずっと前にも同じ事をしな子に聞いた事を思い出す。
しな子も同じ記憶を思い出したのか、恥ずかしそうに顔を赤らめるが、
握っている手に力を加えて意思を伝える。
「………う、うん…」
拓也は決心はついたもののどう答えて良いか判らず、
散々考えた末に結局ただ頷く事しか出来なかった。
「ね、それじゃその前に私のお願いを聞いてくれない?
深谷さんとし始めちゃったらそれどころじゃなくなっちゃうでしょ」
珍しく、会話に割り込むように愛が拓也の背後から声をかける。
「あ…うん」
「私はね」
しな子に聞こえないように拓也に耳打ちする。
「え…!」
愛の言葉を聞いた拓也の顔に激しい動揺の色が浮かぶ。
「それ…本当に言わないとだめ?」
「だめ」
短い愛の返事から想いが伝わってきて拓也を縛る。
言おうとすると、たった数言が、喉まではせりあがって来るものの声に出す事ができない。
愛を見ると、黒い瞳を軽く潤ませながらまっすぐ拓也を見つめている。
覚悟を決めた拓也はそれが勇気付けの儀式のように
手にかいた汗をパジャマに擦りつけると、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「あ…あの、………愛の事…愛して、る…」
「あー! 槍溝さんずるーい!」
拓也の声は余程耳をそばだてて居ないと聞こえないくらい小さかったが、
全身を耳にしていたしな子は疾風のような勢いで身体を起こすと抗議の声を上げる。
それは拓也よりはずっと大きな声だったが、もう愛の耳には全く届いていなかった。
「…ありがとう」
幸せそうに微笑むと、支えていた腕の力を抜いて重力に身を任せ、
髪をゆるやかに波打たせながら枕に着地させる。
今までの、身体を重ねた時よりも遥かに深い充足感が愛を満たす。
それが心からの言葉でなくても今は充分だった。
そのまま動こうとしない愛を、どうやら照れてしまったらしい、
と気が付いた拓也は自分が言った事を思い出して今更のように赤面する。
「榎木君、あたしにも言ってよ」
「あなたこれからもっといい事してもらうじゃない」
顔を伏せたまま愛が指摘する。
その声は少し上ずっていて、まだ興奮が収まっていない事を示していた。
「だって、そんな事言ってもらえると思わなかったんだもん」
「だめよ、一回は一回なんだから。ね、拓也君」
「う…うん」
同意を求められて拓也は答えに詰まり、適当に相槌を打つ。
「もう…」
しな子はまだ膨れっ面をしていたが、
その顔も拓也がこれから自分にする事を思うと自然に笑みに変わってしまう。
「ね、榎木君…こっち来て」
しな子は拓也の腕を引っ張ると、自分の上に乗せる。
「あの…深谷さん、重たくないの?」
「え? ううん、大丈夫よ。
あのね、女の子はこうやって好きな人の重さを感じるのが幸せなの」
「そ、そうなんだ…」
女の子の心理はさっぱり判らなかったが、
しな子の表情を見ていると嘘ではないのだろう。
嬉しそうな表情に、拓也も胸の奥が温かくなるのを感じる。
じっと自分を見つめる拓也の視線に気付いたしな子が、
さりげなく腕を背中に回して抱き締める。
「ね…キスして」
「…うん」
わずか数十センチの距離を果てしなく遠く感じながら、ゆっくりと唇を近づけていく。
「ん…」
柔らかく、湿った感触が伝わった時、そこから小さな吐息が漏れる。
耳に心地よいその声に、拓也はより強く唇を押しつけ、しな子を味わう。
1分ほどもその状態が続いた時、
突然拓也の頭の片隅に以前キスをされた時の事が思い出されて、
その時の快感を追い求めるかのように舌を動かしはじめる。
しな子は唇を触れさせるキスだけでも充分に気持ち良かったが、
舌が伸びてきたのを感じるとすぐに口を開いて受け入れる。
探るように口の中に入って来た拓也の舌を自分の舌先でつついて導くと、
遠慮がちにおずおずと絡めてくる。
拓也の動きは愛のそれとは較べるべくもなかったが、
それでも同じか、あるいはそれ以上の快感がしな子を痺れさせる。
(榎木君…!)
しっかりと拓也にしがみつきながら、しな子はいつしか夢中で舌を差し出していた。
どれほどの時間が流れたのか、動き疲れたのか、拓也の舌がゆっくりと離れていく。
いつのまにか閉じてしまっていた目を開けると、
拓也はまだ目を閉じているのが判って少しおかしさがこみ上げてくる。
「えーのーき君」
声に反応したのか、ゆっくりと目を開けた拓也は、
まだ余韻に浸っているかのようにやや焦点の合わない瞳でしな子を見ている。
「気持ち良かった?」
「…うん」
「えへへ、あたしも。榎木君も、キス上手になってきたね」
「そっ…そうなの? 自分じゃ良くわかんないけど」
照れ隠しなのか、拓也は口の端にこぼれている唾液を手で拭いながら応じるが、
ふと別の視線を感じて顔を横に動かすと、
そこには布団の端から顔だけ覗かせている愛がいた。
「や、槍溝さん…ずっと見てたの?」
「ええ。随分気持ち良さそうだったわね」
複雑な心境を押しこめて、冷やかすように言う。
「あ、あの…」
「あ、気にしないで。さっきも言ったけど、一回は一回だから」
それだけを、そっけない口調で言うと更に顔を布団の中に潜らせて、ほとんど目だけを出す。
「さ、続きをどうぞ」
「う、うん…」
拓也は愛の事が気になったが、
さすがに今それを口にするのはしな子に対して失礼だと思い、
ためらいつつも愛の事は一時的に頭から忘れる事にした。
顔をしな子の方に戻すと、不安そうに見上げる目線とぶつかる。
無言のまま頬を両手で挟まれると、
揺れ動いている自分の心を見透かされたようでどきりとする。
「あ…あの」
何か言おうとした拓也に、しな子は静かに首を振る。
「いいから…触って」
言いながら拓也の手をとると、ゆっくりとパジャマの裾へ導く。
「…うん」
(深谷さんの方から言ってるんだから、いいよね)
まだ心の中にたゆたっている愛に対する罪悪感めいた物に
しな子をだしに言い訳をしながら、
ゆっくりと上着の中へ手を忍ばせて素肌に触れる。
しな子の腹は突然の冷たい手の感触に驚いたように一度引っ込むが、
すぐに戻ってきて掌に肌を合わせる。
しな子の体温を心地よいと感じたものの、
まだ駆引きなど知らない拓也の手はほとんど一直線に胸を目指す。
以前触った時と違い、下着に触れる事無く直接ふくらみまでたどりついた事に
拓也が驚くと、その表情に気付いたしな子が恥ずかしそうに説明する。
「寝る時はね、ブラしないの」
「あ…そ、そうなんだ」
拓也は疑問が顔に出てしまった事を恥ずかしく思いながらも、
胸を撫でまわす手を止める事はできなかった。
頂きを探り当てると、指先でつまんで持ち上げるようにする。
「んっ…」
自分の指の動きに応じてすぐ声をあげるしな子に、
拓也は夢中になって色々な動きを試す。
はじめは拓也が積極的に触ってくれる事が快感を強めて心地よかった愛撫も、
まだ発達していないしな子の胸には拓也の途切れる事のない動きは刺激が強すぎて、
しだいに痛みを感じるようになってしまう。
それでもしばらくは我慢していたが、
一向に止める気配のない拓也に遂にしびれを切らして手を握って止めさせる。
「ごめんね…まだずっと触られてると、痛くなっちゃうの」
「あ…ご、ごめんね」
「ううん、怒ってるんじゃないんだけど……?」
途中で言葉を切ったしな子は、視線を足の方に向ける。
視線を追った拓也はその先にある自分の下半身を見て、
いつのまにか硬くなっている事に気付くと慌てて身体を少し離そうとするが、
しな子に腰を掴まれてしまう。
「いいよ……ね、下……脱がせてくれる?」
「う、うん…」
パジャマの端を掴むと、脱がせやすいようにしな子も腰を浮かせて手伝う。
膝の辺りまでおろすと、後はしな子が上手に足だけで片足分だけ脱ぐ。
「榎木君も…脱いで」
求められて拓也も布団の中でズボンを脱ごうとするが、焦ってしまって上手くいかず、
ようやく脱ぎ終えたと思ったら、バランスを崩してしな子の上にもたれかかってしまう。
何も着けていない下半身同士が触れ合い、
しな子のまだ生えていない茂みの辺りに若茎が当たる。
「榎木君の…熱いね」
腰に回した手をそっと下ろして猛々しい、と言うにはまだ迫力が足りないものの、
充分に硬く反りかえった拓也の若いペニスを撫で上げる。
敏感な所を触られて思わず身体を揺らす拓也に、しな子は優しく刺激を続ける。
「榎木君も……気持ちいいの?」
「うん…」
もうすっかり羞恥心もなくなったのか、拓也はしな子の問いにも素直に答える。
「あたしもね…キスしてもらった時からずっと………だから」
そう言うと、ペニスを握っている手の角度を変えて、自分の中心にあてがう。
先端にしな子から溢れている蜜がまとわりつくと、
その熱さで頭の中の全部が溶けてしまい、一気に全てを埋めてしまう。
まだ狭いしな子の中をかきわけるように入れていくと、
激しく締めつけてくる肉の感触が恐ろしいほどの気持ち良さを拓也にもたらす。
しかし、しな子は一気に挿入されてしまった事で強すぎる快感が身体を襲い、
思わず顎をのけぞらせながら拓也の腕に爪を立てる。
「痛っ……深谷さん?」
腕の痛みに理性を取り戻した拓也が顔を上げると、
しな子は痛みを堪えてたしなめるように笑ってみせる。
「もう…そんなに一気に入れちゃだめよ…びっくりしちゃった」
「あ、ご、ごめんね。その…」
「ううん、もう大丈夫。動いて…くれる?」
しな子に求められて、今度は慎重なくらいゆっくりと腰を動かし始めるが、
そこまで自覚していないものの、始めて自分から犯す、
という雄の意識が肉の感覚と交わって、すぐに抽送の速度が速まりだす。
しな子も今度は止めず、拓也の動きに身を任せる。
揺れ始めた布団を見て、愛は拓也がしな子の中に入った事を知る。
嫉妬が愛の胸を刺す。それはいつも口にする悔しい、という感情とは全く違うものだった。
哀しみと、憎しみ。
それは小さな物であったが、好きなはずの二人にそんな感情を抱いた事に驚く。
(…でも、好き)
その気持ちもまた嘘ではない、本心だった。
ただ、拓也に対するそれとしな子へのそれとは微妙に異なり始めている事も
悟らざるを得なかった。
(…ま、いいわ。今は考えるのよしましょ)
考えると袋小路にはまってしまいそうで怖くなった愛は
頭からそれを追い出すと、目の前の光景に集中する事にする。
一歩引いた場所から他人のセックスを見るのはもちろん初めてだった。
さっきまで心の中にあった複雑な思いとは裏腹に、
二人の行為を見ていた身体は反応して、
股間から溢れる蜜はもうすっかり下着を濡らしてしまっている。
ためらう事なく指を下着の中に潜り込ませると、わざと少し乱暴に動かす。
硬くなっている陰核を少しつねりあげると、
思わず声を上げてしまいそうになって慌てて布団の端を噛むが、
指はむしろ声を出させようとするかのように動きを強めていく。
形だけ二、三度膣口を指で撫でると、すぐに我慢できなくなって膣内へ沈める。
拓也のやり方を思い出して、一気に奥深くへと差し込むと、
そのまま軽くのぼりつめてしまう。
(拓也…君…)
しかし絶頂の波が引いても、拓也の事を考えただけで火照りは再び愛の身体を嬲りだす。
愛は想いを覆い隠すように昂ぶりに身を委ねて、埋めた指をそのまま中でくねらせる。
ほどなく次の波が愛をさらい、ゆっくりと押し流していくが、
波が引いた後に残ったのは切なさだけだった。
頬に一筋の涙をこぼしながら、愛は二人の声が聞こえないように布団の中に潜りこんだ。
拓也が、自分の中にいる。
そう考えただけで、しな子は達してしまいそうだった。
今までも拓也を迎え入れた事はあったが、
受け入れるのと挿入されるのとでは受ける快感は全く違うものだった。
舌技と同様、腰の動きも前後に動かすだけの単純な物だったが、
そんな事はささいな事だった。
組み敷かれて下から拓也の顔を見上げると、言いようのない幸福感がしな子を満たす。
拓也もまた、自分から腰を動かす事で生じた新鮮な快感の虜になっていた。
自分から動く事で、己の精を搾り取ろうと包み込む柔肉の動きがより感じられて、
本能的に腰を動かす。
ひと突きごとに増していく甘い痺れが腰のあたりに集まっていくのを感じ、
それは更にしな子の中にある若茎にたぎっていく。
「ふかや…さん…」
「榎木君、お願い、外…に…っ………!」
うわ言のようにしな子の名前を呼ぶと、
最後に残った理性のひとかけらでしな子が拓也に頼む。
ほとんど反射的に拓也は応じて、しな子の中からペニスを引きぬくと、
勢いよくほとばしった精がしな子の腹部を汚す。
しな子の横に崩れ落ちながら、拓也は快感の余韻に身を浸していった。
いつの間に帰ったのか、拓也が目覚めるとしな子の姿は無かった。
下半身裸のままで眠ってしまった事に気付くと、慌ててズボンを履く。
外の寒さに思わず身震いした拓也は、同時に身体の芯に温もりが残っている事を感じ取る。
「気持ち…良かったな…」
思わず口に出してしまって、慌てて誰も聞いていなかったか周りを見渡すと、
隣の布団が微妙に盛り上がっていた。
「…まさか」
そっと布団を持ち上げて見ると、そこには身体を丸めるように眠っている愛がいた。
冷えた空気が布団の中に入りこんで、愛を目覚めさせる。
「…あら、おはよう」
驚いて口が聞けない拓也に昨夜の事など何もなかったように挨拶をして、
目をこすりながら起き上がると、二人につられるように実も目を覚ます。
「…おはよーなの」
まだ半分眠っている実は兄の姿を探して首を回したが、
そこに見慣れない人影をみつけて視線を固定させる。
「おはよう、実くん」
「はよーごじゃーます」
近寄ってきた愛に不思議そうに尋ねる。
「おねちゃ…めっしたの?」
「え?」
実の問いに二人が声をあげるが、愛の方が質問の意味に早く気付いて、慌てて顔をパジャマの裾で拭く。
「ううん、なんでもないの。ね、実くん、今日は私と一緒に雪遊びしようか」
「あい」
「じゃ、そういう事だから榎木君、またご飯の時ね」
「う、うん」
巧みに拓也に顔を見られないようにしながら、愛は部屋を出て行く。
本人に聞きそびれた拓也が、無駄だと思いつつ実を抱き上げて聞いてみる。
「槍溝さん…どうしたの?」
「う? うーんと、うーんと……うー」
「もっ、もういいよ実。ほら、顔洗いに行こう」
何かを言おうとしているのだが、言葉が見つからないらしく、
だんだん不機嫌になり始めた実を慌てて抱き上げると洗面所に向かう。
(槍溝さん…どうしたのかな)
愛が自分の為に涙を流していたなどと知る由もなく、
拓也は自分を不甲斐なく思いながらも、ただ漠然と愛の体調を気遣う事しか出来なかった。