「…かおりちゃん?」 
目の前でシチューを飲んだ少女の眼からぽろぽろと涙がこぼれたので味の助はあわてて歩み寄った。快活なかおりがいまは見る影も無い。 
「かおりちゃん、大丈夫?」 
「うん、だいじょうぶ。これは悲しい涙じゃないから」 
「?」 
「おいしくて。なんだか幸せな気持ち。不思議だよね。どうして幸せな気持ちで泣いちゃうんだろう」 
涙で顔をくしゃくしゃにしながら少女が微笑む。味の助は言葉が継げない。 
「あのね。私スランプなんだ」 
「スランプ?」 
「うん。とてもつらいの。ねぇ味の助君、傍で聞いてくれる?」 
「う、うん」 
横に並んでベッドに腰掛ける。ちょっとドキドキする。かおりのほうは涙こそ流したが、落ち着いたのだろう、とつとつとこの二週間におきたことを視線を落としたまま話し始めた。 
いつのまにかタイムが落ちたこと。思ったより長引いていること。どう泳げばいいのかわからなくなってきたこと。先生に声をかけられるのもつらくなったこと。 
「そうなんだ。僕は運動がぜんぜんだめだからわからないけど、かおりちゃんみたいに上手な子も大変なんだね」 
「しかたないよね。私のためにあんなにいいプールやコーチまで用意してもらってるんだもの」 
しかたがないといいつつ、少女の顔には悲しげな色が浮かんだ。本当なら逃げ出したって仕方がない年なのだ。 
「よし、じゃぁ僕がなにか元気のでる食べ物を考えてあげるよ!」 
「本当?味の助君!」 
ぱっと頭を上げてこちらを向くかおり。ようやくいつもの健康的な笑顔をみせた。ひまわりのような笑顔が余りに間近に迫ってきて味の助はたじろいだ。 
「う、うん。放蕩さ!」 
どぎまぎしてめちゃめちゃなことを口走る。だが、喜びにあふれる少女は天才少年をさらなるパニックに突き落とした。 
「うれしい!」 
そう声を上げると、首に手を回して横から抱きついてきたのだ。 
「か、かおりちゃん!」 
味の助はぐいと引き寄せられて、体をかおりのほうにねじった姿勢になっている。横っ面にかおりの顔が押し付けられ、腕にノーブラの胸が押し付けられた。それだけで意識が飛びそうになる味の助。 
「…味の助君」 
「え、うん」 
今度は小さな声で話し掛けれられてわれに帰る。かおりはだきついたままだ。 
「好き」 
「!」 
少年が息をのむ。 
「味の助君が、好きなの」 
ちいさな声でささやく。すこし、しがみつく力が弱くなって肩に顔を押し当てる少女。 
「スランプになってね、何もすがるものがなくておちていくみたいな気持ちだったの。でもね、味の助君に食べさせてもらったスパゲッティのことを思い出してがんばったんだよ。」 
「う、うん。あんなのお安い御用だよ。」 
「でもね…」 
「…うん」 
「ほんとは、スパゲッティより味の助君のことを考えてた。」 
「どうして僕なんか…」 
こういうことを聞くのは男女の間では最低ランクの野暮だ。少女が少年に恋するのに理由もクソもない。だが料理以外は勉強もスポーツもだめ、人生経験も女性経験もないに等しい中坊に気の利いた言葉を求めるのも酷だろう。とにかく、問いに対して答えは返ってきた。かおりはゆっくりと顔をあげた。顔が真っ赤に上気している。少年が押されているように見えるものの、少女にしても精一杯の告白なのだ。味の助をみつめて恥ずかしげに微笑む。 
「なぜって、味の助君は輝いてるもん。」 
そう言って首に回していた手を解くと、こんどは味の助の腕を掻き抱くようにして体を寄せてきた。もう一度肩に顔を寄せる。味の助の心臓はさっきからエイトビートを刻んでいる。 
 
 
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(好きッていわれちゃった) 
毎日毎日おいしいものを作っているくせに、これまで一度としておいしい目になどあったことのない少年は頭に血が上りっぱなしになっていた。覗き込めば自分の肩のあたり、心臓が破裂するほどの至近距離でかおりが目を閉じたまま幸せそうな表情をしている。そうして絡め取られた腕には彼女の胸の狂おしいやわらかさが感じられる。 
(どうしよう) 
と、困っているのはさっきから下半身がぎんぎんに硬くなっているからだ。時々かおりの水着姿で淫靡な妄想に浸っていたのが股間に荒れ狂う炎の鎮火を一層難しくしている。 
「ごめんね」 
肩に顔を寄せたまま、かおりが目を開いてつぶやく。味の助のほうではなく、どこか遠くを見ているような眼だ。 
「わたし、悪い子だ」 
小さな声。 
「そんなことないよ、かおりちゃんはいい子だよ」 
真顔できっぱりと否定する味の助。ムードもへったくれもない。 
「ありがとう」 
味の助の顔を見上げてにこりと微笑んだ後、かおりが礼を言う。 
「でもね。いけない子なの。だって、萌乃香の好きな人に甘えてるんだもの」 
「え?そうなの?」 
(そうだったのか、仲良く見えていたけど女の子ってわからないな。それに萌乃香に好きな男の子がいたのか) 
問題の核心からずれた所で軽く嫉妬する味の助を今日何発目かのハンマーが襲う。 
「味の助君のことだよぉ」 
じれったそうにかおりがぎゅっと腕を抱きしめる。頭が白くなった。 
「えええ?萌乃香とはそんなんじゃないよ」 
「萌乃香は味の助君の事、好きなのよ」 
頭がくらくらした。何がなんだかわからなくなってきた。 
 
 
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(ああ、私めちゃめちゃな事してる) 
味の助の腕に強くしがみつきながら少女は呆とした頭で思った。 
(一度にいろんなことがおきすぎちゃった) 
雨の中一人で立ち尽くして泣いた。思いを寄せていた少年に声をかけられて抱きつき、また泣いた。二人だけの家の中でシャワーを浴びて少年の服を着せてもらった。暖かいシチューを作ってもらい、スランプのことを話した。 
(好きっていっちゃった) 
信じられない。胸をいためていた昨日までは、まさか味の助に告白する日が来るなど思いもしなかった。 
(好きっていっちゃった) 
考えるだけで熱いため息が出てくる。 
(ああ、好き) 
今、両腕ですがっているのは紛れも無い彼の腕なのだ。 
(味の助君) 
ベッドに二人っきりで腰掛けていた。心臓が早鐘のようになって顔に血を送り込んでくる。くらくらする。でも、そんな状態でも小さく胸が痛みつづけている。 
(萌乃香、ごめんね) 
自分が大切な友人を裏切ろうとしていることがとてもつらかった。少年はこんな自分をきっと嫌うだろう。 
(でも、いい) 
今日、このときだけ、彼にすがっていたかった。明日になって彼にあきれられて疎まれることになっても、今、好きな人に想いを告げて寄り添うという生まれて初めての甘美な時間を与えられたを後悔したりしないだろう。 
(恋って、夢みたいだ) 
甘い気持ちにとろけてしまいそうだった。 
「わたし、悪い子だ」 
「そんなことないよ、かおりちゃんはいい子だよ」 
ふともらしたつぶやきを、彼が即座に否定してくれた。くらくらするような幸福感に包まれる。 
「ありがとう」 
彼の顔を見上げる。真顔でこちらを見つめている。 
(うれしい) 
その視線だけで十分だと思った。 
「でもね。いけない子なの。だって、萌乃香の好きな人に甘えてるんだもの」 
「え?そうなの?」 
彼の視線が混乱したようにふらつく。何だかわからないけど、きちんと伝わっていないようだ。 
(こんなにしがみついているのに) 
甘いじれったさが沸き起こる。 
「味の助君のことだよぉ」 
ぎゅっと腕にしがみつく。 
(味の助君が好きなの) 
「えええ?萌乃香とはそんなんじゃないよ」 
(萌乃香、ごめんね。まだ告白していなかったのね) 
「萌乃香は味の助君の事、好きなのよ」 
 
 
 
 
 
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頭に血が上りっぱなしのせいか、少年の思考はほとんど停止してしまっている。 
(かおりちゃんが僕のことを好き) 
(萌乃香が僕のことを好き) 
二つのことが頭の中をぐるぐる回るだけでそれを結び付けるとか、どんな意味があるか考えるといったことがまったくできない。 
(何の関係があるんだろう) 
このウスラトンカチが。と突っ込みを入れたくなるほど少年の思考は鈍っている。もっとも少女にしたところで言わなくてもいい余計なことを言ったものである。人生相談をしているわけでは無いのだ。ここまで来て友達に遠慮してどうする。惚れたんなら恋敵を踏み倒してでも自分のものにせんかい。 
が、少女はそれを言わずにいられないほど純真だったし、少年は器用にこの場を乗り切ることができないほどうぶだった。 
 
 
 
 
 
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「味の助君は、私のこと嫌いになっちゃうね」 
「え…」 
「だって、私…萌乃香を裏切ってる」 
「…」 
「私、萌乃香が知ったら泣くような事してる」 
「…」 
「味の助君に嫌われても仕方ないよね」 
「それは違うよ」 
「…」 
「僕はかおりちゃんが一人で一生懸命がんばっているのを知ってるよ。」 
「…」 
「練習でつらいことがあっても一人でなんとかしないといけないのも知ってる」 
「…」 
「かおりちゃんはすごくがんばってるよ」 
「…」 
「だから、かおりちゃんを嫌いになったりしないよ。みんなが違っても僕だけはかおりちゃんの味方でいてあげるよ」 
「ああ…」 
「泣いちゃだめだよ」 
「いいの?好きでいても…」 
「いいんだよ。ひとりでつらいこと我慢することなんかないよ」 
「うれしい…」 
「泣いちゃダメだってば」 
「うれしいの。味の助君が好きなの」 
涙をとめられなかった。しがみついてわあわあ声を上げて泣いた。幸せだった。 
 
 
 
 
 
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少女はたっぷり5分は泣いていた。心の中に一人で溜め込んでいたつらさをすべて吐き出すように泣いた。ようやく泣き止んだころには、胸のつかえがすっかりとれていた。 
「もう、大丈夫?」 
泣き声がとまり、嗚咽がほとんど無くなったところで、少年が少女の肩をやさしくつかんでささえてあげた。 
「うん…ごめんなさい」 
「謝らなくていいんだよ。つらかったんだね」 
「うふふ…変だね。安心したら急に涙がとまらなくなっちゃって」 
笑いながらぽろぽろと涙をあふれさせる。 
「一人で我慢しすぎたんだよ。もう、だいじょうぶだからね」 
やさしく見つめられてまた少女の顔に紅がさす。 
「ああ…夢だったらどうしよう。本当に…本当に好きになってもいいのね」 
「うん、いいよ」 
「うれしい」 
ささやくような声でつぶやいた。 
「味の助君、好き」 
少年が微笑む。少女の顔に幸せな笑みがあふれる。見つめあい、真顔になる二人。ゆっくりと少年が少女を引き寄せる。身を硬くして、ぎごちなく体を預ける少女。近づく顔と顔。少女がそっと目を閉じる。 
 
唇が触れ合った。軽く、ほんの軽く触れ合うだけのキス。それでも少女にとってはそこだけ時間が止まったように感じる。やがて少年が唇を離す。薄く眼を開けて見詰め合う二人。もう一度唇を寄せ合う。触れるだけのキスを繰り返す。何度も何度も二人で唇をついばみあううちに少しずつキスに熱がこもってくる。いつのまにか二人ともちゅっちゅっと音を立てて相手の唇を吸っていた。 
 
 
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(夢みたい…) 
毎日練習に明け暮れる日々。同年代の少女たちが恋の話をしているときにもかおりは黙々と練習を重ね、タイムだけを見つめてきた。恋にあこれがれが無かったといえば嘘になる。彼氏がほしいな、と思ったこともある。しかし、実際問題としてそれは無理だと思っていた。そして、いざ本当に好きな男の子の腕の中で唇を奪われてみると、それは思っても見なかったほど甘美だった。 
(キスって、ほんとに甘いんだ) 
キスなら私だって知ってる。と、友達に威張って言ったこともある。ドラマで見た。男と女が唇をぶちゅっとやるあれだ。内心なんだか汚いな、とも思っていた。それがいざ自分が交わしてみると、世の中にこれほど甘いものがあったかと気が遠くなっていく。 
(味の助君…) 
長いキスを何度も交わして再び二人は離れた。いとおしい少年の顔が目の前にある。幸せでくらくらする。 
(好きよ) 
身を伸ばして少年の頬にキスをする。プールで一度彼の頬にキスしたことがある。あの時はあとからずいぶん冷やかされたが、彼女は単なるサービスのつもりだった。今は違う。本当に好きだ。 
頬にキスされた少年がちょっと呆然とした眼をしたが、照れくさそうに笑うとかおりの頬にお返しのキスをしてくれた。甘い痺れが頬から広がり、力が抜ける。 
(ああ、融けちゃいそう…) 
ため息が漏れ、からだがぐにゃりとなる。 
「あ、」 
少年が小さな声をあげる。支えきれなくなって二人ともベッドの上に倒れこんだ。 
 
 
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突然腕の中のかおりが重たくなって支えきれなくなった。 
「あ、」 
声をかける暇も無く二人してもつれるようにベッドの中に倒れこむ。あわてて上体を起こしたが、かおりのほうはすこしとろんとした目でこちらを見上げてにっこりと微笑んだだけだった。 
(キスしちゃった) 
少年にもおくてなりにその辺の知識はあるし当のかおりが登場する恥ずかしい妄想をしたこともあるのだが、その妄想の中でさえたった一日で全国区の美少女とキスまで進むなどというご都合主義はなかった。 
どくどくと胸の中で鳴る心臓が頭の働きを鈍くし、そのかわりに唇にのこる夢のようなやわらかい感触がすっかり少年の心をつかみとっている。 
「ご、ごめん」 
「え?」 
「あの、いや、変なことして」 
少し間が開く。 
「キスのこと?」 
「うん。…ごめん」 
「味の助君のバカ」 
「え、」 
謝っておきながら、間近でバカとよばれるとショックが大きかった。店に閑古鳥が鳴いたときとは違う喪失感が胸に広がる。 
「ファーストキスなのにぃ。『変なこと』だなんて言っちゃ嫌だ」 
そういいながら顔をそむけたかおりは、頬を赤らめて眼を閉じ、甘い笑みを浮かべている。事態についていけないながらも漸く嫌われているわけではないとだけ理解できた味の助に、ベッドに身を沈めて横を向いたままのかおりが話し掛ける。 
「私のファーストキスだよ」 
「う、うん」 
「味の助君にあげられてうれしいの」 
横顔が微笑んでいる。 
「う、うん」 
「変だった?」 
「う?ううん」 
慌てて顔をぶるんぶるんと振る天才少年。 
「どうだった?」 
眼を開き、横を向いたまま恥ずかしげに微笑んで問い掛ける少女。 
「あ、えと、あの」 
くすくすと笑うと少女が少年のほうを向く。 
「私は、夢みたいな気持ちだったよ。ふわふわして、すごく素敵だった」 
恥ずかしげに微笑む少女に思わず微笑み返して少年も答える。 
「僕は、まだちょっと信じられないかな」 
「ひどい」 
泣きそうな声で横を向く少女。 
「あ、かおりちゃん」 
あわてて身を寄せて覗き込むと、さっと少女が振り向いた。笑顔が間近にある。 
「うふふ。ごめんね。怒ってないよ」 
「なんだ、びっくりしちゃった」 
笑顔に戻る少年。 
 
 
 
 
 
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寄り添って覗き込む少年を下から見上げながら恥ずかしげに少女が問う。 
「味の助君、お願い聞いてくれる?」 
「うん。何?さっきの料理の話?」 
少女はぽかんとした表情になった後、くすくすと笑った。 
「味の助君は料理のことで頭がいっぱいだね」 
「ごめん」 
テレ笑いする味の助。 
「味の助君に聞いてほしいお願いがあります」 
すこし、おすまし口調で頬を赤らめながら微笑む少女。 
「何?」 
ゆっくりと目を閉じる少女。 
「もう一度、キスして」 
少年は少しだけあっけに取られたようだったが、微笑んでゆっくりと覆い被さるともう一度唇をかさねた。ついばむようなキスを繰り返し、やがてお互いの唇を吸い合う。抱き合ったまま何度もキスを繰り返し、味の助がおずおずと舌を差し延ばす。少女はその舌を拒まずに受け入れると、奥のほうでおずおずと舌を絡める。かおりが味の助の首に腕をまわす。 
味の助が誘い出すように舌を動かすと、かおりの方もぎごちなく舌を伸ばす。やがて二人とも重ねた唇の中でお互いの舌を戯れさせる。これまでよりさらに何十倍も甘い陶酔感に二人ともとろけるように身をゆだねる。 
キスしては舌を絡め、離れては見つめあい、微笑を交わす。たわいもない行為を何度も何度も繰り返した。 
「味の助君」 
「うん?」 
キスの間に、小さな声で言葉を交わす。激しいキスが終わり、今は唇と舌を軽く触れ合わせる小鳥の戯れのようなキスが続く。 
「私、夢みたいよ」 
「うん」 
「こんなに、キスが素敵だなんて知らなかった」 
「僕もだよ」 
また何度もキスを交わす。 
「あのね。今まで片思いだったから…んん…私だけ夢心地だけど…」 
「うん」 
「もうちょっとしたら…ん…味の助君もこんな風になってほしいな…」 
「僕も?」 
「うん…だって、私ばっかりじゃずるい」 
くすくすと二人で笑う。 
 
 
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キスしては微笑みと短い言葉を交わす。そういう他愛も無いことを30分ほど繰り返した。そのうちに二人とも無口になり、交わす視線が熱くなってくる。どちらかというと、味の助のほうが切実だった。ずっと股間のものが痛いほど硬くなっているのだ。ちょっとあこがれていた少女に告白されてキスまで交わした上、その子といまベッドに倒れこんで抱き合っているのだ。健康な男子にはそれだけで十分なほど刺激的だった。その上、オリンピック日本代表に押すの声さえあがる水泳少女の体は、圧倒的な肉感で迫ってきていた。 
少年は運動音痴とはいえ、毎日業務用のフライパンを振り回したり重い食材を運んだりしている。決してもやしなどではなく、むしろ同年代の平均よりすこし筋肉がついているほうかもしれない。しかし、その彼でも抱きしめた少女の体には気圧されてしまう。肩幅が張っていかにも鍛えた体をしている。そのくせごつごつした感じがないのだから女の子は不思議だ。 
とにかく、味の助は下半身から突き上げてくる衝動と戦っていた。いちおう良い子の彼としては、なんとはなしにこの先に進むことをためらわずにいられなかった。 
そうして逡巡しているうちに、少女が口を開いた。 
「味の助君」 
「なに?」 
「私、味の助君だったら、いいよ」 
ちいさな声でそうつぶやいたあと、目をとじる。 
「か、かおりちゃん」 
強烈な喉の渇きを感じながらその後の言葉を飲み込む。どういう意味かははっきりしている。 
意を決して、もう一度やさしく頬にキスをする。目を閉じたかおりが、あっ、と小さな声を漏らすのを聞きながらジャージのファスナーを指にした。 
 

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