「嫌……まただわ……」  
 葵の顔が曇った。洗濯物を取り入れていた手が止まる。無い。何処にも見当たらないのだ。  
確かに此処に干した筈の葵のブラジャーとパンティーが何時の間にか消えてなくなっているのだ。しかもこれで三日連続である。  
 不思議な事に無くなっているのはその二枚だけである。雅やティナ、妙子達の目にも鮮やかな色とりどりの他の女物の下着は一枚たりとて無くなってはいない。  
この三日間、最も地味な葵の下着だけが必ず無くなっているのだ。  
 最初の日は何処か他の所へ紛れ込んでしまったのか、或いは風で飛ばされてしまったのかと思いもした。だが何処を捜しても見当たらない。  
そして昨日。またもや自分の下着だけが無くなっていることに気付いた葵はようやく盗まれたのだと思い至ったのだ。  
 (一体、誰が……)  
 手を止めたまま、思案に暮れる葵。今時、下着が買えなくてそれを盗むという事もありえないだろう。  
いくら世知に疎い葵でも下着を盗んだ犯人が男性であろう事は容易に察せられた。  
 盗まれた自分のブラジャーとパンティーが如何なる目的でどのような使われ方をしているのか。  
男のドロドロとした欲望の解消の仕方を知らぬ葵とはいえ、そのおぞましさに思わず身震いした。  
 (明日……雅さんが帰ってきたら相談してみましょう)  
 先刻、雅から今晩は桜庭館には帰れそうにもないとの連絡があった。ティナや妙子達に相談するのは彼女達が葵と同世代という事もあってなんだか恥ずかしかった。  
 薫には……薫にだけは絶対に知られたくなかった。自分の下着が、何処の誰とも知れぬ男の欲望を満たす為に使用されているなどとは絶対に知られたくなかった。  
 (明日からは……私の下着だけ、自分の部屋の中に干せば良いんだわ……)  
 葵は自分にそう言い聞かせて嫌な事を振り払おうとした。  
 
 「ええっ?……薫様も……そうなんですか……いえ、大丈夫です……はい……はい、判りました。薫様も程々になさってくださいね……はい……おやすみなさい……」  
 受話器を置いた葵はがっくりと項垂れた。薫からの電話だった。どうも飲み会から抜けられそうにもないとの連絡。  
今日は男友達の下宿に泊まるから先に寝ていてくれという事だった。  
 帰って来ないのは薫だけではない。ティナも妙子も外泊するとの連絡があった。  
 不意に、誰かに見られているような気がして葵は振り向いた。もちろん誰かがいる筈もない。  
気のせいだったようだと葵は自分に言い聞かせた。静まりかえった館が、やけに広く感じられた。  
 (早くお風呂に入って……寝ましょう)  
 葵はいそいそと浴室に向かった。  
 
 
 ガラリと音を立てて浴室の引き戸が開いた。葵だ。  
生来の慎み深さゆえか、浴室には彼女だけしかいないのにも関わらずちゃんと股間の前の部分をタオルで隠しながら入ってくる。  
見事なプロポーションが湯煙の中に浮かぶ様子は幻想的でさえあった。雪のように白い乳房は大きからず小さからず、  
良家の子女らしく控え目で気品のある膨らみをスレンダーな体躯の胸元にたわわに実らせている。  
彼女が小股で歩くのに合わせて二つの膨らみがプルンプルンと上下に揺れ、その頂に鎮座する小粒な乳首が桃色の軌跡を白霧の中に描いた。  
誰にも触らせた事の無い乳首は透き通るような桜色に彩られ、色素の沈着は微塵も認められない。  
力強い腕で抱きしめれば折れそうなほどに細く括れたウェストは引き締まっていながらも女性らしい柔らかさを併せ持ち、  
まだ女としては成熟しきれてはいないものの充実した張りのあるヒップへと柔らかい曲線が繋がってゆく。  
脚が動くたびに左右の尻肉がプリプリと弾む様は鮮烈な色香を放っている。  
 それでいてスラリと伸びた四肢には、まだハイティーンの少女のような脆さを感じさせる華奢な雰囲気を充分に色濃く残している。  
微妙な端境期。少女という範疇から徐々に大人の女へと移行しつつある葵の肢体は、  
その瞬間でなければ消えて無くなってしまうような儚い美しさにきらめいていた。  
 
 葵は湯船の側に肩膝をついてしゃがむと、手桶に湯を汲んでそれを左右の肩から一回づつ浴びた。  
彼女の若鮎のような肌はピチピチと湯を弾き、まとわりついた水滴がキラキラと輝いて彼女の美しさを引き立てている。  
 石鹸を手に取って泡立たせる仕草も、あくまでも優雅だ。  
葵は右の掌に泡を掬い取ると、僅かに膝を拡げてタオルの下の股の奥にその手を持っていった。  
やがてモシャモシャと秘めやかな音が葵の股の間から漏れてきた。  
まず浴室に入ったら股間を洗うようにと躾けられた葵は今でもちゃんとその言いつけを守っていた。  
葵の表情は普段通りだ。それは葵がこの行為に性的な意味を見出していない事を物語っている。  
あくまでも淡々とした表情で股の間を洗う葵は、空いた手で汲んだ湯を足の付け根に流した。  
そしてもう一度石鹸で泡を作ると、更に膝を拡げて上体を屈めて右手をもっと奥の方まで伸ばした。肛門を洗っているのだ。  
形良く整った眉が僅かにひそめられて葵の貌が困ったような表情を見せて曇るが、彼女の心の内を伺う事までは出来ない。  
やがて肛門を洗っていた手を今度は後ろに回し、左手で柔らかな尻たぼを鷲掴みにすると深い谷間をグイと割り拡げた。  
そして臀部を突き出すような格好で前からは届かなかった部分を丁寧に洗い、もう一度お湯で股間の泡を洗い流す。  
それからようやく身体を洗い始める葵。これが彼女の入浴に際してのルーチンワークなのだ。  
 
 その葵の入浴姿の一挙手一投足を食い入るように凝視する一対の視線が浴室の窓から注がれている事に彼女は気付いていない。  
外が明るければ曇りガラスに浮かび上がる大きな黒い影に気付きもしたに違いないが、すでにとっぷりと日は暮れている。  
食いしばった乱杭歯の隙間からフシュルフシュルと音を立てて獣じみた臭い吐息が漏れている。  
 浴室の中の葵はといえば相変わらず外界の異変を察知することなく、全身を泡に包まれたままで無防備に脇の下の手入れを始めた。  
股の間を洗った時と同じ手順で石鹸を泡立て、それを脇の下に塗り付ける。  
剃刀の刃が腋下の微妙な窪みを一閃すると、赤ん坊のようなツルツルとした肌が泡の下から現れた。  
 ごそごそと蠢いていた巨大な肉塊が「ぶぉッ!」と小さく呻いて痙攣した。獣が吹き出した液体がビシャッ、ビチビチッ、と音を立てて地面を打った。  
たちまち周囲は栗の花の香りにも似た強烈な臭気に包まれるが、夜の涼しい風が浴室から漏れる湯気と一緒にそれを吹き飛ばしてしまう。  
ハァハァと荒い息遣いに合わせて巨きな背中が収縮を繰り返す。血走った眼球に未練と共に次なる行動への決意を滲ませながら、のそりと肉塊が動いた。  
獣が立ち去った後には大量の白濁した液体がぶちまけられていた。  
 
 傾いた手桶から零れた湯が、葵の身体の泡を洗い流しながら下へと落ちて行き排水口に吸い込まれてゆく。たおやかな動作でもう一度、浴槽の湯を汲み上げ肩口からそれを浴びる。  
シミ一つない背中を滑ってゆく水流は彼女の背筋や細く括れた柳腰を撫でながら、ムッチリと張り詰めた尻肉へと流れ込む。  
もう一方の流れは、彼女の胸の膨らみを一瞬の間だけ覆い尽くし、ある者は脇腹から腰へ、ある者は胸の谷間を潜り抜けてなだらかな下腹部へと流れてゆく。  
名残惜しそうに彼女の身体にまとわりついていた僅かな泡も流れ落ちる湯に飲み込まれて浴室の床に落ちて消えた。泡の下から現れる眩いばかりの葵の裸身。  
湯を弾く肌は抜けるような白さがほんのりと桜色に火照っている。頂点を飾る乳首はツンと上を向いてしっかりと自己主張をしているが、  
それを取り巻く径の小さい乳輪はその色の淡さゆえに紅潮した乳肌に溶け込んでしまいそうな程だった。  
太腿の付け根では葵の秘所にタオルが濡れて張り付き、その奥の黒々とした繁みが透けて見える。  
 手桶を床のタイルの上に置いた葵は、不意に己の手の平でその乳房を下から掬い上げてみた。  
 (どうして私の下着なのかしら……他のみんなの方が胸も大きいのに……)  
 雅やティナ達と一緒に入浴すれば、どうしても自分の胸の貧弱さが気にかかる。中学生のちかと比べれば流石に自分の方に分があるが、妙子には及びもつかない。  
勿論、葵の胸の発育がが同じ年頃の女性達と比べてそれほど遅れている訳ではないが、この桜庭館の中にあっては彼女がコンプレックスに苛まれるのも無理からぬ事ではあった。  
 掬い上げられて更に上向きになった乳房をじっと見詰めて葵が物思いに耽っていたその時だった。  
 ギッ……  
 サッと乳房と股間を手で覆い隠し、葵が浴室の入り口を振り返った。空耳だろうか。確かに今、この館の何処かで床板が鳴ったような気がしたのだ。  
この建物は由緒ある洋館で決して安普請ではない。だが、長い間の経年変化であちこちに小さなガタがきているのも事実だった。じっと身体を固くして耳を澄ませる葵。  
 ……だが不審な音は聞こえてこない。やはり空耳だったようだ。  
普段の葵であればこれ程神経質になることはないのだが、この広い館にいるのは自分一人きりだという不安と、あの下着盗難事件が彼女の心に昏い影を落としていたのだ。  
 (そういえば……!)  
 葵はようやく思い出した。連日続く酷暑。日中は冷房無しでは過ごせないが、せめて涼しくなった夕方からは外の風を入れようと至る所の窓を開け放っていたのだ。  
 「大変!……」  
 湯船に浸かれないのは残念だったが、汗を流してさっぱり出来ただけで良しとしなくてはなるまい。  
葵は自分にそう言い聞かせ、もう一度手桶に汲んだ湯を浴びて立ち上がった。股間を隠していたタオルが一瞬はだけて漆黒の繁みが覗けた。  
清楚で可憐な顔立ちを裏切るような陰毛の繁茂ぶりが一瞬の間だけ見て取れた。肌が白いだけに陰毛の黒さがくっきりと際立つ。  
葵は振り返ると左右の尻肉をプリプリと交互に上下させながらそそくさと浴室を後にした。  
 
 ようやく館中の戸締りを確認した葵が自分の部屋に辿り着いたのはそれから十分余りも後のことであった。広過ぎる館というのも考えものである。  
せっかく湯船で汗を流した身体が再びじっとりと汗ばみ、脇の下や股の間のデリケートな部分に不愉快な感触を残している。  
 (もう一回、軽く汗を流してこようかしら……)  
 敷いたばかりの布団が誘う睡眠欲と、家事に明け暮れて疲れた体を湯船の中で伸ばす欲求の二つをを天秤に掛けて葵は考える。  
やはり熱いお湯に浸かれなかったのは心残りだった。葵は踵を返して自分の部屋を出ると再び浴室に向かった。  
なにしろ今日はこの館に自分一人だけなのだ。いつもなら分刻みで入れ替わり立ち代りする風呂の使用権も今晩限りは葵の独り占めだ。  
夜更かしを咎めだてする雅もいない。そう考えると、風呂場に向かう葵の足取りが軽くなった。  
 
 脱衣所の引き戸を開けた瞬間、葵は言い様の無い違和感に囚われた。  
 (何……かしら……)  
 葵は可愛らしい鼻をヒクヒクさせて異変を感じ取ろうとした。心なしか、すえた様な臭いがするのは気のせいだろうか。  
 きっと今晩はこの館に一人きりだというのを、自分が必要以上に意識しているのだろうと葵は結論付ける。  
勿論、そこまで意識してしまうのは昼間の下着の盗難が葵の心に昏い影を落としているからなのだが、  
その事実に真正面から向き合ってしまうと更に不安になるのを自覚している彼女は、努めてその問題を考えないようにした。  
 大見得を切って桜庭の家を飛び出してきたのだ。こんな事でビクビクしているようでは先が思いやられると、自分を叱咤する。  
 寝巻きの帯を解き、それを脱ごうとした所で葵の動きがピタリと止まった。綺麗に畳んで籠に入れた筈の紬の着物が乱れているのだ。  
躾の行き届いた葵は、たとえ翌朝に洗濯するものであってもきちんと折り畳む習慣なのだが、目の前の紬は僅かに畳み方が歪んでいた。  
 いわれの無い不安に襲われた葵は、不意に紬の下に隠すようにして畳んで入れた下着の事が気になった。  
 今日はこの夏一番の暑さだった。心頭滅却すれば火もまた涼し。着物を着慣れている葵は、多少の暑かろうとも姿勢を正してシャンとしていれば汗など引いていくものだと信じていた。  
 だが、この連日の酷暑日は流石に堪えた。着物の奥の胸の谷間や乳房の下、脇の下に溜まった汗を吸ったブラジャーも重みを増したが、  
若い葵は新陳代謝も盛んでオリモノも多く、ただでさえ汚れやすいパンティーはそれ以上に湿っぽくなってしまう。  
そんなモノを他人の目に触れさせるなど思いもよらぬ事でもあり、ましてや匂いでも嗅がれようものなら恥ずかしさのあまり死んでしまうに違いないと葵は考えていた。  
いつもは風呂場で軽く手で下洗いをしてから洗濯機にかけるのだが、今日に限ってその手順を失念していた。それもこれもみんな下着泥棒の所為だった。  
 どうせ汗を流すのなら、ついでに下着も洗ってしまおう。一晩も放っておくとシミになるかもしれない。  
 紬の着物をひょいと持ち上げた葵の顔が凍りついた。彼女は己が目を疑った。  
 無い。下着が無い。つい先刻、この籠に入れた筈の、今日一日身に着けていた下着が無いのだ。  
 (勘違い……?)  
 それならば、一体自分は何処で下着を脱ぎ捨てたのか。この場所以外、在り得る筈が無かった。  
 震える指先が洗濯機の蓋を開けた。中を覗き込む。葵の視線は空のドラムの中を彷徨った。全身の肌が粟立つ。  
 鼓動が早鐘を打つ。全身の神経を耳に集中させる。誰かが、この脱衣場に侵入していたのだ。消え失せた下着が突きつけてくる衝撃に葵の膝が震えた。もう賊は退散したのだろうか。  
或いは、まだこの館の何処かで息を潜めているのだろうか。まるで、自分が動かなければ周囲の時間が止まっているとでも信じているかのように、葵は微動だにしなかった。何の物音も聞こえない。  
昼間はあれだけ五月蝿く鳴いていた蝉達も今は静かだ。元々、この建物は古いとはいえかなりしっかりした造りなので防音には優れている。  
それは裏を返せば、例え館の中で多少騒ぎがあったとしても外部には漏れにくいという事なのだ。  
葵は自分が置かれた状況に慄然とした。もしも、館の中にまだ下着泥棒がいたとしたら……葵は唾を飲み込み、まるで壊れたぜんまい仕掛けの玩具のようにぎこちなく後ろを振り返った。  
先程の汗とは別の種類の汗が背筋を冷たくしていた。  
 
 不意に誰かに見られているような気がした。浴衣の前をさっと掻き合せて脱衣場の扉を振り返った。誰もいない。  
全身の肌が粟立った。素早く帯を締め、忍び足で脱衣場の引き戸に近付く。  
無意識のうちにいつもよりもきつく帯を締めたのは、葵が本能的に貞操の危機を感じていたからなのかもしれなかった。  
音を立てずにそろそろと扉を開け、顔だけを出して廊下の様子を伺う。  
 「誰か! 誰かいるんですか!」  
大声で誰何したくなる欲求を捻じ伏せて、葵は廊下に一歩を踏み出した。  
音を立てる恐れのあるスリッパは履かない事にした。板張りの廊下がヒンヤリとした感覚を素足の裏に伝えてくる。  
 ギッ……  
 彼女の歩みに床板が軋んだ。葵はその場に凍りついた。十秒。二十秒が過ぎた。  
周囲を見回しながら館の何処からも何の反応も聞こえてこないことを確認した後、ようやく葵は次の歩を進めた。  
取り越し苦労かもしれない。下着を手に入れただけで満足した泥棒はとっくの昔に屋敷を後にしている可能性もあるのだ。  
 そこまで考えたところで葵の顔から血の気が引いた。下着で満足?……満足していないのだとすれば、賊の次なる欲望の標的となるのは一体……  
 葵は初めて身の危険を自覚した。  
 (私の……躯が?)  
 半ば本能的に、葵は自分の乳房と股の間を手で隠した。あらためて周囲を見回す。  
ひょっとしたら賊は葵の死角からじっくりと彼女の肢体を視姦しているかもしれないのだ。  
 葵は自分がとんでもない窮地に立たされていることに気が付いた。  
 万が一にもまだ下着泥棒の犯人がこの館の中に留まっている場合、葵が再び風呂場に向かった事は知られているに違いない。  
脱衣場の下着が盗まれたことに気付くまでは、葵は殊更に自分の気配を消そうなどとは思いもしなかったのだから。  
相手は自分の居場所を知っているが、自分は相手が何処に居るのか全く分からない。状況はあくまでも彼女に不利であった。  
 長い廊下を一歩一歩忍び足で進んでゆく。  
慣れ親しんだいつもの洋館は、いつの間にか初めて足を踏み入れる、全く見知らぬ建物に変わってしまったかのようだった。  
建坪が広いだけに、自分が外界から完全に孤立している事を嫌でも思い知らされる。  
 「あっ……」  
 長い廊下が突然ぐにゃりと捻じ曲がり、彼女の足元をすくった。  
平衡感覚を狂わされて立っていられなくなった葵はその場に崩れ落ちかけて咄嗟に壁に手をついた。  
地震とは違うゆっくりとした不快な揺れが続く中、葵は瞼を閉じて身を固くした。  
じっとこらえていると、段々揺れが収まってきたような気がした。恐る恐る目を開いて様子を伺う。  
 いつもの廊下だった。錯覚だったのだ。  
恐怖に目が眩んで、壁に寄りかからなければ自分の身体を支えていられなくなったのだ。早く外に出なくては。  
パニック寸前の精神的重圧に押し潰されそうになりながら気持ちばかりが焦る。膝をガクガクと震わせながら進む葵の足取りは如何にも覚束ない。  
……ミシッ……  
 一瞬にして葵の背筋がピンと伸びた。今度は錯覚などではない。この廊下の曲がり角の向こうで、確かに廊下の軋む音がしたのだ。  
 誰かがその曲がり角の向こうにいるのか。玄関はすぐそこだというのに。  
音がしたのは気のせいなどでは無かったが、それが必ずしも誰かがいるという証拠ではない。  
年季の入ったこの木造の館は、時折気温や湿度の変化によって音を立てる事もあるからだ。  
 曲がり角の向こうに誰もいない可能性にかけて先に進むのか。葵が逡巡している間にもう一度ギッと床が鳴った。  
葵の心の中にはもうこの曲がり角の向こうを覗いて確かめてみる勇気は一欠けらも残ってはいなかった。  
このまま進むのは危険だ。葵は息を殺して音を立てず、膝と膝を擦り合わせるような不自然な内股で後ずさりしはじめた。  
 (い、嫌ッ……気持ち悪い……)  
 目眩で倒れかけた葵は僅かではあったが失禁してしまっていたのだ。穿き替えたばかりのパンティが薄気味悪く濡れて股の間に張り付いている。  
一刻も早く汚してしまった下着を脱ぎ捨てて躯を洗いたかったが、一体それが何時の事になるのかと考えるだけで気が遠くなる。彼女の前途は深い霧の中だった。  
 尻を後ろに突き出しながら屁っ放り腰で後ずさる葵。もしも今この瞬間、賊に襲い掛かられたら彼女は何の抵抗も出来ぬままに獣の餌食となっていただろう。  
だが、運命の女神はまだこの時までは彼女の味方だった。  
 
慎重に周囲に視線を走らせながら葵がダイニングルームに入ってきた。玄関が危ないとなれば後はキッチンの勝手口から脱出するしかない。  
神経が過敏になっている所為だろうか。脱衣場で嗅いだ、あのツーンとした臭いが濃くなったような気がした。  
 キッチンを目の前にして気が急いた。ここから見える範囲に人陰は無い。忘れずに背後も振り返る。  
 大丈夫だ。意を決して小走りで勝手口に向かう途中、後れ毛が汗で張り付いたうなじがチリチリと焦げる様な錯覚を感じた。第六感に突き動かされ、はっと振り返る葵。  
 「ぶぼおおおおおおおおッ!!」  
 葵が振り向いた瞬間、獣の様に吼える肉塊が冷蔵庫の陰から飛び出してきて彼女の視界を黒く埋め尽くした。  
驚く暇も無くその圧倒的な質量に呑み込まれるようにして押し倒される。一人と一匹がもつれ合いながらキッチンの固い床に倒れ込む。  
葵は後頭部をしたたかに打ちつけた。意識が遠のきかけた。凄まじい獣の体重に葵の華奢な体躯が軋みを上げる。  
 叫び声を上げようにも、残飯が腐ったような臭いを放つ肉布団に顔を塞がれて呼吸する事もままならない。圧し掛かる肉塊を押し退けようとするのだが、びくともしない。  
葵の細腕には余りある重さだった。肉塊の四肢ががっちりと葵を抱きすくめる。獲物の動きを完全に封じたのだ。  
 (く、熊? どうして熊がッ?!)  
 この獣じみた臭い。葵を遥かに上回る体躯と力。何故こんな街の真ん中にそんな野獣がいるのかといぶかしむ余裕が在ろう筈も無い。  
朦朧とした意識の中でパニックに陥った葵の脳裏に凶暴な野獣に圧し掛かられる自分の姿が浮かんだ。  
 「むぶっ、むぶぉぶぉぶぉぶぉぶぉ〜ッ!!」  
 葵の顔がヌメヌメとした生温かく分厚い舌で嘗め回される。たちまち彼女の美貌が臭い獣の唾液で塗り潰された。手中に収めた獲物の味見をしているのか。  
 (たっ、食べられるッ!!)  
 生きながらにして獣に貪り食われる。これ程酷い死に方が他にあるだろうか。なぜ自分がこんな所で凶獣の餌にならなければならないのか。  
 
生まれて初めて直面する命の危険に、もはや大和撫子としての慎み深さも名家の跡取り娘としての矜持さえもが、葵の中から消し飛んでしまった。  
 葵の人格がくぐもった水音を立てて崩壊した。  
 ブシャッ! ジョジョジョジョジョ〜ッ!!  
 パンティの内側の股の間から温かいゆばりが噴き出した。失禁である。恐怖に堪えかねた葵の尿道口が緩んで、膀胱の中に溜まった小便を漏らしてしまったのだ。  
たちまちのうちにパンティと浴衣は黄金色の液体でグチョグチョに濡れそぼち、キッチンの床に水溜りを作ってしまうが、葵にはそれを恥ずかしいとも気持ち悪いとも思う余裕さえ無かった。  
獣が葵の顔をベロベロと舐めている間、一旦堰を切った失禁は途切れることなく続いた。恐怖と、不気味で異様な感触とが葵の心を千々に引き裂いたのだ。葵は自分が失禁したことにすら気付いていなかった。  
 獣の舌が葵の口中に潜り込んできたが、自分を見失っている葵は何の抵抗も無くそれを受け入れてしまう。奥に縮こまっている葵の舌が絡め取られて引きずり出され、獣の牙でクチャクチャと甘噛みされた。  
 「ふぶぉ、むぼぼぼっ、ぼもおおおおおっ」  
 (舌から……食われるんだわ……)  
 意識が飛んだお陰と言ってもいいのか、葵は絶体絶命の危機にある自分の姿をまるで他人事の様に客観的に捉えていた。  
 だが、予想に反して獣の牙はいつまで経っても葵の舌を食い千切ろうとはしなかった。まるで彼女の舌の噛み応えや歯触り、味を堪能しているかのようだった。  
それを何故かとも思わず、あるがままの現実を受け入れる葵。それ故に、獣の臭い唾液が己の口中に流し込まれると何の躊躇いも無くそれを嚥下した。  
 獣はなおも彼女の唇を貪りながら、前肢の爪をふくよかな胸の膨らみに食い込ませた。  
獣の掌にすっぽりと収まった葵の柔乳は、愛撫とは呼べぬ乱暴さでもって揉みくちゃにされ、獣の気の向くままに形を変えさせられた。  
 こんな状況にもかかわらず、いや、こんな状況だからこそと言うべきであろうか。命の危険に怯えながらも、揉み潰されるの葵の柔乳の先端が疼きを覚えた。  
今まさに盛りを迎えようとしている若々しい女の肉体は、危険に曝されることで残り少ないかも知れぬ時間の中で精一杯に生命を謳歌しようとしてか、その性感を急激に開花させようとしているのだった。  
葵の意志とは何の関係も無く乳首がツンと尖る。彼女が冷静であれば戸惑いを感じたに違いないだろうが、今の葵には自分の肉体の変化に気を配る余裕も無かった。  
 獣が意外に器用な指先でその勃起した乳首を摘んだ。二本の指で挟んだそれをコリコリと捻り転がす。獲物の意外な反応を感じ取ったのか、葵の上の肉塊が「ぐぶっ、ぐぶぶぶぶぶぶっ!」と不気味に喉を鳴らした。  
 粘つく唾液の糸を引きながら獣が上半身を起こし、葵の身体を跨いで仁王立ちになった。逆光に浮かび上がる巨大なシルエット。そこでようやく彼女は自分の誤解に気が付いた。  
 
 自分を襲ってきたのは熊だとばかり思い込んでいたが、部屋の明かりを背に受けて二本の脚で立っているのはまごうことなき人間の男だった。葵の恐怖心が男の体格を実際よりも大きく錯覚させたのか。  
とはいえ、その男も葵にそう誤解させるだけの充分な体格があった。身長は恐らく190cmを越えているであろう。  
長身の薫よりも高かった。葵とは30cm以上もの差があるのだが、横幅に至っては彼女の倍以上もありそうだ。  
体重は間違いなく150kgを軽く越えているだろう。葵の体重の三倍超。いや、ひょっとしたら四倍はあるかもしれない。  
 身長と体重だけを見るならばそれこそ相撲取りの体格に後れを取らぬ程の立派なものであったが、その鍛え方には雲泥の差があった。  
ブクブクと太るに任せた肥満体はでっぷりとした太鼓腹をふいごのように上下させている。息が上がっているのだ。  
 黒革の指貫グローブから出たソーセージのように丸々と太った指がずり落ちた眼鏡を押し上げた。レンズが曇っているのは顔の脂と手垢がこびり付いている所為だ。かろうじてレンズの奥の男の小さな眼球が見えた。  
狭い額から低く潰れた鼻の頭にまで浮いた汗の珠がこの部屋の不快指数を一気に20ポイント以上底上げした。  
 顔面を覆いつくしているデキモノからはグジグジとした黄色い膿が噴き出している。いったいどれぐらい風呂に入っていないのだろう。  
何の冗談なのか、頭に巻いた薄汚いバンダナの間から垢にまみれてギラつく髪が無造作に飛び出している。  
腫れぼったい両頬は大きな鼻や分厚いタラコ唇とあいまって彼の顔面をより暑苦しいものにしていた。  
 年齢は葵と同じぐらいだろうか。太っている人間の常として実年齢よりも若く見える事を考慮に入れればもう少し上という可能性もある。ひょっとしたら薫と同い年かもしれないと、葵は漠然と思った。  
 そのファッションセンスも異様だった。短い脚に穿いたジーンズは膝の辺りや裾が擦り切れたり破れたりしているが、果たしてそれが意図的なクラッシュ加工なのかどうなのかも疑わしい。  
 カモフラージュ柄かと思しき斑になったTシャツはよくよく目を凝らせば、彼のかいた汗が染みになっているだけだった。  
一体その中には何が入っているのか、背中に担いだディパックはパンパンに張り詰め、その上の開口部からは左右それぞれ一本づつの長い紙筒が斜めに突き出している。  
 ようやく襲ってきたのが熊のような野獣ではないと判ったものの、葵の精神は平穏とは程遠かった。  
この男がついさっきまで自分の上に圧し掛かり、顔を舐め、胸を揉んでいたのだ。耐え難い汚辱感。唾液でべとべとする顔を一刻も早く洗いたかった。  
だが、薫以外の余人に揉みくちゃにされてしまったにも関わらず、胸の頂きで痛いほどに尖り勃つ乳首の反応は葵を戸惑わせた。  
 (ど、どうして……)  
 何かの間違いなのだ。心に決めた男性以外に躯を弄られて感じる事などあってはならない事だ。葵は自分の肉体を責めた。  
それは不貞に他ならない。肉体の不貞だった。この事は心の奥底に深く仕舞っておかなければならない。  
強迫観念にも似た思いで、葵は乳首の破廉恥な反応を脳裏から消そうとしたが、ジンジンと疼く敏感な尖りがその作業を邪魔した。  
 「お、お金なら……」  
 一刻も早くこの男に此処から出て行って欲しかった。目的は一体何なのか。やはり自分の体なのか。幾許かのお金で貞操が護れるのなら安いものだ。  
まだパニックに陥っているとはいえ、何とか自分を取り戻した葵が口を開いた瞬間だった。  
 男が自分の三段腹に埋もれているズボンのベルトを引き抜いた。  
 (な、何ッ!?)  
 突然の不可解な行動にうろたえる葵を尻目に、いそいそとズボンを脱ぎ始める男。一体これから自分は何をされるのか。男の意志を慮ろうと彼の一挙手一投足を食い入るように見つめている葵。  
いや、不安と恐怖に心を囚われている葵は彼から目を離そうとしても離せなかったのだ。  
 
 見下ろした浴衣姿の少女の肢体に男は早くも下腹部に熱い血を漲らせていた。彼女の名前は判っている。  
 桜庭葵。  
 なんという美しい名前だろう。彼女に相応しい名前だと男は思った。  
 自分は葵の事を知っているが、彼女の方では自分の事など知りもしないという事は判っていた。  
細心の注意を払った慎重なストーキングはきっかり一年にも及んだが、絶対に気付かれていない自信があった。  
彼女にそれと判る行動を起こしたのはほんの二日前。彼女の下着を盗んだのはこの男だった。  
 
 彼女との出会いは偶然だった。あいも変わらず彼が入り浸っていた大学構内の漫研の部室に後輩の一人が血相を変えて飛び込んできた。  
 「すっ、すすすすっ、凄い可愛い娘がすぐ其処を歩いてたぞッ! もの凄い美少女だッ!」  
 美少女? 彼にとって美少女とはアニメや漫画の中にだけしか存在しないものだった。  
世間で美少女と持て囃されている女優やアイドル達には何の興味も無かった。どいつもこいつも薄汚い世間の垢にまみれて見えた。  
どうせ裏では何をやっているのか分かったものではない。  
現実世界の女性ではエレクト出来ない彼だったが、冷やかし半分の気分で他のメンバーと一緒に先導する後輩の後をぞろぞろとついて行った。  
 
 着物姿の彼女を見た瞬間、彼の体に電撃が疾った。  
いやらしさなど微塵も感じさせない清楚な姿にも関わらず、彼は一瞬にして勃起して、たちまちのうちにパンツの中に射精した。  
 現実の世界にここまで美しい少女がいるのか。二次元の世界の理想の美少女達が一瞬にして色褪せ、薄っぺらくなってしまった。  
この少女の噂を聞きつけたのか、彼女を一目見ようとどこからともなく現れたギャラリー達は対象と一定の距離を置いてぞろぞろと後をついていく。  
この観衆に気付いているのかいないのか、彼女は後ろも振り返らずにキャンパスの中を歩いてゆく。  
彼もその列に加わりふらふらと夢遊病患者のように彼女の後をつけた。  
 時折すれ違う学生に声を掛けて何事かを訊ねている。どうやら身振りからすれば道を聞いているようだ。  
鈴を転がすような透き通ったその声。訊いた後で深々とお辞儀をして謝辞を述べているその姿さえもが眩かった。  
立ち居振る舞いからは育ちの良さが伺えた。彼女がぺこりと頭を下げる度にショートカットにした艶やかな黒髪が揺れる。  
彼は嗅ぎ取れる筈の無い彼女の爽やかな香りを嗅いだような気にさえなった。  
 構内に不案内という事はここの学生ではないのだろう。一体彼女は誰なのか。何の用事でこの大学にき来たのか。  
 疑問の一部は間もなく氷解した。  
 「薫様!」  
 ようやく尋ね人を捜し当てた彼女が満面の笑みを浮かべて一人の男子学生のもとに小走りで駆け寄った。  
 仲睦まじく言葉を交わす二人の姿に、ギャラリーの間から失意の溜息があちらこちらで漏れる中、彼は彼女の尋ね人の顔を凝視していた。  
 花菱だ。  
 名前までは憶えていなかったが、あの男とはとは同じゼミにいた。「薫様」と彼女が呼んだからには花菱薫がフルネームなのだろう。  
 彼の恋は一瞬で火が付き、僅か数分で終わりを告げた。メラメラと嫉妬の炎が燃え上がった。  
花菱と彼女はどのような関係なのか。恋人なのか。畜生畜生畜生。だとしたら、二人の間はどこまで進んでいるのか。  
 
 ひょっとして、もう彼女は処女ではないのか。  
 
 許せない。断じて許せない。彼女の処女は俺が奪うのだ。  
 邪悪な意志に目覚めた下半身にドス黒い血が結集する。気味悪く濡れたパンツの中で彼は再び勃起を果たした。  
 自分でも理解出来なかった。何の当ても無かった。だが、彼はその日からストーキングを始めたのだ。一年前の今日だった。  
 
 彼は急いで部室に戻ると自分の荷物を掴んで校門に出入りする人間を見張る事の出来るお洒落な喫茶店の窓側の席に陣取った。  
大学のすぐ傍にありながら、彼がこの店に入るのは初めてだった。店内は若い学生同士の男女のカップル達で溢れている。  
男一人だけで来ているのは彼だけだった。可愛らしい制服を着たウェイトレスは店の雰囲気に似合わぬ不潔そうな客に露骨に顔をしかめて見せたが、彼はそれどころではなかった。  
彼の心はまだ名前も知らぬ少女に囚われていたのだ。  
 その日のうちに彼女の住所は判った。尾行は上出来だったが、彼は突きつけられた事実に打ちのめされた。  
 少女と花菱は駅からその場所までの間、ずっと手を繋いでいたのだ。  
 どんな感触なのだろうか。小中高の12年間、運動会のフォークダンスの時ですら女子生徒達から触れる事を拒否されてきた彼にとって、女性の掌の感触など知る由も無い。  
妄想するだけの僅かな記憶さえも持たない彼にとって、少女のの掌を自由にしている花菱は万死に値した。  
 花菱は少女を家まで送ってきただけに違いないと信じていたかった彼の思いはあっさりと踏み躙られる。立派な洋館の門を潜った二人はそれから朝まで屋敷の外に出ることはなかった。  
 翌朝、花菱が身支度を整えて門を出てきたのは決定的だった。これから大学に行くようだ。  
花菱を見送りに門の所まで彼女が出てきたのを彼は電柱の影から見詰めていた。彼は館から少し離れたこの電柱の陰で一夜を過ごしたのだ。  
 「いってらっしゃいませ、薫様」  
 「今日は早く帰ってくるよ、葵ちゃん」  
 あの少女は葵というのか。ようやく掴んだ彼女の情報も、今となっては虚しいだけだった。  
  畜生。花菱め。あんな可愛い女の子とズボズボやっていやがるのか。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね。死んでしまえ。あの娘も所詮は現実世界の薄汚い雌豚だったのか。  
畜生畜生畜生。俺の純粋な思いを踏み躙りやがって。糞。やっぱり俺にはフィーナちゃんしかいないんだ。糞。糞糞糞糞糞。  
 諦めようとした。現実世界の壁はまたもや彼を拒否したのだ。  
 ……だが、諦めきれなかった。もうあの居心地の良い妄想の異世界に逃避出来ない事は自分が一番判っていた。  
あんな美少女が現実にいると分かっているのに、今更二次元のキャラクターや小さいフィギュアに満足出来る筈が無かった。彼は未練がましくストーキングし続けた。  
 一縷の望みは、この洋館には二人だけで住んでいるのではないという事だった。他にも妙齢の女性が三人。  
一人はバリバリのキャリアウーマン風な女性。後の二人の金髪と眼鏡っ娘は確かキャンパスで見かけた事がある。  
二人とも名前も知らないが同じキャンパスの学生だろう。一体花菱と四人の女性とはどのような関係なのか。  
 ハーレムか。ハーレムなのか。畜生。殺してやる。殺してやるぞ、花菱。  
 だが、内部の様子が分かってくるに従ってまだ自分にも彼女をモノにする可能性が残っているかもしれない事も分かってきた。  
 花菱と金髪と眼鏡っ娘はこの洋館の離れに下宿しているようだ。  
 いっその事、自分も此処に下宿させて貰おうかと考えもしたが、流石にそれは自重した。  
 よく判らないのはキャリアウーマンだ。外で働いている風でもない。何日も屋敷に居る事もあれば、大きなスーツケースを抱えてBMWで出掛けたっきり数日戻らない事もある。  
下宿人からは管理人さんと呼ばれているようだが、あくまでもそれは副業のようだった。  
 もっと判らないのは葵当人だった。彼女は管理人と一緒に洋館の方で二人で暮らしているようだ。最初は姉妹かとも思ったが、共通するのは美人という一点のみで容貌は似ても似つかない。  
年齢も威厳もキャリアウーマン兼管理人の方が上だが、立場は葵の方が上のようだった。金髪や眼鏡っ娘からは大家さんなどと呼ばれている。  
 するとこの洋館は彼女の持ち物なのか。彼女に両親はいないのだろうか。  
外から伺い見る館の様子からはこの四人以外の人間が住んでいるようには見えなかった。或いは館の中で寝たきりにでもなっているのだろうか。  
 
 だが、毎週決まった曜日に葵が出すゴミ袋を自分のアパートに持ち帰ってひっくり返してみても四人以外が住んでいる形跡はない。  
となると、あの洋館は両親の遺産か何かだろうと思うしかなかった。  
 ゴミ袋を持ち帰ったのにはもう一つ重要な目的があった。  
 花菱と葵の情交の痕跡を探す為だった。幸いなことに避妊具の類は半年に及ぶ精査において一度も見つけることが出来なかった。  
 或いは避妊などせずに生でヤッているのかと丸められたティッシュを一枚一枚拡げては調べたが、恐らくは薫が自分で慰めたに違いない痕跡だけが大量に発見された。  
 間違いない。彼女はシロだ。処女なのだ。  
 ゴミに埋もれた部屋の中で彼は狂喜乱舞した。床の下や隣の部屋の住人から抗議のドンドンという壁や天井を叩く音が聞こえないほどに有頂天になって雄叫びを上げた。  
 彼のストーキングはその後も延々と続いた。一体これから自分はどうすればいいのか。彼女と知り合いになり、愛を告白して幸せに結ばれるのか。  
 これまでに幾度となく彼を拒んできた現実は、それが万に一つの可能性もない夢想に過ぎない事だと冷たく囁いた。  
 ならば残された道はレイプか。レイプしかないのか。  
いや、こんな俺が彼女とセックスをしようと思えばその手段はレイプしか残されてないのだ。なぜこんな事に今まで気が付かなかったのだ。  
妄想の中の二次元の美少女達と交わる時もいつだってレイプだったではないか。  
漫画やアニメの美少女も、現実の美少女も彼には一生手が届かないという点においては何ら変わるところが無いのだ。  
 いや、この世界にいる美少女ならばレイプという可能性が残されている事を神に感謝した。  
 それから彼は桜庭葵を強姦する計画を綿密に立て始めた。思いを遂げられた後なら死んでも構わない。犯罪者として捕まれば郷里の両親は嘆くだろうが、俺の知った事か。  
恨むのなら、せめてもう少し普通の容姿に俺を生まなかった自分自身を恨め。  
 俺の人生は桜庭葵をレイプして処女を奪うためだけにあったのだ。  
 そう決意した瞬間から、彼の人生は究極の一点に向かって突き進んでいった。  
 
 やるからには絶対に成功しなくてはならない。未遂で阻止される事だけは絶対に避けなければならない。チャンスは一回だけだ。  
そう意識した途端、葵をレイプ出来れば死んでも構わないと決意した自分に急にブレーキが掛かった。腰が引けているのか。臆病風に吹かれたのか。  
違う。違う違う違う。これは絶対に成就させなくてはならないプロジェクトなのだ。万が一にも悲願が達成できなければ、これまでの自分の人生は全くの無駄だった事になってしまう。  
今や桜庭葵をレイプするという計画は、単に自分自身の欲望を解消させたいだけではなく彼の存在意義にまで肥大していた。  
 なにかのきっかけが必要だった。  
 二日前、家人が全て外出したのを見計らって屋敷の敷地内に侵入した。  
彼女達の生活のリズムは一年間のストーキングで大体掴んでいる。薫以下の三人は大学だ。今日は休講もないので暫くは帰ってこない。キャリアウーマンも朝早くに出掛けていった。  
荷物は多くなかったから今日中には帰ってくるのだろうが、出掛けた以上日中に不意に帰ってくるという事はこのストーキングの間には一度も無かった。どんなに早くても夕方だろう。  
 葵本人は近所のスーパーに買い物だ。彼女が行き帰りする道は人通りも多く出掛ける時間帯も昼間ばかりなので、途中で襲うという訳にもいかない。  
だが、毎日の買い物に費やす時間はほぼ一緒だったので充分な時間がある筈だ。  
 門の内側に侵入したところで何の目的があった訳でもない。自分をレイプに踏み切らせるきっかけが欲しかったのだ。  
このまま敷地内に身を潜めて、買い物帰りの葵を館の中で襲おうかと計画を立てた事もあったが、建物内部のセキュリティーがどうなっているのかさっぱり判らない。  
万が一、防犯ベルのようなものが有ればそれを一押しされるだけですぐに近所に知れ渡る可能性があった。  
そのまま葵を人質にして立て篭もり、警官隊が突入してくるまで刹那的に葵を犯すというのも充分に魅力的ではあったが、自分とて好きで捕まりたい訳ではない。  
葵を犯して処女を奪える事が出来るのならばこの命も惜しくはないし、刑に服する事も厭わぬ覚悟は出来てはいたが、レイプを足懸かりにして葵を恒久的かつ徹底的に犯し抜きたいという夢もあった。  
 最初のレイプは決して慌ただしいものにはしたくなかった。充分に余裕を持って、出来る事ならば丸一日程度の、それが無理ならばせめて半日ぐらいの時間が欲しかった。  
 門の外から死角になるエリアを歩くように注意しながら玄関に近づく。そっとドアノブを捻る。当然の如く鍵が掛かっていた。屋敷の裏へと周りながら全ての窓を一つ一つチェックする。  
戸締りは完璧だった。最後に残された勝手口も施錠されている。当然の結果に彼はがっくりと肩を落とした。期待はしていなかったと言えば嘘になる。  
 今日はここまで侵入出来ただけでよしとしよう。再び玄関の方に戻る途中で、庭に干してある色とりどりの洗濯物が彼の目に入った。  
 これまでストーキングの痕跡を残さぬように充分な注意を払ってきた彼だったが、今日は折角ここまで来れたのだ。何か記念品が欲しかった。  
 狙うのは当然葵が身に着けていたものだ。それは葵の肌に触れる面積が大きければ大きいほど彼にとっては重要に思えた。端的に言えば下着がほしかったのだ。  
 女性用の下着が四人分もあるにも関わらず、葵の下着はすぐに判った。  
判り易すぎる程だ。これまでにもゴミの中の細かく裁断された下着の残骸をジグソーパズルの様に組み合わせては葵の下着を捜し求めた事もあった。  
しかし、彼女は物持ちが良いのか、少なくともこの一年の間に一度もそれらしき残骸を発見することは出来なかった。  
どう考えても彼女が黒のレースのブラジャーやポップな柄のパンティを身に着けているとも思えなかった。  
 そういえば、正式な和装では下着は着けないものだと聞きかじった記憶がある。彼女はこの一年間、毎日紬の着物を着ていた。  
という事はひょっとしてあの着物の下は襦袢だけでブラジャーもパンティも一切持っていないのか。彼は判断に苦しんだ。  
 だがそんな事は無かったのだ。ちゃんと下着を着けているのだ。  
色も形も大きさも様々なブラジャーとパンティが並ぶ中にあって、一際小さくて上品な白いシルクのパンティと、他のモノに比べて明らかに小振りなカップのブラジャーがそこにあった。  
 間違いない。これが葵の下着なのだと彼は確信した。迷わずに半乾きのそれを両方ともジーパンのポケットに突っ込むと、そそくさと屋敷を後にした。  
 
 自分のアパートに帰ると、早速彼は今日の戦利品を取り出した。  
 まずはブラジャーだ。しっかりと乳房をサポートして覆い隠すフルカップのブラジャーは葵の乳房の大きさと形を如実に物語っている。  
この内側にいまだ見た事の無い葵の乳房がすっぽりと収まっているのだ。  
カップを裏返し、目を皿のように見開いて乳首が当たるであろう部分を凝視するが、勿論何の痕跡も残っていない。  
鼻を押し当てて匂いを嗅いでも爽やかな洗剤の香りがするだけであった。舌を出してその部分を舐めてみたところで葵の味が残っている筈も無かった。  
 少々肩透かしを食らいながらも、彼はもう一つの小さい布切れを手にした。小さい。驚くほど小さい。彼は尾行で見慣れた葵の腰つきを思い出していた。  
清楚な美貌とは裏腹に、彼女の臀部は歩く度にくなくなと左右に揺れながら鮮烈な色香を放っていた。  
あの尻がこんな小さな布切れの中に収まるとは俄かには信じ難かった。  
クシャクシャと丸まったそれは彼の掌にすっぽりと収まってしまうのだ。彼は両手でパンティを拡げてみた。伸縮性に富んだ三角形の布着れは驚くほど伸びた。  
成る程。これならばあの悩ましい尻を充分に包み込めるかもしれないと彼は合点する。  
彼はパンティを裏返すと、葵の大事な部分に密着する船底の部分を穴が開くほどに凝視した。  
 無い。何の痕跡も無い。彼はがっくりと項垂れた。折角の冒険の戦利品は失望だけを彼の心に残した。  
 
 次の日もまた彼は葵の下着を盗んだ。理性では二日も連続で盗んでは警戒されるぞ、駄目だ、止めろと言っているのだが彼の手は止まらなかった。  
二日目の下着にも葵の痕跡は何も無く彼を苛立たせた。  
 
 次の日もまた盗んだ。これではもう日課と何ら変わる事はない。こうして部屋の中に綺麗に洗濯された下着のコレクションが増えていくのか。  
下着を盗んだ事は彼の背中をレイプ決行に向けて押してはくれなかったのだ。この一件で彼女は確実に警戒するだろう。  
もう明日からは下着さえ手に入らないかもしれない。レイプ成就への道は確実に遠のいたとしか思えなかった。  
自分の迂闊さに歯噛みする思いだ。お前はこんな布着れが欲しかったのか?  
 「違う!違う違う違う!」  
 知らず知らずのうちに帰りの電車の中で声に出して叫んでしまっていた。  
その巨躯と異様な風体からそれでなくても周囲の耳目を集める彼だったが、いきなりおかしな事を叫んだとあっては周りの乗客の視線が更に冷たくなるのを彼は実感した。  
 次の駅で降りよう。一駅の辛抱だ。目を閉じて周囲の景色を遮断する。だが彼の静寂は無神経な黄色い声によって打ち砕かれた。  
 「うわっ、キモオタだよ、キモオタ! あんなに凄いの初めてみたよぅ!」  
 全く遠慮のない声が彼を糾弾した。  
 「こ、こらっ!」  
 「や、やめなよ、ちかちゃん……」  
 小声で声の主を諌めるのは友人だろうか。  
 彼はそっと薄目を開いて声のした方を盗み見た。座席の上に立って身を乗り出してこちらを指差している、真っ黒に日焼けした中学生ぐらいの女の子がいた。  
髪を左右の耳の上で纏めてツインテールにしている。  
 「だってだって、あそこまで絵に描いたようなキモオタ、はじめて見たんだもん」  
 そこまで言ったところで彼女の姿が急に消えた。恐らく友人達に席の上から引き摺り下ろされたのだろう。  
 頬が灼けるように熱かった。次の駅はまだか。まだかまだかまだかまだか。  
 電車がゆっくりと止まった。  
 「現在、信号が赤ですのでしばらく停車いたします」  
 彼にとっては針の筵の上に座らされているのにも等しい時間がさらに延長された。  
 次の駅にようやく着くと、扉が開くのと同時に彼は車外に飛び出した。  
 
 それからは記憶があいまいだった。いくつかの電車を乗り継いだ後、気が付くといつものストーキングの場所にいた。葵の館のすぐ傍にある雑木林の中だ。  
彼はその巨体を木陰に隠して日がな一日その屋敷をチェックしていたのだ。夜のストーキングは久し振りだ。  
彼女は滅多に暗くなってからは外出しないし、他にも家人がいるとあっては葵を襲うチャンスなど万に一つもありそうにはなかった。  
そんな理由で夜のストーキングは最初の2ヶ月間で中止してしまったのだ。  
 例のキャリアウーマンは多分今日は帰ってこないのだろう。今朝の荷物の量からして明日の夕方という可能性が高いということを彼はこの一年間で学習していた。  
 いくら今日が週末とはいえ、下宿人の誰か一人ぐらいは離れにいるだろう。  
下手に敷地内に侵入すれば見つかる恐れは充分にあった。いつもならそんな危険を犯す事は考えられなかった。だが今日は違った。  
 三日連続で下着を盗んでしまった悔恨と帰りの電車の中での惨めな出来事に、良く言えば繊細で傷つきやすい、悪く言えば脆弱でひ弱な彼の心はズタズタに引き裂かれていた。  
半ば捨て鉢な気分で彼は門扉を押してみた。  
施錠されていなかった。まだ誰かが帰ってくるので開けているのだろうか。彼はふらふらと、まるで誘蛾灯に集う蛾のように館の明かりの方に吸い寄せられていった。  
 
 「あら、お二人とも……温泉で一泊ですか……ええ……はい、判りました。ティナさんには余り飲み過ぎないように言っておいて下さいね。  
それでは楽しんで来て下さい……うふふふっ、じゃあお土産を期待しています……大丈夫ですよ……もうすぐ薫様も帰ってみえる頃ですし……はい……はい……それでは……」  
 漏れ聞こえてくる会話からは金髪と眼鏡っ娘は一泊してくるようだ。花菱のヤツももうすぐ帰ってくるらしい……となると一つ屋根の下に男と女が二人っきりか。  
羨ましい。羨ましすぎる程のシチュエーションだ。  
 だが、一晩を二人っきりですごすのはこれが初めてではない事も彼は知っていた。しかしこの二人はこんな状況になっても何らかの進展も無いのだ。  
悔しいが二人が間違いなく好き合っているのは調べ済みだった。何故こんな絶好の機会を逃すのか、彼には信じ難かった。  
俺が花菱なら、間違いなくヤる。ヤッてヤッてヤりまくる。  
 不能なのか? それとも今時婚前交渉はしないと決めているのか。彼にとっては有り難かったが、今思い返してみれば薄氷の上を歩いていた事に気付かされて愕然となる。  
 もしも二人がその気になりさえすれば、彼の悲願は達成は呆気なく潰えるのだ。  
いくらチャンスが無い上に踏ん切りが付かなかったとはいえ、自分の不甲斐なさに呆れ返る。一刻も早く計画を実行に移さなくては。時間はもう無いかもしれないのだ。  
 その時だった。まるで天啓のように屋敷の電話のベルが再び鳴った。  
 「はい、もしもし。桜庭です……あっ、薫様!……ええっ?……薫様も……そうなんですか…………」  
 
 薄汚れたブリーフの前が盛り上がっている。初心な葵はその内側に凝縮された男のドス黒くおぞましい欲望の何たるかを知る由もない。  
もしも葵が男から目を背けていたならば、この千載一隅の好機に気付かなかったに違いない。  
男がズボンを脱ぎ捨てようとしたその瞬間だった。男の両足首にはまだズボンが絡まっている。  
 (今だわッ!)  
 葵は素早く身を翻して立ち上がった。  
 「まっ、待って……」  
 風体に似つかわしくない甲高い声が男の口から零れたが、既に葵は脱兎の如く駆け出していた。勝手口に飛びつく葵。  
勝手口の扉は上下にそれぞれ一つづつの鍵がある。  
葵は震える指先で開錠しようとする。焦りが彼女の邪魔をする。もどかしい。まるで自分の指が自分の物ではないかのようだ。  
 背後を振り返ると、男が足首に絡みついたズボンを必死に振り回して脱ぎ捨てようとしている所だった。  
 間に合わない。勝手口は駄目だ。扉の二重の鍵を外している間に男に押し倒されてしまうに違いない。  
玄関まで思いっきり走って男との距離を稼がなければこの館から脱出するのは不可能だ。  
 葵は瞬時に判断を下した。キッチンを塞いでいる男の脇をすり抜けて玄関に行くのだ。出来るのか。  
 (……やるしか……ない!)  
 これほど全力で駆けた事が葵の人生の中であっただろうか。  
持てる力の全てを振り絞って葵は走った。身体を縦にして、男から出来るだけ離れたルートをすり抜けようとした。  
 足首に絡まるズボンに手間取っている彼は葵の行動に意表を突かれた。  
手中にしかけた筈の獲物が逃げてゆく。逃がさない。逃がすものか。男は葵の背中に必死に手を伸ばした。  
 男の魔の手から逃れられるかに見えた彼女の、浴衣の帯に獣の爪がかかった。ガクンと後ろに引き戻される葵。艶やかな黒髪が虚空に舞う。  
背後の野獣の生臭い吐息が彼女のうなじを気味悪く撫でた。おぞましい感覚に総身が粟立たせられた。  
 葵の細い肩を男の手が掴もうとした瞬間。まるで神の御手が差し伸べられたかのように、浴衣の帯がするりと解けた。男の指が空を掴んだ。  
浴衣のあわせが大きくはだけられて雪白の葵の柔肌が覗けた。  
男はそれでも尚も諦めなかった。ひるがえった浴衣の裾を何とか掴んだ。葵は身を捩って浴衣から腕を抜いた。  
獣が掴んだのは葵の温もりと失禁の染みが残った浴衣のみだ。  
黒い繁みを透かせた濡れそぼつパンティーのみを身に纏った姿で葵は走った。たわわな胸の膨らみがプルルンと揺れる。  
葵はキッチンを抜けてダイニングへと走った。男は自分が掴んだ浴衣を投げ捨てると足首にズボンが絡みついたままの姿で捨て身のダイビングを決行した。  
 届いた! 葵の細い足首を太い指ががっちりと掴んだ。バランスを崩して倒れ込む葵。  
 「ぶべぇッ!!」  
 転倒の衝撃に、男は折角掴んだ獲物の細い足首を放してしまった。  
すかさず身体を起こして逃げ出そうとする葵。だが、彼女よりも男の行動の方が一瞬早かった。  
芋虫のような指先が再び葵の足首を掴むと、そのままグイと彼女を引き寄せる。  
床に爪を立てて必死に抗う葵だったが、爪を伸ばす習慣の無い彼女の指先は掃除の行き届いた床の上を虚しく滑るだけだった。  
 獲物をなんとか確保した男は彼女の足首を掴んだままのっそりと立ち上がった。葵の身体が頭を下にして吊り上げられる。  
だらしのない肥満体ゆえに持久力は全くと言っていいほど持ち合わせてなかったが、膂力だけは巨躯に見合うだけのものがあるようだ。  
 「やあっ!! はっ、放して下さいッ!!」  
 
 足首を掴まれたままで葵は暴れた。脂肪の鎧に包まれた分厚い胸板を自由が残されているもう一方の脚で蹴ろうとしたが、あえなくそちらの足首も掴まれてしまった。  
 男は両足首を掴んだまま葵の身体を床に投げ出すと、そのままズルズルと彼女を後ろ向きに引きずってキッチンを後にした。  
 「放してっ!放して下さいッ!!」  
 身体を捩って、必死に抗う葵。食器棚の角に指が掛かった。咄嗟にその縁を掴む葵。彼女の肢体が一直線にグウッと伸びた。  
その貞操を賭けた男と葵の綱引きは、やはり力に勝る男の圧勝に終わった。なす術もなく折角掴んだ一筋の藁までもが葵の指先から零れた。  
 葵を引きずる男がズボンを脱ぎ捨てながらダイニングルームに入った。  
冷たい床の上を滑ってきた葵の体が宙に浮いた。浮遊感に包まれた葵が着地したのは、いつも皆が並んで食事を摂る大きなテーブルの上だった。  
 ガチャンと冷たい金属音がして、葵の右足首とテーブルの脚が繋ぎ止められる。  
 「ああっ!?」  
 手錠だった。いつの間にそんなものを手にしていたのか。銀色の鉄環が葵の足首でアクセサリのように煌いた。  
 うろたえ、動揺する葵の隙を突いて彼は左足までをも大きな食卓の反対側の脚に手錠で固定してしまう。  
 あられもない大開脚。巨大なテーブルが葵の下肢をパックリと割り裂いたのだ。慎み深き令嬢が生まれてこのかた一度たりとて取った事のない屈辱のポーズだ。  
だが濡れ透けた陰毛が悩ましく盛り上がった陰阜が男の視線に晒されたのは一瞬だった。  
葵が咄嗟に右手で秘め所を覆い隠したのだ。両の乳房は左手でしっかりと守っている。葵の眼差しと男の視線が交錯した。  
 普段どおりの日常ならば主に葵が、時には妙子やティナ、雅が腕を振るって作った料理を皆で談笑しながら口にする八人もの人間がゆったりと掛けられる巨きなテーブル。  
だが、今まさにその食卓の上に供されているのは葵本人に他ならなかった。まだ葵は気付いてはいなかった。  
これからこのテーブルの上で狂獣の晩餐が始まるのだ。匂い立つような麗しき美少女をその生贄として。  
 男は肩に担いだディパックを葵の股の間に下ろすと、その中からもう二つの手錠を取り出した。  
一体その二つの手錠が何の目的で使われるのか。流石に葵にも男の目的がわかった。  
最後に葵に残された上肢の自由が奪われるのだ。一体その後はどうなるのか。どうされるのか。まだそこまでは葵の想像は及んではいなかった。  
 男は手始めに、乳房を覆い隠している葵の左手の手首を掴んで無理矢理に引き剥がしにかかった。  
 「止めてッ! 止めて下さいッ!!」  
 その操がかかっているのだ。流石に男の力をもってしても、葵の手を引き剥がすのは容易ではなかった。  
 男は一旦諦めた。まず先にテーブルの脚に手錠を掛けておく。これで彼の両手が自由になる。葵と男の腕相撲が再開された。  
 流石に両手の力には葵も抗しきれなかった。乳房からじりじりと引き剥がされゆく左手。  
 小さな掌の下からは、風呂場の外から覗き見たふくよかな乳房がまろびでた。  
湯煙に遮られる事もなく、角度の悪さに歯噛みする事もなく、真正面から男の視線に曝される葵の膨らみ。  
先刻、心ならずも尖らせてしまった乳首はもう普段の可憐な佇まいを取り戻している。  
 葵の乳房を直に目の当たりにした事が男に力を与えた。ぐいぐいと引き離されてゆく掌と乳房。  
葵は咄嗟に股間を覆い隠していた右手で自分の左手を引き寄せた。歯を食いしばった葵が渾身の力をこめた。  
 
「ふおっ!?」  
 予想外の強さだった。男は思わず声を上げて驚いた。女は自らの操を守る為ならばここまで力を発揮出来るものなのか。  
なんと、引き離された左手が徐々に引き戻されてゆく。それは古風な貞操観念を持つ葵だからこそ成し得た一瞬の奇跡なのかもしれなかった。  
 当然の如く、この争いの間は葵の股間は全くの無防備だ。  
あたかもそれは、もうこの試合に負ければ後がないと覚悟を決めたサッカーのチームが本来ならゴールを守護するべきゴールキーパーまでもを攻撃に参加させる姿にも似ていた。  
 背水の陣。葵にももう後がないのだ。  
 だが、葵の最後の賭けは功を奏する事はなかった。男がその200kgはありそうな体重を引き手に掛けてきたのだ。  
 遂に葵の左手が伸び切った。もうこの状態からでは肘を曲げることも叶わないだろう。葵の左手首もとうとう銀色の戒めの下に跪いた。  
 がっくりと項垂れ、それでも再び股間を右手で覆い隠す葵。もうこうなっては、たった一本だけ残された右手の運命は極まったのも同然だった。  
 葵はテーブルの上にX字に磔にされてしまった。盛り付けが完了したのだ。  
男は満足そうに自分が成し遂げた仕事の見事さに目を細めた。是非ともこの姿を記憶以外のモノに留めておかなくては。  
 彼は葵の股の間のディパックを床に下ろし、その中から重そうな物を取り出した。カメラだ。  
 それを素早く構えると、フラッシュを瞬かせて葵の肢体をレンズの向こうに収める。  
 固く瞼を閉じ、顔を背けて撮られまいとする葵だったが、両手両足が縛められていては無駄な足掻きにすぎなかった。  
 含羞の表情を撮ろうと、彼が背けた葵の顔の方に回り込んだ。  
 バシャッ! バシャッ!  
 「!!」  
 顔を撮られている事に気付いた葵は反対側に首を曲げるが、男は執拗に彼女の表情を追った。  
 あっと言う間にメディアを一本使い切ってしまう。男は再び大きな手を袋の中に突っ込むと、メディアを数箱鷲掴みにした。  
まだまだ幾らでも記憶媒体はあるのだ。いったい今晩だけで何百枚、何千枚の画像を撮る事になるのかは、男自身にも判らなかった。  
 フラッシュが煌く度に葵の今がデジタルで記憶されてゆく。顔だけではない。  
男は椅子の上に立って葵の全身像をファインダーに収めたかと思えば、レンズを交換して乳房の先端を接写する。  
股の間でシャッターの音が連続しているのに気付いた葵は絶望的な気分になった。  
失禁して汚してしまったパンティを撮られているのだ。恥辱のあまり、硬く閉じた葵の眦から涙が一筋二筋、はらはらと零れ落ちていった。  
 
 たった今失禁したばかりの葵の秘所は、接近したカメラのレンズが曇る程にムンムンと蒸れていた。  
冬場の屋外ならば、間違いなく湯気が立ち昇っていることだろう。彼は時折曇ったレンズを拭きながらシャッターのボタンを押した。  
 なんという生々しさ、なんというリアリズムだろう。  
オシッコもウンチもしない二次元の美少女では味わうことの出来ない本物の迫力に彼は我を忘れて写真を撮り続けた。  
 グズグズに濡れてヴィーナスの丘に張り付いた薄布はその内側の真っ黒な繁みを余すところなく曝け出していた。  
違う。ツルツルパイパンのアニメ美少女とは明らかに違う。夢ではないのだ。  
 股の間に生えた縮れ毛こそ、かつて彼が憎んだ現実世界の雌豚を象徴してやまない物だった筈だ。それなのに、俺は今この桜庭葵の陰毛に激しく興奮している。  
こんな清楚な美少女が、股の間にこんなモジャモジャとしたものを生い茂らせているというギャップが彼を昂らせているのだ。  
 
 葵の股間の繁みは意外に濃く、割れ目の上端と思しき場所を発生源とした漆黒のジャングルは細長い短冊状になって肛門の付近にまで到達しているようだ。  
 先刻、風呂で尻を洗う葵の眉をひそめさせた原因がこの濃過ぎる陰毛だったのだ。  
 初潮を迎えたのと前後して繁茂し始めた陰毛は見る見る間に葵の股間を覆い尽くして深いジャングルを形成したのだ。  
しかも、最近ではそれがどんどん後ろの方へとその範囲を拡げて遂にアヌスにまで達してしまったのだ。  
 勿論つぶさに観察した訳ではなかったが、ティナや妙子は勿論、年上の雅でさえもこんな所まで毛を生い茂らせてはいないようだった。  
殊更、脇の下のように手入れしている様子も見受けられない。  
 自分の体が異常なのか。毎晩風呂に入って尻の孔を洗う度に葵は煩悶した。  
いっその事、剃ってしまうべきかどうか誰にも相談することが出来ないままでいる間にも陰毛は野放図に伸びて行った。  
 そんな、葵の最も秘めておきたい場所さえも、たとえパンティ越しとはいえ撮影されてしまっているのだ。  
しかもそのパンティはと言えば、自分が漏らしてしまった小便でスケスケになってしまっているというのに……葵の絶望はより一層深まるだけだった。  
 
 もうこの状態の葵の肢体は余すところなくカメラに収めた。膨大な量だった。恐らくこれだけでも当分の間ズリネタには困らない筈だ。  
 しかもまだこれでお終いではないのだ。陵辱劇はまだ開幕を迎えたばかりなのだ。どうやら時間もたっぷりありそうだ。  
備えあれば憂いなし。こんな状況を想定していた訳でもないのに、いつか巡ってくるかもしれない僅かなチャンスに備えて手錠をディパックに入れておいた自分の用意周到さを褒めてやりたかった。  
 そして彼は、今宵このような幸運と舞台を用意してくれた天に感謝した。  
 いよいよだ。桜庭葵の処女を奪った瞬間、俺の中で何かが変わる筈なのだ。  
 生まれて初めて迎える昂りに彼は醜い顔面を歪めて微笑みの形を作った。  
 汗にまみれたシャツを脱ぎ捨てると、無駄毛を生やした上半身が露わになる。  
これで葵と俺はパンツ一枚の対等な姿になったのだ。衣服を纏わぬ男の姿はテーブルの上の葵との対比で彼の醜さはより一層強調される。  
 美女と野獣。葵は美女と呼ばれるにはまだ体の線に蒼さを残していたし、野獣と呼ぶのも憚られるだらしなく弛緩しきった肥満体ではあったが、彼がケダモノであるのも事実だった。  
 そのケダモノの指先が葵の胸に実ったたわな果実に向かって伸びた。  
 「!!」  
 乳房に触れられた瞬間、葵の躯が強張った。アクシデントを除けば、まだ薫にさえ触らせた事のない無垢の膨らみが蹂躙された瞬間だった。  
 (な、なんて柔らかいんだッ……)  
 乳房の柔らかさは男の妄想を遥かに上回った。ただ柔らかいだけではない。この感触を何と表現すればいいのか。  
男の乏しい人生経験のなかで、これ程までに心地良い手触りを持つものに出会ったことが無かった。掌を乳房の上に載せただけなのに頭がクラクラする。これが女の体か。これが現実の世界なんだ。  
アニメの乳揺れ描写に一喜一憂していた自分は一体なんだったのか。危うくこの感触を知らずして人生を無為に過ごすところだったのだ。  
もう一方の乳房の上にも掌を重ねてみる。まるで+極と−極に触れて通電したかのような電撃が脳天を突き抜けた。  
 一体、オッパイとは何で出来ているのか。蛋白質と脂肪? 嘘だ。うそだウソだ嘘だ嘘嘘嘘嘘嘘嘘。嘘に決まっている。  
こんな手触りを持つものが俺の体を構成している物質と何ら変わるところが無いなんて嘘に決まっている。  
男の手に力が篭った。その指先が柔らかな乳肌に沈んでいく。葵の瑞々しい肉体は、豊かな弾力で男の指を押し返した。  
 凄いっ。凄いぞッ。男はプリプリと弾むような葵の乳房の感触を思う存分に味わう。  
葵が花菱のヤツとセックスをしていないのはほぼ間違いの無いところだろうが、胸ぐらいは揉ませているかもしれない。  
嫉妬の炎が彼の心を焦がした。その焦燥がぶつけられる葵の乳房は堪ったものではない。  
 股間のごく一部を除いて無駄毛の無い葵の滑らかな肌にじわりと汗が浮かんだ。抜けるような白さの餅肌が乳房を中心にしてうっすらと桜色に染まってゆく。  
 わしっ、わしっ、と音がするかと錯覚するほどに強い力で揉み込まれる葵の乳房に起きた変化を男は見逃さなかった。  
 「……葵ちゃん。乳首が勃ってるよぉ、うへへへへへへ」  
 「嘘ッ!!嘘ですッ!!」  
 じつのところ、葵自身も自分の体の反応には気付いていた。  
それだけに男の言葉には瞬間的に応えてしまったのだが、思い返してみれば彼が意味のある繋がった言葉らしい言葉を喋ったのは先刻の「待って」という一言を除けばこれが初めてだった。  
しかも、男は葵の名前を知っていたのだ。彼女にとってははじめて見る顔の筈だ。これだけ得意な容貌をしていれば嫌でも記憶の片隅に残っているだろう。だが葵には全く覚えが無かった。  
 「どうしてこんな事をするんですかッ!? 放して下さいッ!!」  
 「……」  
 「私に、私に恨みがあるんですかッ!?」  
 男はまた無言の行に戻った。  
 
 「い、今すぐにここから出て行ってくれるのなら警察にも誰にも言いません。お願いですからどうか、どうか思い留まって下さい!」  
 見かけによらず芯はしっかりしているようだと男は舌を巻いた。  
もっと泣き喚いて暴れて叫ぶものかと想像していたので口を塞ぐためにボールギャグまで準備してきていたが、  
予想に反して彼女が静かだったのでいままでその存在を失念してしまっていた。  
 どうしたものか。彼女の声を聞いていたいのは山々だったが、諦めて口を塞ぐか。だが、破瓜の瞬間の彼女の声だけは聴きたかった。  
 「どうかこれ以上罪を……むっ……むうっ……」  
 葵は目を白黒させた。男は思いもよらぬ方法で彼女の口を塞いできたのだ。  
 キスだった。  
 いや、それをキスと呼ぶのかどうか。男はただ単に大きな口を開けて彼女の上半身に覆い被さり、その分厚いタラコ唇で葵の花弁のように可憐な唇にむしゃぶりついてきたのだ。  
 葵のショックは大きかった。つい先程も彼の下敷きにされて唇を吸われたが、パニックに襲われている最中だったこともあってそれ程衝撃は受けていなかったのだ。  
 初めてのキスではないことだけが救いだった。薫とは何度か唇を重ねたことがあった。  
だが葵の、薫との大切なキスの記憶の上に泥を塗りたくるようにしてこの男との口付けの記憶が上書きされてしまったのだ。  
 一体、いつまでこのキスとも呼べぬキスは続くのか。葵が肺の中の酸素を使い果たそうかとしているにも関わらず、彼は彼女の唇を塞いだままだ。  
ニキビと出来物だらけのむさ苦しい顔面をグイグイ押し付けてくるので、形のいい葵の鼻はひしゃげるように塞がれて呼吸の道が全て閉ざされてしまっているのだ。  
 男がようやく彼女の唇を解放した。葵は咳き込みながらも新鮮な空気を貪った。  
荒い息を吐く葵が、こっそりと何かを口に含む男の様子に気が付かなかったのも無理からぬことではあった。  
 まだ呼吸が回復しきらぬうちに、男が再び葵の唇に吸い付いた。  
 「むうッ! むぐうッ!! ふむうううううッ!!」  
 涙を滲ませて必死に抗う葵。顔を背けようにも、男の大きな掌が左右から葵の小さい頭をがっちりと挟み込んでいるので如何とも動きが取れなかった。  
 男が唾液を葵の口に垂らし込んだ。吐き出したくとも、この状況では何ともしがたい。呼吸が回復しないまま再び口を塞がれたので、反射的に口の中の物を飲み込んでしまう。  
 「ううん! うんッ! むううんッ!!」  
 男は尚も唾液を誑し込んでくる。喉に引っ掛かる固形物。葵が違和感に気付いたのは、それを飲み込まされた後だった。  
 男が満足気な表情を浮かべて葵から離れた。  
 葵はゼイゼイと喘ぎながら男に尋ねずにはいられなかった。  
 「い、今……何を……飲ませたのですかッ……」  
 男はニヤニヤと笑いながらも答えた。  
 「ぐふふふふ、後のお楽しみだよぅ……」  
 陵辱劇はまだ序盤に過ぎない。これから第二の幕が上がるのだが、葵は勿論、男でさえもこの舞台が第何幕まであるのかは判らなかった。  
 
 鼻をクンクンと鳴らし、顔を背ける葵のうなじから立ち昇る体臭を男が吸い込む。  
目を閉じて全ての神経を嗅覚に集中させ、磔にされた少女の甘い芳香を思う存分に堪能して、男の表情が陶然とした。  
嗅がれる方の葵にとっては堪ったものではないが、それ以上に彼女を辟易させているのは、男が放つ獣じみた汗臭さがプンプンと匂ってくることだった。  
全身の肌を粟立たせる程のおぞましさが葵を包み込んだ。  
 「あっ!」  
 男は何かを思い出したかのように葵の上から離れた。  
 脱ぎ捨てたズボンを手に葵の傍に戻ってきた男はソノポケットから何やら白い物を取り出した。  
 一体今度は何が出てくるのか。体を硬くして身構える葵だったが、彼女が目にしたのは彼女自身が最も見慣れている小さな布切れだった。  
 男はまずブラジャーを広げた。頭上にかざして蛍光灯に透かして観察している。  
一体それで何をするつもりなのかと葵が注視しているのに気が付いた男は、これ見よがしに片方のカップをマスクの様に口元に当て、鼻で思いっきり息を吸い込んだ。  
 「やっ……止めてッ!!」  
 今日一日の汗がたっぷり染み込んだブラジャーの匂いを嗅がれるなど、葵にとってはこれ以上無いほどの辱めだった。  
 だが、そんな葵の心の内を知ってか知らずか、葵の汗の匂いを心ゆくまで堪能している。  
 葵はそれ以上男の姿を見ていることが出来ずに、目を閉じて顔を背けた。だが、男が次の瞬間放った一言は葵の瞼を抉じ開けて振り向かせるのに充分な衝撃を与えた。  
 「……お次はパンティだよぅ、葵ちゃん」  
 「そっ!……それだけはっ!それだけは止めて下さいッ!お願いしますッ!!」  
 血を吐くような葵の叫びは呆気なく無視された。左右のそれぞれの指でパンティの両端を摘み、葵が最も秘め隠しておきたかった船底の部分を拡げた。  
 「嫌ッ!嫌ァッ!!嫌ああああああああああッ!!!」  
 葵の絶叫が館中に響き渡った。これには流石に男も焦った。素早く掌で葵の口を覆うと、足でデイパックを引き寄せて空いた片手でその中をごそごそと漁った。  
 男は手にした物を改めて見た。こんな物は使うつもりは全く無かったが、念の為に準備しておいたのだ。  
尤もそれを本来の目的で使うつもりは毛頭無い。あくまでも威嚇の為だった。  
 口を塞がれても尚もくぐもった声で叫び続ける葵の目の前に、ぎらついた光を放つ凶刃が出し抜けに突きつけられた。如何にも切れ味の鋭そうなナイフだった。  
 葵の円らな瞳が大きく見開かれた。シンと静まり返る館に、時計の秒針が時を刻む音だけがやけに大きく感じた。  
 静寂の時が流れた。耳を澄ましてみてもパトカーのサイレンの音も聞こえなければ、インターホンが鳴る事も無かった。  
 男はほっと胸を撫で下ろした。だが、この際きっちりと彼女に叩き込んでおかなければならない。男は甲高い地声を精一杯低くして葵の耳元で囁いた。  
 「……いいか。今度大きな声を上げたら殺すぞ。ただ殺すだけじゃない。  
お前が死んだ後で犯してやる。捕まる前にこのパンティをお前の顔に被せてやる。そんな無残な死に様を花菱に曝したいのか」  
 勿論、それは男の本意ではない。流石に葵を殺す事までは考えてもいなかった。あくまでも脅しのつもりだ。  
 『花菱』の一言が葵を最も動揺させた。この男は薫の事まで知っているのだ。男の昏い瞳の奥に底知れぬ恐怖を感じた葵は首を激しく振って否定の感情を伝えようとした。  
 「……大きな声を出すな。いいか」  
 コクコクと肯く葵。男がゆっくりと口から手を離して葵の様子を見る。大丈夫だと判断したのか、男はディパックの中にナイフを仕舞った。  
 動悸が静まるまで男は待った。大丈夫だ。館の外にはいつもの日常が流れているようだ。狂気は、この建物の中にだけ封じ込まれていた。  
 
 男が中断させられたパンティの検分を再開した。寛げられた船底の裏には、葵が二次元の世界のキャラクターなどではない証がくっきりと刻まれているのを見逃す男ではなかった。  
間違いなく葵の割れ目がここに密着していたのだ。  
うっすらと残る黄ばんだ縦ジミは拭き残された小便の跡か、あるいはオリモノか。よくよく目を凝らせばそのシミ筋はまるでナメクジかカタツムリが這った跡のようにテカテカと光っている。  
これは間違いなく葵が膣から分泌したものなのだ。鼻を押し当てる。濃厚な磯の香りが男の肺腑を満たした。潮の香りの中に、ほんのりと果実が熟したような甘酸っぱいフローラルな香りも嗅ぎ分けられる。  
「やっぱり脱ぎ立てのパンティやブラジャーは全然違うよぉ……洗濯したての綺麗な下着とは比べ物にならないね。匂いの濃さが違うよ、うへへへへへ」  
 葵が男の言葉に身体を硬くした。  
 (私の下着を盗んでいたのは……やはりこの人なんだわ……)  
 男は欣喜雀躍してパンティの底を舐めた。ピリッとした苦味と潮の味が彼の口中に広がった。彼は頬張るようにしてパンティを口の中に突っ込み、抽出された僅かな葵のエキスを吸い取った。  
 葵は再び目を閉じて顔を背けている。手が自由にさえなれば耳も塞いでしまいたいところだ。男が自分の汚れた下着を使って何をしているのか。  
考えたくも無かった。だが、聴覚から脳に入ってくる情報は葵にしたくもない想像を強要した。  
一体何をしているのか、グチュグチュ、ヌチャヌチャと世にもおぞましい音が聞こえてくる。葵の心が絶望で塗り潰されてゆく。  
 男は舐めしゃぶったパンティを投げ捨てた。もう自分の唾液の味しかしなかった。だががっかりする必要は無い。目の前に桜庭葵の瑞々しい肢体があるのだ。  
幾らでも、思う存分。パンティやブラジャーに残された僅かなものはもう必要なかった。  
彼はその源を手中にしているのだ。笑いが止まらなかった。どうだ。俺はやれるんだ。今まで俺を馬鹿にしてきた奴らめ。見ろ。見てみろ。これが俺の獲物だ。俺だけの獲物だ。  
お前らが一生かかっても味わうことの出来ない絶品の果実だ。見たか花菱。お前がモタモタしてるからこういう事になるんだよ。葵の処女は俺が頂くぜ。俺を、俺を俺を俺を俺を俺を小馬鹿にしやがって。  
見せてやるぜ、花菱。葵の乳房がどんなに膨らんでいるかを。見せてやるぜ花菱。葵の膣の中がどんなふうになっているかを。教えてやるぜ、花菱。葵の唇が、乳首が、膣がどんな味をしていたかを。  
聴かせてやるぜ花菱。葵が処女を失ったとき、どんな声で啼いたのかを。だけどお前は見るだけだ聞くだけだ知るだけだ。もうお前には葵に指一本たりとて触れさせてやるものか。これは俺の女だ。俺だけの女だ。  
これからその証を葵の躯に刻んでやるよ。一生消えることの無い傷を葵のオマンコに刻み付けてやる。  
悔しいか。悔しいか悔しいか悔しいか花菱。ざまあ見ろ、花菱の奴め。ふひっ、ふひひひひひっ、ふひひひひひひひひひひひひひひひひひ……  
 
 
 薫はベッドに寝そべっていた。両脇に女を抱え込んでいる。右にいるのがティナ・フォスター、左にいるのが水無月妙子だ。  
左右の手はティナと妙子の乳房をやわやわと揉み込んでいる。しかし二人ともうんともすんとも言わずにすやすやと寝息を立てている。  
しどけなく拡げられた二人の股の間からは薫が注ぎ込んだ大量のザーメンが逆流してきてベッドの上に染みを作っていた。  
二人とも薫の激しいセックスに失神させられてしまったのだ。タバコを咥えた唇の端から煙を吐き出すと、薫は物思いに耽った。  
 どうする。そろそろ葵をヤッちまうか。  
触れなば落ちんという風情の葵は、薫にとっては何時でも手に取って齧る事が出来る果実のようなものだった。それをここまで引き伸ばしている理由に薫は我ながら呆れるしかなかった。  
 薫の昔からの癖だった。一番好きなオカズは一番最後に食べるのだ。  
 言い寄ってきた女とセックスするのは、薫にとってはただの摘み食いだ。この場にはいないが美幸繭もつい先日美味しく頂いた。勿論、薫になびく女ばかりではない。  
だが、どの女も一発嵌めてしまえば皆同じだった。今、薫の股の間に顔を埋めて、ティナと妙子の恥汁で汚れた男根を一心不乱に清めているこの女もそうだ。  
葵様に御仕えする私がこんな、とか何とか御託を並べていたが、薫の女泣かせのイチモツを嵌めてからはすっかり従順になり下がった。  
どいつもこいつも女なんて皆同じだ。葵だってそうに決まっている筈だ。  
 薫の心を読んだ訳でもないだろうが、雄々しくそそり勃った巨根に奉仕していた神楽崎雅が顔を上げた。薫は冷たく「続けろ」と言い放つ。  
 目下、薫を悩ませているのは新たに現れた獲物と葵のどちらから先にいただくかという一点のみだった。  
 中学生は久し振りだ。それこそ、薫が中学生だった頃以来ではないだろうか。あの小娘の反応からすれば、わざわざ従姉妹の妙子に手引きさせるまでもなく簡単に股を開くだろう。  
 薫の頬に苦笑いが奔った。これじゃ何時までたってもメインディッシュにありつけやしない。  
 「よし、いいぞ、雅。自分で跨って俺のモノを咥え込め。腰をしっかり振れよ。締まりの緩いただの年増のババァにゃ用が無いんだ。せいぜい俺に捨てられないように心を込めて尻を振るんだ」  
 恨めしそうな視線を薫に向けながらも、雅は唯々諾々と命令に従った。もうこの男からは逃れられないのだ。  
自分の主人がむざむざとこの鬼畜の毒牙にかかるのを黙って見ているしかないのだ。そんな鬱屈した感情も、薫の剛直に貫かれた瞬間にどこかに吹き飛んでしまっていた。  
 「お、なかなか良いじゃねえか、雅。お前が気を失うまでこってりと可愛がってやるぜ。明日の朝まで保つか?  
安心しな。お前が失神してもこいつら二人をたたき起こすだけだ。その代り、もう一度お前の番が回ってくるかどうかは保証出来んぞ」  
 その声はもう雅には届いていなかった。雅が腰を振るたびに大きな乳房がブルンブルンと揺れた。雅は心の片隅で祈った。  
 (どうか……どうか葵様だけはこの男の手に掛かりませんように……)  
 雅は知らなかった。同じ夜空の下で、その祈りが悪魔に聞き届けられている事を。  
 
続く  
 

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