「「いただきます」」
「はい」
葵の返事を合図に、薫は好物のイワシのハンバーグに箸をのばす。
みんな揃っての夕食の席。こうやって家族団らんホームドラマのような時間は、一人暮らしが長かった薫にはどこかこそばゆく楽しい。
しかし、今日はいつもとはちょっと違う。主に隣りに座っている人物の様子が……
チラリッと、なにげなくを装いながら視線を送る。
「!?」
目が合うと、ティナはサッと顔を伏せた。その頬は赤い。食べ始めてからずっとこれの繰り返しだ。
まあ、無理もないだろう。薫とティナの心と身体が結びついてから、まだ三時間弱しか経ってないのだから。
薫もそんなティナの乙女チックな反応に悪い気分はしない。
アイコンタクトで応えたりする。すると、それに気づいたティナの頬が増々赤くなり、いまや小さなお茶碗に顔を突っ込みそうだ。
その可愛らしい仕草に、薫の表情にも思わず笑みが零れる。
“コツンッ”
テーブルの下、脛を軽く蹴られた。だらしなく緩みそうになった薫の顔が瞬時に引き締まる。
目聡く、二人の『愛コンタクト』はチェックされていたようで、そろ〜〜っと、薫は足が飛んできた方を窺ってみると、
「……………………」
雅の視線が激しく痛い。
ちなみに、雅は薫の正面に座っている。その雅の視線が、ゆっくりと右に動く。つられて薫もそっちを見た。
葵がいる。自分の……許婚だ。薫を、どこか淋しそうに見ている……と感じてしまうのは、葵に対して後ろ暗いからだろうか?
ティナと関係を持ったのを後悔はしていないし、もちろん雅ともそうだ。それでも胸がチクリッと痛んだ。
……どこかで調子に乗ってなかったか?……花菱 薫……葵ちゃんはそれでなくともガマンしてるんだぞ……
「葵ちゃん、おかわりもらえるかな?」
笑顔で葵にお茶碗を差し出すと、
「はい」
弾んだ声で葵が受け取る。
「ふぅ〜〜」
少し自己嫌悪に陥りそうな御機嫌取りだが、葵がそれで喜んでくれるならかまわない。
ただ視界の端で、薫の心を読んだように“ウンウンッ”と頷いてる雅には、ちょっと釈然としないところもある。
……こうなった責任の半分……とは言わないけど……きっかけは雅さんなのになぁ……
心の中で雅に対して密かにグチッてみた。もっとも、半分以上はきっかけをくれた雅に感謝している。
“チョンッ”
軽く爪先で、ストッキングに包まれた雅の足に触れる。雅が薫を見た。周りにバレないよう、素早く目礼だけする。
微かに雅が顎を引く。その頬が赤いのは、いくらなんでも薫の気のせいだろう。おそらく……
「はい、薫様」
「ありがとう、葵ちゃん」
笑顔の葵から茶碗を受け取ると、薫はハンバーグを口の中に放り込む。しかし、ピンチはまだまだ順番待ちしていたようで、
「ねぇお兄ちゃん ハーレムってなに?」
“ご……くんっ”
薫の、男にしてはあまり目立たない喉仏が大きく上下する。
口の中のイワシのハンバーグは、葵が丁寧に下ごしらえしてくれてるので、もちろん骨などはない。
それでも丸呑みするには、いささか大きすぎた。
「どうしたのお兄ちゃん?」
薫の右隣りに座ってるちかが、不思議そうな顔で聞いてくる。
「こ、こらぁ ど、どこでそんなの習ってくるの〜〜!!」
慌てて口を挟んだのは妙子だ。
ワイワイとしていた食卓が、いたいけな少女の無邪気な爆弾でとたんにシ〜〜ンとなる。
いま、女が五人に男が一人食卓を囲んでるわけで、非常に説明しやすいシュチュエーションではあった。
ここでいつもなら、ティナが自信満々でズレた答えをちかに教えて、それを皆でツッコむのだが、今回は少し様相が違う。
なにしろボケ役切り込み隊長のティナとツッコミ役筆頭の雅、この二人がなんの反応もしない。
「……あ、えっと……ダメよちかちゃん、そういうのは」
しょうがないので、ちかの自称保護者である妙子が答えになってない答えを返す。
「んぅ? ハーレムってダメなの? どうして?」
意味もわからずに、頭ごなしにダメだと言われても、この年頃の子が納得してくれるわけもない。
好奇の矛先は妙子に向かう。
「妙ねぇちゃんは知ってるの、ハーレムって?」
「え!?」
「知ってるんならちかにも教えてよ」
……ちかちゃんに教える……かぁ……
こんなときだが、『幼女趣味の人の気持ちもわからなくはないなぁ』とほんの少しだけ薫は思って、思ってから大いにヘコんだ。
「それはその……ひ、一人の男の人が……そのたくさんの女の人と、その色々……その……」
薫がヘコんでいる間に、妙子はハーレムがなんたるかをちかに教えようとするのだが、どんどん尻切れトンボになっていく。
そんな妙子が救いを求めるように見るのは、この場にいる唯一の男性だ。
……こんなとこでフラレてもなぁ……
しかし、捨てられた子犬のような潤んだ瞳を向けてくる妙子をほっぽっとくわけにもいかない
「えっとね、ちかちゃん……」
「もしかして、ハーレムって悪いことなの?」
「どう……かな……」
それだけで口ごもる薫。なんのヘルプにもなってない。正直なところ、薫は自分が誰かに助けてほしかった。
そしてこの話題で薫がヘルプを指名したい相手が一人いる。
“チョンッ”
ストッキングに包まれた足を軽く突付いて、エマージェンシーコールを送る。
“もぐもぐ……”
気づいてはいるはずだが、雅は素知らぬ顔だ。
「お兄ちゃんわかんないよぉ」
「ちょ、ちょっとまってね」
“チョンッ、チョンッ”
虎の尻尾を踏んだらこんな感じだろうか? それでもしつこく突付くと、『情けない』といった表情を浮かべて雅が顔を上げる。
「べつに悪いことじゃありませんよ、殿方に甲斐性さえあれば」
「甲斐性?」
「ハーレムとは、一人の男性が大勢の女性とお付き合いすることです」
「それって……いいのぉ?」
雅の淀みない答えにも、ちかは首を捻った。
「ん? そうするとお兄ちゃんはハーレムしてるの?」
「「え!?」」
なにか言い方が可笑しかったが、ちか以外の全員の声がハモる。薫の顔には、痛いくらいの視線が突き刺さっていた。
ここで『マズい』と感じて、行動までハモった人物が二人いた。
言い方は悪いが共犯意識だろうか、薫と雅である。
“シュッ”
互いに相手の足を蹴ろうとするが、薫の方が一瞬だけ速い。足が脚気の検査をしたようにピ――ンッと伸びる。
“スポッ……”
「「え、ええ!?」」
またハモるが、こんどは二人だけだ。
温かく柔らかい。薫の足先はうれし、ではなく、えらいところに潜り込んでいた。そっと顔を上げると、雅と目が合う。
なぜ……そんな行動を取ったのかはわからない。
キッと睨らむ雅の瞳の奥が潤んだような気がしたとき、クイッとショーツの上から、足の裏を恥丘へと押し付けるように動かしていた。
「んッ……」
ナイロンの滑らかな布地を、薫の素足がすりすりと秘裂のラインを撫ですさるように蠢く。
雅の視線がそのたびにどんどん厳しさを増していくが、薫は不思議と怖いとは思わなかった。
いま薫の背筋をゾクゾクさせているのは、恐怖心とはあきらかに違うもの…………快感と呼ばれる感情である。
“チョイチョイ”
「どうしたのお兄ちゃん? 急に大きな声出したりして?」
シャツの袖を引っ張りながら、箸を口に咥えたままの、幼さの抜け切らない可愛い仕草でちかが首を傾げた。
「私そんなに変な事言った?」
その瞳は一点の穢れもなく無邪気で、双眸に映る薫を信頼しきっている。
さぞ将来は美人になるだろう、だがまだまだ原石のままの少女の純粋な瞳に見つめられて、薫の良心がチクチクッと痛んだ。
……なにやってるんだ俺は!!……ちかちゃんをガッカリさせるような真似をするなよ!!……
この少女の期待に出来るだけ応えたい。裏切りたくない。だが人間の心の構造は複雑怪奇で、
“クニュ……”
「んぅッ……」
雅の唇からまた微かな声が洩れる。薫は指の形をチョキにすると、少しだけ爪先を秘裂へと喰い込ませた。
背信的な行為は、さらに快感を得る為の極上のエッセンスである。
「ちかちゃん、そんな事ないよ」
怒っているような、拗ねているような、そんな熱っぽい視線を向けてくる麗人をわざと無視するように少女に微笑みながら、
薫の爪先はバイブレーターのように小刻みに振動を秘裂へと与えていた。
「んッ……ふぅッ………くぅ……」
除々に、雅の唇から洩れ出す声が大きく艶を帯びてきている。隣に座っている葵がその声を聞き止めた。
「あの……どうしました雅さん、身体の調子でも悪いんですか?」
「え!? あ、いえ、はぁ、あお、ふぅッ、様、大丈夫、はぁ、です……」
葵に答えながら、雅はチラチラと咎めるように睨むが、とうの薫は涼しい顔でちかとしゃべっている。
二人の立場はいまや完全に入れ替わっていた。