「♪フンフンフン ♪フーンフフン」  
今日の食材は、梅雨の水を飲んで旨くなるというハモだ。  
アゴの発達した獰猛な魚で、小骨が多く、調理が難しいことでも有名だ。  
東京では、そこらのスーパーではお目にかかれない高級食材だが、  
懇意にしている市場のオヤジから、サービスで安く譲って貰った。  
これを生かしたまま、1寸につき26筋、皮を切らずして骨を断つ。実に良い鍛錬になる。  
ハモといえば京都だが、実は私の故郷と地理的、文化的に割と近いところにある。  
だから、私にもそれなりに調理の心得があるんだ。  
「♪フンフンフン ♪フフフフーン」  
大阪育ちで酒飲みの雨柳先生は、さぞ喜ぶだろうな。  
青森生まれの弓雁など、ハモの名前すら知らないかもしれん。  
桜子は・・・まあ、喜ぶだろう。高級食材に縁があるとは思えん。  
ハチベエは、どうせ何を出しても感激したような顔をすることだろう。  
あいつは何気に、なかなか本心を見せてくれんからな・・・。  
「そんなことないって。マジで鳳の料理はプロ顔負けだぜ?」  
「ひゃあああああ!?」  
突然、背後から声を掛けられ、不覚にも悲鳴を上げてしまった。  
この寮で私の後ろを取るようなヤツと言えば・・・前田ハチベエ、やはりオマエか!!  
「キサマ・・・、私の背後に立つでないわ!」  
それも不覚だったが、まさか独り言まで聞かれていたとは・・・。  
「あはは、ゴルゴじゃねーんだから。でも、わりぃ、驚かせちまったか」  
冗談交じりにひょうひょうと謝るのが、私のカンに触った。  
「フン、別に驚いてなどおらぬ。思い上がるな」  
「でも、今のスゲェいい声だったぜ? しまった、録音しておきゃよかっ・・・」  
 
「何か用か。私は料理中だ。つまらぬ用なら殺すぞ」  
ヤツが下らんたわごとを言い始めたので、声にドスを利かせて要件を聞き出すことにした。  
さすがに、この声だとヘンな反応はしないな。フン。  
「あ、ああ、鳳のおじいさんから小包が届いてるんだ」  
そういえば、ハチベエは茶色い地味な包装の小荷物を持っている。  
「おじい様から・・・?」  
私は受け取った小包の、送り主の名前をしげしげと見つめた。  
秋水流忍術の使い手として私を育て、後継者として期待してくれていたにも関わらず、  
私のわがままな夢と自由を認めてくれた、おじい様・・・。  
形の上とはいえ、私は破門された身だ。もう縁を切られたも同然と思っていたのに・・・。  
む? 何だハチベエ、その顔は。私が感慨に耽るのがそんなに意外か?  
「フン、ご苦労だったな。食えるものだったら、オマエにも恵んでやるぞ」  
「えっ、オレ、お駄賃催促してるような顔してたか?」  
「バ、バカモノ。寮のみなで食べるというだけのことだ」  
そうだ、別にオマエだけ特別扱いするつもりなんかなかったんだからな!  
「ははは、そうだよな。ところで、三重で思いついたんだけど」  
なんだ、藪から棒に? ・・・ああ、小包の送り主の住所欄に、三重県葉隠町とあるな。  
「今度の夏祭りで、鳳に伊勢音頭を披露して貰いたいな〜なんて思ったりして」  
「また良からぬ事を企んでおるのだろう。第一、葉隠の里は伊勢の国ではないぞ」  
「いやいや、伊勢音頭っていや日本の代表的な民謡だろ? やましいことなんか企んでねーって」  
嘘だな。代表的な民謡だとか、そういう教科書的なセリフが怪しいんだ。  
「私は民謡などよく知らぬ。歌詞を教えろ。話はそれからだ」  
「え、あはは、使う楽器は三味線でも、鳳は生粋のロッカーだからなぁ!」  
「私は歌詞を教えろと言ったんだ」  
 
私はハチベエの眼前でクナイを閃かせた。ハモの骨切りに使っていたヤツだ。  
「わかったわかった! ウェブサイトに載ってるオフィシャルなヤツを見せてやるよ」  
ハチベエはケータイでそのサイトにアクセスし、おそるおそる私に差し出した。  
ttp://maturi.jp/iseon.html  
ハモを湯引きしながら、反対の手でケータイの画面をスクロールさせる・・・。  
フン、思った通りだ・・・。コイツ、私が婉曲な表現を理解できんとでも思っていたのか?  
「なんだ、この穴探しやら竿探しやらいうのは?」  
「はぁん・・・!!」  
こ、この男、エロ語(?)を聞いただけで喜んでやがる・・・。  
「ええい、バカモノォ! キサマ、イチモツを1寸につき26筋刻まれたいか!?」  
「わーっ!! ごめんなさいーっ!!」  
私が怒鳴りつけると、ハチベエは一目散に厨から退散していった。バカめ。  
ヤツが去った戸の方を見やると、そこには弓雁が何故か顔を真っ赤にして立っていた。  
「鳳先輩・・・下品です・・・」  
今の啖呵を聞かれていたのか!? おのれハチベエ!! キサマは晩飯抜きだ!!  
 
    *    *    *    *  
 
夕食を終え、自室に戻った私は、おじい様からの小包を開けた。  
割とずっしりしていたが、中身は何だろう。お中元にしては遅いし・・・。  
ン・・・ハードカバーの書物が数冊か。なんだ、食べられるものじゃなかっ・・・。  
ハァ!? タイトルを確認して、私は度肝を抜かれた!  
『やさしい房中術入門』  
『実践房中術テクニック』  
『できる房中術』  
 
な、なんだコレは!? 房中術というのは、要するにアレ・・・その・・・ックスのことだ。  
はっ・・・もしやハチベエのイタズラか!? おのれ、手の込んだマネを!  
もし食堂で包みを開けていたら、とんでもないことになっていたではないか!!  
怒りに震える私の手から、一枚の紙が落ちた。本に挟まっていたらしい・・・手紙か?  
『一筆啓上。汝、我が術を尽く授かれど忍道未熟なり。精進せよ』  
・・・この達筆、おじい様のものに間違いない。なんということだ。  
あ、小包の伝票も、楷書だが確かにおじい様の字だった。疑ってすまん、ハチベエ。  
それにしても、精進せよとはどういう意味だろう。このエロ本と何の関係が・・・はっ。  
そ、そういう意味ですか、おじい様。くノ一ならば、女の武器を磨かねばならぬと!!  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。  
私の全身を脂汗が伝う。もちろん、そんな修行なんてした事ない。  
本来、忍術とは諜報、簡単に言えばスパイ技術だから、寝技も立派な一分野だ。  
だが、我が秋水流は違う。他流とは一線を画す、純粋で最強の戦闘術だ。  
もちろん、敵陣に侵入したり、追っ手の目を欺くぐらいの術はあるが。あと、拷問術とか。  
ふーむ、房中術とは男女の陰陽交合による内丹仙術である。・・・忍術とは違うのか?  
・・・って! ナニ読んでるんだ、私は!!  
いつの間にか手に取っていたエロ本を乱暴にブン投げた。ちょうどそのとき、  
「いてっ!」  
扉を開けて現れたハチベエの頭に、ハードカバーが直撃した。え、ハチベエだと!?  
「ぶわーーーっ!!」  
「な、なに?」  
この男に本を見られるのはマズい! マズい気がする!!  
「ノックぐらいせんかバカモノ! 出て行け!!」  
「えー、ノックしたぜ? それよりオレ、ひもじくてひもじくて・・・」  
 
「知わぬわ! 自業自得だ!!」  
私が力ずくで部屋から押し出すと、ハチベエは大人しく帰ったようだ。やれやれ。  
スケベな男だが、無理矢理押し入ってくるような事はしないからな。  
ノックは、私が気づかなかっただけかも知れない・・・悪いことをした。  
私は床に落ちた本を拾い上げ、・・・おもむろに続きを読み始めた。  
 
    *    *    *    *  
 
深夜。私は女子寮にある、離れの屋根裏にいた。そう、これは忍術の修行だ。  
この離れでは、私と同じ学校に通う男子生徒が寝起きしているが、  
そんなものは些細な障害物に過ぎない。それも修行だ。  
真っ暗な天井裏を、少し、また少しと這う。目的の場所の手前まで来たところで・・・。  
ギシィ  
しまった、突いた手が音を立ててしまった。  
ギシィ  
焦りからか、脚も音を立ててしまう。・・・わざとじゃないぞ。  
「ちょっ、何かいるのか!?」  
と、下からやけに落ち着きのない声が聞こえてくる。  
そういえば、ハチベエのヤツは幽霊の類を苦手としていたんだったな。  
というか、やはりハチベエは眠れてなかったか。さて、この場をどう切り抜けよう。  
・・・こんなこともあろうかと拾っておいた、あの薬を使うか。  
私は目的の場所、つまり天井板の外せる場所まで這って、部屋に薬玉を投げ込む。  
「忍法五境乱舞!!」  
そう、葉隠の武闘大会で、春霞の年増くノ一が使っていた幻術だ。  
 
これを使えば、相手の好みの姿を見せることができ、私の正体はバレない。  
秋水流に、一度見て再現できない技はないのだ。  
「ゲホッ! ゲホッ! なんだなんだ!」  
充満する煙に混乱するハチベエの前に、私は音もなく降り立った。  
窓から差し込むわずかな月明かりだけが頼りだが、アイツにも私が見えるはず。  
ハチベエの理想の姿に変じた、私の姿が。  
もう後戻りは出来ない。私は房中術の行を完成させ、忍道を極めねばならぬのだ!  
「姿を見られた以上、キサマの口を封じねばな・・・」  
「なに言ってんだ、鳳?」  
・・・え?  
「わ、私は鳳などという名前ではない。通りすがりの・・・」  
「は? それなんてプレイ?」  
バカな。コイツ、この幻術が効いていないのか?  
私も自ら試したが、街中の人間がハチベエに見え・・・って、いや、コホン。  
ハチベエはというと、私の体を上から下まで見回しながら、何かブツブツ言っている。  
「ってことは、やっぱこの瞳も胸も脚もニセモノだよな・・・」  
ン? 一応、効いてはいるのか。だったら、どうして?  
「な、何故私だと分かったのだ?」  
「なんでって、天井から忍び込んでくるような知り合い、オマエぐらいしかいねーよ」  
・・・・・・・・・そうかも知れん。  
「それに、その低くて甘い、絶妙なハスキーボイス。それにしゃべり方も。  
ニセモノとホンモノの区別がつかないオレじゃねーぜ。世界中でオマエだけだよ」  
やけに真剣に主張するハチベエの目を見ていたら・・・私は唇を奪われていた。  
世界中で・・・私だけ・・・か。  
 
私はハチベエの胸を軽く押し、熱く火照る体を離した。濡れた唇だけがひんやりと寒い。  
「わ、わりぃ。鳳の口を見てたらつい・・・」  
「謝るな、バカモノ」  
今度は私の方から背伸びをした。それでも届かないから、ハチベエが屈んでくれた。  
・・・・・・・・・・・・。  
つま先が震え、膝が折れる。ハチベエが優しく、私を抱き留めてくれる。  
「大丈夫か?」  
「本当に、私だけなのか?」  
私は目を逸らして、つまらないことを聞いてしまった。  
「え?」  
「私とまったく同じ声の女がいたら、オマエはその女にも手を出すのだろう」  
「鳳だけに決まってるだろ。でなきゃ、声紋認証なんて開発されないぜ」  
「はあ?」  
こんなときに、ムードのないことを言うな、バカ。  
「あ、いや、例え似たような声の女がいたとしても、きっとオレは鳳を選んでると思う」  
フン、断言しないんだな。まったく、バカ正直な男だ。  
私を支えている手が疲れたのか、ハチベエは布団の上に私の体を下ろした。  
たった今までコイツが寝ていた布団だ。汗ばむぐらい熱い。男のにおい。  
ハチベエは私に覆い被さり、二度、三度と唇をついばむ。  
一体、私は何をしに来たんだろう。  
ここに来る前、私がしようと思っていたことを、逆にコイツにされてしまっている。  
「なあ、そろそろ幻術を解いてくれないか」  
「何故だ。いまオマエには、理想の女の姿が見えているのだろう?」  
そう、私は、私の容姿がオマエの理想から遠いことは知っている。  
黒い目も、平坦な胸も、短い足も・・・今は恥ずかしくて見られたくないんだ。  
 
「でも、ニセモノだ。オレは鳳桐乃が見たい」  
そんな顔で望まれたら、私はオマエを信じるしかないではないか。  
「ならば目を閉じろ。そして私の姿を探すんだ。私が見つかったら帰ってこい」  
ハチベエが私の言うとおりに目を閉じると、私はその腕の中から抜け出した。  
立ち上がり、Tシャツを脱ぎ捨て、ジーンズを下ろし・・・、下着も取り去った。  
月明かりに淡く光るカーテンの傍らで、私は彼を待ちわびる。  
「どこにも行ってないよな・・・桐乃」  
「ああ。私はオマエのそばにいる」  
ハチベエは私の声を頼りに、私に向き直り、ゆっくり目蓋をあげた。  
どうした、なに泣きそうな顔をしているんだ。  
「解けなかったか?」  
「いや、解けたよ。いつもの幼児体型だ」  
「ええい、一言多いぞ、バカモノ」  
いつもの私なら殴りかかっているところだが、この格好ではな・・・。  
だいたい、これはオマエが望んだ格好なのだぞ?  
私も、ハチベエの腕の中へと帰ることにした。やはり、コイツの体は少し熱い。  
「よいか。これは房中術の修行なのだからな」  
「ン? 悪い虫を寄せ付けなくなるのか?」  
「? ・・・それは防虫だ・・・」  
やれやれ、ムードのないことを言っているのは、私も同じじゃないか。  
私たちは、今夜、何度目かの口づけを交わし、布団の上にもつれ込んだ。  
ハチベエの男の手が、私のカラダの上を這い回る。嫌悪感はなく、むしろ心地よい。  
私は生まれ育った環境のせいか、物心ついたときから他人を警戒し続けていたのに。  
今、私はハチベエを心から信頼してるんだ。  
カラダを自由にさせる不安に快楽が打ち勝ち、声をかみ殺すだけで必死だった。  
 
しかし、不意にハチベエは身を離してしまった。  
「どうした?」  
「うーん。なんだか、鳳、つまんなさそうだからさ。オレ、こういう経験なくって、  
なにしたら喜んでくれるか、よくわかんねーんだ」  
この期に及んで、なにを言っているんだ、コイツは・・・。しかも呼び方が苗字に戻っている。  
男子たるもの、そこは虚勢を張るべきところだろうが。  
私だって経験などないが、書物で知識は得ているから、段取りぐらい分かっている。  
「情けないことを言うでないわ。その・・・すごく、よかったぞ」  
「え、マジで?」  
「私を疑うのか?」  
「じゃあ・・・声を聞かせてくれよ。オレ、鳳が感じてる声を聞きたい」  
「はぁ!?」  
あえぎ声だと!? というか、あくまで声に拘るのだな、コイツは・・・。  
よもや、私の体に触れるのは、あられもない声を楽しむための手段に過ぎないのか?  
・・・・・・いや、別にそれでもいい。どんな形でも、私を愛してくれるのだったら・・・。  
「よく考えろ、ハチベエ。離れとはいえ、今は真夜中なのだぞ」  
「あ、ゴメン、みんなに聞かれちゃまずいもんな・・・」  
「そうだ。そんな声、オマエ以外に聞かせられるものか。だから・・・よく耳を澄ますのだぞ」  
「え? それって・・・」  
フン、二度と言ってやるものか。  
「ところで、オマエ、いつまで服を着ているつもりだ。私にだけ恥ずかしい思いをさせるつもりか?」  
「わっ。気がつかなくってわりぃ! ちょっと待って」  
ハチベエは慌てて立ち上がって、パジャマのズボンを下ろした。そんなに急ぐこともないのに。  
気にならないと言えば嘘になるが、別に私はオマエの裸なんか見たいわけじゃないんだ。  
 
しかし、露わになったハチベエの上半身を目の当たりにして、私は息を飲んだ。  
広い肩幅、引き締まった筋肉。  
こうやって間近に見ると、嫌と言うほど性別の違いを思い知らされる。  
普段はおちゃらけているが、本気になったコイツの力は、忍びの修行を積んだ私を圧倒する。  
以前こそそれを不条理に感じ、憎しみさえ覚えたものだが・・・。  
「おいおい。そんなに見つめられると、ストリップしてる気分になるだろ」  
「アホか。のろのろするな。フン」  
急に見ているのが恥ずかしくなって、私は布団に潜り込んだ。  
恥ずかしいだけじゃない。正直に言うと、下の方は見るのが恐かった。  
ハチベエもまた布団に入り、私の脇腹の下から腕を入れて、背中から抱きしめてきた。  
荒い呼吸が私のうなじを撫でる。・・・コイツ震えている!?  
早鐘を打つ心音を聞かせるように、私の背中に胸を押し当ててくる。  
ヘラヘラ笑っていたくせに、こんなにも緊張していたのか・・・。  
私は腕の中で身をよじって、ハチベエに向き直った。前髪を掻き上げ、額にキスしてやる。  
「来い」  
精一杯甘く囁いてやろうと思ったのに、無骨なセリフしかでなかった・・・。だが効果はあった。  
「お、おう。いくぜ、鳳」  
布団の中で、ハチベエは私を力強く組み敷き、私の両脚の間に入ってきた。  
そして、私の女の部分に、ハチベエの男の部分が触れる。  
二度、三度、そこを擦り付けてきたが、「うーん」と困ったように唸ると、  
上体を起こし、私たちを覆っていた掛け布団をまくり上げた。  
「ゴメン、やっぱ見ないと狙いが定まらねえ」  
「いちいち言うな・・・」  
私は仰向けのまま両手で顔を隠し、ハチベエを待った。  
ゆっくりと、ゆっくりとだが、私たちがひとつに溶け合うのが分かる。  
私の鼓動も弾けそうなほど高鳴っていることに、ようやく私は気づいた。  
 
私たちは繋がっているんだ・・・。  
「あ・・・」  
私が声を漏らしたとき、私の中でハチベエがぴくりと動いた気がした。もしかして・・・。  
「動くな!」  
腰を動かし始めたハチベエを、思わず一喝してしまった。  
「ご、ごめん・・・痛い?」  
「ハチベエ・・・」  
やっぱりそうだ。コイツ、私の声に反応してアレを大きくしている。  
「なに?」  
「呼んでみただけだ」  
・・・バカか、私は。  
「ん、そっか。もっと呼んでくれよ。それと、顔、見せて欲しいな」  
私は両手で顔を隠したままだった。きっとトマトのように真っ赤になって、見せられたものじゃない。  
それに・・・コイツが求めているのは、どうせ私の声だけなんだ・・・。  
「私の顔など興味ないくせに」  
「キス、できないだろ」  
「!?」  
・・・・・・・・・キスを求められただけなのに、体の奥がじわっと熱くなった。  
し、仕方のないヤツだな。口を塞がれたら、名前を呼べないじゃないか!  
何か言い返してやろうと思ったときには、もう私はハチベエと舌を絡ませ合っていた。  
「ん・・・は・・・あ・・・」  
私の息が漏れるたびに、ハチベエがぴくぴくと脈打つのを感じた。すごい・・・。  
私はハチベエの頭を抱き、ぴちゃぴちゃと殊更に卑猥な音を立ててやった。  
ハチベエが抽迭を始めた。応えるように、私の体も自然に仰け反った。  
 
私のカラダが私の意思とは関係なく動き、快楽を得ようとする。  
「ンンンンンーッ!」  
勝手に声が出る。どこかへ連れ去られそうな気がして、私は必死に彼の名前を叫んだ。  
「ハチベエ・・・! ハチベエ・・・!」  
「鳳! 鳳! 鳳ーッ!」  
見つめ合い、互いの名を呼び合って、私たちは初めての夜を明かしたのだった・・・。  
 
    *    *    *    *  
 
夜が明ける前に私は本館に戻り、シャワーを浴びて身だしなみを整えた。  
机の上に置きっぱなしになっていた春本・・・もとい房中術の入門書に目を留め、  
昨夜の行為にはまったく活かせなかった事を思い出した。  
・・・ま、私の背中を押してくれただけでも良しとするか。  
      (※後日、この書物に関しておじい様とハチベエが共謀していたことが発覚し、  
      二人をきつく締め上げることになるが、それはまた別の話だ)  
私は二度寝のできない体質なので、当番の桜子に変わって朝食の用意を始めた。  
大根を刻みながら、私の胸に一つの懸念がせり上がってくる。  
昨夜は結局、二人して大声を上げていたからな・・・。寮の皆に感づかれていなければよいが・・・。  
そんな期待も虚しく、朝の早い弓雁は、私と出くわした途端に顔を真っ赤にした。  
「やあ、ゆか・・・」  
「おはようございます・・・!」  
とだけ挨拶して、足早に洗面所へ駆けて行ってしまった。  
覚悟していたことだが・・・非常に気まずい。  
弓雁もハチベエの事を憎からず思っていることは、周知の事実だ。  
最近では料理の腕に自信をつけて、ハチベエのために弁当を作ってやっている。  
弓雁の朝が早いのはそのためで・・・料理を教えてやったのはこの私・・・。  
 
いつも通り五人で摂る朝食ではあったが、普段のにぎやかさがなかった。一人を除いて。  
「ありがとう、桐乃ちゃん。今日の朝ご飯の当番、私だったのに」  
「うむ・・・私が勝手にしたことだ。例には及ばん」  
桜子は気づいていないのか、気づかなかったふりをしているのか、  
それとも、気づいていても何とも思っていないのか・・・いや、これはないか。  
「ど、どうしたのよ、桐乃ちゃんもハチベエも、そんな恐いカオで。  
弓雁ちゃんも何だかヘンなオーラ出てるし」  
どうやら本当に気づいていないらしい。しかし、考えてみれば当然だ。  
もし桜子が気づいていたのなら、真っ先にハチベエを寮から追い出そうとするだろう。  
これは不幸中の幸いとでもいうべきか。  
しかし、安心するのはまだ早かった。  
「なんや、天幕。自分昨夜の聞こえへんかったんか?」  
「昨夜?」  
「うわあああああああ!!」  
「ぎゃあああああああ!!」  
「なによ、うるさいわね」  
「いやあ、まあ、大したことやあらへんねんけどな? あ〜、ウチ喉乾いたわあ」  
「ハチベエ、先生にお酌をせい!」  
「ハッ、ただいまっ!」  
「?????」  
かくして、その月の食費の半分は、雨柳先生の酒代に消えることとなった。  
そして、弓雁の不気味な沈黙も恐ろしい・・・。  
私たちに明るい未来はあるのだろうか。なあ、ハチベエ・・・。  
 

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