Evil・Ones・Species――略称EOS。  
 
 大学の名誉教授を務める僕の爺さんが、怪しさ万歳な実験中にうっかり次元に亀裂を入れてしまい、  
そこから僕らの世界に漏れ出て来るようになった他次元侵略体。放置しておけば地球全体を覆い尽くし異次元化してしまうという厄介者である。  
 1年程前の僕らにはその正体はさっぱり分からなかったが、この前の世界存亡の危機の際に、それが『高次元意志エネルギー』であることが、異次元のEOS管理者より告げられた。爺さんが言うには、  
エネルギーである以上は有効利用する道があるそうだが、今のところガニメーデスとぴょろすけ以外は  
僕らにとっては招かれざる客以外の何ものでもない。  
 その形態は様々。僕が初めて見たのはクラゲ型だった。それ以降、雪だるまやら提灯アンコウやら  
バラエティーに富んだ姿で僕らの前に現れてきたが、共通するのは色が蛍光ピンクであることと、その  
内部に存在する《核》という円盤型の物体が弱点であることだ。それを破壊するまでは再生を繰り返す  
あたり、単細胞生物(?)の厄介さとでも言うのだろうか。  
 また『意志エネルギー』というだけあって、それぞれに『意志』というのがあるらしい。余計な頭を  
使われて、僕達も何度か全滅のピンチに陥った事もある。だが『知能』と言える程のものを持っていた  
のは、前出の二匹を含めても数少ない。概ね自衛本能がある程度だが、それでもどうやら僕達のことを  
『敵』とみなしているらしく、遭遇した途端、いきなり攻撃的になったりする。まあ、こちらも問答無用で  
攻撃しているのだからお互い様と言えばお互い様か。  
 
――というわけで、僕達は今、新手のEOSを撃退するため、深夜のドライブを経て  
  町外れの工場跡地に到着し、眼前の敵を視界に納めた所であったのだが――  
 
 そのEOSを見た僕、逆瀬川秀明の最初の感想は――マジか?――というものであった。  
 
 このEOSは何を選り好んで、この形状で出現したのだろうか。まあ、出現形態を選択出来ないなら  
それも納得できるが、ならば、コイツは今の自分の姿を見てどう思っているのだろうか……いや、よく  
見れば目も無いから自分の姿形もわからないだろな。と、不思議と僕はこのEOSに嘗て無い同情の  
念を抱いてしまっている自分に気づく。全ては、この造形が悪い。  
 だが、そんな感想を抱いているのは、恐らく僕だけだ。100%であると言い切れないのは、もしや  
ガニメデは僕と同じ心情になれるかもという不安があるためだが、このエロAIと僅かでも共感する  
事象があるというのはやはりご免蒙りたい所だ。  
 さて、あらかじめ断っておくが、僕は決して特殊な趣味があるわけではない。が、立場上、これから  
実際にEOSと戦闘を繰り広げる彼女達の様子を確認しなければならないだろう。  
 助手席に座る巴は両手で顔全体を覆い隠していて、その隙間から見える頬だけでなく、耳の先やら  
首筋や肩まで真っ赤になって俯いてしまっている。免疫が無いであろう彼女には刺激が強すぎたらしい。  
さっきから「なにもみていませんええわたくしはなにもみていませんとも」と呪詛のように繰り返している。  
 後部座席のあろえは、目と口をまん丸に開けて「ほわー」とか溜息だか驚きだか分からない息を吐き  
「ねぇねぇひーくん。あの芋虫くんちょっとちょっと変だよね? お稲荷さん背負っているよね?」  
 ……『無知とは罪』と昔どっかの誰かが言っていたような気がするが、この場合は寧ろありがたい。  
 その隣の埜々香は既に失神しており、ぴょろすけに頬をぺろぺろ舐められている。埜々香らしい素直な  
リアクションだが、その様では将来が心配である。夜道で変質者にでも遭遇したら、それこそ即どこか  
暗くて湿った場所に連れて行かれてしまうに違いない。  
 埜々香に膝枕する形になった凌央は、いつも通りのガラス球のような瞳で何の感想も無さそうにEOSを  
中心とした景色を眺めている。  
 そして、残る一人、琴梨はというと――  
「ぎゃはあっははははああっははっはっは!!」  
 ……いつにも増して可笑しそうに、笑い転げていた。  
 
「ひっひっひひひっははははっは!!」  
 夜の廃棄工場に響き渡る琴梨の気が触れたような笑い声は、晧晧と冴える満月に届かんばかりだ。  
 何故か僕は何となく『きよしこの夜』を英語で歌いたい気分になってきた。いや、全くもってそんな  
場合じゃないってのは分かっているんだけど。  
 一頻り笑い終えた琴梨は、腹筋が引き攣ったのかお腹に手を当てて涙目になりながら、それでも痛み  
1割笑い9割の表情で、EOSを指差しつつ僕に向かって弾むような声でこう言い放った。  
 
「ひっひっ、ひーくんっ、ち、ちんこだ! でっかいホーケーチンコだ! どっ、どうしよう!!」  
   
 ……どうしようって言ったって……。  
 全然困ったような様子も無く、再び笑い転げ始めそうな琴梨に、  
「こ、琴梨! よよよ嫁入り前の娘が、そそっそそんな破廉恥な言葉を使う物ではありません!!」  
 巴が、まるで耳にするのも汚らわしいと言わんばかりに反応する。  
 振り返って琴梨を睨みつける瞳には、うっすらと涙すら浮んでいた。   
「うへぇ? じゃあチンコ以外に何て言えばいいんだい、巴っ?」と、きひひっと笑いながら琴梨。  
「なっ……ななななっ!?」と、たじろぐ巴。見事に自爆してしまったようだ。  
「ねー、教えてよ巴ー! あれ何て言えばいいのかなー!?」  
「ぬくぅっ……や、止めなさい琴梨! 首がっ、首が痛いのです!」  
 琴梨が巴の頭を両手で挟んでEOSの方に無理矢理向けようとし、その手に必死に抵抗しながら、  
巴は苦し紛れに目線を外そうとして、うっかり僕と視線がぶつかってしまった。  
「あ………うぇ……」  
 巴はこの上ないほどに顔を真っ赤にして、その整ったパーツをウニウニと忙しなく動かしている。  
 普段の凛々しさの欠片も無くなった彼女に、とりあえず頬を掻きながら愛想笑いを返してみると、  
「――――――!」  
また顔を隠してしまった。ただし、今度は両手で耳を塞ぎ、顔は膝の間に埋めるようにして。  
 辛うじて僕の動体視力で捕らえる事が出来た最後の一瞬、巴は本当に泣きそうな表情だった。  
 どうやら、今回の戦闘では巴は役に立ちそうも無い。まともに戦えそうなのは、琴梨とあろえと凌央  
ぐらいか。  
 
 蹲る巴の背中を楽しそうに笑顔で突っついている琴梨に、  
「琴梨、巴で遊ぶのはそれぐらいにしてくれ。それと悪いけど、あのEOSの戦闘力を知りたいから、  
 アイツの周囲で色々牽制してみてくれるか?」と言って、僕はEOSに目を向ける。  
 EOSは、まるで『さあ、かかってきやがれ』とでも言わんばかりに、僕達の乗るオープンセダンの  
正面にどどんと鎮座し、竿と袋部分の付け根にある細い無数の触手をうねらせていた。あれは、もしや  
陰毛のつもりか……。  
「わっかったっ! おしっ、いっくぞーホーケイ野郎!」  
 琴梨が《あたらんて》を駆り、ジグザグ走行で砂煙を撒き散らしながらホ……EOSに向かっていく。  
『うるせえ! 俺はちょっと皮が余ってるだけなんだよぉ!』  
 何となく、そんなEOSの心の声を聞いたような聞かないような気がしていた僕の肩を  
「ひーくん、ひーくん。あたしは?」と、あろえが突っつきながら尋ねてくる。  
「琴梨が情報収集してくれるのを待って、僕が指示を出す。それまで待機してくれ」  
 あろえは素直に「はぁい」と返事をすると、凌央と並んで「琴梨ちゃんがんばれー」と応援を始めた。  
 凌央はただぼんやりと後部座席に座っているだけだが。   
 と、  
「くぅん」  
 お、ぴょろすけ。お前も頑張ってくれるか。でも、お前は気絶中の飼い主の面倒を見てやってくれ。  
「……わん!」  
 答えて、再び飼い主を介抱するぴょろすけ。うむ、愛い奴だ。  
 そして、ぴょろすけと元は同じ筈なのに、ちっとも可愛くない羊の方に僕は声をかける。  
「……そろそろ気が済んだか、ガニメーデス」  
『さすが秀明さん。私の行動原理を見事に了知されてらっしゃるようで。やはり、漢の魂を持つ者同士  
 言葉を交わさずとも分かり合えるいうのは至高の喜びに他なりませんな』  
「黙れ。僕はお前の思考をトレースしただけであって、歪んだ性癖に共感するつもりはない」  
『そのような事は私の記憶ベースに転送した、羞恥に煩悶する巴さんを全方位から撮影した珠玉の  
 VTRをご覧になってから仰ってください。必ずやご期待に応える事が出来るかと思いますよ』  
「……誰の期待にだよ」  
 
 ちらりと捉えた視界の端で、巴はまだ耳を覆っていたので僕達の会話は聞こえていないようだ。  
「それより、アレの《核》はどこにある?」  
『それについても、秀明さんは想像がつくのではありませんか? それがビンゴです』  
「……やっぱり、そうか」  
 ――男性器に形を模して発生したEOSならば、その弱点もまた男性器と同じではないか。何となく  
そんな気がしていたのだが、ガニメデの言うことを信用すれば、《核》は陰毛のような触手に守られた  
精嚢の中にあるということになる。  
 それはつまり、彼女達にあの玉袋をブチ破って中の《核》を破壊させるということであり……うわ、  
頭がくらくらしてきた。  
 僕が一人こめかみ辺りを押さえていると、  
「ひーくん、ただいまー!」  
 ずざざざーっ、という音を立てて琴梨が戻ってきた。  
 何とか気力を振り絞って顔を上げる。  
「……ああ、琴梨、どうだった?」  
「うんっ、思ったよりしぶとそうだ! 何度か蹴りつけてやったけど、ぐにゃって弾かれちゃったよ!  
 伊達に皮があり余ってるわけじゃないね! みこすり半じゃイカないや!」  
「……あと、《核》はあの袋みたいなものの中にあ――」  
「キンタマだっ!」  
「……その中にあるそうなんだが、近づけそうかい?」  
「えっとね、チンコそのものは動かないからいいんだけど、チン毛がちょい邪魔かなっ? キンタマの  
 表面や裏側までびっしり生えてたよ! 剛毛だね! ホーケイの癖に生意気だ!」  
 何だか、琴梨はホーケイに対して差別意識があるようだ。そう言わないでくれ。彼らだって頑張って  
生きているんだからさ。彼らになり代わって僕が声を大にして主張したいっつーか、彼らって誰だ?  
「で、どうすんだい! ひーくん!?」  
「え? えーと、そうだね……うーん……」  
 両腕を組んで考えてみるが、どうも余計な雑念が頭の中を飛び回っていて、上手いアイデアが思い  
つかない。正直言えば、このまま何事も無かったかのように帰ってしまうのが一番だ。この5人娘に  
アイツと戦闘をさせることそのものが嫌だし、あのEOSが破壊される様もその過程も見たくない。  
 だが、ここで任務を放棄すればこの世界が異次元化してしまうのは既知の事実である。  
 
 世界の平和と男の本能の間で懊悩する僕を見かねたのか、あろえが助け舟を出してくれた。  
「ひーくん、あの触手がお邪魔お邪魔なんだよね?」  
「……ん、ああ、そうだな」  
「じゃあ、それを何とかすればいいね?」  
 僕が返事するよりも早く、彼女はスケッチブック《あぐらいあ》の表紙を開けていた。右手に持った  
ちんまい鉛筆を一心不乱に走らせる。何を描き始めたのか気になったが、あまりに真剣な表情だったので  
声をかけるのもその手元を覗き込むのも躊躇われた。  
 仕方なく、再度EOSに目を向け――僕は、自分の目を疑った。  
「……おい、アレ、さっきと様子が変わってないか……?」  
『そのようですね。出現当初と比べ、体長が約1.8倍、体積にして約3.2倍に拡大しています。  
 ご存知の通り、EOSは時間の二乗に比例して拡大していきますから、早めに撃退いたしませんと』  
 いや、そういうことじゃない。時間経過によるものにしては巨大化のスピードが極端に速すぎる。  
今までの連中は、こんな短時間で何倍にも大きくなったりしていない。  
 それに形だって変わってきている。  
 陰茎部分が今まで薄い蛍光ピンクだったのが、今じゃ赤黒さを交えたマゼンダになり、ところどころ  
太さの異なる血管状の筋がいくつも浮かび上がっていてピクンピクンと脈動している。それどころか、  
その先端部からは、つやつやしたサーモンピンクの亀頭部分が一部露出しているではないか。  
「あっ、言い忘れてたよ。あたしが蹴飛ばしてたら、いつの間にかあんなに大きくなったんだった!  
 でも蹴られて興奮して勃起するなんてマゾだね! 間違いないよ! 変態だ!」  
 ああ……なんてこった。  
 そこまで、リアリティを追求する必要性が一体どこにあると言うんだ。  
 巴に倣って頭を抱え込んだ僕を、さらに鬱にさせる会話が頭の上で続く。  
『いえ琴梨さん。マゾヒズムは一種の性癖として現在社会的に認知され始めております。程度の差こそ  
 あれ、人は本質的にマゾかサドの二種類に区分けされるものなのですよ。かく言う私もその気が無い  
 わけではありませんので、どうか変態扱いはお止めください』  
「なんだ! ガーもマゾだったのかい!? ゴメンよ! でも変態は変態だ!」  
 ……頼む、誰か助けてくれ。   
 
 その時、救世主が現れた。  
「できたよ〜!」  
 あろえの声が、まるで魔界と化した地上に響き渡る天使のファンファーレのように聞こえた。  
 咄嗟に振り返る僕。だが、その目に映ったのは――  
「………………………………」  
 全長5メートルはあろうかという銀色のハサミと、その出来栄えに満足げな笑顔のあろえだった。  
《あぐらいあ》で生み出したモノには重量が無いのか、背丈の何倍ものある凶器をお箸でも持つかの  
ように軽々と扱っている。  
「これで、触手をちょっきんちょっきんしてくるよー」  
 ジャキンジャキンと刃をかみ合わせるあろえ。その無邪気な笑みに、酷く嗜虐的な色を見出した僕は  
よっぽど精神的に参ってしまっていたに違いない。  
「よしっ、行こうあろえ!」  
 琴梨が、あろえの身体を抱き上げて《あたらんて》に乗せるや否や、  
「覚悟しろ! このカセーホーケー!」  
「カセーホーケーっ」  
 僕が止める間もなく、二人でカ……EOSに向かって真直ぐに疾走していった。  
『だまれぇ! 俺の心の痛みがお前らなんかに分かるものかぁ!』  
 そんな言葉が、僕の脳内で空気振動とは別の経路で音声変換されているのをぼんやり聞いていると  
「わんっ」  
 ぴょろすけの嬉しそうな鳴き声が混じった。  
「あ、埜々香、大丈夫かい?」  
 う〜んと唸りながら上半身を起こした埜々香はきょろきょろ辺りを見回して、ぴょろすけを見つけると  
嬉しそうに微笑みかけ、僕を見るとおどおどと申しわけ無さそうな上目遣いになり、そして僕の背後に  
視線を移し――再び卒倒した。  
 だめだ、こりゃ。  
 
 仕方なく再度正面を見ると、既にあろえと琴梨の奮闘が始まっていた。  
 残像すら残しEOSの周囲を飛び回る光速スケボー。それを掴まえようと伸ばされる触手をあろえの  
持つハサミが切断していく。閃光となった二人が通過した瞬間、青白い火花が次々と炸裂する様子は、  
見ていて爽快感を覚えるほどではあったが、僕自身も言い様の無い緊張感に包まれていた。  
 もし、あろえがハサミ捌きを間違えて玉袋の方を切りつけてしまったら、という想像してしまい、  
身体の色々な部分が縮こまる思いだ。ある意味、これは拷問である。  
 切断された触手はそのまま消滅し、残った部分も片っ端から刈り取られる。EOSの方も頑張って  
再生を繰り返しているが、失うペースの方が遥かに速い。それでも、琴梨達の攻撃は容赦なく続き、  
さっきまで青々と生い茂っていた密林は、もはや22世紀のオアシスのように枯れ果ててしまっていた。  
とうとう、再生そのものも諦めたようだ。何となく、僕も股間の辺りがすーすーする。  
「よっしゃ! そろそろ締めといこっか!」  
 弾むような琴梨の声に、僕は溜息を漏らすように応える。  
「……ああ、一思いにやってくれ」  
 琴梨が最後の一撃を打ち込むため、EOSからやや距離を取ったのを見て、僕は目を伏せた。  
 例え自分のモノではないとしても、あの形をしたもののあんな所をぶち抜かれる様を記憶に残すのは  
精神衛生上よろしくない。それは、男という性別を持つ人間であれば通常の反応だと思う。ある意味、  
本能的なものだ。  
 一つ溜息を吐いて、  
「ガニメデ。終わったら教えてくれ」  
『何と。この超高度人工知能にしてenergy of space-time continuumの体現たる私に対し目覚し時計の  
 役割を申し付けるおつもりですか? それは正しい日本語で言う所の役不足というものです』  
「そのご大層な性能を煩悩のためだけに浪費しているお前には、十分な役どころさ」  
 ガニメデの不平不満を一蹴し、両手をお腹の前で組んで体重を全て運転席に預けた。  
 後は、ミッションコンプリートの報告を待つだけ――  
 
 ――のはずだった。  
 
 …………………………  
 ………………  
 ……  
 
 暗闇の中、ガニメデの声が耳に入り込んできた。だがそれは、戦闘終了の報告ではなく、  
『秀明さん。残念な事に、私はこれから非常にバッドなニュースを二つ程あなたにお伝えしなければ  
 なりません。バッドの程度から言えば大と小に分けられますが、どちらから報告しましょうか』  
「? じゃあ、小からにしてくれ」  
『はい、それでは』  
 必要も無いくせに、羊のぬいぐるみはコホンと一つ咳払いをした。  
『先程、琴梨さんがEOSに対して試みた突進攻撃ですが、見事に性……ではなく成功しました』  
 そんな、活字にしなければ気づかない所をわざわざ言い直さなくても。  
「それのどこが悪い知らせなんだ?」  
『ええ、攻撃に成功し《核》も破壊したのですが、EOSはまだ消滅していません』  
「何だって? EOSは《核》さえ壊せば倒せるんじゃないのか?」  
『それが今回のEOSは変種でして、《核》が2つあるのですよ』  
「……………………」  
 言われてみれば尤もな話だ。精嚢に《核》があるのであればそれぞれに入っていてもおかしくない。  
『しかも厄介な事に、片方の《核》を破壊しても、残った方の《核》がそれを再生させてしまうので、  
 このEOSを消滅させるためには同時に両方の《核》を破壊する必要がある模様です。ちなみに、  
 あろえさんの出したハサミは既に時間切れで消滅しており、あろえさんは応援部隊に転向しています』  
 ……要は、役立たずってことか。  
 それにしても、戦況は芳しくない。  
 現在の状況では、戦闘力に数えられるのは琴梨と凌央だけだが、この二人が息を合わせて、同時に  
別々の《核》を破壊することができるのだろうか……ま、それはひとまず後に置いておこう。  
「で、もう一つは?」  
『それについては、目を開けて直接ご覧になった方が分かり易いかと思われます』  
 
 言われるままに、僕は目蓋を上げ、  
「げげっ!」と思わず声をあげてしまう。  
 先程から膨張状態にあったEOSは更に体積を増し、表皮に覆われていたカリが完全に露出していた。  
怒張は破裂寸前の風船のように限界まで張り詰めて反り返り、ビクンビクンと小刻みに震えている。  
思春期を経験した男性なら誰もが知っているその様は、まさに射精寸前のペニスそのものだ。先走りが  
出てないのがせめてもの救いか。  
 いや、救いなんて何一つ無い。なぜなら、このEOSのシャフト部分、その延長線上には僕らが乗る  
オンボロセダンがあるのだから。  
『次元エネルギー反応増大中。現在のところ、先日現れた2P凌央さんが放出した次元エネルギーの  
 1.025%程度のエネルギー規模ですが、我々を吹き飛ばすには十分な威力があるはずです』  
 ……吹き飛ばされると言うよりも、多分ぶっか――いや、そんな事より  
「何落ち着いて解説してるんだ! 早く逃げろ!」  
『それが出来ればとっくの昔にやっています。どうかタイヤをご覧下さい』  
 下半分しかないドアから、僕は身を乗り出す。  
 前後両方のタイヤに、雪道で使用するタイヤチェーンの如くピンク色の触手が巻きついていた。  
『我々に気取られないよう地中を通して触手を伸ばしてきたようですね。琴梨さん達に切断された分の  
 再生を止め、諦めたかのように見せかけたのも恐らくフェイクだったのでしょう』  
 
 ――つまりこれは。  
 
『今そこにある危機、です』  
   
 考えるまでも無い。僕のすべき行動は一つだった。  
「逃げるぞ巴! ぴょろすけは埜々香と凌央を頼む!」  
 叫びながら、僕は傍らの羊モドキぬいぐるみを掴んで車外に投げ捨ててやった。武士の情けである。  
 ガニメデが落下するよりも早く、狼に形状を変えたぴょろすけが、気絶中の埜々香の襟首を咥え、  
背中に凌央を乗せて跳躍していた。僕もまたドアの縁に足をかけ、この慣れ親しんだオンボロセダンを  
最後に一度、振り返り―― 一瞬、背筋が凍りついた。  
 
 ……しまった。  
 助手席の中でまだ耳を塞いだままの巴。彼女には僕の、僕達の声が届いていなかった。  
 どくん。  
 心臓が握りつぶされる。  
 思わず僕は、EOSに視線を飛ばしていた。  
 
『刮目しな。これが俺の生き様さ……ブチ撒けてやるぜ……俺の全てをよおおぉ!!』  
 
 そんな『意志』が、僕の脳裏に流れ込んでくる。   
 
「――くそ!」  
 
 迷ってなんていられなかった。  
 脱出しかけた身体を180度回転させた僕は、助手席で蹲ったままの巴の膝下に右手を滑り込ませる。  
そして細い両足を持ち上げると同時に、倒れてくる背中を支えるため左手で華奢な肩を抱き寄せた。  
「なっ!?」  
 巴は首筋に氷でも突っ込まれたかのように全身を跳ねさせたが、そんなことには構っていられない。  
ましてや、掌に感じた柔らかくて温かい感触なんて愉しんでる場合じゃない。できれば、巴の方から  
僕の首に手を回してくれると楽だったんだが。  
 ギアの辺りと助手席の縁に両足をそれぞれかけて踏ん張り、関節からあがる悲鳴を無視して、全身の  
バネを駆使して巴を抱えあげる。  
 そして、自分でもよく分からない叫び声をあげながら、僕はドア上部を蹴り、車外に跳び出した。  
   
 もしも、僕が少年漫画のヒーローだったのなら、このまま数メートル先の地上に華麗に降り立ち、  
腕の中の巴に優しく微笑みかける事が出来ただろう。しかし残念な事に、僕の役柄は何の取柄も無く、  
隠された潜在能力があるとかいう設定とも無縁のライトノベルの主人公にありがちな只の一学生だった。  
 結果として。  
 火事場のバカ力で跳び出したと言っても、2メートル程先に転がり出るのが精々だった。しかも、  
空中でバランスを崩した僕は、折角助け出したはずの巴を途中で前方に放り出すという誰にとっても  
おいしくない展開に陥る羽目になる。  
 
 どげしゃ  
「ぐぶっ」「きゃあっ」  
 
 受身も取れず砂利の上にまともに真正面からダイブした僕と、お尻から落ちた巴。  
 肋骨辺りに生じた衝撃は、痛みだけではなく肺をも圧迫し、僕を一瞬呼吸困難に陥れた。それでも、  
すぐに腕立て伏せの要領で、強引に意志の力だけで上半身を起こす。  
 とりあえずの危機からは逃れられたが、まだあのEOSが存在している以上、いつまでも寝転がって  
いるわけにはいかない。早く態勢を立て直さなければ。  
 片膝をついて立ち上がろうとする僕の目の前で、尻餅をついたままの巴が  
「……あの……これは一体……?」と、切れ長な瞳を大きくパチクリとさせて僕を見上げていた。  
 どうやら、自分の置かれた状況がいまいち分かっていないらしい。  
 僕は、膝に片手を置いて、よっと立ち上がり、もう片方の手を巴に伸ばした。  
「大丈夫? 怪我は無いかい、とも――」  
 言い切るよりも早く、巴の姿が、景色が、急激に視界を通り過ぎていく。   
 それが、EOSの発射したモノにより僕の体が吹っ飛ばされたためである事に気づいた時、既に僕の  
身体は猛スピードで弾丸ライナーのような放物線を描きながら宙を舞っていた。  
 
 巴の悲鳴が、僕の名を呼ぶ声が、通り過ぎてゆき――そして、途切れた。  
 
(つづく)  
 

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