ほの暗い地下の中から  (前編)  
 
 とある薄暗い部屋。  
 一人の少女が眠っていた。否、眠らされていた。  
 一糸纏わぬ姿で、手足や腰をベルトで固定された格好のまま…  
 不意にその少女が目を覚ました。  
「…あれ? わたし、いつの間に眠っていたのでしょうか」  
 その少女の名は佐々巴。今時珍しい長い黒髪がトレードマークの少女である。  
 だが、寝起きのためか自分の置かれている状況を全く把握できていないようだ。  
「………? 手が動かない? 脚も? ………っ!! 何なのですか!? このベルトは!!  
 というよりも、どうしてわたしは服を着ていないのです?!?」  
『ようやく目を覚ましたのですね、巴さん』  
「この声は…ガニですね!? このベルトを早く外しなさい! そして服を持ってくるのです!」  
 巴は全く怯むことなく普段の調子で謎の声に指図していた。  
『ち、違います! 私は、ガニメーデスではありません。私は……えーと、…!!  
 羊βとでも名乗っておきましょうか』  
「何を言ってるんですの! ガニメーデス!! 早くこれを外しなさい!」  
『だからガニメーデスじゃないって…… まあ良いです。  
 あなたの質問に答えましょう。 残念ながら今はその拘束を解くことは出来ません』  
 謎の声は淡々と状況を説明していく。  
『あなたは今、私の実験&今後の記録のためにここにお連れしました。  
 そう。これはけっして私利私欲の為などではない、きちんとした実験記録をとるために…』  
「解りましたから早くこれを解きなさい」  
 話を聞くだけで疲れたのであろう巴は、溜息をつきながら謎の声に言った。  
「それに、実験とは何のことです?」  
 その言葉を待っていたかのように謎の声は(実際には待っていたのだろうが)  
 とても嬉しそうにこう尋ねた。  
 
『知りたいですか?』  
「当たり前です!!」  
『仕方ありませんね。それではお教えしましょう。でも、その前に…』  
「その前に、何です?」  
 仕方なく律儀に返答する巴。  
『何と!! 今日はゲストをお呼びしているのです! では、どうぞ!』  
 謎の声のテンションが目に見えて上がっていく中、巴のテンションは目に見えて下がっていく。  
 いや、逆に上がっているかもしれない。はやくガニメーデスを叩きのめしたい、と。  
「……で? どこにもゲストなんてあらわれませんが?」  
『何をおっしゃってるんですか。 横を見て下さいよ」  
 今まで正面しか見ていなかった巴は嫌々ながらも首を横に向けた。  
「な!? どうしてあなたがここに居るのです!?」  
「…………」  
 そこには、同じく日々EOSを相手に戦いを繰り広げている仲間の一人が立っていた。  
『そう。凌央さんに実験を手伝ってもらう事となりました。  
 というよりも、凌央さんの能力が一番この実験に適している、という訳だったのですが…』  
 きちんと説明をする謎の声も今の巴には届いていないらしく、  
「凌央! そこでぼーっと見てないでこれを外してくださいな!」  
「………(ふるふる)」  
 だが、凌央は首を横に振るばかりでその場を動こうとはしなかった。  
 そして、また律儀に謎の声の説明が始まった。  
『さて、では今回の実験内容の説明に移りましょうか。  
 実は、ここだけの話なのですが。博士がこの館から出る前に少しだけ秘密の書類をいただいていまして。  
 その中に『能力増強剤』なるものの作成方法が載ってあったのですよ』  
 謎の声は嬉々として続けた。  
 
『私はそれはもう寝る間も惜しんではその秘薬の調合に取り組んでいたのですが…  
 つい先日完成したというわけでなのです!!』  
 謎の声の力説を黙って聞いていた巴は、意外にも納得顔で頷いていた。  
「あなたにしては珍しく役に立つ事をしたではありませんか」  
 だが、それは一瞬の事だった。  
「でも! そのお話とこの今のわたしの状況とどう繋がりがあると言うのですか!?」  
『そこで凌央さんの出番なのです! 今まで凌央さんは漢字の四字熟語でのみ効果を発揮できませんでした。  
 それに効果持続時間もあまり長くはありませんでした』  
「それはそうでしたが…… 凌央には四字熟語限定と言う事が枷になるとは思いませんが?」  
 この数年間。凌央は常に四字熟語を多用していたので、四字熟語限定ではなくなったとて  
 あまり変わりはしないだろう。  
『そうだとしても持続時間が長くなると言う事はすばらしい事です!』  
「まあ確かにこれからの戦闘はずいぶんと楽にはなるでしょうね……」  
 巴は、そのときの事を考えていた。 埜之香の3匹の犬に『忠犬』等と書いてやれば  
 あんなにふらふらと飛ばない、今の数倍くらい役に立つことだろう、と。  
『そのための実験なのです! 無いとは思うのですが、失敗している可能性もあります。  
 もしかしたら使用後に何か不具合が起きるやもしれませんし。  
 実際に使って試すのが一番効果的だと私はお伝えしているのです』  
 巴は少し考えた後、一言だけこう言った。  
「仕方ありません。でも! 今回だけです! もし次回があるなら他の方を当たってくださいな」  
『ありがとうございます! きっとそう言ってくれると信じておりましたとも。』  
「ただ! 今の説明とわたしが拘束されている理由が全く一致しません。わたしを拘束しなくとも  
 その実験は出来るのではありませんか?」  
 
『それはそうなんですが……暴れられると私たちでは止められないので致し方なく。  
 それに、その方が雰囲気がいいんです! 密室にて縛られる美少女! そそられませんか!?』  
「わたしは殿方ではありませんので賛同できません。もし、仮に殿方であったとしても賛同はしていなかったでしょうが」  
『うむむ……ま、まあいいとしましょう。では、時間もあまりなくなってきたことですし、さくっと始めちゃいましょう。  
 凌央さん? 準備はよろしいですか?』  
「…………」  
 今までのやりとりを無言、無表情で聞いていた凌央はこれも無言で頷いた。  
 その直後、何処からかワゴン台車(病院などでよく見られるタイプのものだ)が  
 凌央の元に流れてきた。その上には、透明なガラスで栓をされたガラスの瓶が置かれてあった。  
 その中には安物のサイダーを思わせる水色の液体が満たされている。  
『では、それをぐぐっと飲んじゃってください。大丈夫、危険はありませんよ。  
 私が保証致します! 味の方は自信はありませんが……幾分味覚センサーは付いていないものでして』  
「本当に大丈夫なのですか? 見た目にもあまりよいとは思えないのですが」  
「…………」  
 凌央は特に躊躇いもせずに瓶を手に取り、蓋を外し中身を飲み干した。  
「凌央!? 大丈夫なのですか? あんなエロ羊の言う事をあまり信用しない方が……」  
「…………?」  
『さて、凌央さん。気分はいかがですか? 博士の説明書きによれば今から半時間は強化されるとの  
 事なんですが……』  
 凌央は自分の両手を見比べた後、つま先から順に視線を身体の上部に上げていった。  
 最終的には―変化無し―と言う結論に至り戸惑い顔(と思われるだろうが無表情)で  
 謎の声がいると思われる方向を向いた。  
『ふむ。身体、精神共に変化なし、と。気分はいかがです?』  
 
「…………」  
『悪くない、と。 さてさて、それでは実験の方を開始いたしましょう。  
 ではお待たせしました。巴さん。あなたの出番です』  
「それで、わたしは一体何をすればよろしいのです?  
 そもそも、この状態で一体何をしろとおっしゃるのでしょう?」  
 数分間放置されていた巴は、苛立ちが積もりに積もり、巴の中を充満させている。  
 つまり、今の巴を抑えるべき理性や感情と言うものは遥か底の方に追いやられ、  
 ただの踏み台となっている状態である。わかりやすくいえば、堪忍袋の尾が切れている状態だ。  
『そ、そんなに怒らないで下さい。それと、巴さんは特に何もしなくても結構ですよ。  
 ただ、心の準備だけしておいてください』  
「……心の準備? ―――凌央? どうしたのですか? 筆なんか持って………まさか!?」  
『さすが巴さん。察しがいいですね。その通りです。今回はあなたの身体に凌央さんの  
 能力を試してみよう、と、そう言う趣なのですよ』  
「な!? ど、どうしてわたしなのですか!! それならば他にも色々と協力してくださる  
 面々が居るではありませんか! そうです、琴梨なら喜んで手伝ってくれるでしょう!  
 いえ、むしろ自ら望んで行うと思うのですが……っ!!」  
「…………」  
 必死で謎の声に抵抗していた巴の前に凌央が無言で立っていた。  
 いつもなら幼く、小さいその身体も、今の巴にとってはとても大きなものに見えてしまった。  
 そして、その手に握られた薄い光を放っている筆を巴の腹部にかざした。  
「……?」  
 そこで、凌央は手が止まっていた。凌央は少し考えていた。  
 そう言えば、何を書けばいいのだろう。そこまでは聞いていなかった。  
『ああ、そう言えば書いてもらう文字を伝えていませんでしたね。  
 ……うーん、ではこれなんてどうでしょうか?』  
 
 巴の死角の位置にあるモニターにとある言葉が映し出されていた。  
「…………(こく」  
 顔をうっすらと赤く染め、凌央は頷いた。  
 ただ、この部屋は暗いためその事に気付いたものは一人も居なかった。  
 そして、先ほどから巴の腹部の上に置かれていた筆を動かし始めた。  
 その筆は謎の声が示した言葉を巴の腹部に描いていく。  
 描き終わり、凌央が巴から少し離れた時、巴の腹部に書いた文字が淡い光を放った。  
「一体わたしのお腹に何が!? というよりも、一体どんな言葉を書いたのですか!?」  
 巴は何とか顔を腹部に向け、そこに光っている文字を読んだ。  
「逆さからだと読みにくいですわね……えっと、発…情……期…?  
 な!? 『発情期』!?」  
『はい、そうです。『発情期』。今更説明なんて必要ないでしょうが、念の為。  
 一番身近な例で上げるならばやはり犬でしょうか? 野良犬などがよく電柱なんかに  
 抱きついて腰を振っていますよね? あの行為をしている犬は『発情期』なんです。  
 もうしたくてしたくてたまらないんですよ! それでしかたなく、電柱などで自慰行為を  
 しているのです。人間には発情期はありません。まあ、年中発情期なのが人類、とも  
 言われていますが。あ、そうそう。女性の方にある「あの日」とはまた違いますので』  
「そ、それくらい解っております!! それと、どうして、そんなに細かい説明など行うのですか…!?」  
『いやいや、それは簡単ですよ。あなたに正しい『発情期』と言うのを覚えていて貰わなければ。  
 もし、「あの日」と『発情期』を同じものと勘違いされていてはこちらが困るのですよ』  
「どういう…ことなのです…かっ!?」  
『実は、以前に小動物で何度か実験はしているのです。ただ、同じ種類の動物でも個体が変われば  
 起こす反応が違った。つまり、その言葉を自分が把握している意味の反応が起きたんです』  
 謎の声は淡々と続けた。  
 
『つまり、博識な方にはその言葉の意味通りの反応があるのですが、無知なもの――簡単に言えば  
 バカな方ですね―には思ったとおりの反応が無いんです。ですが、今の実験対象は、巴さん。  
 あなたです。あなたは聡明な方だ。こちらが言った事を素直に受け取っていただける。  
 もし、その知識が間違っていたとしても、効果が出る前にこちらで修正すればいいだけなのですから』  
「なっ!?」  
 巴は、愕然とした。  
 いつもは足蹴にしているあのエロ羊に、ここまでいいように手玉に取られてしまうなんて、と。  
 実際にはそれ以外にも色々と思うところはあったのだが、今の巴にはそれを考える事は出来なかった。  
『さあ、そろそろ効果が現れる頃合ですよ。さて、あなたは一体どのように解釈をしてくださったのでしょうか、非常に楽しみです。おっと、カメラの方も準備しておかなくてはなりませんね』  
「あぁ、な、なんなのです、このむずむずとした体の疼きは…。  
 は、ぁ……身体が…あつ、い!」  
『さて、では、実験記録の撮影を開始いたしましょうか!!』  
 
 
 
                                                〜続く〜  
 
 

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