帰宅した基海が自室の扉を開けると、そこは海岸だった。  
「…え、何で。」  
思わず足を踏み出すと、既に背後に扉はない。  
しばしぼう然としたものの、意を決して波打ち際まで裸足で砂を踏みしめる。  
そこに佇むのは紫の髪の少女。険悪な表情で振り向くまでもなく、何となく彼女が怒っているのは分かった。  
「…。」  
「ひ、久しぶり、アコニー。」  
応えは無い。  
「え、と、何だかご機嫌斜めだね。なんかあったの?」  
「…別に。相変わらずよ。誰かさんは新しい学校での生活にご満悦みたいだけど。」  
 
やっぱり怒ってる。それもかなり。  
確かに、しきみのアパートに必ずまた遊びに行くと行って出てきたまま、まだ一度も足を運んでいない。  
だからとて基海が怒られるのは何となく理不尽な気がする。  
 
「いや、遊びに行こうと思ってたんだ。じっちゃんにも会いたいし。」  
「そうね、別にあたしの顔なんて見たくも無いのよね、あんたは。」  
 
薮蛇であった。  
「いや、そうじゃない。アコニーにも会いたかったんだよ、ホント。だからほら、こうして会えて嬉しいし。  
 てか、これってまた夢の中? 俺自宅にいたはずなんだけどなんで繋がっちゃったんだろ。」  
「知らない。アパートも、何にも無いのにアンタんちとつなげられるとは思えないんだけど。」  
 
基海はふと気が付いてポケットをまさぐった。  
「まさかこれ、なんてこと無いよね。」  
それは、基海がしきみのアパートを出る時に吉岡さんから餞別にもらった小さな木彫りの人形。  
ケータイのストラップに丁度良いアクセサリーだが、吉岡さんは根付だと言っていた。  
アパートを修理した際の廃材から自分で削ったらしい。  
「吉岡さんて、意外に器用だね。」  
アコニーが基海の手元をのぞき込む。  
潮風がその髪をあおり、舞い上がって基海の頬をなぶった。  
アコニーを見やると、ワンピースのゆるい襟元から白い胸の膨らみが見えてしまう。  
どきりとした基海は思わず身を引いた。  
 
「と、ところでアコニー、夢の中では、その、成長した格好でいられるの?」  
「分かんない。前にこの姿であんたに会った時も、目が覚めたら元のままだったし。」  
「小さいアコニーも可愛いんだけどね。からかい甲斐があって。」  
「あんた、あたしの方が年上だって忘れてない?」  
 
ひょいと右手を伸ばし、基海の耳をつまんで引っ張る。  
それを契機に、二人はじゃれあってはしゃぎ回った。  
 
ひとしきりふざけあって、息を切らした二人はやがて砂の上に座り込んだ。  
アコニーは、隣り合った基海の肩に頭をもたせ掛けてくる。  
基海は何も言わず、その重みを受け止める。  
しばしの沈黙の後、アコニーが口を開く。  
 
「ねえ、さっきのホント?」  
「え、なに?」  
「だからさっき、あんた言ったでしょ。あたしに逢いたかったって。」  
「あ、うん。」  
「じゃあなんで逢いに来なかったのよ。」  
「ごめん。」  
「謝ったって分かんないよ。」  
 
アコニーは真っすぐに基海を見つめてくる。  
 
「その、逢いたいのに、逢ったらなんて言っていいか分かんなくて。それで行きづらくなっちゃって。行きたいのに行けなくて。ごめん。」  
「あたしも、逢いたかったのに。あんたの顔見たくて。でも自分からはあんたに逢いになんて行けないし。こんなこと誰にも言えなくて。」  
 
つと、手を伸ばして基海の頬に触れた。  
 
「ここなら、遠慮せずに言えるね。あんたに逢いたかった。あんたの顔が見たかった。あんたの声が聞きたかった。基海に、逢いたかった。」  
 
自分の掌をアコニーのそれに重ねて、基海も応える。  
夢の中なら、正直になっても良いんだ、きっと。  
 
「俺も、逢いたかった。」  
 
アコニーは身を乗り出し、基海の肩に顔をのっける。そのまま体重を預けると二人は砂浜に倒れ込んだ。  
基海が両腕を伸ばして自分の上にいるアコニーを抱き寄せると、その暖かさが感じられた。  
成長した姿の胸の膨らみが自分の胸に重なる。  
ワンピースのスカートがまくれ上がり、ほっそりした太股が少しばかり立てた膝を挟み込んでいる。  
頬と頬が触れあい、アコニーの息遣いが耳をくすぐる。  
 
「アコニ…ん。」  
 
唇が塞がれた。  
柔らかい、アコニーの唇に。  
思わず、細い腰を強く抱きしめる。  
アコニーの息が強く漏れ、基海を捕らえた両足に力がこもる。  
基海の手が肩から首筋にそってさまよい、カタチの良い耳をまさぐると、軽い呻き声が漏れる。  
唇を放すと、潤んだ瞳が基海を見おろしている。  
 
「基海の、えっち。」  
「いや、そんなこと言われてもこれはその…。」  
 
基海の固くなったズボンの膨らみが下からアコニーを突き上げている。  
基海は赤面して逃れようとしたが、アコニーはそれを許さない。  
基海の肩を押さえ込み、下腹部を押し付けてきた。  
 
「これは何、どうしてこんなになっちゃってるのかな、モトミクン? 正直に言ってごらん。」  
「いやだって、こんなにくっついてたら健康な男子としてはさ…。」  
「ほお、女の子とくっついてたらこんなに反応するの。誰でも良いの、あんた。」  
「そうじゃなくて、そんなこと言ってないだろ。」  
「じゃあ何なのよ。」  
 
ずい、と顔を寄せてくる。  
耳元で、囁くように。  
 
「言ってよ。お願い。」  
「…アコニーだから、だよ。」  
「もっと言って。」  
「アコニーと、キスしたから。」  
「それから?」  
「アコニーを、抱きしめたから。」  
「それから?」  
 
声が、震えた。  
 
「アコニーが、…好きだから。」  
「もう一回、言って。」  
「アコニーが、好きだ。」  
「もっと、聞かせて。」  
「やだ。」  
「なんでよ、言ってよ。聞きたいの。」  
「じゃあアコニーはどうなんだよ。」  
「さあ、何の事かしら。」  
「…ヒキョウモノ。」  
 
少女はくすくすと笑う。  
 
「キスしてくれたら、言ってあげる。」  
「このぉ。」  
 
基海は砂を蹴散らして体勢を入れ替えた。  
細い体を転がして、その上に覆いかぶさる。  
両の膝を割り込ませ、両の肘を砂に突いて、肩を抱く。  
乱暴に扱われて、けれど嫌がる風もなくアコニーが瞳を閉じる。  
今度は基海から、アコニーと唇を重ねた。  
下から伸びるアコニーの細い腕が、基海の首筋を掻き抱く。  
しばらく飽きもせず二人は互いの唇を重ね、その感触を味わい続けた。  
 
ようやく離れた基海に、アコニーが文句をつける。  
 
「もう、こんなに砂散らして。ざらざらして気持ち悪い。」  
「あ、ごめん。」  
 
基海は手を伸ばし、アコニーの顔や首筋の砂粒を指先で払いのける。  
 
「やだもう、服の中まで入っちゃってる。全部何とかしてよね。」  
 
基海は凝固する。いやしかしそれは。  
 
「ほら、さっさとして。」  
僅かに頬を染め、ぷいと横を向いて。  
 
ごくり、とのどを鳴らして覚悟を決めた。  
そっと指を伸ばして、ワンピースのボタンに触れる。  
震える指先はもどかしげに、ひとつひとつボタンホールを開放する。  
はだけた胸は下着を付けておらず、白い乳房に僅かに砂がまとわりついている。  
のどがからからに渇いて声が出ない。  
そっと、なるべく肌に触れないように、基海は砂粒を摘み、取り除いていく。  
アコニーは堅く目を閉じ、僅かに震えていた。  
胸の先端に触れた時、アコニーの結んだ唇から僅かに喘ぎが漏れる。  
それを聞いた基海は耐え切れず、掌でアコニーの乳房に触れた。  
思わず力が入り、けして大きくはないアコニーの胸を押し包む。  
指先に潰された乳房が歪む。  
 
「や、痛い…。」  
「アコニー、俺。」  
「痛いってば、基海!」  
 
したたかに打ち据えられた基海が我を取り戻すと、片手ではだけた胸を隠したアコニーが見下ろしている。  
 
「ただでさえ砂まみれなのに、思いっきり掴まれたら痛いんだから。  
 なんでこうもデリカシーがないのよあんたは。最っ低。そんなんじゃ嫌いになっちゃうからね。」  
「えと、ごめん。つい夢中になった。だって初めてだし。」  
「あたしだって初めてなの。」  
「そう、だよね。ホントにごめん。もう一回やり直し、出来る?」  
「…ここじゃイヤだな。結局砂まみれになりそうだしね。あそこ、行こ。」  
 
アコニーが示す先に、小さなコテージがあった。  
 
「前にも言ったけど、ここ家族で来てたんだ。毎年、あのコテージに泊まって。」  
「さっきまで見なかった気がするけど。」  
「うん、今の今まで忘れてたから。」  
「…良いのかよそれ。」  
「まあ、夢の中だから。」  
 
アコニーに手を引かれ、コテージに入る。  
小さな炊事場の付いたダイニング兼リビング。  
バスルームと奥は寝室か。  
 
「シャワー浴びてくるから、待ってて。」  
「背中ながそうか?」  
「や、それは恥ずかしいから駄目。後でね。」  
 
扉を開けてアコニーが振り向く。  
 
「あんたもシャワー使ってね。汗くさいのは嫌いよ?」  
 
ここまで来て、お預けか。  
アコニーに主導権を握られっ放しであるが、必ずしも不快ではない。  
備え付けのソファにもたれこんで、基海は知らぬまにウトウトしてしまったらしい。  
気が付くと、アコニーがのぞき込んでいた。  
髪から滴る滴が、ぽとりと落ちて基海の頬を打つ。  
 
「何寝こけてるのよ。」  
「あ、…いやごめん。」  
 
アコニーはカタチの良い鼻を基海の首筋に寄せてくんくんとかぎ回る。  
 
「あーもうくさいくさい。男の子ってなんでこんなに汗くさいんだか。あんたなんて大して運動もしてないくせに。」  
 
文句を付けながら小さく舌を出して、ペロリと基海の首を舐める。  
 
「しょっぱーい。汗ってホントに塩の味がするのね。」  
「いやもう良いから、勘弁してよ。シャワー浴びてくるから。」  
 
アコニーを押しのけようとしたけれど、バスタオル一枚を巻いただけの肢体の何処に触れていいか分からず基海は動きが取れない。  
 
「ふーん、度胸が無いのね。」  
「いや、こんなの卑怯じゃないか。」  
「そう? じゃあこれは?」  
 
基海から体をはなして立ち上がり、アコニーは胸元に手をかけて体に巻き付けていたバスタオルを剥ぎ取る。  
そのまま床に落とし、白い裸身をさらけ出す。  
白い塑像のようなアコニーを下から見上げ、しかし基海は視線を逸らせない。  
くすり、と笑うアコニー。  
 
「いいよ、見ても。好きなだけ。でも、見てるだけじゃやだよ。ちゃんと、して。でないと許さないんだから。」  
「い、いいのかよ、汗くさいままだぞおれは。」  
「良くないけど、でももうこれ以上我慢出来ない。せっかくこんな近くにいるのに、ちょっとでも離れるのヤだ。  
 なんか一人でシャワー浴びてたらそれだけでさみしくなっちゃった。」  
 
さし出された白い手を取ってアコニーのそばに立ち、基海はほっそりとした腰に手を回してアコニーを抱きしめる。  
 
「あっちに、ベッドあるから。」  
「ん。」  
 
小さな寝室、アコニーはするりと白いシーツの海に沈む。  
基海は、服を脱ぎ捨てようとするが何故かボタンが外れなかったり袖が絡まったり。  
顔と肩だけをシーツからのぞかせて、アコニーが笑う。  
 
「何一人で遊んでるの。」  
「や、服が邪魔をするんだ、脱がされたくないって。」  
「馬鹿ね、焦らなくて良いから。でも待たせないで。」  
 
一部、布地が裂ける音をさせてようやく邪魔な衣類を脱ぎ捨て、基海はアコニーの横にもぐり込んだ。  
 
「ねえ、基海。」  
「ん?」  
「さっきのあれ、もう一回言って。」  
「…いや、面と向かって言うのって結構恥ずかしいんだけど。」  
「お願い、言って。そしたら、基海の好きにしていいから。  
 全部見て、全部触って、あたしに何をしても良いから。どんな風にしても良いから。だから言って。」  
 
アコニーの真剣な表情に気圧されながらも、基海はためらってはならない事を自覚した。  
 
「別に、そんな交換条件みたいなのを出されたから言うんじゃないぞ。」  
「うん。」  
「おれは、アコニーが好きだ。大好きだ。」  
「あたしも…、あたしも基海が好き。あんたが好き。だから基海に、あたしの事好きにして欲しい。  
 現実に帰っても消えないような、跡が付くくらいあたしを好きにして、お願い。」  
 
絡みつく細い手足。  
しっとりと触れる肌。  
甘やかな髪の匂い。  
柔らかくつぶれる乳房。  
溢れるごとく湧き出る熱い泉。  
か細く漏れる吐息。  
 
基海は、アコニーの海に溺れた。  
 
首筋に、肩に、胸に、脇腹に、太股に、白い肌に赤くキスマークを刻むところではまだ冷静でいたつもりだった。  
けれどその都度、甘くこぼれる彼女の声は、基海の理性を削り取って行く。  
柔らかく撫でるつもりだった指は強く乳房を握り潰し、舌先で転がすはずの小さな乳首に噛みつくようにしゃぶりつき、優しくなぞるはずの女陰に深く指を突き立て。  
それでもアコニーは拒絶の素振りを見せず、むしろ深く深く、基海を受け入れる。  
微かに苦痛の表情を浮かべながらも、基海の名を呼んで更にせがむかのように自らをひらき、奥へ奥へと招く。  
 
固く尖った基海がアコニーの中心を貫いた時、絶えきれず苦痛のにじむ声が漏れてしまう。  
それでもその腕は、押しつぶすようにのしかかる男の体を抱きしめた。  
引き裂かれる痛みで思わずもがく自分を押さえ込むために。  
基海はもはや無我夢中で、アコニーを気づかう事も出来ずその白い肉体をむさぼる。  
獣のように激しく腰をゆすって奥へ奥へと突き立てる。  
 
「い…た、あ…、もと、みぃ…。」  
 
にじむ涙を押さえ切れず、溢れる悲鳴を堪え切れず、アコニーは唇を噛みしめてこらえている。  
基海はアコニーを強く抱きしめ、大きく足を広げさせてその最奥部まで自分自身を届かせる。  
アコニーは更にのけ反って悲鳴を漏らし、それをこらえるように今度は基海の肩に歯形を刻んだ。  
そのまま、アコニーは自分の深いところでほとばしる基海の精を受け止めた。  
 
アコニーに覆いかぶさったまま荒い呼吸を繰り返す基海は、ようやく呻くように声をかける。  
 
「アコニー、その、ごめん、もう夢中になって、無茶苦茶乱暴になっちゃった。ホントに、ごめん。」  
「…全くね。好きにしていいって言ったのはあたしだけどさ。キスマークはまだしも、指の跡やら爪の傷やら、こんなとこに噛みついて歯形まで付けて。」  
「歯形は、お互い様だと思うけど。」  
「あ、あたし結構深く噛んじゃったのね。ごめん、痛くない?」  
「痛いけど、まあ。いや、アコニーは大丈夫なの。かなりその、優しくなかったけど、おれ。」  
「あんまり大丈夫じゃないかも。裂けるかと思った。てか、ちょっと裂けたかも。」  
 
シーツをのぞき込むと、結構な大きさの鮮血が染みを作っている。  
 
「うわ、ちょっと、これは…。」  
「焦んないでよ。まあ裂けたと言うか切れたと言うか、入り口は無理矢理突込まれて文字通り傷物にされちゃったけど。  
 出血は派手でも見た目だけよ。それより奥の方が辛いの。まだ何か入ってるみたいで。」  
「ああ、いやほんとごめ」  
 
人差指で基海の唇を押さえ、アコニーはそれ以上の謝罪を拒絶する。  
 
「あのね、最初は痛いのは承知の上。思ってた以上に乱暴だったのは確かだけど、合意の上なんだからこれ以上謝るのは無し。」  
「あ、うん。分かった。」  
 
アコニーは基海の胸に身を寄せる。  
おずおずと、基海はアコニーを抱きしめる。  
先刻の乱暴な扱いを埋め合わせるように、そっと優しく。  
 
「ねえ、基海。」  
「なにさ。」  
「現実に戻っちゃったら、あたしもしかして、またちっちゃいままかも知れない。」  
「まあ、そうかもね。」  
「でも、ゆっくりだけど現実のあたしの体は成長してるの。だから、あっちに戻っても、その、さ…。」  
 
基海は、無言で促す。  
 
「我慢して待っててくれる? あたしが、あんたの横に並んでおかしくないくらい成長するまで。ちょっと時間がかかるかもしれないけど。」  
「どっちかって言うと、おれが先に老け込んじゃうかも知れないけどな。そうなっても構わないか?」  
「しょうがないねえ、ジジイになった基海かあ。まあ我慢してあげるとしよう。でも、出来ればダンディな年の取りかたしてよね。あたしのパパみたいに。」  
「アコニーのパパさんが見本かあ。どっちかと言うとおれのじいちゃんみたいになるかもな。」  
「うんまあ、それはそれで。」  
 
二人は目を合わせ、くすくす笑いだす。  
シーツにくるまって、抱き合って。  
二人だけの空間で。  
二人だけの夢の世界で。  
 

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