薄暗いアパートの階段に腰を掛けたアコニーは、隣に座る彼の顔をそっと見上げた。
先週の仕打ちにも拘らずに、彼は今日も来てくれた。
あ……
剃り残した顎髭を見つけてアコニーの頬が微かに緩む。
彼は生意気にも毎朝、髭を剃るようになったそうだ。
彼が、この時間が停滞したようなアパートから出ていって……
どのくらいに……なる?
あ、そうか、彼は、もうすぐ高校3年になるのだ。
背も伸びたし男らしくなっていく、そりゃぁ髭くらい生えるだろう。
彼女は彼に気づかれないように溜め息をついた。
彼に比べて成長しない、この身体……
ふと視線を感じて顔をあげれば、彼と目が会う。
思わず顔が赤くなり不覚にも身体が熱くなる。
彼を異性だと、男だと意識をしたのは、いつだろうか?
彼の視線の先に、他の女がいるとムッとするようになったのは、いつからだろうか?
いつまでも変わらない身体に何度も泣いたのは誰のせいだろうか?
アコニーは息を深く吸うと、心を落ち着かせる。
た、たまには自分の気持ちに素直になって……
「ア、アコニー……」
「な、なによ!」
だが、
思わず睨みつけて、ぞんざいな口調で応じてしまう。
「うっ……」
怯んだような彼の表情に、アコニーの表情が曇る。
あ、いや、そういうつもりじゃぁ……
はぁ……
高校受験の為に、このアパートを出た彼は高校に受かっても帰って来ることはなかった。
しかし、特に重要な用事が無い限り学校や予備校の補習の帰りには必ず寄って夕飯を食べていき、土曜日には以前住んでいた部屋に泊まっていくのだ。
まだ彼と一緒にいられる時間を持てる……
あの時の、なんとも表現の出来ない安堵の想いは今も続いている。
彼が訪れる時刻になるとソワソワとし、彼に悟られないように庭の片隅で待つよになり、ふと気がつくと彼を異性として意識するようになっていた。
「こ、この間はゴメン……」
彼の言葉に先週の事を思いだして、アコニーの顔がカッと赤くなる。
最近恒例となってしまった感のある毎週土曜日の宴会のあと抜け出して、酔い覚めしに階段に腰をかけていたアコニーの傍らに、無理矢理酒を飲まさせれて同じく顔を赤くした彼が座り、そっと身体を寄せて来る。
ギクと身体を振るわせながらも、
このくらいなら、まぁ、いいかと、
アコニーも彼に体重を僅かにかけ目を閉じて、昨年の夏に彼と行った二度目の海の甘酸っぱい出来事を思い出していた。
初めて見る彼女の水着姿に釘付けになる彼の視線。
水着を着たのは何年振りだっただろうか、実は、あの日のことは良く覚えていない。
ただやたらと笑って過ごして、彼の言葉に柄にもなく赤くなったのを覚えている。
「俺は気にしないから……そ、その、あのさぁ、えっと、き、き、綺麗だよ、その水着、似合ってるぜ、ア、アコニー」
自分の身体を気にするアコニーに、半ば不機嫌そうにしながらもボソボソと呟いた彼の不器用な言葉と、そっと交わした手の温もりを思い出していると、
肩に触れる手に気がつき酔いが覚めた。
な、なによ……
でも、ま、まぁ、肩ぐらいなら……
だが、しかし、肩にかかった手はエッチな感触を漂わせながら腰へ……と
ぐっ、まぁ、腰ぐらいまでなら……
こんなの大人の女の余裕よ。
「……………」
こ、股間ぐらい……
って!
ちょっと待ちなさいっ!
あ、やだ、そこ、やだぁ!
下着の中に手を入れるなぁっ
はぁっん、あっ、ち、乳首ダメっ
んんっ!
って、あたし、な、何を感じてんだぁ!
「ど、どこを触ってんだぁー」
ハッと気がついた時には彼は階段の下でノビていて救急車を呼ぶ騒ぎとなった。
はぁ、
アコニーは何度目かの溜め息をついた。
ようやっと初潮を迎えて戸惑うクリスマスの夜に、不覚にも彼に抱きしめられ暖かな安らぎの中で交わした初めての口づけ、あの日以来、彼は年相応の男の子らしく彼女の身体に触れようとして来る。
当然、次は……と
彼女も半ばドキドキと胸を高鳴らせて覚悟をしていた筈なのに……
「本当にゴメン、お、俺、ひ、酷く酔っていたとはいえ---つい」
「そんなの、いいわよ!」
「え、あ、いや、でもさぁ……」
「いいって言ってんでしょ!」
アコニーの言葉に、沈黙が二人の間を支配した。
ウウッ
こんなにきつく言うつもりじゃないのに……
アコニーは、もう一度深く息を吸う。
あたしは、こんな身体だけど、彼よりずっと年上なのだ。
ここは一応年上の女らしくリードをしなければ。
「あ……あ、あのさぁ……基海……」
「う、ん……なに?」
「あ、あ、あのね……」
「……アコニー?」
「へ、部屋に、い、行かない?」
「部屋って……アコニーの」
「う、……うん、あ、ちち、違う 基海の……部屋」
「…………いいけど、なにすんの?」
「そ、そこで、あ、あたしを、す……………」
「す……?」
「す、す、すすす……」
好きにして……
なんて、わぁ?ん、やっぱり言えるわけない、
「………な、なんだよ?」
彼は困惑した表情を浮かべる。
くっ、そんなボケとした顔しやがって、気がつけ、鈍感!
なんで今夜に限って触ってこないの?
エッチな事をしてこないんだー!
あ、いやなんか違う!
あ? こんなの、あたしらしくない、基海の馬鹿、こんな、あたしにした責任を取ってよ!