「でゅ……、でゅあるあばたぁ?」  
「そう、duelではなくdual──『二重の』という意味だ」  
 
首を傾げるハルユキの呟きに補足して、黒雪姫はどこか誇らしげに微笑んだ。  
場所はハルユキの住む高層マンションのリビング。  
『新作アプリを披露したい』という黒雪姫の求めに応じ、放課後に招待して一息ついた処だ。  
話によると、デュアルアバターを作成する、というのがそのアプリの機能らしい。  
紛らわしい名前だなあと思いつつ、ハルユキは少し考えをまとめてから改めて問い掛けた。  
 
「ええと、要は忍者とかが使う分身の術みたいな感じですか?」  
「まあ、外見上は似たようなものだが、実質的には全くの別物だな。  
 これは使用者の意識を二分割して、ふたつのアバターへそれぞれ宿らせる。  
 すると、両者は独立した判断力を持ち、全く異なる作業を同時に行う事さえ可能になるんだ」  
「え……えぇー!?」  
 
予想を超える特異な性能に、ハルユキはまん丸い目を更に見開いた。  
独自の行動を取れるということは、つまり仮想空間に『もうひとりの自分』が出来るのに等しい。  
漫画やアニメでお馴染みの活用法が真っ先に思い浮かび、ハルユキは鼻息荒く身を乗り出す。  
 
「じゃあ、それを使えば、分身に宿題をさせてボク自身はゲームしていられるとか!」  
「複製ではなく分割と言っただろう? リンクアウトすれば両者の記憶はひとつに統合される。  
 仮にそうして一時間過ごせば、勉強とゲームで計二時間過ごしたのと等しい感覚になるはずだよ。  
 加速を使わずにダイブ中の時間効率を向上させ得る点は、充分に有用だと思っているがね」  
「な、なるほど……」  
 
それほど都合のいいものではないと理解して、ハルユキはやや悄然と腰を下ろす。  
黒雪姫はそんな様子に軽く目を細めると、気を取り直すように表情を改め、  
 
「ただ、理論上は完成したものの、実際の運用においては少々問題があってな。  
 ひとりで使用すると、自我境界が曖昧になるらしく、うまく意識が分離できないんだ。  
 そこで、緩衝材となる第三者が介在していれば、あるいは正常に動くのではないかと考えた訳さ」  
「……つまり、ボクにその役目を?」  
「ああ。披露すると言いつつ、実際はテスト起動の相手として利用するようなもので心苦しいが」  
 
少し申し訳なさそうに告げられた言葉に、ハルユキは首と両手を激しく横に振る。  
 
「い、いえいえ! ボクもソレがどんな感じになるのか、ちょっと興味ありますし!」  
「ふふっ、キミならそう言ってくれると思っていたよ」  
 
黒雪姫は嬉しそうに頬を緩め、自身のリンカーに繋いだケーブルの端子をハルユキに差し出した。  
直結してのフルダイブは何度もしているが、彼女とのそれは幾ら回を重ねても胸躍るものがある。  
 
(先輩が二人になるとか、単純に考えて二倍嬉しい状況だし……)  
 
心の中で呟きつつ、受け取ったコネクタを慣れた手つきで首元へ接続し、  
 
「「ダイレクト・リンク」」  
 
声を合わせて唱えると、二人の意識は電子の海に沈み込んだ。  
 
                        ●  
 
ピンクのブタ型アバターとなったハルユキは、用意されたフルダイブ空間へポヨンと降り立った。  
凝り性の黒雪姫にしては珍しく、縦長の窓と二脚の椅子と丸テーブルだけという簡素な環境設定だ。  
ラウンジのいつもの席を切り貼りしたと思しき空間を仕切るのは、複数のウインドウが流れる白い壁。  
テーブル上に立つハルユキから見て左の席に、現実と同じく梅郷中の制服を着た黒雪姫の姿がある。  
そして彼女の対面にあたる右の椅子には──誰も座っていなかった。  
 
「あれ? 先輩、もうひとつのアバターはどこです?」  
「……どうやら、またしても失敗のようだな。本来ならそちらの席に現れるはずなのだが」  
 
軽く肩をすくめると、黒雪姫はテーブルの天板をトンと叩き、一客のティーカップを出現させた。  
高い背もたれのある椅子に深く座り直し、目を伏せたまま楚々とした仕草でそれを持ち上げる。  
 
「やれやれ。これで駄目なら、今後はどういったアプローチを行うべきか……」  
「その必要はないな。私のプログラムは正常に作動しているぞ?」  
「……?」  
 
全く同じ声色による反論に、ハルユキは音源である黒雪姫の手元へ目を向けた。  
カップの縁には、いつの間に出現したものか、一羽の蝶が悠然と羽根を揺らしている。  
飛び立った蝶は戸惑う黒雪姫の眼前をからかうように舞い、もう一つの椅子の上へと向かう。  
そして次の瞬間、両の羽根を大きく伸長させ、黒いドレスを纏う華麗な人型アバターに姿を変えた。  
 
「やあ。『初めまして』とでも言うべきかな、もうひとりの私」  
「あ、ああ。『こちらこそ』と返しておこうか、もうひとりの私」  
(うわぁ、ホントに先輩が二人になっちゃったよ……)  
 
向かい合って初見の挨拶を交わす黒雪姫たちに、ハルユキは感慨深くひとりごちた。  
どちらも見慣れた姿ではあるが、それが同時に目の前へ出現していると、想像以上に奇妙な光景だ。  
 
「しかし、なぜそちらはわざわざそのアバターに変更しているのだ?  
 事前に設定しておいたのは、こちらと同様リアルを模した姿のものだったはずだが」  
「なに、ほんの気まぐれというやつさ。私にとってはこの方がより似つかわしいと思えるしな」  
「いや待て。予定では、同じ姿でも独立性に支障はないか検証してみるつもりだったろう?」  
「だから気が変わったのさ。これもまた、意識を分割した時点で個別の判断を得ている証拠では?」  
「それはそうかも知れないが……」  
(な、なんか自分同士で言い合い始めてるし……)  
 
いきなり意見を違える二人の会話を、ハルユキは半ば呆然と眺めやった。  
どうやら、両者の差異は外見だけではなく、性格的な面にまで及んでいるらしい。  
制服姿の黒雪姫は、生徒会副会長としての普段の態度に近い、理知的で凛とした雰囲気がある。  
一方、ドレス姿の彼女はひどく物憂げで、享楽的な妖精の女王めいた尊大な妖艶さが漂う。  
ハルユキがポカンと口を開いて見比べていると、蝶の羽根を持つ黒雪姫がふと流し目を寄越す。  
そして蕩けるような微笑みを浮かべ、媚びを含んだ甘い声音で囁きかけた。  
 
「ああ、勝手に盛り上がってしまって済まなかったね。  
愛しいハルユキ君を放置して下らない論議に耽るなど、我ながら許し難い罪悪だ」  
「いっ?」「いとっ!?」  
 
さらりと告げられた表現に、ハルユキは瞬時に赤面し、制服姿の黒雪姫は短く叫んで息を呑んだ。  
ドレスを纏う黒雪姫は、絶句するもうひとりの自分へ怪訝そうな目を向け、  
 
「何を驚くことがある? 普段から折に触れ繰り返している、好意的感情の発露じゃないか。  
 いつもはもう少し修辞に気を遣っているが、実質としては同じことだろう?」  
「ば、馬鹿を言うな! いくら本心でも、そんなあからさまな言葉を平然と使う奴があるか!」  
「ふむ。確かに常の私であれば、こうまで直截的な愛情表現にはかなりの躊躇を覚えるはずだな。  
しかし今の私にそういった心理的抵抗はない……ということは」  
「まさか──そういう事なのか?」  
「ああ、間違いないだろう」  
「……あっ、あの、つまり、どういう事なんでしょう?」  
 
本人達だけで納得され、再び疎外されかけたハルユキは、もじもじしつつも問い掛ける。  
すると蝶の羽を広げた黒雪姫が、噛んで含めるように語り出した。  
 
「要するに、意識の分割という手法を取った為に、最も分かち易い形で思考が二極化したのさ。  
 外面に対する内面、建前に対する本音、理性に対する欲求……と言えば理解できるかな?  
 勿論、普段は隠しているものだから、ハルユキ君から見るとこちらの私はさぞ奇異に映るだろう」  
「そ、そんなことは……」  
 
支持棒つきの仮面で実際に顔を隠してみせる黒雪姫に、ハルユキは慌ててかぶりを振る。  
けれど彼女は、まるで気にしていない風情で手にした仮面を優雅に放り捨て、  
 
「だが、この私も間違いなく、『私』という人格を構成する一側面ではあるんだ。  
 ハルユキ君が愛しくて恋しくて、隙あらばその全てを独占したがっている私の、な?」  
「っ……!」  
 
唇に指を当て挑発的に微笑む自身の姿を、制服姿の黒雪姫は羞恥に頬を染めて睨み付ける。  
肩を怒らせ、膝の上で両手を強く握り締めた彼女は、敵愾心を剥き出しにした声で問い質した。  
 
「……貴様、何を考えている?」   
「これはまた、自分自身に対して他人行儀な呼びかけもあったものだな。  
 わざわざ尋ねなくとも同一人物なんだ、その程度の事はとっくに察しがついているだろう?」  
「させると思うか?」  
「逆に問おう。どうして阻止できるなどと思うんだ?」  
「え、えっと、何を……?」  
 
急に緊迫してきた場の雰囲気に、照れていたハルユキは怪訝な声を上げた。  
だがその疑問に対する答えもなく、長手袋に包まれた細腕が、彼のアバターをいきなり掻っ攫う。  
同時に周囲が暗転し、追い縋ろうとする制服姿の黒雪姫の行く手を、幾条もの鎖が交差し塞き止める。  
全く訳の判らぬままに、ハルユキの意識は別の空間へと強引に連れ去られていった。  
 
                   ●  
 
「わ、っと……」  
 
暗から明へと再び入れ替わった視覚情報に、ハルユキは激しく目を瞬かせた。  
先程までの部屋と似てはいるが、こちらは壁や窓どころか、地平すら定かでない白一色の世界だ。  
戸惑いながら視線を移すと、至近距離に艶やかな黒のドレスと大きく開いた胸元がある。  
黒雪姫の腕にしっかりと抱かれたままの自分に気付き、ハルユキは短い手足をわたわたと動かした。  
 
「え、ちょ、なんっ!?」  
「少し落ち着け、ハルユキ君。そんなに暴れたら、大事なキミの身体を落としてしまうだろう?」  
「はあ、いや、これはそのいわゆるなんといいましょうか……」  
 
呼び掛けに合わせて更にぎゅっと抱き締められ、ハルユキはしどろもどろに返答した。  
頬のあたりに感じる柔らかくも確かな胸の弾力に、落ち着くどころか更に動揺が増すばかりだ。  
 
「あ、そ、そうだ、さっきのは一体?」  
「ん? 先程の鎖の群れのことなら、あれは私特製の自己改変型隔離防壁さ。  
 起動すれば私自身でも突破に小一時間ほどは掛かる。これで余計な邪魔は入らないという訳だ」  
「そ、そうじゃなくてですね。させるとかさせないとか、一体何を言い争ってたのかなぁと」  
「ああ、そちらの方か。それは説明するより実地で示したほうが早いな」  
 
事も無げに呟くと、黒雪姫はハルユキの体を軽く抱え上げ、吐息が掛かるほどに顔を近づけた。  
間近で覗き込む濡れた瞳に正面から射抜かれて、戸惑いと共に胸の鼓動が強く高鳴る。  
 
「え、あの?」  
「……つまり、こういう事だよ」  
「せ、んっ!?」  
 
呼び掛けの声を遮って、覚えのあるしっとりとした感触が口元を塞ぐ。  
突然の口付けにハルユキはひどく驚くが、彼女の行動はそれだけでは終わらなかった。  
 
「んっ、ちゅ、はむ……」  
「むぅう!? ひ、ひぇむぷぁひっ!?」  
 
黒雪姫は、続けて口の上下を軽く啄ばむと、深く激しく唇を重ね、自ら舌まで差し入れてきた。  
洋画のラブシーンにあるような情熱的で濃厚なベーゼに、ハルユキの意識は激しく錯乱する。  
これは夢か幻か、という疑念が頭を掠めるが、この未体験の感覚を脳内で構築できるとは思えない。  
驚愕に見開いた視界には、うっとりと眼を細めた憧れの先輩の顔がクリアに映る。  
その妖しい美貌と、優しく絡む繊細な舌の動きが、頭の芯に甘く痺れるような感覚を生む。  
しばらくして、唇を離し満足げな吐息を洩らす黒雪姫に、ハルユキは呆然と問い掛けた。  
 
「せ、先輩……? なんでまた、突然こんなこと……」  
「先程も言っただろう? こちらの私は、云わば内面であり本音であり欲求であると。  
 つまり今は、余計な良識や理性などに囚われず、秘めた想いを実行する千載一遇の好機なのさ。  
 そう、仮想世界の中ではあるが、キミの全てを感じ、キミとひとつになるためのね……」  
「え、わ、わわっ!?」  
 
艶然と微笑みながら、黒雪姫は己の胸元に指を這わせ、ドレスの編み紐を優雅に解き始めた。  
程なくして、押さえを失った布地は散る花びらの如くふわりと滑り落ち、流麗な肢体をさらけ出す。  
ハルユキの目に、まさしく雪のように白い双の膨らみと、淡く色づいた先端が飛び込んでくる。  
間近で直視した敬愛する少女の裸身の艶めかしさに、ハルユキは思わず息を呑んだ。  
 
硬直するハルユキを抱き上げたまま、黒雪姫はゆったりとした動きでその場に腰を下ろした。  
そして、赤ん坊を扱うような優しい手つきで、彼のアバターをそっと横たえる。  
軽く沈み込むような弾力は、まるで洗濯物の山に寝転がったようで、手を動かすと布の感触がある。  
どうやらここはただの真っ更な空間ではなく、無限に続く純白のシーツの海であるらしい。  
そこでようやく状況を理解し、ハルユキは長手袋を脱ぐ黒雪姫へ、狼狽しながら制止の声を掛けた。  
 
「だっだだ駄目ですよ! ボボクも先輩もまままだ中学生じゃないですか!  
 そ、それにボクいまこんな姿だし、そういう事するには不適切というか何というか!」  
「細かいことを気にするな。前にも言ったが、私はその姿のキミも充分愛おしく思っている。  
 私のこの熱情に比べれば、些細な外見的差異など何の障害にもならないよ。  
 ……ふむ、しかし確かにそのままでは、別の意味で不適切ではあるな」  
「へ?」  
 
黒雪姫が軽く指を鳴らすと、ハルユキの視界に新規プログラムのインストール画面がポップした。  
直結回線で送られたファイルは即座に自動展開し、アバターの設定を勝手に変更していく。  
普段ならここまで一方的なハック行為は決してやらない筈だが、今の彼女にはそんな自制もない。  
そして完了を示す電子音が響くと、何もないはずの股間に見慣れた器官が忽然と現れた。  
 
「うわぁ!? せ、先輩、コレどうやって!?」  
「なに、アバターに本来設定されていないパーツを、記憶と感覚から逆算して追加構成したまでさ。  
 システム構築の参考にするため入手した闇ルートの違法プログラムだが、性能は折り紙つきだ。  
 だいたいこの身体を見た時点で、少しはおかしいと思わなかったのか?  
 いくら私でも、本来必要の無い部分をここまで作り込んだりする訳がないだろう」  
「あ、あうあう……」  
 
短い手足で股間を隠しながら、ハルユキの眼は彼女が示す身体のディテールに引き寄せられていた。  
慎ましい胸の膨らみの頂点では、ごく薄い褐色の乳首が気取ったようにツンと突き立っている。  
まだ生え揃っていない淡い恥毛は、刻まれた割れ目を隠し切れず、その陰影をうっすらと透かし出す。  
どれもがあまりに精彩で、電子的に合成されたものとはとても思えない。  
いや、本人の記憶を元に構築したというのならば、これは限りなくリアルに近い造形なのだろう。  
そう思うと、押さえたモノが意思とは半ば無関係に、その体積をじわりと増していく。  
うろたえ喘ぐハルユキの腕を、脇に身を寄せた全裸の黒雪姫が、懇願するようにそっと抱え込む。  
 
「……なあ、いいだろう、ハルユキ君?」  
「いえあの、ですから、先輩も普通じゃないですし、こ、こういうのはやっぱりいけないと……」  
「そんなつれない事を言わないでくれ。私はもう、キミのことが欲しくて堪らないんだ。  
 それとも、初めて関係を持つのがこんなはしたない私とでは──嫌、なのか?」  
「めめ、滅相もないです!」  
 
想い人から切なげな口調でそう問われれば、ハルユキとしては否定するより他にない。  
言質を取った黒雪姫は、一転して細めた瞳に淫蕩な光をちらつかせ、  
 
「それはつまり逆説的にOKということだな? では遠慮なく……」  
「え、い、んむぅ!?」  
 
ハルユキの頭に両腕を絡めると、そのまま有無を言わさず身を重ねていった。  
 
 
 
「ちゅっ、ふ、んっ……。あぁ、キミの身体はとても温かいな……ん、ふふっ……」  
 
黒雪姫は裸の上半身で小さな体を組み敷きながら、ハルユキの顔中にキスの雨を降らせた。  
大きな鼻に頬ずりし、ピンクの肌を音高く吸い、抱えた頭を何度も撫でさする。  
一見するとお気に入りの縫いぐるみを愛でているだけのようだが、肌肉の感触は本物と変わりない。  
自らの言葉通り、姿の違いなど全く気にせず、愛する少年に想いの丈を熱烈にぶつけていく。  
 
「せ、先輩っ……。ちょっ、や、あのっ……」  
 
一方ハルユキにとって、相手は背に蝶の羽根こそあるが、基本的には憧れの女性そのままの姿だ。  
そんな人が、惜しげもなく晒した裸身を密着させて、露骨に迫ってくるのだから堪らない。  
彼女が身じろぎするたび、押し当てられた双丘が形を変え、弾力と温もりを伝えてくる。  
身体のサイズが半分以下に縮んでいることを考慮しても、その感触の豊かさは意外と言って良い。  
告げれば制裁確実な思考がふと脳裏をよぎるが、それも再びの深い口付けで瞬時に吹き飛ばされる。  
 
「むぁ……!?」  
「はぷっ、んむ、ちゅ、っふ……」   
 
しかも先ほどの違法プログラムがゲインを引き上げたのか、明らかに五感の精度が増していた。  
温かくぬめる粘膜が口腔をまさぐる生々しい感触が、圧倒的な情報量で意識を侵す。  
頬を撫でる黒髪からはかぐわしい香りが漂い、絡む舌からは仄かに甘い異性の唾液の味がする。  
熱を帯びた淡い吐息すら音に聞こえ、軽く伏せられた長い睫毛はその本数さえ数えられそうなほどだ。  
擦り付けられる胸の突起は硬くしこり、興奮の程を伝えるように素肌の上で強く自己主張する。  
これでもなお生理的な反応を抑制できるほど、ハルユキの意志は強くない。  
彼の股間のモノは大きく立ち上がり、包皮の端から亀頭の先が覗くまでになっていた。  
 
「ん……、キミもその気になってくれたようだな。嬉しいよ、ハルユキ君……」  
「いっ、そ、違っ!」  
 
滾る肉棒を横目に見ながら紡がれた睦言に、ハルユキは慌てて否定の意を示した。  
確かに身体のほうは強く反応しているが、決してこのまま流されてもいいとまでは思っていない。  
けれど、黒雪姫はそんな精神と肉体の乖離などまるで知らぬげに手を伸ばし、  
 
「なにも違わないだろう? ここがこうなっているのは……」  
「ひぅっ!?」  
「……私の求めにキミが応じてくれようとしている証拠ではないのか?  
 ふむ、知識として承知してはいたが、想像以上に硬くてゴツゴツしているものなのだな」  
「せ、せんぱ、そこ触っちゃ……!」  
 
感触を確かめるようにくにくにと握られて、ハルユキは羞恥のあまり頭が沸騰しそうになった。  
同時に、尊敬する少女がそんな真似をしているという事実が、背徳感と倒錯的な歓喜を呼び起こす。  
せめぎ合う複数の感情に、『駄目です』と制止の言葉を返す余裕すらない。  
自分の丸く短い手指とはまるで違う、細くしなやかな掌の中で、捕らわれたモノが強くわなないた。  
 
「そうそう、確か本来の姿はこう……するのだったな?」  
「ぬゅわっ!?」  
 
そう呟くと、黒雪姫は幹の中ほどを緩く掴んだまま、根本に向かってゆっくりと引き下げた。  
ハルユキの奇声と共に、敏感な部分を保護する包皮がツルリと剥け、薄い肉色の亀頭が露わになる。  
大粒の苺程はある先端をしげしげと眺めて、黒雪姫はほうっと熱っぽい溜息をつく。  
 
「これがハルユキ君の……。キミらしく、ピンク色でいかにも繊細そうな見た目だな。  
 あまりグロテスクなようだと少々困ると思っていたが、これならむしろ愛らしさすら覚えるよ」  
「あ、あの、なんか妙にお詳しいですね?」  
「うむ。普段の私とて、こうした事に対してそれなりの興味と欲求は持ち合わせているからな。  
 更に言えば、巷のアクセス制限や各種フィルターなど、私にかかれば無いも同然だ。  
 海外には映像規制の緩い地域もあることだしな」  
「ソ、ソウデスカ……」  
 
いっそ誇らしげとすら言える黒雪姫の宣言に、ハルユキはぎこちない相槌を打った。  
どうやら超級ハッカーとしての腕前を駆使し、年齢や国境の壁さえ越えた性知識を得ておられるらしい。  
ものの弾みでとんでもない秘密を暴いてしまった気まずさに、今の状況を一瞬忘れそうになる。  
けれど当の黒雪姫は、己の赤裸々な告白などまるで気にした様子もなく、  
 
「だから、ここから何をどうすればキミに悦んでもらえるかも、ちゃんと判っているよ。  
 そう、例えばこんな風に……」  
「んぁっ!?」  
 
頬に掛かる髪を掻き上げると、おもむろにハルユキの先端へ音高く口付ける。  
敏感極まる剥き身の亀頭をややきつめに吸われ、ブタ型アバターの背がビクンと反り返った。  
 
「ん、少し強かったか? ではこのくらいで……」  
「っあ! せ、せん……はぅっ!」  
 
首を傾げた黒雪姫は、ちろりと舐め湿らせた唇で、今度は軽くつつくようなキスを繰り返した。  
直接の刺激に慣れていない未熟な若芽は、たったそれだけの事にも過敏に反応する。  
柔らかな唇が触れるたび、切なくむず痒いような未知の快感が走り、情けない声が洩れてしまう。  
ハルユキはせめてそれだけでも抑えようと、口をへの字に結んで儚い抵抗を試みる。  
けれど、彼のそうした態度は、黒雪姫の情欲を一層強く煽り立てた。  
 
「ふふっ、そうして恥ずかしがるキミも、すこぶる魅力的だよ?  
 魅力的すぎて、もっともっと、可愛がってあげたくなってしまう……はむ、ちゅ……」  
「っ、ぁ!」  
「んんーっ、ん……。はぁ、本当に素敵だよ、ハルユキ君……。んっ、んふ……っ」  
「くっ、ぅ……!」  
 
黒雪姫は獲物を捕らえた猫のごとく目を細め、本格的に口での奉仕を開始した。  
幹の半ばを唇だけで柔らかく噛み、内側の温かく湿った粘膜でその硬さと熱を存分に味わう。  
続けて小さく舌を出し、細いおとがいを何度もしゃくり、下から上へと丹念に舐め上げていく。  
見様見真似のその行為は、技量的にはつたないものの、強い熱意と大胆さがそれを補って余りある。  
淫らな水音と舌使いに攻め立てられ、ハルユキは短い四肢をシーツに突っ張らせた。  
 
悶えるハルユキへ見せ付けるように、黒雪姫は肉棒への愛撫に没頭していった。  
ちらちらと視線を顔に向け、反応の度合いを窺いつつ、握った根本付近を柔らかくしごく。  
己の唾液に濡れ光る強張りに吐息を吹きかけ、漆を塗り重ねていくかの如き丁寧さで舌を這わす。  
紅潮した細面は興奮に蕩け、その向こうに見える小さな尻が、太腿の擦り合わせに従い左右へ揺れる。  
欲情を激しくそそられるそんな光景に、ハルユキの昂ぶりも際限なく高まってゆく。  
 
「はふ、んっ……。ああ、こちらもきちんと……らしておかなくてはな……」  
 
黒雪姫は掠れた声で呟くと、反り返った幹を引き寄せ、先走りの滲む先端を自身へ向けさせる。  
そして、ソフトクリームの角を頬張るように、大きく開いた唇で優しくしゃぶり付いた。  
 
「あむっ、ちゅふ……」  
「ふあ……っ!?」  
 
張り出した笠の裏側を緩い粘膜の輪で擦り上げられ、ハルユキは堪らず甲高い声を上げた。  
少しざらつく舌の平が鈴口と皮の継ぎ目をぬたりと舐め、尖った舌先が仕上げとばかりにピンと弾く。  
尾骨の底まで痺れるほどの快楽に、自然と下腹へ力が入り、滾り切ったモノが力感を増す。  
だが、強く臍側へ反ろうとする動きは、根本に絡んだ黒雪姫の指に阻まれる。  
逃げ場を失い、ぷっくりと膨れあがったピンク色の亀頭を、紅い唇が再び包み込む。  
 
「はぷっ、むっ……。んっ、ちゅふ、れる……っ」  
「ひぁ、ぅうっ!?」  
 
黒雪姫はハルユキの先端を口に含んだまま、今度は飴玉を舐め溶かすように舌で転がし始めた。  
同時に幹を握る手首をゆるやかに廻し、裏も表も満遍なく、したたる唾液で湿らせていく。  
とろみのある湯の中をくぐるような、ねっとりと絡む感触に、ハルユキのモノがビクビクと震える。  
滲む先走りを口内で混ぜ、篭った水音を立てながら、黒雪姫は熱い強張りを一心にねぶり回す。  
妄想の中ですら経験のない、敬愛する少女の淫らな振る舞いが、どうしようもなく心を惑わせる。  
ハルユキは苦痛をこらえるように顔を歪め、溢れる本音を喉から絞り出した。  
 
「せ、先輩っ、ボク、気持ち、良すぎて……っ、あぁっ!」  
「ふふ、喜んでくれているようで何よりだよ、ハルユキ君……。んむぅ、はっ、ふちゅっ……。  
 キミのここも、こんなに嬉しそうにひくついて、あふ、ちゅく……」  
「だ、だって、先輩に、こんな……こと、されたらっ……!」  
 
快楽に屈し始めた事を示唆する黒雪姫の言葉に、ハルユキは言い訳めいた口調で訴えた。  
自分で慰めた事しかない身で、ここまで念入りな口技を重ねられては、我慢し切れるはずもない。  
まして相手が、性格的に豹変しているとはいえ、最大級の好意を抱く女性となれば尚更だ。  
滾る欲求を持て余すハルユキに、黒雪姫は熱に浮かされた口調で囁き返す。  
 
「くぷ、はちゅ……。照れずともいい、私もキミと大差ない状態だよ……?  
 大好きなハルユキ君にこんな事をしているというだけで、身体の芯が熱くなって、ん、ぷあっ……」  
「せ、先輩、も……?」  
「ああ、そうだとも……。疑うのなら、キミのその眼で確かめてみるといい……」  
 
彼女は充分に濡らし終えた肉棒を満足げに眺めると、軽い頷きと共にゆっくりと身を起こす。  
そしてハルユキの腰を跨ぐ形で四つん這いになり、自らの身体の現状をためらいもなく披露した。  
 
「う、ゎ……」  
 
下から仰ぎ見るハルユキからは、黒雪姫の言う『大差ない状態』の全てが余す所なく見通せた。  
薄紅色に充血した肉の花弁が、自ら滴らせた蜜で濡れそぼり、開きかけの蕾の如くほころんでいる。  
浅い呼吸に合わせ緩やかに息づくその様は、まるで早く鎮めてくれと訴えているかのようだ。  
溢れた昂りの証は内股の半ばまでをも照り光らせ、白い肌を更に妖しく淫らに彩る。  
熟し切った果実のように匂い立つ濃厚な色香が、ハルユキの牡の本能を痛烈に呼び覚ます。  
 
「判るだろう……? 私のここも、指一本触れていないのに、もうこんなになっているんだ……。  
 キミの事が欲しくて、キミのこれを……迎え入れたくて……」  
「せ、先輩……」  
「ハルユキ君、キミはどうだ……? もっとお互いを深く、強く、感じてみたくはないか……?」  
「し、してみたい、です……」  
 
強張りへそっと手を添えながらの誘惑に、ハルユキの口は素直な望みを洩らし出す。  
ようやく明確な同意を得た黒雪姫は、歓喜の表情もあらわに華奢な肢体を官能的にくねらせた。  
 
「いいとも、ハルユキ君……。私の全てを感じて、キミの全てを感じさせてくれ……」  
「んっ、あ……!」  
 
黒雪姫は低く腰を落とし、手繰り寄せたハルユキの先端で、自身の秘所をゆっくりと探り出した。  
唇よりもなお熱く、舌先よりも繊細な襞の連なりに触れ、猛る肉棒がビクビクと脈打つ。  
手中で激しく暴れるそれに、黒雪姫は困ったように眉を寄せつつ請い願う。  
 
「ハ、ハルユキ君、あまり動かさないで貰えるか……?  
 ただでさえ初めてなのに、そう不規則に跳ねられては、んっ、上手く、できない……」  
「そ、そう言われても……」  
「はぁっ、ん……! い、位置はここで良いはずなんだが、結構、難しい、な……。  
 すぐに滑って、なかなか、ん、くぅ……!」  
 
黒雪姫は細い腰を不安定に揺らし、ぬるぬると逃げるハルユキのモノを受け入れようと奮闘した。  
だが、いくら知識だけは蓄えていようと、実際に男を知らない身では自ずと限界がある。  
手探りでは正しい角度を見出せず、ただ徒に互いの性器を擦り合わせるだけだ。  
熱く蕩けた肉襞に何度も亀頭を焦らされるうち、ハルユキへ軽い射精の疼きが込み上げる。  
けれど、彼が暴発するよりも遥かに早く、黒雪姫の苛立ちが先に頂点へと達してしまう。  
 
「っ、これでは埒が明かない……!」  
「ぶふぅっ!?」  
 
黒雪姫は空いていた手を股間へ伸ばし、もどかしげに自らの秘所を左右に割り開いた。  
くぽっと湿った音を立て、全てをさらけ出す女体の最秘奥に、ハルユキは危うく鼻血を噴きかける。  
愛液に濡れる内側はどこが何とも判別できず、ペールピンクの色彩だけが鮮烈に網膜へ焼き付く。  
辛うじて、下側に開いた深い穴が、自分を受け入れる為の場所だろうと推測できるのみだ。  
ハルユキが凝視する中、細い指先が襞の連なりを掻き分け、小さな秘洞を更なる奥までさらけ出す。  
 
「はぁ……、んっ、ここ、だな……?」  
 
顎を引き、限界まで拡げた入り口を覗き込みながら、黒雪姫は硬く張り詰めた亀頭をそこに誘導する。  
そして、もうこれ以上は我慢できないと言わんばかりに、そのまま素早く腰を沈めた。  
 
「くぅっ……! は、入っ、て……っ!」  
「うぁ! せ、んぱ……ぃっ!」  
 
狂おしく身をよじる動きに合わせ、ハルユキの先端が黒雪姫の内部につぷりと滑り込んだ。  
充分に濡れてはいるものの、初めて異物を迎える膣内は、怯えたように道を狭める。  
けれど、そうした身体の反射にも構わず、黒雪姫はわななく小ぶりな尻を強引に落としてゆく。  
硬い強張りが、彼女からの助力を受けてきつい締め付けを掻い潜り、狭い肉洞を奥へと進む。  
引き攣るような抵抗を退け、幹の半ば辺りまでを受け入れた所で、添えていた両手を股間から外す。  
そしてハルユキの左右に手を置き直すと、残る部分も余さず呑み込んでいこうとする。  
 
「つっ、んん……っ!」  
 
猫が伸びをするようにしなやかな背筋が弓なりに反らされ、秀麗な眉目が切なげに歪む。  
下唇を食みながら懸命に苦痛を堪えるその姿が、肉の快楽よりもなお強くハルユキの胸を打つ。  
その間も腰の降りは更に進み、遂には彼の丸い下腹へ、心地よい重みと共に落着する。  
熱く脈打つ肉棒のほぼ全てをその身に収め終えると、黒雪姫は詰めていた息を大きく解き放った。  
 
「はあぁ……っ。やっと、キミと繋がる事ができたよ、ハルユキ君……。  
 やはり、いざ実践となると、なかなか想像通りには行かないものだな……」  
「だ、大丈夫ですか? 辛いようなら痛覚設定を下げるとかした方が、あっ?」  
「ふふっ、まったくキミときたら、私の気持ちというものをまるで理解していないな……」  
 
気遣ったつもりが、逆にたしなめられつつ優しく頬を撫でられて、ハルユキは軽く当惑した。  
黒雪姫は、性愛を含んだ上で超越した、深い満足と愉悦を表に浮かべ、  
 
「確かに多少の痛みは感じているが、それを軽減したいとは微塵も思わないよ。  
 この痛みも何もかもが、私にとっては無上の喜びなのだからな。  
 キミに初めてを捧げたという実感を、ほんの少しでも損なうような真似がどうして出来るものか」  
「は、はぅ……」  
 
男冥利に尽きる台詞を告げられて、ハルユキは返す言葉を失う。  
彼女の言葉を裏付けるように、温かな膣内が何度も収縮し、貫く剛直に歓喜の抱擁を示す。  
手とも口ともまるで異なる、全周を包み吸い付く甘美な圧迫に、得も言われぬ一体感が込み上げる。  
 
「だから、もっと刻み込んでくれ。身体にも心にも、キミと結ばれた確かな証を……」  
「あ……!」  
 
真情を込めて囁くと、黒雪姫は望む証を自らの動きで得ようとし始める。  
絡みつく媚肉に根本から引き抜く調子でしごかれて、ハルユキの肉棒が強く脈打った。  
 
「んっ、ふ……! っあ、く、んふぅ……っ!」  
 
黒雪姫は、ぎこちないながらも熱心に腰を揺らめかせて、小さく前後の律動を繰り返した。  
まだ痛みが走るのか、時折眉をひそめる彼女の様相に、ハルユキは身じろぎひとつする事が出来ない。  
その間も、うねる肉壁が潤滑の雫を大量に生み出し、強い摩擦を和らげていく。  
往復の度に泡立つ愛液がくちゅくちゅと音を立て、触れ合う肌肉を濡れ湿らせる。  
結合部の滑りが良くなっていくのに合わせ、黒雪姫の動きも次第になめらかさを増していった。  
 
「あっ、はぁ、ん、くぅんっ……! んっ、これ、感じっ、てっ……!」  
 
慣れない動作に息を切らしつつ、黒雪姫は喘ぐ声音に快楽の響きを色濃く滲ませ出した。  
そもそも今の彼女の意識は、理性という半身から分かたれた、いわば欲求のみとも言える存在だ。  
感じるままに性の昂ぶりをむさぼり、更なる高みを求めていくことに何の躊躇いもない。  
恥骨を擦り合わせるように腰を密着させ、ハルユキの下腹で自身の隆起した陰核を強く刺激する。  
ぐりぐりと押し付けるたびに、溢れた蜜が粘つく音を立て、絶大な官能が沸き起こる。  
膣口を押し広げる筋張った感触も、内壁を甘やかに掻く雁の脈動も、全てが愛おしくて仕方が無い。  
愛欲に浸る意識が身体の開花を急速に促し、目覚めた性感が意識を一層眩ませる。  
自分に最も良いように、一定の拍子で緩やかに腰を打ち振り、黒雪姫は徐々に登り詰めていく。  
 
(ああ、先輩の中、熱くて気持ちよくて溶けちゃいそうで……!  
 おまけにこんなエッチなところを見せつけられてたら、ボク、ボクっ……!)  
 
一方、そんな彼女に攻め立てられるハルユキも、込み上げる射精の衝動に身を焦がしていた。  
ぽってりと充血した膣口周辺が、硬い肉茎をきゅくきゅくと締め上げ、快感を絞り出す。  
ざわめく奥側はストロークごとに違った表情を見せ、わななく亀頭を複雑精妙に包み込む。  
そうした直接的な刺激に加え、悩ましく身悶える黒雪姫の痴態が、視覚面からも興奮を掻き立てる。  
額に珠のような汗を浮かべ、頻繁に唇を舐め湿らせる面差しは、何とも言えずなまめかしい。  
快楽を求めてくねる腰つきが、生じる水音と相まって、ハルユキの理性をしたたかに幻惑していく。  
身体の動きに一拍遅れ、ふたつの胸の膨らみが小さく弾み、尖った先端が誘うように揺れる。  
沸き立つ欲求は熱く凝って股間へと集中し、限界までの水位を強く押し上げた。  
 
「せ、先輩っ……! ボクっ、もう、で……出ちゃい、ますっ……!」  
「ああっ、いい、いいよハルユキ君っ! 私もっ、もう、少しでっ、ん、んんっ!」  
 
切羽詰ったハルユキの声に、黒雪姫は長い髪を大きく振り乱し、最後のスパートに突入した。  
下腹部の重みを完全に相手へ預け、中の強張りと挟むようにして、快楽の源である陰核を押し潰す。  
まだ覚醒し切れていない膣での悦びをそれで補い、官能の頂点を追い求めていく。  
同時に速度は変えず動きの幅を短く刻み、自身の最も深い処に精の迸りを受けようとする。  
降りてきた子宮口が亀頭の先にこつこつと当たり、周囲の肉壁が外から内へ向かって収縮を繰り返す。  
その甘美な刺激に急き立てられたハルユキが、先に限界へ達して大きく腰を震わせる。  
 
「うぁ、ああ……っ!?」  
 
ハルユキは女性の腹の中へ精を注ぐ初めての感覚に、戸惑いを交えた呻きを洩らした。  
びゅく、びゅくっと粘つく塊が飛び出す馴染みの開放感に加え、本能的な達成感が強く胸を満たす。  
断続的な射精が続く中、僅かに遅れて追いついた黒雪姫が、歓喜の極みに四肢を痙攣させる。  
 
「──っ!」   
 
声にならない叫びと共に、狭い膣内が激しく蠕動し、放たれた白濁の精髄を最奥へいざなう。  
きつく吸い上げるような締め付けに、幹に残ったわずかな精液までが余さず搾り出されていく。  
心拍の高まりが意識を加速させ、短いはずの至福の時間が何倍にも長く感じられる。  
ハルユキが最後の一滴を零すのに合わせ、黒雪姫の肢体が力尽きたようにクタリと崩れ落ちた。  
 
                          ●  
 
(はぁ……。アバター同士とはいえ、先輩としちゃったんだ、よな? ボク……)  
 
ハルユキは情事の後の気だるい雰囲気に包まれながら、ぼんやりと白い虚空を眺めていた。  
大人の階段を、駆け上がるどころかシルバー・クロウの翼で一息に飛び越えてしまったような経験だ。  
終わってみると、初体験を済ませた感慨よりも、自分の正気を疑いたくなる気分のほうが強い。  
今も自分の頭を緩く抱き、ぴったりと寄り添う相手の姿さえ無ければ、全てが夢だと思えてしまう。  
確認するようにそっと横目で窺うと、視線に気付いた黒雪姫が、腕を解いて幽艶に身を起こす。  
そして頬に掛かる黒髪を片手で押さえつつ、ハルユキの耳の先端にちゅっと口付けた。  
 
「にょっ!?」  
「ふふ、まだ信じられないと言いたげな顔をしていたからな。……これで少しは実感できたかい?  
 私がここにいるのも、キミと激しく身体を重ね合ったのも、嘘偽りのない本当の事だよ?」  
「せ、先輩……」  
 
悪戯っぽく微笑む黒雪姫の言葉に、浮ついていた行為への確信が胸の奥にストンと収まった。  
掛けていたシーツがはだけ、再び裸身が露わになるが、先程までのような焼け付く欲求は感じられない。  
ただ、少女から女へと移行する時期にのみ生じる清冽な造形美に、感歎の吐息を洩らすのみだ。  
 
(先輩の身体、やっぱりすごく綺麗だな……って、げっ!?)  
 
しかし、その背後に音も無く立ち尽くす人影に気付いた途端、穏やかな気持ちが瞬時に消え失せる。  
そこには、両手に日傘を握り締め、愕然と目を見開くもうひとりの黒雪姫の姿があった。  
 
「き、きさ、貴様っ……」  
「んっ? ああ、随分と早い推参だな。もう少し余韻を味わっていたかったのだが。  
 防壁突破までおよそ48分──新記録か。意識を分割しても情報処理能力に減衰はないらしい」  
「そんな事はどうでもいいっ! それより貴様、ま、まさか本当に……っ!?」  
 
平然と対応する全裸の黒雪姫に、制服姿の黒雪姫が激しく詰め寄った。  
浮気現場に踏み込んだ正妻と情人といった風情だが、実は同一人物という辺りが非常にややこしい。  
激昂に身を震わせる相手に対し、もう一方は肩を竦めてあっさりと言い放つ。  
 
「まさかも何も、この状況を見て一緒に眠っていただけだ、などと考えるほど子供ではあるまい?  
 ああ、ハルユキ君はとても素敵だったよ。思わず我を忘れて没頭してしまうくらいにな。  
 惜しむらくは、彼のほうからは何もして貰えなかった点だが、それはまあリアルでの楽しみに……」  
「ふ、ふふふ……」  
「……? どうした、今の話のどこに笑う所が」  
「ふ、──不埒者ぉぉっ!」  
 
聞くに堪えなくなったらしい黒雪姫は、手にした日傘を振りかぶり、渾身の力で脳天に打ち下ろした。  
設定上の限界を超えた強烈な打撃に、白い裸身は呆気なく、無数の輝片となって四散する。  
巨大な蝶の姿へ転じたアバターの残骸がひらひらと宙を泳ぎ、ハルユキの間近に儚く舞い落ちる。  
 
「ふーっ、ふーっ……!」  
「ひぃぃ……」  
 
恥辱と憤激に肩を上下させる黒雪姫の迫力に、ハルユキは我が身の命運を思って恐れ慄く。  
すると黒雪姫は一際大きく息を入れ換え、突き刺さんばかりの口調で強く命じてきた。  
 
「ハルユキ君っ!」  
「ははは、はいぃぃっ!」  
「まずは今すぐここを出るぞ! 直ちにそこから起きたまえ!」  
「……え? あ、あのぅ、ボクのほうにはお咎めなしなんでしょうか……?」  
「そんな訳があるか! キミへの詮議と処遇は後でたっぷりと検討させてもらう!  
 だがここにいたら、いつまたあちらの私が復活しないとも限らんのだ! 判ったら早くしろ!」  
「デ、デスヨネー……」  
 
淡い期待を断ち切られ、ハルユキはがっくりと肩を落とした。  
向こうの熱意に抗えなかっただけとはいえ、実際に致してしまった事実には何の変わりもない。  
天国から地獄への急転直下を予見して、高揚していた気分がみるみる盛り下がっていく。  
ぐずぐずと身を起こすハルユキに苛立ち、黒雪姫が足早に彼の間近へ歩み寄る。  
 
「早くしろと言ったはずだぞ? さあ、さっさと立……っ!?」  
 
急かすようにシーツを引き剥がした次の瞬間、黒雪姫は息を詰まらせて、ボッと顔を赤らめた。  
そして、手にした布を乱暴に投げ返し、狼狽しながらくるりと身を翻す。  
 
「そそっ、その前に、まずキミは腰のものを何とかしたまえっ!」  
「は? わ、わあぁっ!?」  
 
平常サイズに戻ってはいるが、まだ付いたままだったソレに気付き、ハルユキも続いて赤面する。  
あれだけ色々された後でも、相手がこうして普通の反応を示すと、やはり非常に恥ずかしい。  
慌てて胡乱なプログラムをゴミ箱へ廃棄し、いつも通りの健全な姿を取り戻す。  
軽く触って完全に消えた事を確認すると、すぐに跳ね起き黒雪姫の足元に馳せ参ずる。  
 
「あ、あのっ、済みました……」  
「では行くぞ。この空間は隔離されていて、あそこからでないとリンクアウトもできん」  
「うわっ、と!?」  
 
黒雪姫はハルユキの身体を小脇に抱え込み、少し離れたドアのほうへと大股に歩き出した。  
どうやら、白い空間にポツンと立つその木目調の扉が、文字通りのバックドアらしい。  
手荷物風のぞんざいな扱いが、彼女の怒りを表しているようで、ハルユキとしては気が気でない。  
無言でズンズンと突き進む黒雪姫に、恐る恐るといった感じで話しかける。  
 
「あ、あのですね先輩? 今回の件につきましては、ボクとしても非常に遺憾であると……」  
「話は後だと言ったはずだぞ。……まったく、どうしようもない欠陥プログラムだ。  
 一方が理性を失って暴走してしまうなど、有用どころか有害極まりない……ふんっ!」  
 
黒雪姫は手にしたままだった黒い日傘にちらりと視線を落とすと、腹立ち紛れに大きく放り捨てた。  
言下に釈明の機会を退けられたハルユキの脳裏に、物悲しい『ドナドナ』の音律が流れ出す。  
待ち受ける前途に暗澹たる想いを抱きながら、最後に遠ざかる後方へ目を向ける。  
力なく伏せていた蝶の羽根が、しばしの別れに手を振るように、小さくパタパタと羽ばたいた。  
 
                         ●  
 
現実世界に戻ったハルユキは、即座に目を開く度胸もなく、丸い身体を小さく竦めていた。  
一体どう弁明すればいいものか、そもそも謝って許してもらえる事かどうかも判らない。  
以前言われた、対戦で彼女のレベル9必殺技を直接味わうぐらいの制裁は、充分に考えられる。  
よもやリアルでの実力行使に及ぶとは思いたくないが、あの剣幕ではそれすらも怪しい。  
段々と怖い考えになっていく中、いきなり正面からゴガンッ、という鈍い打撃音が鳴り響く。  
 
(ひぃっ!?)  
 
咄嗟に頭部を庇いつつ、ハルユキはそおっと薄目を開く。  
すると視線の先には、両腕をだらりと脇に垂らし、テーブルへ額を打ち付けた黒雪姫の姿があった。  
 
「わっ、私というやつは……、なな、何という破廉恥な真似をっ……。  
 ハルユキ君の……を、自分から……した挙句、あああ、そ、そんな事まで……っ?」  
(へっ? あ、そういえば……)  
 
煙を吹きそうなほど頭に血を昇らせた彼女の様子に、ハルユキは最初に受けた説明を思い出した。  
     『リンクアウトすれば両者の記憶はひとつに統合される』  
つまり今の黒雪姫は、ハルユキから改めて聞き出すまでもなく、全ての事情を承知している訳だ。  
しかも、それらのことごとくを『自分が進んでやったこと』と認識してしまっている。  
例えるなら、酔って前後不覚になった末のご乱行を、素面に戻っても詳細に覚えているに等しい。  
ハルユキは慰めの言葉も浮かばないまま、見るに見かねてそっと小声で呼び掛ける。  
 
「あ、あのー、先輩……?」  
「っ!?」  
 
ほんの小さな囁きに、黒雪姫は至近距離に雷でも落ちたかの如く、ビクンと肩を跳ねさせる。  
そして、物凄い勢いで立ち上がると、打った額どころか耳の先まで真っ赤に染めてまくし立てた。  
 
「は、ははハルユキ君っ! あれはそっ、そのっ、ちがっ、違うんだぞっ!?  
 いくら何でも初めてであんないや回数重ねたらどうかとかそういった問題でもなくっ!  
 だから、つまり、とにかく絶対違うんだからなっ!?」  
 
涙目でどもりながら支離滅裂に弁解する黒雪姫、という激レアな光景に、ハルユキは強く圧倒された。  
思わず向こうの勢いに飲み込まれ、ガクガクと頷きながら同意する。  
 
「はははい、分かってます分かってます! そんなこと1ミリたりとも疑ってません!  
 まともな時の先輩なら、自分からあんな風にしようだなんてこと、考え付きもしませんよね!」  
「うぐぅっ!?」  
 
余計な後半部分に痛いところを猛烈に突かれ、黒雪姫は大いにたじろぐ。  
極端に偏ってはいたものの、あちらの自分も己の中に潜む一面であるのには違いない。  
『実行』するのは確かに問題外だが、似たような行為を『想像』した事ぐらいは彼女にもある。  
そこを否定されると、恥ずかしいやら腹立たしいやらで、ますます頭に血が昇っていく。  
この苦境をどうにかする為の方策は、今のところ一つしか思い浮かばない。  
軋む表情筋を無理やり笑みの形に変え、可能な限りの穏やかな声でハルユキに語りかけた。  
 
「なあ、ハルユキ君? ケーブルをもう一本と、緊急切断用のハブを用意してくれるかな?」  
「え、ええっとぉ……。もも、もしかして、また『上』での特訓ですかぁ?」  
「ははは、そんな訳がないだろう? 特訓ではなく──荒行だ。  
 これより我らは人としての苦楽を捨て修羅の道へ入る。  
 記憶の全てを忘却の彼方に葬り去るまで、二度と現実世界に戻ってこれるとは思うなよ?」  
「ひ、ひいいぃぃ……!」  
 
……この日、杉並周辺の無制限中立フィールドでは、一時的なエネミーの枯渇現象が生じたという。  
だがその真相を知る者は極めて少なく、まして原因を口外する者は──誰もいない。  
〜END〜  
 

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