「だぁぁぁぁぁぁから! 深追いはやめろっつったろ! あのままやられてたらどうすん  
だ、おまえ! いい加減レベルドレインすんぞ!」  
「うう……だってあんな風に逃げられちゃったら、おいかけたくなるんだもん……。それ  
に心意つかってたんだよ! 心意使いのアバターって、お肉がきゅうっってジューシーな  
んだもん! メイちゃんのは、特に! メタルカラーはすんごく、マズイけど……」  
 
 黒髪を背中でまとめて流し、鮮やかな赤地の着物を身につけた少女が、頬をふくらませ  
ながら、スツールに腰掛ける青年に反目する。目のあたりは涼やかで、鼻梁が整っている  
ので、黙っていればかなりの美形なのだがしかし、いまは青年を厳しくにらみつけている  
ので、魅力が半減している。  
 やや時代がかった格好の少女とは違い、少女から厳しい視線を向けられている青年は青  
と白のストライプシャツに、ウォッシュジーンズといった格好だった。髪は青で、重力に  
さからうように逆立てている。  
 青年はけっ、悪態を突いてから、と目のまえにあったタンブラーを一気にあおった。  
 
「ま、まあまあ……朱雀ちゃんだって悪気があったわけじゃないんだし……ねー、朱雀ち  
ゃん」  
 
 黒一色のスーツを着こなした初老の男声が、テーブル席から少女に声をかける。  
 少女は朱雀、という名前らしい。  
 その朱雀は、乙女ならざる表情で身をひきながら男性から遠ざかった。  
 
「いや、こっちみないで玄武おじさん。目がきもちわるい」  
「わ、わたしのどこが気持ちわるいというんだね」  
「だって、あたしの火、効きにくいし」  
「そ、それなら青龍君の方が相性わるいだろ!」  
「――ああもう! 属性云々はいいわけなの!! 本当は生理的に無理なの!」  
「ああ、気をつかってくれていたんだね……ありがとう」  
 
 がたん。  
 にべもない朱雀の態度にテーブルに突っ伏す、玄武。  
 ふん、と鼻をならしてカウンター・テーブルに向き直る朱雀に、奥からバリトンの男声  
が響いた。  
 
「……その辺にしたらいかがですか、朱雀さん」  
 
 しゃか……。いままで薄暗い店内の、固有のBGMのように音をたてていたシェイク・  
サウンドが消え、カウンターの向こう側からぬっ、と人影が顔をだした。三日月の兜の下、  
荒武者の頬かむりをかぶっているので表情は見えない。  
 この「バー・テイジョー」のマスター、鎧武者マスターだ。  
 具足やら皮鎧なやらをがちゃん、がちゃん鳴らしながらシェーカーをふるう鎧武者の絵  
は、違和感たっぷり。まるで異国の風景だが、これが帝城アフターファイブの日常風景だ。  
帝城につとめる人間ならば、いつでもだれでも、この「バー」を利用することができる。  
 
 ちなみに白虎は、青龍、朱雀、玄武のコミュニティからややハブられている。「一人で  
飲むのが性に合ってるみたいだし、無理矢理さそうのもなんかさー。それにあいつネガビ  
ュのエレメンツ逃してるしー」とは、青龍の談。  
 四聖獣同士とはいえ、全員馬が合うとは限らないようだ。  
 鎧武者マスターが続ける。  
 
「朱雀さん。青龍さんは本当に心配していらしたんですよ。なにせ……一番最初に、ヒー  
ルをとばしたのは、青龍さんなんですから」  
「な、なんで言うんだよ! マスター! 秘密にしてくれって頼んだじゃないか!」  
 
 よほど暴露されたくなかったのか、青龍が慌てていう。朱雀は目をしばたいていた。  
 鎧武者マスターはニヤソ、と笑いながら――実際は面が光に反射してそう見えるだけな  
のだが――朱雀に続ける。  
 
「でも、本当のことでしょう。それほどまでに、青龍さんは朱雀ちゃんのことを、心配な  
さっているのですよ」  
 
 開店当初から――ぼちぼち八千年間ずっと――マスターをつとめている鎧武者の含蓄あ  
る言葉に、朱雀は黙りこくった。  
 鎧武者マスターは能面の面が笑みに見えるよう、面の位置を調整し朱雀にむけると、  
テーブルに一つアイテムを湧出させた。  
 
「マスター……これは……?」  
 
 うつむく朱雀の目の前に現れたのは、プレートに乗せられた長方形のケーキだった。  
 朱雀が首をかしげていると、鎧武者マスターが解説をはじめた。  
 
「それはショコラケーキ、というものです。今日久々に外からの仕入れがありましたので  
で、トリリードさんにお願いして持ってきてもらいました」  
「へえ……でもこれ、チョコレートケーキじゃないの?」  
「いえ、そのとおり。チョコレートケーキ、ですよ」  
「……?」  
 
 朱雀が小首を傾げる。  
 鎧武者マスターがいたづらっぽく微笑んだ。あくまで面かむりの光の反射でしか、表情  
がよめないが、きっといたづらっぽく微笑んでいる。  
 
「ショコラ、というのはフランス語で、チョコレート、という意味だそうです。ただ材料  
はあくまでショコラ。ですのでそのまま、ショコラケーキ。素材の名前がそのままケーキ  
の名前になっているのです。この場合、チョコレートケーキはあくまでカテゴリ名ですね  
……まあ、それはともかく。どうでしょう朱雀さん。ショコラの味は」  
「……」  
 
 目の前のショコラケーキに、朱雀の目尻がほんの少し甘くなった。朱雀は備え付けられ  
た銀のフォークで一片を切りとって、小さな口をあけてほうばる。  
 
「どうだ……?」  
「お口に合えばいいのですが」  
 
 もぐもぐ、頬を動かす朱雀。それを青龍と鎧武者マスターが息を飲んでのぞき込む。  
 と、しばらくして朱雀がと真っ白な喉を上下させた。  
 
「おいし」  
 
 一言つぶやいてから、華やかな笑みを浮かべる朱雀。続けてもう一片、口に入れる。  
 いままでふれていたのが嘘のように、朱雀は幸せそうにほほえみながら、次をほうばっ  
た。  
 そして年相応の笑顔をにじませる――年相応といっても、七千年以上の時間がたってい  
るのだが、そこはそれ、愛らしい少女の外見をしているので微笑みは愛らしい。  
 次々にほうばり、やがてプレートからケーキがなくなった。  
 
「んっ……ごちそうさまでした。おいしかったー!」  
 
 そんな姿を見つめひとつ頷いた鎧武者マスターは、満足そうに頬を緩める朱雀へ呟いた。  
 
「さ、朱雀さん……。青龍さんに言うことがありますよね」  
「う……」  
 
 鎧武者マスターに促され、朱雀はぺこっ、と頭を下げる。黒髪がさらさらと、彼女の動  
きにつられて流れた。  
 
「ごめん、青龍。次からは、深追いしないように気をつけるから」  
「お、おう……わかれば、いいよ」  
 
 素直に謝る朱雀が意外だったのか、青龍の方がしどろもどろに言葉を返した。  
 
「このショコラケーキも美味しかったけど……はあ……メイちゃん、また食べたいなー。  
青龍さー。今度配置がえして、カレントちゃん食べさせてよ」  
「いやだ。カレントちゃん見たいな美味アバター、ゆずれるわけないだろうが。炙りトロ  
なんてメじゃないぞ、カレントちゃんの足の味は……」  
 
 にべもない青龍の言葉に、朱雀が頬を膨らませようとしたところで、玄武が常識的な突  
っ込みを店内に響かせた。  
 
「は、配置替えはまずいんじゃないかな。ボクら四聖獣的に……ち、ちなみにグラスたん  
はどうかな。軟骨みたいでこりこりして、さらに口の中がエッジでグサグサ刺さってきて  
「いらない」……グスっ」  
 
 額の汗を拭きながら、突っ伏す玄武。いい年をした初老男性の涙など、みっともなくて  
みたくもない、と朱雀は視線を切った。切って捨てた。<<絶対切断>>級に、視線を切った。  
 バーの一角は、初老のおっさんと一緒に朱雀にとっていないものになった。  
 
 
「さ、未成年のお二方は、もうしわけありませんが、そろそろ御退店いただきましょう」  
「じゃあ、酒をだすなよ、マスター」  
 
 青龍はぶつくさいいながらも、スツールからおりる。一歩遅れて、朱雀も地面に降り立  
った。ややバランスを崩した朱雀を、青龍が片手で支える。  
 
「あ、ありがと……」  
「別に……」  
 
 素直に礼を言う朱雀から、青龍は目を離す。頬が若干赤い。  
 
「じゃあ、マスター。また来るわ」  
「さよなら、マスター。今度もおいしいケーキ、食べさせてね」  
 
「ええ、もちろん……。ご来店をお待ちしています。さようなら、青龍さん、朱雀さん」  
 
 鎧武者マスターは、どこか寂しそうにそう言った。  
 
 
――――  
 
 
 二人が連れだって店を出たのを確認し、いままで強制ハインディングさせられていた玄  
武が、カウンターに移動する。  
 朱雀が飲んでいたグラスに手をかけようとしたところで、鎧武者マスターが玄武の手を  
パリィ。その隙に朱雀のグラスをカウンターの内側に待避させた。  
 玄武は、変態行為などなかったかのように口を開いた。  
 
「しかしいいのか、マスター……あんた、この店今日までなんだろ? あいつらにそれを  
言わずに、いなくなるつもりなのか?」  
「ええ。まあ……明日には、私は存在しないものになりますから。あの二人には、玄武さ  
んから伝えてください。鎧武者マスターは、旅に出たと――」  
「いったいなにを……仕事上の不手際か?」  
「ええ。実は――」  
 
 鎧武者マスターは、玄武にカクテルを差し出しながら、無念そうに頬面を反射させて、  
呟いた。  
 
「七千年くらい前から、帝城本殿の鍵かけ当番だったんですがね。実はこっちの仕事がい  
そがしくて、その仕事を今日の今日まで、鍵かけのことをさっぱり忘れてまして。今日、  
侵入者があったでしょう? それで今日<<メイン・ビジュアライザー>>から、お役御免を  
申し渡されました――」  
「そうか」  
 
 人間いついかなる不幸がもたらされるかわからないものだからなあ……。と玄武は水滴  
のついたタンブラーを揺らした。世知辛い世の中の苦みを飲み干すように、ぐいっとタン  
ブラーの液体を飲み干す。  
 
「世知辛いな。七千年も勤めたあんたを……奥さんや娘さんには、なんて説明するんだ」  
「……」  
 
 鎧武者マスターは押し黙った。  
 さきほど朱雀に説教をした同一鎧武者とは、思えないほどその肩は落ち込んでいた――。  
 一寸先は、心意でも見通すことができない。  
 
――――  
   
 いっぽう、朱雀と青龍は、そのままそれぞれの守護する門へと帰るだけ……なのだが、  
どういうわけか、本殿を出たところで二人でとどまっていた。  
 二人はふと空を見上げた。空には満天の星空がある。<<メインビジュアライザー>>の生  
む比喩的表現の星たちが、朱雀と青龍のニ体を見守っている。  
 
 しばらく無言でいた二体のうち、先に口を開いたのは青龍だった。  
「じゃ、俺ん家こっちだから」  
「う、うん……」  
「なんだよ、さっきから。調子狂うなー」  
「だ、だって……今日は……青龍とつきあって、六千五百三十八年目の記念日だし」  
 
 そうなのだ。実は、朱雀と青龍はお付き合いをしているのだった。  
 四聖獣というお仕事の関係上、恋人同士だとまわりにバレると、いろいろやりずらくな  
る。そのため、二人は相思相愛でありながらも周囲にはそれを隠していた。  
 青龍が嘆息する。  
 
「そ、それは内緒って約束だろ……?」  
「う、うん。でもね……ときどき、すごくさびしいの。それで実は……実はね……さっき  
倫理コード設定を解除したの……」  
「は、はああ!?」  
「だ、だって……今日みたいなことがあって、いつ青龍に会えなくなるかわかんないんだ  
もん……」  
「朱雀……」  
 
 おどろく青龍を濡れた瞳で見上げる朱雀のほほに、一滴の涙が流れていく。  
 倫理コード設定解除……とは、すなわち「えっちなことができるようになる」オプショ  
ン機能のことだ。とうぜん「BB2039」にも実装されている。なにせ少年を男に、少女を女  
に変える機能だ。無い方がおかしい。  
 
「ね……お願い。もう三千年も我慢してたんだよ……あたし……」  
「そ、それは朱雀が初めての時、痛がってたからだろ?」  
「うん。青龍の大きくて、熱くて……痛かった……」  
 
 朱雀は衣装に隠された太股を、擦り合わせた。  
 
 ――そのとき、北斗七星の六番星とその横の伴星が「アア、ナンダ痴話喧嘩カ。付キ合  
ッテランネー」的な輝き方をしていたが、朱雀と青龍は気がつかなかった。  
 ついで七番星が「え、朱雀ちゃんマジで決めちゃうの!? やべえ、この先十八禁じゃ  
ね? 録画録画! 魂に刻みつけるぜぇ!」的な輝き方をし、北斗七星の三番星が「…  
…!!」的な輝き方をしていたが、朱雀と青龍は気がつかなかった。  
 
「青龍……」  
「朱雀……」  
 
 いまにも泣き出しそうな声音で恋われ、青龍はゆっくりと朱雀に近づいた。  
 青龍が朱雀の涙を拭いながら、その幼い顔を上向かせそのまま唇を落とした。朱雀のま  
んまるな瞳が大きく見開かれる。青龍は本殿の脇……暗がりに朱雀をつれこんだ。  
 
 そのとき、北斗七星の三番星が「………!! …………!! …………!!!」的な輝  
き方をした。  
 北斗七星の五番星が「だ、だめだよ! 二人の幸せを祈って、ここは見ない振りをしま  
しょう!」的な輝き方をした。  
 北斗七星のニ番星が「いやぁぁぁぁ! 濡れるぅぅぅぅっ!……ぃっく、ライダー……  
さみしいよぉ……いっく」的な輝き方をした。  
 北斗七星の一番星が「いや、待てよ! 五番星! これはエッチな勉強をするチャンス  
じゃないか。俺たちの情操教育には必要なものだ! ……っておい、泣くなよ、ニ番星…  
…気持ちは察するけどさ……。そういえば、なんで六番星も、しっぽと耳をぐったりさせ  
ながら泣いてるんだ……? 見てるこっちが切なくなってくるんだけど」的な輝き方をし  
た。  
 
「んっ……くっ、やっ、青龍のえっち……」  
「朱雀が……、お尻をつきだしてくるからだろ……?」  
「だって、青龍の手……気持ちいいんだもん。ねえ、もっと、して……青龍の全部で……  
レベルドレイン、して……」  
「ああ……ここ、さわるからな……」  
「いいよ……。ひゃあっ、んっ、んっ、くっ……んっ、んんっ!!」  
 
 青龍にすこしずつ衣服をむかれる朱雀が小さく喘ぐ。少女の熱い吐息がまき散らされ、  
誘うような呟きに青龍も興奮していく。  
 湧出したてのエネミーのように、丸裸になった朱雀の体を青龍は丁寧になでまわした。  
そしてついに、朱雀のそこへ、そこを当てる。青龍も朱雀も、周囲の目などきにしていな  
かった。いや、むしろそこらをうろつく鎧武者たちに見つかるかもしれないというスリル  
が、お互いを高ぶらせていた。  
 
 北斗七星たちの興奮も最高潮だった。三番星など緑色の心意を漏らしているし、一番星  
は鼻血をもらしているし、ニ番星はいろいろ漏らしている。  
 三千年ぶりの行為に燃え上がる感情のままに、青龍は朱雀の臀部へ腰をおしつけ――。  
 
 ちゅく……。  
 
「あれ? 青龍と朱雀じゃん、ナニしてんのー?」  
 
 朱雀と青龍ははっとして、声の主を振り返った。  
 四聖獣――白虎がいた。  
 肉団子みたいなヤツがいた。  
 白いよれよれのティーシャツに、これまた白いチノパン。さらに白いリュックサックに  
白いバンダナ。白虎は手にした「はずかしい格好をした少女」の紙袋を、恥ずかしげもな  
く揺らしながら、青龍と朱雀に近づいた。豊満な腹肉がたぷん、たぷん、揺れる。  
 
 北斗七星は一様に「テメェェェ――! 空気読めよ! ボケェェェ――!」的な輝き方  
をしたが、そもそも空気が読める人物なら、甘い雰囲気をかもしだしている二人に近づい  
たりはしないだろう。  
   
 着衣をみだす青龍と朱雀へ無造作に近づいた白虎は、そこでやがて、二人が睦み合って  
いるのに気がついた。  
 
「え……あ……ほんとにエロいことしてたのか。ごめーんちゃいっ!」  
 
 ぴゅー。と風をまきながら、白虎が遠ざかる。さすが四足獣。逃げ足も速い。  
 
「……」  
「……」  
 
 今まさにひとつになろうとしていた二人は、バツ悪げに視線をからませた。  
 熱情が嘘のように二人の体から消え去っていた。  
 どちらからともなく着衣を直した。  
 
   
「ああ、決めたよ、朱雀。俺……」  
「うん。あたしも決めた……。あたし……」  
 
 
 
 
 
「「白虎には――絶対に、ヒールを飛ばさない!」」  
 
 

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