倉嶋チユリは覚悟を決めて、能美征二の元へと向かっていた。校内で数少ない、ソーシ
ャルカメラ範囲外のスポットへと、重たい脚を引きずりながら歩いている。胸には悲壮な
覚悟がある。すでにメッセージアドレスも、リアルアドレスも、顔さえ知られている能美
征二に逆らえば、どんな報復を受けるかわからない。その上――。
――ハル……タッくん……
胸に幼なじみ二人の名前を思い浮かべる。有田春雪は女子シャワー室へ侵入している写
真を撮られ、さらに<<シルバー・クロウ>>のアイデンティティたる『翼』をとられている。
そして黛拓武――<<シアン・パイル>>もリアル情報を知られている。
チユリは、能美に従うしか、なかった。
――どんなことをされても……
想像するだけで、冷たい恐怖に支配される。昨日の夜、能美に呼び出しを受けてから震
えがとまらなかった。
――怖い……こわいよ……ハル、タッくん……
それでもチユリが脚を進められるのは、幼なじみ二人への想いと、能美という圧倒的に
理不尽な存在への怒りの想いが胸に渦巻いているからだだった。
たとえ、たとえどんな要求をされても、心を凍らせて従おうと胸に決めて、チユリは略
奪者の元へと脚を進めた。
そして――
「さあ、倉嶋さん! いや<<ライム・ベル>>! 僕から童貞を奪ってくれ!」
倉嶋チユリは泣きたくなったが、覚悟を決めていた思考が能美の言葉を反芻し、冷静に
分析する。
前提一、倉嶋チユリは能美から童貞を奪いたくない。
前提二、能美征二は童貞を奪われることを望んでいる。
前提三、能美征二は<<略奪者>>である。略奪することに喜びを感じる、変態である。
結論、能美征二はチユリから「奪われること」を要求していて、無理矢理「奪わされ
る」チユリの心を「奪う」つもりなのだ――! 本人が望まない行為を強制的に行わせる
ことで、能美征二は己の心を満たそうとしているのだ――!
チユリが考えていた以上に、能美征二はゆがんでいる。
要求するプレイのレベルが高すぎる――!
――ただの……変態……こいつ……