――無理だ……無理だったんだ。無謀な挑戦だったんだ……。こんな、こんな……。  
 シルバー・クロウ……有田春雪は絶望の圧力に折りそうになりつつも顔をあげた。  
 ――でも――! ただ、負けるわけにはいかない! 得るものを得てから、負けるんだ  
――!  
 魂に刻まれたバーストリンカーとしての誇りを胸に。拳に力をこめ、地面を踏む足に力  
を入れる。  
 自分を叱咤しつつ、周囲へ視線を巡らせる。  
 まずは索敵だ……! タイミングはさっきの一撃で掴めてる……! まずは技の出掛か  
りを正しく認識しないと……!  
 薄暗い世紀末ステージにあってそこらに散らばる炎のオブジェクトより、遙かに強い光  
を放つだろう、強化外装をみつけるためだ。左右を高層マンションと街路樹が壁のように  
そびえる幅広の道路の先を見据える。  
 しばらくして、ハルユキの構える真正面で青白い光が瞬いた。  
 ――来た!  
 幅広の道路の先から、その光は地表すれすれの軌道でハルユキへと迫ってきた。まるで  
低弾道ミサイルのようだ。百メートルはあった距離が、みるみるうちに縮まっていく。  
 ――激突は一瞬だけど、うまく避けて返せば……まだ逆転のチャンスはある!  
 対戦がはじまってから、ハルユキ/シルバー・クロウを何度も痛めつけている高速ヒッ  
ト&アウェイに対して、ハルユキは集中力をかき集めた。  
 光源との距離が五十メートルを切った。光は速度をゆるめることなく突進してきた。  
 ――交錯のタイミングで、受けて、返す――!  
 過去二回の交錯も、シルバー・クロウの真正面から行われたものだ。そしてあの光は、  
一直線にしか飛翔できないことを、ハルユキは身を持って知っている。  
 が――。  
 だぁん! というすさまじい音とともに、光がハルユキからみて右上へ、大きく飛んだ。  
 光は道路に並ぶ街路樹を越え、周囲にそびえ立つマンションの壁へ移動する。刹那の制  
止のあと、落雷のごとき破砕音が今度は二度、鳴り響いた。  
「え……」  
 破砕音の正体がマンションのコンクリート壁を蹴りつけた音だと気がつき、ハルユキは  
瞬時に体の向きを変える。が――正面からの突撃のみを警戒していたため、急な軌道変更  
に頭と体がついて行かない。  
「え、ちょ、ちょっと――!」  
 攻撃――は無理だと判断し、交錯に備えるべく、両手で×の字を描くクロスガードで身  
構える。  
 直後、右ななめ上より迫った光が、ハルユキへ肉薄した。  
 ハルユキは、百メートルを一瞬で詰める超絶突進に耐えるべく、体を硬くする。  
 しかし、光はまたもやハルユキの予想を裏切った。  
 マンションの壁から離れた光は、ハルユキへ直接飛ばず、ハルユキの目の前――五メー  
トル手前に降り立った。破砕音、いや、着地音が響きわたる。着地の衝撃で、アスファル  
トにクラックが走り、割れた破片がまき散らされた。  
 ――た、タイミングをずらされた!  
 身構え硬直した体は、予想外のディレイに反応しきれない。一度「タメ」を行った光は、  
クロスガードではカバーしきれない頭部へと、「手を」のばしてきた。  
 強襲者の五指がたおやかにシルバー・クロウのヘルメット上部に触れる。タッチ自体は  
優しく、柔らかかったが、強化外装の生む推力はいまだ健在だ。  
 一切の抵抗をゆるされず、ハルユキは首を背中側に倒した。  
 視線をうわむかされていく。背中にむけて倒れていく途中、アーモンド型のアイレンズ  
と目があった。ヘルメットの額部分をやさしく、ただし暴力的に押しつづける強襲者は、  
瞳で語る。  
『まだまだですね、鴉さん?』  
 
 胸元にあった重心が、ハルユキの意志とは無関係に、腹部へと下がっていく。腰の骨を  
折らんばかりに後傾しつつハルユキは心の中でこう答えた。  
 ――ええ、そうです! まだまだ師匠には、かないそうにありません――!  
 ネガ・ネビュラスのサブリーダー、スカイ・レイカー。彼女の強化外装ゲイルスラス  
ターが生み出す突進力を、これ以上なく利用した攻撃に、敬意と畏怖を覚えつつ、ハルユ  
キは再び心中で答える。  
 ――でも、いつか必ず師匠に追いついてみせます――! そして、あの人にも――!  
 リベンジを誓った刹那、シルバー・クロウはのけぞるまま、頭部をしたたかに打ち付け  
る。  
 痛みを感じるまもなく、ハルユキは意識をうしなった。  
 最後にハルユキの視界がとらえたものは、ゲイルスラスターから噴出する青白い光に照  
らしだされた、女性型アバターの優美な脚部だった。  
 
 
 
「あ……くっ……うう……いたた……」  
 首への神経ダメージにより、気をうしなっていたハルユキは、ゆるゆると意識を浮上さ  
せた。  
 あれ……生きてる?  
 かすむ視界のなか、HPゲージをみやる。ほんの一ドットだけ、シルバー・クロウのH  
Pは残留していた。  
 現実世界ならば、頸骨を折り、頭蓋骨を粉砕しているはずの一撃をもらいつつも、シル  
バー・クロウがHPを残すことができたのは、頭部を守るヘルメットが頑丈だったこと、  
地面に走っていたクラックがクッションになったことが原因だった。メタルカラーの強固  
な防御力を裏付けるヘルメットがちょうどひび割れの真ん中に落ちた。そのおかげで、か  
ろうじてHP全損をまぬがれ、対戦には敗北しなかったようだ。  
 しかし、たたきつけた後頭部と首がびりびりとしびれた。背骨にもダメージが残留して  
いて、痛い。背中全体がすごく痛い。  
 こ、これ、素直に負けていたほうがよかったかも……。  
 システム上に存在する、一時行動不能効果#スタンや部位欠損で生じるペナルティより  
も、よっぽど凶悪なリアル気絶攻撃は、ハルユキの中枢神経に強いダメージを与えていた。  
「う……くっ……」  
 視界がぐるぐるまわる。まるでイエロー・レディオの必殺技を、現在進行形で受けてい  
るかのようだった。上下がさだまらない。  
 起きないと……まだ対戦終わってないし……  
 それでもなんとか身を起こそうとしたハルユキを、の胸を柔らかい何かが押しとどめる。  
「あら、まだだめですよ」  
 胸部装甲を押され、ハルユキは再び地面へねころがった。  
 あれ……?  
 地面を枕にして数秒たったとき、さきほどのやさしい声が、あまりにも近いところから  
発せられたのを遅まきながら気がつき、ハルユキはおそるおそる首をあげた。  
 一般対戦フィールド、世紀末ステージの上空には黒い雲がたゆたっているので薄暗い。  
空からはわずかな光がとどくだけで、火のついたドラム缶やら、火に巻かれた街路樹など  
のオブジェクトが主な光源となる。  
 そんな揺らめく光のなか、見目麗しい女性型アバターがシルバー・クロウの胴を馬乗り  
にまたがっていた。  
 珍しい流体金属の髪を背に流し、鍔広の帽子を装備している。一応、強化外装であるワ  
ンピースの裾が、アバターの太股あたりまでを覆っているので、直接視認するとマナー違  
反になってしまう部分はきちんと隠れていた。  
 
 空色の装甲色を持つそのアバターの名前は、スカイ・レイカー。倉崎楓子のデュエルア  
バターであり、さきほどハルユキを完敗させた対戦者だ。  
「師匠……」  
「はい。おつかれさま、鴉さん」  
 やわらかな声が降ってくる。その声にはハルユキへのねぎらいが純度百パーセントでこ  
められていた。  
 うれしさで小躍りそうになりつつも、同時にどうして馬乗り?という疑問も浮かんだ。  
 ハルユキの混乱をよそにスカイ・レイカーは、シルバー・クロウの腹部に指をあて、微  
笑む。  
「どうでした? 私のヒット&アウェイは」  
「え、あ、えぇっと……」  
 ローペースながらも回転をはじめた頭で先ほどの対戦を脳内リプレイする。  
 対戦のさなか、シルバー・クロウとスカイ・レイカーが接触したのはわずかに三回だけ。  
すべてレイカーが仕掛け、クロウが受けるという構図だった。  
 ゲイルスラスターの直進方向を、垂直ではなく限りなく水平に設定することで実現でき  
る、超高速のヒット&アウェイに、ハルユキは終始翻弄されつづけた。最後の一撃は、楓  
子のセンスと経験を物語る「脚部で地面やマンションの壁面を蹴りつけて軌道を変える」  
という、神技もいいところの攻撃だった。  
 ハルユキは地面に横たわったまま、感想を口にした。  
「驚きました……。そ、それはそうですよ……。一時期、僕もゲイルスラスターにはお世  
話になりましたけど、でも、そんな使い方があるなんて聞いていませんよ!」  
「でもあの時点では、この方法を鴉さんに教えるのは不可能でした。鴉さんにこの子の」  
 レイカーがひょこっ、と肩をうごかす。  
 ゲイル・スラスターを着装すると、レイカーのワンピース・ドレスや帽子は装備箇所の  
干渉で消えてしまう。レイカーがワンピースを装備できているということは、逆説的にゲ  
イルスラスターを装備していない、ということだ。  
 ただ、師匠たるスカイ・レイカーの言う「この子」が、ゲイルスラスターのことだとい  
うのは、ハルユキにも理解できた。こくんとうなずく。  
 ハルユキにうなずき返し、レイカーは言葉を続けた。  
「鴉さんへこの子を譲渡したとき、私は脚を喪っていました。ですから実演は不可能でし  
たし、制御に失敗すると恐ろしいことになりますので、あえて教えませんでした」  
「あ……ご、ごめんなさい……そうでした。たしかに危険きわまりない……機動でした…  
…失敗したら身体の前面、地面にガリガリ……」  
 ハルユキはやや落ち込む。レイカーが脚を取り戻したのは、ついこの間のことなのだ。  
 レイカーは微苦笑しながら、ととん、とハルユキの腹部を指でたたいた。  
「もう。謝るの禁止にしちゃいますよ? いまこうして脚を使えるのは、鴉さんのおかげ  
なんですから……。でもまさか、三回目で対応されるとは思いませんでした。あのレパー  
ドでも、体勢をととのえるまで二、三戦はかかっていたのに……」  
「え……? ち、ちなみにパドさんはどうやっていまの突撃を避けたんですか?」  
「避けませんでした」  
 昔を懐かしむように、楓子の口調が穏やかになる。  
「鴉さんもキティのシェイプチェンジは知っているでしょう? あれで変身したレパード  
は、チャージを敢行する私へ――走ってきました」  
「へ……? で、でもそれって、正面衝突コースですよね。ど、どうなったんですか?」  
「……聞きたい、ですか?」  
 レイカーのアバターマスクから「真空破レイカースマイル」が放射された。  
 ハルユキは有らん限りに首を横に振った。今聞いたらいろいろな意味で危険な気がした。  
 じゃあリベンジでもう一戦――はハルユキにとっても臨むところだが、それでは「突発  
的な対戦をはじめた理由」と、あまりにもかけ離れてしまう。  
 スカイ・レイカーは指先でシルバー・クロウの腹部を撫でつつ、言う。  
「鴉さんの成長が早すぎて私もこの技を隠していられなくなりました。立派になりました  
ね……最後にあきらめなかったのも、ハナマルです」  
 
 ハルユキの腹部にあてられていた指が、するすると移動し、ヘルメットをなでた。  
「……ありがとうございます。次はこうはいきませんよ! もう技のタイミングも読めま  
したし……」  
「ふふ。楽しみしていますね」  
 楓子は穏やかに言った。  
「さあ、もうしばらく休んでください。神経ダメージは、回復するまで時間がかかりま  
す」  
 悪戯っぽくアイレンズを輝かせるスカイ・レイカーは、そのままふにふにとシルバー・  
クロウの腹部をもみ続けた。  
 くすぐったさに思わず、身をよじると楓子がくすくすと笑いを漏らす。  
 じゃ、じゃあ僕も……。  
 すでに神経ダメージは回復しつつある。取り戻した理性で、視線をめぐらせ、両手の近  
くにレイカーの膝があるのに気がついた。  
 生身とは明らかに違えども、感覚フィードバックの生じるデュエルアバターの性質をお  
もいだしながら、ハルユキは楓子の膝に指をあて、円を描くようにくすぐった。  
「ひゃっ、あ……んっ……」  
 とたんに、スカイ・レイカーが脚をびくんと震わせる。  
「か、鴉さん……いきなり……ひゃんっ!」  
「さっきお腹さわりましたよね……おかえしです!」  
 さらに膝の上に指をはわせる。  
 遺伝子異常で下肢をうしなった状態で生をうけた倉崎楓子に、どんなフィードバックが  
生まれているのか、ハルユキには想像するしかない。  
 しかしハルユキが、太股をなでたりふくらはぎを撫でたりすると、スカイ・レイカーは  
ワンピースを揺らして反応する。薄布につつまれている乳房が、体の動きにあわせてたゆ  
ん、たゆん、と揺れるのをハルユキははっきりと目視した。  
 レイカーがややうわずった声で言う。  
「もう……いたずら、禁止です……」  
 茜色のアイレンズを色っぽく明滅させた楓子が、指でハルユキの腹部をふにふにいじり  
回した。  
 なんとも言い難いくすぐったさを腹部に感じつつ、ハルユキはふと浮かんだ疑問をレイ  
カーへぶつけた。  
「ちなみに……師匠の脚にも、感覚フィードバックはあるんですよね」  
「感覚フィードバック……? ああ、そういうことですか。脚の感覚は……非常に言葉に  
困るのですが……。きっと鴉さんが生まれつきにもっている「脚」の感覚と大差ないと思  
います。足裏とか、くすぐったいですね。でも、鴉さんが私の脚に興味津々なのは、とっ  
てもうれしいです」  
「は、はい……ちょっと失礼かな、とも思ったんですけど……」  
「いまさらですよ。つ・い・で・に……こっちも、さわってみます?」  
 レイカーがあろうことか、両腕を組みワンピースに包まれた胸部をおしあげた。  
 ハルユキはかちーん、と固まる。布地の下にある山の大きさに驚く。  
 じゃ、じゃあ遠慮なく……とハルユキはレイカーの胸へ手をのばした。  
 クロウの指が押し上げられた乳房の中心をたたいた。  
「あぁ……んっ……もう……冗談なのに……」  
「え……じょ、冗談? え、ええっと……ごめんなさい!」  
 思い切りふれてしまってから、ハルユキは手をひっこめようとした。その手を、レイ  
カーがすばやく押さえる。クロウの手のひらがぎゅぎゅっ、とレイカーの乳房へ押しつけ  
られる。  
「はあ……んっ……鴉さんの……えっち……そんなにさわりたかったんですか……」  
「あ、あの、さっきのは冗談……だったんですよね…」  
「さわりたく……ありませんでした?」  
「いえ、すごくさわりたかったです……」  
「……もう」  
 
 レイカーがため息混じりの声音でいった。  
 あまりのさわり心地の良さに、ついつい本音を披露したハルユキは、照れながらも膨ら  
んだ指をはわせつつあらためてスカイ・レイカーというアバターの肢体を眺めた。  
 同時に何人か、より正確に言えば何体かのF型アバターが脳裏に浮かぶ。魔法使い然と  
したライム・ベル、ちんまいスカーレット・レイン、巫女服風の衣装をまとったアーダー・  
メイデン、豹頭のブラッド・レパード、四肢剣のブラック・ロータス……。  
 それぞれ別種の魅力と色気をもつアバターばかりだが、目の前のスカイ・レイカーは、  
あくまで「女性的」に魅力的だった。  
 スカイ・レイカーというアバターの本質が、すべてゲイルスラスターに集約されたから  
こそ、本体はこれ以上無いほど、女性的なアバターになったのかもしれない。  
「あの……。鴉さん……そんなに見つめられると、さすがに恥ずかしいです」  
「え、あ、ご、ごめんなさい!」  
「い、いいですけど……鴉さんなら……じゃあ、服、脱ぎましょうか?」  
「へ?」  
「か、鴉さんがもし……みたいなら……いいですよ?」  
 消え入るような声でレイカーが呟く。  
 その呟きに対して……ハルユキは無意識にうなずいていた。あまりにも魅力的な提案だ  
った。  
「じゃ、じゃあ……その……」  
 レイカーの指がふんわりしたワンピースの裾に指をかける。ハルユキは胸を高鳴らせな  
がら、その光景に見入り……。膝蓋骨のパーツまでワンピースが翻ったところで、レイ  
カーの手がぴたりと止まった。  
「あ…イヤ……ぬ、脱いでいるところは、見ないでください……」  
 恥ずかしそうに言うレイカーに、ハルユキは首を傾げた。  
「え? でもゲイルスラスターをつけているときは、ワンピース着ていませんし、それに  
旧東京タワーで初めて会ったときには、なんにも気にせずに脱いで……ぼ、ボクもどきど  
きしていますけど、そ、そんなに恥ずかしがらなくても……」  
「あの時とは状況が違います。 ぬ、脱いでいるところを見られたくないです。 早く目  
を閉じて……」  
「は、はぃぃぃぃ――!」  
 おっかないレイカー師匠になるまえに、ハルユキは目を閉じた。  
 楓子のいぶかしげな声が響いた。  
「本当に目をとじてくれました……? ヘルメットで、鴉さんが本当に目を閉じているの  
かわかりませんので……」  
「と、閉じてます! 全力でクローズドです!」  
「なら、いいですけど……でも一応」  
 ふわ、とヘルメットの上に何かが乗った。  
 ハルユキが驚いて目を開くと、視界が真っ白だった。レイカーの帽子がヘルメット前面  
を覆っているようだ。  
 でも、これ……。  
 帽子の裏地にレイカーの影がうつっている。  
 師匠……これ、もしかしたら直視するよりも色っぽいです――!  
 つぷ……。つぷ……。  
 ワンピースのボタンをはずす音……と思われる音がハルユキの聴覚に届いた。  
 帽子の裏側でレイカーの影が艶めかしくおどる。膝上に手をかけたレイカーはそろそろ  
とワンピースのスカート部をたくしあげていく。美しく折られた脚の影がすべてあらわに  
なり、裾が下腹部までめくれあがった。  
 そこで、レイカーの指が止まる。  
「あ、あの……か、鴉さん……ごめんなさい。こ、これ以上は恥ずかしくて……」  
 ふわ、と帽子の裏地で占められていた視界がはれた。楓子が帽子を取り去ったのだ。  
 ハルユキは、目を見開きながら、スカイ・レイカーの姿を凝視した。  
 
 あ……。  
 思わず息を飲む。  
 白いワンピース・ドレスの裾が、腹部の上、乳房の下あたりまでめくれあがっている。  
 膝パーツからなめらかにつながる大腿部が、肉感的な丸みを帯びて下腹部へ続き、クロ  
ウの胴を挟み込んでいる。脚と脚の付け根には残念ながら、女性的な要素は存在しない。  
しかし、恥骨の部分から上では、腹部が磨き抜かれた大理石のように輝いていた。きゅっ、  
と締まった腹部の中心に息づくお臍が、色っぽくかわいらしい。ワンピースの胸元を留め  
ていたボタンは外れていてわずかに開いた胸襟から、緩やかな弧を描く鎖骨が見え隠れし  
ていた。  
 まるでひとつの芸術作品のようだった。人間的な要素がある程度排斥されているからこ  
そ、生まれる半裸の像……。  
 と、レイカーがちいさく身じろぎした。  
 あれ……師匠……?  
 ハルユキは、ワンピースの裾をささえる楓子の指が小刻みに震えていることに、気がつ  
いた。  
 視線をあげるとレイカーは、ハルユキの視線から逃れるように顔をそらした。  
 そのいじらしい姿が、ハルユキの内に存在する獣欲を刺激した。レイカーの艶姿のせい  
で、ぼんやりとした頭のまま、ハルユキはそろそろとワンピースの裾をつかんだ。  
「あ……っ」  
 コットン地の触感を持つワンピースに触れると、レイカーが小さくうめいた。かまわず  
そのままワンピースを上げていく。布の裏地が装甲表面をすべり、そろそろ……音を立て  
た。  
「や……やめっ、やめて……鴉さん……!」  
 潤んだ悲鳴に耳を貸すこと無く、ハルユキは白い衣装を、レイカーの首もとまでおしあ  
げた。  
 ワンピースにかくされていた胸部が、ぷるんと露出する。  
「ああ……っ!」  
 羞恥心の底が抜けてしまったのか、レイカーがハルユキの腹部へ尻餅をついた。こわば  
っていた太腿も、力を失い柔くなっている。  
「んっ……か、鴉さん……」  
 わずかにとがめるような声を出すレイカーをよそに、ハルユキの目は、彼女の身体の一  
点に引きつけられていた。  
 ハルユキの視線の先で、いまのいままでワンピースに隠されていた美乳が、呼吸にあわ  
せて上下する。対戦格闘ゲームをコアとするブレイン・バーストにあって、胸部はデュエ  
ルアバターに女性的特徴を付加する特徴でしかないはずだが、ハルユキは一瞬それを忘れ  
てしまった。  
 乳房の根本から緩やかにもりあがった乳房は、果実的な、みずみずしい丸みをおびてい  
る。シルバー・クロウが両手で触れてもなお余りそうな豊満な乳房は、あまりにも女性的  
だった。  
 さらにハルユキは――敬愛する女性の衣服をめくりあげ、強引に胸部をさらさせている  
事実に酔いはじめていた。  
 もっと師匠の乱れたところを……。  
 やや嗜虐的な思考のまま、マント質の体表で包まれた中心点を人差し指でつっつく。驚  
くほど簡単に、指が埋まった。  
「んっ――!」  
 ぴくん、とレイカーはわずかに背を反らし、くすぐったそうな悲鳴をあげる。悲鳴はわ  
ずかに、潤んではずんでいた。  
 
 悪戯の域をこえつつあるのを認識しつつも、ハルユキはさらに指を内側に織り込んだ。  
空色の乳房は強くふれれば崩れてしまいそうなほどやわらかいのに、クロウの指をやんわ  
りと受け止めていく。  
「はあ……ああ……んっ……そんな、さわりかたっ――」  
 美しく張った乳房が、形を崩していく。やはり直接触れる肌の感触とは差異があるが、  
柔らかい材質で包まれている乳房は、十分にさわり心地が良かった。触れている感触では、  
体表面の向こう側に生身の乳房があるようだった。  
「あの……質問ばかりですけど」  
 ハルユキは息を飲みながら、肩をびくつかせるレイカーに言った。  
「師匠っていま……裸ですか?」  
「裸……という感覚ではないですね。体の隅々まで、ラバースーツに包まれているような  
……」  
「だから……ここ、ちゃんと……硬いんですね……」  
 ふに、と中心点をつまんでみる。こりこりとした感触があった。ビクン、とレイカーの  
体が跳ねあがる。  
「んっ……た、たしかに、そこは……あの……部分ですけど……でも、こんな風になった  
ことなんて、いままで一度も……ないですよ……」  
「じゃあ、僕がはじめてなんですね……」  
 いいつつ、胸の先のしこった部分を指ではじいてみた。  
「ンっ……ひぅ、んんっ……はぁ……ああっ……それ、だめぇ……」  
 体表面をおしあげるほど乳房の先がふくらみはじめる。薄手の水着を着込んだ状態で乳  
首を勃起させてしまったかのような、淡い陰影がレイカーの乳房に現れた。  
 もしかしたら全裸よりもいやらしいかもしれない……そんな風に思いつつ、ハルユキは、  
ぷくっと膨れた乳首を指で転がしつづける。  
 実のところ、シルバー・クロウの指はロボットのマニュピレータのように金属質なので、  
レイカーが痛みを感じないかハルユキは心配だったのだが。  
「ふあっ……んっ……ぅぅ……んっ……」  
 乳房をもみあげるたびにかすれた吐息をはくレイカーの様子をみるにつけ、痛みはない  
ようだった。  
「んっ……はあ、ぁ……」  
 レイカーの吐息に愉悦が混じりはじめた。もじもじと太腿を動かし、喉をさらす。  
 もうちょっと……かな。  
 レイカーの様子もみつつ、ハルユキは少し強めにツンと尖ったままの乳首を指で摘んで  
転がした。  
「――あっ、ああああ!! や、んっ……!」  
 アイレンズが強く瞬いた。びくびく震え続けるレイカーの乳房をむさぼり尽くすべく、  
ハルユキは乳房の中心を強く押した――。  
「んっ、あああああぁぁ! や、もう、もう――! イっ――!」  
 一段と頬や脚をふるわせ、レイカーが天を仰いで絶頂する。世紀末の街並みに楓子の悲  
鳴が響き渡った。  
「はあ――! ぁ、ぁ……ぁ……」  
 アイレンズの端からほろん……涙がこぼれ落ちる。呼吸は再現されていないが、肩を上  
下させるレイカーの姿は十分にみだらだった。ドラム缶の炎を再現した光源エフェクトが、  
アバターの肌を舐めるように輝かせる。  
「ふ……ああ……ぁ……んっ……」  
 身体をわななかせていたレイカーが、ゆっくりと身体を折った。そのままクロウの胸元  
へすがるように身体を横たえる。胸部の装甲板の上へ倒れ込んだレイカーを両手で抱きつ  
つ、ハルユキは一つの感情と戦っていた。  
 ……我慢するの……辛い……。  
 びくびく身体をふるわせるレイカーを抱きしめつつも、ハルユキは生まれた性欲を解消  
する手段がないことに途方にくれていた。なにせ男性的なオブジェクトが加速世界には存  
在しない。パドさんに加え、四埜宮謡とも経験したハルユキは、自分の内側にふくれあが  
る性欲を持て余してしまった。  
 
 が……がまん、がまん……。  
 どちらにしろ対戦をしている限りどうしようもない。燃え上がるような情動を封印しつ  
つ、レイカーの体を抱き続けた。やはりデュエルアバターとは思えないほど柔かいからだ  
だった。それだけで十分だ……。などとハルユキが自分をごまかしていると、んんっ、と  
小さくうめいたレイカーが言った。  
「……気持ちよかったです」  
 レイカーは慈愛の表情をうかべ、上半身を浮かべてクロウの胸を撫でた。  
「でも……このままじゃ、鴉さんは……えっち……できませんし」  
「ぼ、僕のことは……気にしなくても……」  
 強がりを言うハルユキヘ寄りかかりつつ、レイカーは耳元にそっと言葉を吹き込んだ。  
「我慢しなくていいですよ……。勇気もわきました」  
「そ、それじゃ……でも……本当に大丈夫ですか?」  
「……ええ。大丈夫。戻りましょう……。でもね、鴉さんもし……泣いてしまっていても  
残念に思わないで……くださいね」  
「もちろんです……。それに、対戦をしかけたのは僕なんですから……」  
「……はい」  
 レイカーは瞳をうるませつつ、指を動かした。  
 ハルユキは、眼前にあらわれたレイカーからのドロー申請を了承する。  
 対戦は引き分けに終わり、ハルユキと楓子は現実世界へと、意識を回帰させていった。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 ゆるやかに現実の感覚がもどりはじめる。  
 当たり前と言えば当たり前だ。加速時間では実に濃い約三十分にもおよぶの対戦だった  
が、現実では一.八秒ほどしか経過していない。  
 だから――有田家のベッドの上、ハルユキと向かい合う形で直結する楓子は、頬を赤ら  
めたままだった。  
「か、鴉さん……」  
 身体に薄いシーツを巻きつけたままの楓子が、おずおずとハルユキに手を延ばしてきて  
――。  
   
 
 

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