千影が見た風景 第1章 その1

 

 血の雫がおちる……。

 一滴、二滴。

 手元の短刀が千影の指先に浅く沈んで、テーブルクロスに運命を示す。

 純白のシーツが赤い染みが運命を表す。

 死を示す不吉な紋様。

 死ぬ? そんな馬鹿な…私は死なない。死ぬわけがない。私は兄くんより先に死ねる運命にないのだ。

 千影はここの所、何日も繰り返してみる死の暗示にそう反論した。

 遠い、遠い昔。

 私と兄くんの父親だったものは、私たちに呪いをかけた。

 私が兄くんと添い遂げることなく、兄と妹の関係でいるために、運命の輪廻を永遠に回るため。

 その呪いは例外なく絶対的なものだ。兄くんとは他人になることはできないでずっと傍に居るだけの呪い。

  私が妹で、兄くんは兄。私が妹であるために、兄くんが先に死ななければ私は妹として生まれ変わることはできない。

 だから先に死ぬことはない。兄くんの心臓が止まるまで私は死なないのだ。

 運命を逆らおうとしても私は不死身だった。

 喉を突いても、毒を飲んでも…。

 ヨーロッパの田舎で狼の群に襲われて、肉片すら残らないぐらい、食い散かされても私は兄くんが死ぬまで意識があった。

 それなのに運命は、私の死を示している。

 千影が兄くんとして慕う、あの愛しい人は間違いなく運命の思い人に違いない。胸の奥が熱くなる魂が惹かれるのだ。

 間違えるわけが無い。何故、私にだけ死を示す。

 それは永遠の別離、何があっても死ねないということは、逆に言えば確実な巡り合いの保障だった。

 千影が先に死ねば呪いは無くなる。兄と妹の関係が崩れて、他人としてなら千影を家族としてではなく恋人としてみるかもしれない。

 二度と会えなかったら?

 時間も空間も重ね合うことなく、永遠に離れ離れになったら…。

 息を呑む。

 呪いの終わりは吉兆か別れか…千影はまだ自分の運命を知らない。

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