永遠を願うなら








一度だけ抱きしめて













    

   
 樹海の糸        
























目覚めると、辺りは夕闇に包まれていた。


今何時だろう、


そんなことが頭によぎった。

体が猛烈にだるい。

頭が石のように重たい。

焦点の合わない目を擦ってぼんやりとした薄暗い室内の天井を見上げていると、急に違和感を覚えた。


(…俺の部屋じゃ、ねえ)


途端、土方はガバッと起き上がった。


パッパー…ブロロー…


聞いたこともないような音が耳に入る。


蝋燭ではない鋭い光が何度も何度も土方の身体を照らしては消えてゆく。

今までに見たこともないような部屋に

土方は、いた。










山南の切腹直後。

近藤と散々泣iいて疲れた身体を引きずり、一人で自室に戻ると布団も敷かずに

ぐったりと倒れるように眠ってしまったことをふと思い出した。


それからの記憶がない。


呆然としていると、キィ…ガチャという音が聞こえた。


誰かがこちらに近付いてくる気配がして、土方は訳もわからずとっさに懐刀を持って身構えた。


パチンッと一瞬にして薄暗い視界が昼間のように明るくなった。



「「わっ!!」」


目の前に立つ人物は見たこともないような格好をしていた。

相手は驚いて持っていた袋を取り落としたけれど、座り込んでいる土方の顔を見てホッとしたようにこう言った。


「…なんだ、耕史くんかぁ」


土方はその声を聞いて思わず男の顔を凝視する。

暗闇からまだ慣れない目を必死で凝らして見つめたその男。


忘れるわけがない。


その澄んだ声を。


髪型も服装もまったく違うけれど。


そのホッとした表情で目尻を下げる顔。


別人なわけがない。


彼だ。




「山南…!!」



土方は懐刀を取り落として彼の側に駆け寄った。




「やまなみ?」


キョトンとする彼や、此処がどこだとか何でそんな格好なのかだとかは頭から消えていた。


震える手で土方の愛すべきひとの頬に触れる。


「…夢…か?」


「え…、」


「これは夢か…?何であんたが生きてるんだ…」


「ちょ…耕史く…」



土方は理解出来ない頭より、自分の愛しい人の体に触れることが出来る喜びにいっぱいで相手を抱き寄せた。


夢なら覚めなければいい。


再び彼の体を抱く事が出来るなんて。


自らの目の前で切腹を果たしたはずの人物が今、自分の腕の中にいる。



「…耕史くん!」


何が何だかわからないのは彼にとっても同じことだった。

帰ってきたらいきなり土方の格好をした山本にギュウッと抱き締められ、“山南!”と言われるなんて。



「耕史くん酔ってるの・・・、」


「酔ってねえ…ってか誰だよ、それ…」

肩口に顔を埋めたままぼんやりと答えた。

「誰って自分の名前だろ?!」


「何言ってんだ、山南。俺の名前は土方だ」


「?!さ、さっきから山南山南って連発して、からかってんの?」

「…だいたいなんで俺の家で土方の格好なんかしてるんだよ?!」


「”土方の格好”っていつもの自分の格好して何が悪い?」


「いつも?!・・・ねえ、耕史くん今日どうしちゃったの…?」


「…じゃあ聞くが、あんたこそさっき切腹したのにどうして生きてんだよ?」


[…今、なんて…?」


「え…だから、あんたは俺の目の前でさっき切腹したって…」


「そんな芝居の話持ち出して…」


そう云いかけて、彼はハッとなって口をつぐんだ。

そしていきなり土方の一つに結ってある髪の毛を思いきり後ろに引っ張ったのだ。


「ぃてぇ!!」


「うそ…本物だ…」


「いきなり何すんだよ!」


土方は涙目になって相手を睨んだが、気にもせず今度は土方の袴を思いきり捲り上げた。


「ギャ!!」


「…パンツじゃない…」


「や、山南?!」


驚きすぎて目を白黒させる土方は石のように固まってしまった。

そんな土方を見て真剣な顔で彼は問うた。



「君は新選組の土方歳三なのか…?」



「当たり前だろ?!」



土方が山南と思っている男は、それを聞いて信じられないといった顔をした。

相手は土方の袴を下ろして、小さく深呼吸した。


「じゃあ土方君、今から俺が言うことを落ち着いて聞いてくれる、」


「え?・・・ああ。」


「そう、それはよかった。」


「・・・」


「…あのね、俺は君の知ってる山南敬助とは別人なんだよ」


土方は思わず鼻で笑う。


「でも、あんた似すぎだぜ?第一俺のこと知ってんじゃねえかよ」


「そうだね、君の事は山南以上によく知ってるとは思うけど」


「…じゃあ、あんた誰なんだよ?」


「俺は堺雅人。今は君の生きている時代から100年以上経った世界に生きている人間だ」


「ひゃ・・・くねん?・・・嘘だろ・・・?!」


「落ち着いて、土方くん。俺もよくわかんないけど、君がここにいることに不思議と違和感がないんんだ」


「…俺も…。山南さんがさっき死んだっていうのに、あんたとしゃべってるとまるで山南さんが生き返ったみたいな感じがする、」


「…彼の切腹に立ち会ったばかりなのか?」

土方は赤い目のままコクリと頷いた。


「…あんた、ほんとに山南さんじゃないのか?」


「え、」


「だって、声も、顔も、匂いも、全部!…全部同じじゃねえか…!!」


「土方くん…」


今にも泣き出しそうになる土方はその場に座り込んでしまった。

昨夜のことが思い出される。

何故あんなことになってしまったのか。


自分が望んだのは、あんな結末じゃ無い。


けれど、彼を追いつめたのは


自分だ。



彼に、


あの笑顔に、


逢いたい。


逢って謝りたい。



そして、もう一度だけ。



もう一度だけ。



この腕に。



抱きしめたい。











  後編














  寄生虫の方を読んで頂いた方ならお分かりかと思いますが、
  前にもこのネタを一度使っています「(笑)前のはもっと明るい感じだったんですけどね。
  後編は確実に裏行きなんで…。近々UP予定です。
  
   ──「樹海の糸 cocco]より


















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