二、人質の少女、4億円で売ります





 理緒は、ゆっくりとスクリーンの前へと歩いていくと、カメラに向き直った。
 2台のカメラはすでに回り始めている。
 「ホラ、グズグズしてないで、さっさと脱げよ」
カメラを構えた茂原が鋭く促す。
 理緒は、ビデオカメラを向けられるという初めての体験に、正直なところ戸惑っていた。だが、緊縛されたままカーペットの上に転がっている香里の無惨な姿を見れば、躊躇してはいられない。
 制服の上着とベストを、思い切りよく脱ぎ捨てる。カメラの冷徹なレンズが容赦なくその様子を撮り続ける。
 だがその手の動きも、ブラウスにかかったところで次第にゆっくりになり、2〜3個外したところで止まってしまった。
 「…」
 上村は、じっと理緒の顔をにらみつけていた。だが、少女は両手をブラウスのボタンにかけたまま、一向にそれ以上動こうとしない。
 不意に上村が失神した香里の身体を抱え上げると、その半開きになった口に自らの唇を重ねた。舌をこじ入れ、意識の無い香里の口腔をたっぷりと蹂躙する。明らかに理緒に見せつけているのだ。
 早く脱げ…。上村の眼がそう語っていた。
 理緒は完璧に屈伏した。
 震える手で苦労しながら、1個1個ブラウスのボタンを外していく。
前が開いて純白のスリップがチラチラとのぞけるのが何とも悩ましい。
 茂原は何度も生唾を飲み込んでいた。今すぐ少女に襲いかかって、着ているものを全て引き裂いてやりたかった。 だが、理性で必死に押さえ込んでいる。
 それも、今にも蒸発してしまいそうで自信がなかった。
 ボタンを全てはずし終えると、理緒はスカートのホックに手をかけた。そこをはずすと、もともと腰のラインがまだ未熟なため引っかかりが無くなり、スカートは重力にしたがって下に落ちた。
 (くおぉ…!)
 茂原は心の中で絶叫した。まさに、彼が自身の少女愛の性癖を自覚してから約十年、理想と思い描いていた夢の美少女がそこにいたのだ。
 願わくば、藤野が要求をはねのけて欲しかった。そうすれば、自分はそれだけ長くこの少女と一緒にいられるのだから。少女は、茂原のそんな欲望の視線に気付かず、ブラウスの袖から細い腕を抜き去った。
 ついに、下着だけの半裸になった理緒であったが、むろん上村がそれで納得するはずもない。思春期の少女にとっては、下着姿を他人の目にさらすことすらとてつもない羞恥を覚えるものなのだが…。
 上村の手が、香里の量感たっぷりの乳房を存分にもてあそぶ。 柔らかな乳房は、男の容赦ない手の動きに合わせてさまざまに変形する。
 男の爪が真っ白な肌に喰い込む様が痛々しかった。 理緒はついに、スリップの肩紐に手をかけた。ほどなく、スリップが足元に滑り落ちる。
 「…」
 理緒に対して最後の一押しをするかのように、上村の手が香里の秘所へと伸び、その部分をじっくりと指でイタズラし始めた。
 秘唇を指で押し開く。少女の目にも、その部分の鮮やかなサーモンピンクがくっきりと映った。乱暴に指がその部分を蹂躙する。
 理緒はついに下着に手をかけた。数瞬ためらったのち、一気に最後の一枚を引き下げた。
 理緒は一糸まとわぬ生まれたままの姿で、カメラの前に立っていた。  
 「それじゃ、始めるぞ」
 茂原が震える声と手を必死に押さえて、そう宣言した。
 「ちょっと待って。いいアイディアがあるんですよ」
 上村はそう言うと、香里の身体を床に下ろした。一枚の板きれと、細目のロープ、太いマジックをどこからか探してきた。
 マジックで板きれに何か書き込み、ガムテープで紐を角の2
箇所に固定する。首からさげる看板のようなものを作っているらしい。
 「コレをかけさせましょう」
 上村は理緒に近寄ると、全裸の少女の首にそれをかけた。
 「…ぷっ!ぷはははっ…!」
 札を下げた理緒の姿を見て、河村が噴き出して笑った。札には、
 『FOR SALE(売り出し中)¥400000000』と記されていたからだ。 
 「はっ、ははっ…!悪い冗談だぜ…!」
 3人は腹を抱えて笑った。これが、上村のブラック・ジョークであることに気付いたからだ。
 「おまたせ、今度こそ始めましょうか」
 理緒はその格好で、脅迫文を読み上げさせられた。
 そのビデオは、その日のうちに藤野や夕子のいるマンションのポストへと投げ込まれた。
 翌朝、それを見た藤野達が絶句したのは言うまでもない。




                           *




 「次に送るメッセージのために、ビデオを多少撮りためておきたいんだけど」
 朝食の席で、上村が他の3人に言った。テーブルの上には、
まるでホテルで出てくるような朝食が並べられている。
 トースト、ハムエッグ、サラダ、コーヒー…。驚くべき事にこれを用意したのは、上村であった。本来なら、女手の無いグループだから、菓子パンをかじっていてもおかしくはないのだ。 だが、この男は意外に小器用なところを見せ、見事な手際でそれらを作ってみせたのだ。
「それはいいが…」
「どうせなら、藤野の野郎が頭から湯気を噴き出すほど過激なのを撮ってやろうぜ」
 そう意気込んで話すのは茂原である。個人的な趣味が入っているのは誰の目にも明らかだ。
 「甘い甘い。血管がぶち切れそうなヤツじゃなきゃ」
 4人は、声をそろえて笑った。
 「そういえば、あの2人はどこへ?」
 「この屋敷は地下にカーヴがあるんです。そこに放り込んであります」
 「カーヴ?」
 「ワインの貯蔵庫のことですよ。外側から鍵がかかるのはそこだけなんでね」
 そう言うと、上村は椅子から立ち上がった。両手に、自分達のと同じ朝食を乗せたトレイを持つ。
 「それじゃ、主演女優を迎えに言ってきますよ」
 そう言い残して、上村はカーヴへと向かった。
 残された他の3人は、悠然と食事の後の一服を楽しんでいた。
 「…しかし、あいつもよくわからねえヤツだな」
 コーヒーをすすりつつ、河村が呟く。
 「そう、藤野や俺らのことをよく知っているし…」
 浅野がタバコの煙を天井に向かって吐き出した。
 「まあ、いいじゃないか。あいつ無しではこの計画の成功はあり得ないんだから…」
 茂原が取りなす。ある意味では、彼が一番利益を得ているからだ。
 その当の上村は、カーヴの中に閉じこめられている2人の手首のロープを解いていた。そのままでは、食事も満足にとれないからだ。
 「いつまで、こんな事を続けるつもり…?」
 手首のロープを解かれながら、香里が呟いた。だが、上村は無言のまま答えない。
 「ゆうべはよく眠れたか?」
 今度は、人質たちが黙り込む番であった。答えなくとも、その顔を見れば一睡もできなかったことは明らかだ。目の周囲にはぼんやりとくまが出来、肌の色もどことなく冴えない。
 「まあいいさ。せっかく持ってきたんだから、食べろよ」
 そう言って、2人の前に朝食を差し出す上村。ふと、理緒が自分の顔をじっと見つめている事に気付く。
 「ん…何だ?何かオレの顔についてるのか?」
  「あ…、いいえ…」
 理緒はあわてて首を振って、うつむいた。上村の顔に奇妙な既視感を覚えたからだった。だが、どうしても思い出すことが出来ない。
 「どうした、食べないのか?」
 2人とも全く食事に手をつけようとしない。食欲が全く湧かないようだ。
 「喰わないと言うんなら、無理矢理にでも口に突っ込んでやるぜ。乱暴にされたくなかったら、無理にでも食え」
 人質たちは、比較的食欲が無くても手のつけやすいオレンジジュースを口にした。
新鮮そのもののサラダは、和風のドレッシングが意外に美味しく、今の彼女らでもすいすいと口に入った。
 約十分ほどかけて、ジュースの半分ほどと、サラダの器が空になった頃であった。不意に、理緒と香里の身体ががくりと傾き、そのまま崩れ落ちた。
 上村がその側にかがみ込み、女達の口元に耳を寄せた。そこからは、一定のリズムの呼吸音が聞こえる。
 「さすがに一睡もしてないから、睡眠薬がてきめんに効くようだな」
 持ってきた朝食には、たっぷりと睡眠薬が混入してあったのだ。眠っている理緒にさまざまな淫猥な行為を加える映像を撮り、それを藤野のもとに送りつけてやろうと言うつもりなのだ。
 上村は、意識を失った理緒の身体を肩に担ぎ上げると、仲間の待つ1階へと戻っていった。
 大きめの布を被せた寝椅子の上に、服を脱がせた上、その肌に亀甲縛りを施した理緒の裸身をそっと寝かせる。
 十三歳の少女の緊縛ヌードなど、望んでも見られるものではない。しかも、理緒のような美少女ならなおさらである。
 カメラマン役は浅野と河村だ。そのカメラの視野の中に、男優役の茂原が着ているものをすべて脱いで、少女に近寄っていく。その股間では、すでに若い男性器が興奮にそそり立っている。
 理緒は、睡眠薬がバッチリ効いて、安らかな寝顔を浮かべていた。その傍らに茂原が立つ。
 理緒の天使のような愛くるしい顔のすぐ横に、ふしくれだった醜い茂原のイチモツが近づく。絶妙のコントラストだ。
 その理緒の頬を、肉棒の腹でピシャピシャと叩く茂原。
 もし理緒に意識があったら、あまりの不気味さに卒倒してしまったに違いない。
 茂原は寝椅子に腰かけると、少女の裸身を自分の膝の上に抱え上げた。
 少女の身体は思ったより持ち重りがした。
 それは成長期を目前にして、そのエネルギーをたっぷりと蓄えている少女の肉体が、そう、感じさせるかもしれない。
 鎖骨から、膨らみ始めた胸に至るラインをゆっくりと指でなぞる。縄で肉を寄せた胸は実際よりもかなりサイズがアップしている。
 胸の先端はまだ明確に分化していない。ほのかにピンク色に色づいているその部分が、充血して硬くなっている。
 それを指先でギュッと揉み潰す。
 理緒は眠ったまま、苦痛を感じて声をあげた。
 「不思議だな…。この白い腹の中には、ちゃんと子宮なんかが収まっているんだよな…。もちろん、まだ使えないだろうけどよ…」
 茂原の指が愛しげに理緒の腹部を撫でる。
 さらに、カメラに見せつけるように、少女の両脚を大きく左右に開かせる。無毛のクレバスを指でイタズラする。
 そのスリットに沿って、縦に何度も何度もこすりあげるのだ。
 折れそうなほど細い首筋に、そっと舌を這わせる。
 気のせいか、少女の肌がわずかに上気しているようだ。その色合いがなんとも微妙だ。
  カメラのファインダーを覗いている浅野と河村は、ふと自分がAVの撮影現場にいるような気分になっていた。
 そう、これはまさにAVそのものであった。
 茂原は、自らの肉棒のエラの張った赤黒い先端を、理緒の朱唇に軽くこすりつける。
 「そう、いいぞ…」
 上村は腕を組んで、その光景を見つめながら呟いた。そうして、茂原に向けて自分の唇を指で叩くゼスチュアを送った。
 その意味を即座に理解した茂原は、自ら寝椅子の上で姿勢を入れ替えると、理緒の体を起こして、そのちいさな頭を自分の股間にうずめさせた。
 半開きになった口に、自分のペニスをくわえさせたのだった。
 (汚れのない少女の口が今、汚された…)
 上村は小さな声で、独り言を言った。 
 そして茂原は、少女の髪を両手で掴むと激しく上下にグラインドさせた。理緒は眠りに落ちた状態のまま、呼吸の出来ない苦しさに細い眉を苦しげにしかめている。
 同時に、容赦なく腰を下方から突き上げる。未曾有の快感にすっかり茂原は興奮し、我を失っていた。自然と浮き腰になり、ガクガクと膝を震わせている。
 「う、ううっ…!」
 興奮のせいか、茂原は意外なほどあっけなく果ててしまう。 小さく呻きながら、少女の顔面めがけて白濁液を思い切り浴びせかけていた。 
 それは、おそろしく背徳的な光景であった。天使の顔が白濁でベトベトに汚されていたのだ。
 上村の合図で、カメラがズームで寄り、アップでその汚れた顔を捉える。これこそが、彼の欲した映像であった。






                                *





 「何だ…、何だ、これは…!」
  犯人から宅配便で届けられたビデオメールを見て、怒りに震える声で藤野はそう叫んだ。まさに、血管が切れそうなほど彼は激昂していた。その意味で、誘拐犯達は見事に狙いを達成したといえる。
 「藤野さん、この差出人の名に心当たりは?」
 差出人の名は、鈴木一郎となっている。いかにも、偽名くさい名前だ。住所は、N県M市であった。
 「この差出人と住所を調べろ。たぶんデタラメだとは思うがな…」
 そのとおりであった。上村達は、今回のメッセージ伝達の手段として宅配便を選んだ。全国至るところに取次店があるので、事実上逆追跡されることはない。
 画面では、茂原が理緒に鬼畜な行為を加えている映像が延々と流れている。もちろん、顔はモザイクでしっかりと隠している。 
 『見テノ通リ、今ノトコロ、娘サンノ処女はマダ無事ダ』
 「この声です…。理緒を誘拐したと電話をかけてきたのは…」
 夕子が、震える声で言った。
『デハ、コチラノ要求ヲ伝エル。4億円分ノ金ノノベ棒ヲヨウイシロ。引キ渡シノ場所ハ、中央公園噴水ノ前ダ。明日、
午前十時ニ、理緒ノ母親に持ッテ来サセロ。モシ、指示ニ逆ラ
ッタ場合、大事ナ娘ハ、コウイウ目ニアウ』
 『アッ、アァウッ…!』 
 突然場面が切り替わり、TVのスピーカーから激しいよがり声が鳴り響いた。一人の女性が、男数人に囲まれて裸身をいいように弄ばれている。
 一人の男の肉棒が、女の秘芯に深々と突き刺さっているさまがバッチリと見える。それどころか、もう一人が女の背中にぴったりと身体を密着させながら、激しく腰を使っている。
 肛門を犯しているのだ。
 女性が悩ましく頭を振り、髪を振り乱す。その瞬間にバッチリとその女性の顔が確認できた。
 「あっ…」
 夕子が声をあげた。
 「何だ?どうした…?」
 その理由を、藤野が尋ねる。
 「香里さん…、嘘…」
 夕子は、ショックのあまり両手で口を覆った。その顔は真っ青だ。
 「理緒の…、家庭教師をお願いしているの…。村山 香里さん…。まさか、彼女まで、理緒と一緒にさらわれていたなんて…」
 その香里は、前後の秘奥を同時に貫かれ、まるで獣のようによがり狂っている。そこには、普段の香里の清楚なたたずまいは全く感じられない。
 昨夜、理緒のビデオ撮影を終えた彼らは、欲望を存分に満たした茂原をのぞいて、全員で香里を輪姦したのだ。
 これは、その際にビデオを回していた際の映像である。
 『理解シテモラエタダロウカ?大事ナ娘ヲ酷イ目に遭ワセタクナカッタラ、ヨク考エル事ダ』 
 そのメッセージが終わるとほぼ同時に、映像が再び切り替わった。
 男が全身を激しくケイレンさせて、股間から理緒の頭を引き剥がした。濡れ光ったペニスの先端から熱い樹液が噴き出し、理緒の顔面を汚した瞬間がはっきりと見えた。
 白濁でまみれた理緒の顔がアップになり、そしてプッツリと画面が途切れる。
 夕子はその場に泣き崩れた。
 「…どうです、藤野さん。身代金、用意できますか?」
 国本に尋ねられ、藤野はしばし考え込んで、答えた。
 「無理…ですな…。急にはとても…、いや、急じゃなくても、そんな大金はとてもじゃないが…」
 この不況で和食割烹チェーン『ふじの』の収益は急速に悪化している。そのため、資産のほとんどを借入金のための抵当として差し出している。実は、理緒たちが今いる別荘すら、二重三重に抵当がかかっているのだ。
 「そうですか…。では、偽物を用意するしかありませんな。 それはこちらで用意しましょう。では、明日の朝また参ります。念のためうちの捜査員を2人張りつかせておきますので…」
 「それは構わないが…。私は明日ドラマの収録がある。どうしても外せないので、申し訳ないがこちらには来れないと思う…」
 国本はのどまで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。目の前にいるこの男は、有名な俳優だか何だか知らないが、娘の命よりも仕事を優先させるというのか。
 「別に構いませんよ。どうぞご自由に…」
 国本はわき上がる感情を必死に押さえてぶっきらぼうにそう言うと、足早にその部屋を出た。 


 
                            *




 翌日、九時四十五分。
 身代金の受け渡し場所として指定された中央公園は、都会の町並みのど真ん中、約300メートル四方の敷地に、緑をふんだんに配置した、近隣住民の憩いの場となっている。
 夕子は両手でバッグをしっかりと提げ、噴水目指してゆっくりと歩いていた。
 バッグの中には、本物の金塊ではなく、鉛の板に金メッキを施したものが入っている。一見して、見破られなければいいのだ。
 むろん噴水の周囲には、幾人かの一般人を装った私服刑事が張り込んでいる。
 噴水の近くに辿り着いた夕子は、ぐるりと周囲を見渡した。
 平日のわりには人が多いが、一見して犯人らしい人間は見あたらない。
 ぽつんと頼りなげに立つ夕子は、実際の年齢以上に若く見えた。どう見ても二十代後半といったところである。
 その姿をじっと観察する視線があった。
 公園のすぐ脇に、上村の1ボックスカーが停まっていた。
 中には、茂原と上村、そして理緒がいた。
 「逃げたいんなら、逃げてもいいぜ。そのカッコで、恥ずかしくなかったらな」
 理緒は、服を着ることを一切許されていなかった。すなわち、一糸まとわぬ全裸だ。清純な裸身を、真っ赤な縄できつく縛り上げられている。腹部に横一文字に縄が巻かれ、そこからT字のように垂直に下にのびた股縄が、幼い淫裂を無惨に割っている。  
「ついでに言うとな、お前が逃げたら俺達はここからそれをバラまきながら逃げるからな」
 上村が後ろの席に置いてある紙袋を指さして言った。その中には、縄を巻き付かせた理緒の裸身が鮮明に写った写真が何百枚と放り込まれている。
 「沢山の知らない人達が、理緒の緊縛ヌードを見れる恩恵に浴するんだ。想像するだけでゾクゾクするな」
 「それより、見ろよ。あれを」
 上村の双眼鏡の視線の先に、夕子の姿があった。
 「少なくとも、4〜5人の私服(刑事)が張り込んでるな。 連中、自分達では周囲に溶け込んでいるつもりだろーが、目付きですぐ分かる…」
 茂原が双眼鏡を見てそれを確認してから、腕時計を覗き込んで時間を確認する。
 「十時五分前か…。そろそろ起きるな…」
 彼らが車を停めている位置からだと、噴水の周囲を一望できる。そこにいる全ての人間の動きとその緊張感が、手に取るように分かるのだ。
 「お…」
 上村が声をあげた。あわてて再び茂原が双眼鏡を覗き込む。
 夕子に近づく人影がある。
 労務者風の一人の男性であった。清潔とはいえない身なりに、顔には白髪まじりのヒゲをぼうぼうに生やしているため、その人相すらよく分からない。
 「おい!」
 男は、夕子に怒鳴りつけるように声をかけた。いきなりのことに呆然とする夕子。
 「そ、そいつをよこせ…」
 男は震える声で、夕子の持ったカバンを指し示した。夕子は言いようのない恐怖に思わず後ずさりした。反射的に男との距離をとったのだ。
 「寄越せっ…!」
 男は叫ぶと、なかば飛びかかるように近づいて夕子の手からバッグを奪い取った。異変を察知した私服刑事達が、あわてて駆け寄ってくる。
 バッグの中身は偽物である。
したがって迅速に相手を捕らえて、理緒の居場所を聞き出し、身柄を保護するまでは気を抜けない。
 「貴様ーっ!」
 駆け寄ってくる私服刑事たちの姿に、男はまず驚き、そして脱兎のごとく逃げ始めた。
 「あっ、待て!」
 口々に叫んでそのあとを追いかける刑事達。鬼ごっこが始まった。
 男は必死に逃げた。だが、重いカバンを抱えた上に、運動機能は年齢相応に衰えている。
 若く屈強な刑事達はみるみるうちに距離を詰め、ついに、公園の入り口近くで追いついた。
何人かがまとめて飛びかかり、硬い石畳の上にどっと倒れ込んだ。
 そのはずみに、ニセの金塊の入ったカバンが、石畳の上に放り出された。
 ショックで留め金が外れ、中身が辺りにぶちまけられる。
その中のひとつが石畳に激しく削られて地金が露出したのを、上村達は見逃さなかった。
 「こいつっ、言えッ!女のコはどこだ!」
 「痛ててっ…!何のことだよぉっ!」
 刑事の手が男の頭を抑え、乱暴に石肌にこすり付ける。あっという間に男の顔は擦り傷だらけになった。
 「とぼけてんじゃねぇ!さらった女のコは…、理緒ちゃんはどこにいるんだって聞いているんだ!」
 「何のことかさっぱりわからねえ!オレはただ…」
 「ただ、何だ!」
 「頼まれただけだ!あの女から、カバンを受け取って来いってな!」
 男のその言葉に、刑事達は凍りついた。
 「お前に頼んだってヤツは、どんな野郎だ?身長は?歳格好は?」
 国本は矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。
 「たぶん…、しゃべり方からして、まだ若造だろう…。帽子深くかぶって…、グラサンに、コート着てたから詳しいところは全然わからねえ…」
 男はきれぎれに、やっとそれだけを言った。
 「それで、なんて頼まれたんだ?」
 「受け取ってくれば、十万くれるってよ」
 「相手との受け渡し場所は?」
 「この先の電話ボックスだ…!」
 それを聞いて、国本の部下達が弾かれたように飛び出した。 上手くすれば、犯人がまだその場に留まっているかもしれない。そう考えたのだ。
 だが、実際のところは違っていた。
 上村は身代金代わりの金が偽物であろう事も、警察がこうやって張り込んでいることも当然予測していた。その上で、近くにいたいかにもカネに困っていそうな、この労務者風の男にカバンを受け取ってくるように頼んだのだ。もちろん、失敗するのも分かっていた。
 そして、現実はその通りに進行した。いわば、警察は完全に上村の掌の上で踊らされていたのだ。
 しょげ返って部下の刑事達が戻ってきた。当然、犯人らしき人間は見つけられなかったのだ。国本は男の手首に手錠をはめると、連行していくように命じた。
 後悔が、国本を襲っていた。明日になれば、どこかの山中で
少女の遺体発見ということにもなりかねない。致命的な失態であった。
 もちろん、当の上村達にそんなつもりは全くない。彼らは、少しでも藤野が苦しむところを見たいだけだったからだ。
 「…見ろよ、お前のパパは娘の身より、カネの方がよっぽど大事だとみえる。こちらの要求をことごとく蹴りやがった…」
 一部始終を車の中から見終え、上村はそう理緒に話しかけた。
 少女は裸身を小刻みに震わせながら、じっと俯いたまま黙っている。
 「少し懲らしめてやんなきゃわからねえみたいだな…。
 悪いが、お前にはかなりつらい目にあってもらうぜ…。見せしめのためにな…」
 上村の言葉に期待感をふくらませた茂原が、声を立てずに笑った。
 

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