私はまた彼の首にしがみついていた。但し、今度は背中から。
「ほら、もっと強くぎゅーっとしてねえと危ねえぞ?」
「ち、ちゃんと掴まってるじゃない!」
「ぜーんぜん。ほらクロエ、もっと胸を押し付けるようにぎゅーっと」
「馬鹿っ!!」
 固めた拳で思いっきり殴る。大げさに痛いとわめきながらも、彼はひょいひょいと、昨夜来た道を戻って行く。
(まったくもう……)
 私はほんの少しだけ腕に力を込めた。

 目を覚ませたのは天窓から降り注ぐ朝日のおかげだった。
 体にはどこから取り出したのか毛布がかけられていて、隣にはなんだか幸せそうな顔で眠っている彼が居たりした。
 吃驚したはずみで殴って起こしたのは、まあその、事故みたいなものだと思う。うんそうよ事故。故意にやったのではないのだから。
 まあそんな些細な事件があったりしつつ、あと数十分もしないうちに朝食の時間だということに気付き、急いで戻ろうということになったはいいのだけれど。
(ろくに動けないなんて……っ)
 腰砕けとか、多分そういう感じなのだろう、これは。痛みはそれほどでもないけれど、うまく力が入らなくて、ゆっくり歩くのが精一杯。
 この状況で宿舎までの道のりを歩くのは無理だということになり、私は彼におぶられて帰途につく羽目になっている。
(今日の訓練は休ませてもらわないとよね……はぁ)
 こんなことで休むのはこの上なく不本意極まりないのだけれど、まともに動けないのでは訓練どころではない。
 午前中安静にしていれば午後からは動けるかもしれないのだし。そうやって強引に自分を納得させていると、
「クロエ。飛ぶからしっかり掴まって」
「あ、はいっ」
 ピエールのエレメント能力が発動する。行きと同じく高く飛び上がり向こう岸へ。
 風を切る感覚は心地良かったけれど、着地の衝撃が全身に響いて、私はつい呻き声をあげてしまった。
「大丈夫かクロエ!」
「平気。ありがとう、ピエール」
「……そんじゃ、ちっとばかし急ぐぜ」
「ええ」
 彼は走り出したけれど、気を遣ってか速度は随分と遅い。
 つと、彼の首筋に赤い線が見えた。何だろうと考えて、昨夜自分がつけたものだと思い当たる。頭に血が上った。
(……おあいことは、言われたけれど)
 罪悪感は残る。後で消毒薬か何かを持っていこうと決めた。そう、もし動けるようなら、今夜にでも。
「ピエール」
「ん? あ、走るときついか?」
「う、ううん、それは大丈夫。……あなたこそ、痛く、ない?」
「何が?」
 彼の歩調がスピードを落とし、普通に歩く程度になった。辺りをざっと視認すると、そろそろ宿舎が見えてくる頃だ。
「その、私が……ひっかいた、所とか」
 服に隠れて見えないけれど、多分蚯蚓腫れとか、それに近い状態なんじゃないかと思う。
(結構強くやってた気がするし……)
「全然」
「……本当に?」
「本当だって。むしろ愛の勲章――みたいな?」
「ば、ばかっ!」
 私はうっかり彼の背を引っ叩いてしまった。
「あだー!」
「あ、ああっごめんなさい! だ、大丈夫!?」
「ってぇ……クロエー、少しは手加減してくれよなあ」
「ご、ごめんなさい……だって、あなたが変なことを言うから」
 照れ隠しもほどほどにしといてくれよ、そうぶつぶつ繰り返す彼はやがて足を止めた。
「ピエール?」
「もうそろそろ着くけど、どうする? 本当に歩くか?」
 私は彼におぶさるときに条件を出していた。背負った状態で宿舎には戻らないように、と。
 妙な誤解だの噂だのが立つのはできれば避けたかったのだ。まあ実際、噂が立つような真似をしてしまったのだけれど。
(……き、気持ちの問題よ気持ちの!)
「無理そうなら、足捻ったとでも言えば――」
「歩くわ。大丈夫そうだし」
「……わかった」
 彼はゆっくり屈んで私を降ろしてくれた。
 地面に降り立ってみると全身のけだるさが増した気がした。少しふらついた私を、彼は抱きこむように支えてくれる。
「っとと、本当に大丈夫か?」
「ありがとう、平気。部屋に戻ったら休むつもりだし」
「……クロエ」
 呼びかける声のトーンが一段下がったことに、私は怪訝な顔で隣を見上げた。
「ごめんな」
「な、……何が?」
 私は咄嗟に彼のシャツを掴んだ。
 何故だかはわからないけれど――突き放されるような言い方だと思ったから、だろうか?
「昨日も言ったと思うけど、俺、クロエを寝かせてやろうと思って連れてったわけでさ」
 私の肩を掴むその手に、少しだけ力が入る。
「結果的に寝てはもらえ……いや気絶したとも言うけど眠るのと似たようなもんだからいいとしてっていやよくないか。……まあともかくだ、あんま長く寝れなかっただろ? それに動けなくさせたし。……だから、ごめん」
「……そんなこと」
 ふらつく足を前に倒す。
 肩の手が外れて、私は彼の胸へとゆっくり倒れこんだ。
「その気持ちだけで、十分すぎるわ。……謝ったり、しないで」
 彼はすぐに返事をしなかった。

 ――それで、どこかもやもやしていたものを確かめるのに、踏ん切りがついた。

「ピエール。一つ、聞いてもいいかしら」
「ん、何?」
 顔を逸らしたまま言うのは卑怯だと何故か思って、私はきっと顔を上げる。
 このとき私の顔は鬼気迫っていたんだと思う。目が合ったピエールが一瞬引くぐらいに。
 握った手に汗が滲む。
「昨夜あなたが言った、……その、私をあそこに連れて行った理由というのを、聞かせて欲しいの」
 自然、昨夜の出来事が思い返されて、顔が赤くなっているのがわかる。
 何より、「連れて行った理由」イコール、「私に惚れた理由」へと繋がるわけだから――私の記憶と解釈が正しければ。
「うわ、そんなの覚えてたのかよ」
「忘れるわけないでしょう」
「……そんなに聞きたい?」
「聞きたいわ。……あなたの言葉を信じるためにも」
 付け加えたのは、紛れも無い本心。というか、それが一番の本音だった。
 彼の言葉を信じていないわけじゃない。
 けれど、今にして思えば、うまく流されてしまっただけではないのかと、冷静な自分が警告するのだ。
(もしかしたら、私が勘違いしてるだけなのかもしれない……だって、彼は優しいから。女子には誰にでも)
 私を好きになってくれたというなら、じゃあ私の何を好きになって――気に入ってくれたのか。
(だからただ、女子の私が不眠症に悩んでるから力になってくれた、……それだけなのかも、しれないじゃない)
 女好きの彼のお眼鏡に叶った理由、それが知りたかった。
「まあ俺としては……その、人を好きになるのに理由なんかない! っていうのが信条ってとこなんだけど」
 彼はしっかりと話の主旨を理解してくれていた。
 そういえば昨夜同じ回答に辿り着いていたことに気付いて、私はさらに頬を染めながら――勇気を振り絞って言う。
「でも、あなたは昨日、追々説明すると言ったわ」
「……よく覚えてんなあ」
 彼の顔が苦笑に歪む。
 追求が、かわされている。そう思った。
(……っ)
 やはり――冗談、だったの、だろうか。
 何でも真面目に取りすぎた私の、勘違いということなのだろうか。
 いつもみたいにその場のノリで調子よく言っただけの言葉だったと、そういうことなのだろうか。
(やだ私、これじゃまるで)
 馬鹿みたいだ。
 彼にとってはやはりお遊びの一環で優しくしてくれて調子よく事を進めただけで――
「……ぁ」
 くらりと、私の足が一歩後退する。それを彼の腕が当たり前のように受け止めてくれて。
「あ、のピエール、私」
「平気か?」
 遮るように聞かれた問いに、ひとまず私は頷いた。
 すぐに、ごめんなさいやっぱりいいわと断りの言葉を続けようとして、けれど口を閉じざるを得ない。
 必要以上に彼の顔が近づけられていることに気付いたから。
「しいて言うなら、そういうクロエの真面目なとこかな」
「ぇ……え?」
 正直なところ、意味がわからなかった。
 とりあえず答えてくれたということは、遊びではなかったと考えても――信じても、いいのだろう。おそらくは。
 なので一応は安堵した。
 けれどそこで、真面目な面を理由にされたことがわからない。
「……お堅いのは、嫌なんじゃなかったの」
「いやそういう意味じゃなくてさクロエ」
 また覗き込まれる。私の後方は彼の腕が遮っていて、もう逃げることができない。
「俺のこと真面目に真剣に律儀に考えてくれたりすんのが、イイってこと」
 OK?とウィンクまでされる。
 でもまだ、いまいち理解が追いつかない。
「あれ、まだ納得いかない?」
「……ええ、まあ」
(人を好きになったら、真剣に考えるのが普通じゃないのかしら……)
 そうして判断しかねる私へ、彼はこともなげに、一つの提案をもちかけてきた。
「よしクロエ。キスしよう」
「はあっ!? ちょっ……!」
 言うなり唇を突き出して迫ってきたので、私の両手は即座に彼の顔面を押さえつけた。
「ほんはへれはふへほ(そんな照れなくても)」
「ど、どうしてそうなるのよ!」
 何を言っているのかよくわからないので、力を一切抜かずに、彼の口元から手をずらしてみる。
「だからわかりやすく、クロエは俺のこと好きで、俺もクロエのこと大好きっていう誓いのチューでもしようかと」

 たかだか「大好き」、なんて単語に気を取られた――のも、真面目ゆえの弊害なのかしら。

 ほんの一瞬の隙をつかれて、私は彼の狭めた腕の中へと閉じ込められる。
 おおよそ誓いとは程遠いような些か乱暴なその行為。
 私はそれを、ほんの少しの諦念と、この上ない喜悦と共に享受した。






 捏造三昧すいません。すいませんすいません本当ごめん。

 女好きでお調子者でしかも年長者なピエールは、周囲から真面目にとられてなかったり、真剣に心配とかされたりしてないんじゃないかなーとか思ってみたんですが。
 ピエール的にも、「堕天翅との戦いが終わって地元に帰ったらエスペランサが居る」から、ぞんざいに扱われてても妙に余裕持っちゃってたりとか。
 そして15話で以下略。

 でもって、その空いた心のスキマを埋めたのが、ピエールのことを(その性格ゆえに)真面目に真剣に考えてくれたクロエたんとかでどうよ! とかそんな話でした。
 やたらに夢見すぎで本当申し訳ない。


 ぶっちゃけた話(24話を見るまでは)、クロエたんはピエールに遊ばれて捨てられるとしか思えなかったんですが(あんた)
 でも24話と25話のピエールなら大丈夫そうだと安心した(笑)
 なので最終話の展開次第でピエクロはもっかいやるかも。今度はちゃんと本編に沿った感じのを。
 やれる時間あるといいなあ……。シリ麗もあるし(やるんだ)(やらいでか)(だからお兄様生きててください頼む)

(2005/09/25 up)

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