私はC.C.だからな――その言葉の本当の意味は、実際のところよくわかっていなかった。
 そのかわり、謎ばかりだったそいつのことで、ようやくわかったことがあった。それだけで充分だと、このときはそう思った。
 
 偽名というにはひどく記号じみている「C.C.」という名前。
 女性。
 尊大かつ横暴で自己中心的な性格。
 追われているのにも関わらずひょいひょい俺の部屋以外をうろつくなど、緊張感がないのか余裕があるのか判別しにくい、飄々とした態度。
 俺のすることに対しては傍観を決め込み、思わせぶりなことを言ったかと思えば、窮地に陥った俺をその身を張って助けたりもする。
 あの女についてわかっていることといえばそんなぐらいだった(ギアスについては推測の域を出ないものばかりなので割愛する)。
 ……ああ、もう一つわかっていることがあった。
 ジャンクフードの定番であるピザが好物。どうも毎日のように出前で頼んでいるようである。代金は当然俺が支払っているが、まあギアスの代償の一部と思えば安いものだろう。
 先ほど怪我の手当をする際に身体を検めせてもらったが、ピザの食べ過ぎで脂肪がついた、ということはまだないようだった。食べても太らない体質なのかもしれない。シャーリーあたりが聞いたら詰め寄って羨ましがるに違いないな。

 俺にギアスを渡してきたC.C.は、その代わりに彼女の願いを叶えろと言った――と、おぼろげながら記憶している。その願いがどんなものであるかは未だに聞かされていないが、「契約」と言ったからには、いつかは果たさねばならないのだろう。
 ブリタニアを破壊するという――常識的に考えるならば、無謀な――目的を持つ俺からすれば、もしかすると、あの女の願いはひどく些細なことであるかもしれない。ただそれでは能力の割りに合わないようにも思えた。
 まあどちらにせよ、ブリタニアを破壊できるのであれば、俺は何だってやってみせる。
 あの女がふっかけてくるどんな無理難題であろうとも、俺はそれを遂行する自信と覚悟がある。

 つまるところあの女は俺にとって、目的遂行のための単なる契約相手――あの女が言うところの「共犯者」――にすぎなかった。
 それ以上でもそれ以下でもなく、全てはギブアンドテイクの上に成り立つ、一切の感情も介入しない、機械的な相互扶助関係。

 それが今は、少しばかり違うものになっていた。

 あの女は、我侭で自己中心的で尊大な――まるで童話に出てくる女王のような――態度だけで、これまでを生きてきたわけではないのだ。
 笑いもすれば怒りもする。
 苦しみもすれば、痛みも感じ、泣きもする。
 身体は傷ついても回復するようだが、心の傷はそうではないらしい――つまり、まるで「人間のような」――俺、いや俺たちと同じような――脆弱な一面も持っていたのだ。
 怪我の治癒速度や、いつの間にかやって来ている移動手段など、彼女をただの「人間」だと理解するには些か無理がある。だからこそ俺の中で、「謎」の存在であることが強調されていた。
 ヒトではない何か。ではそれは何であるのか。
 遺伝子情報など何らかの操作を加えられた「元」人間。または人工的に作り出された人間型の何か。アンドロイド――機械生命体――というのは少々無理があるか。
 とにかく、あの女は人の形をした何かであり、そこに人と全く同じような「心」があるとは考えなかった。
 もちろん思考も感情もあるのだから、当然「心」と呼ぶべきものはあるのだろう。しかし、「人間」のようなヤワな――打たれ弱く、脆弱な――感覚は持ち合わせてはいないのだろうと、俺はそう思っていた。
 だが先ほどの一件で、俺はその考えを改めることにした。
 繰り返すようだが、あの女にも人と全く同じ「心」がある、とは言わない。
 だがしかし、彼女が持つ「心」には、人間のそれと似たような感覚が存在しているのだ。
 あの女は、その身体、左胸に、酷い傷痕が刻まれ、同じく、その心にもなんらかの深い傷を負っているのだ。俺と同じように。
 まるでその傷がなかったかのように振る舞っていても、それを曝かれた途端、涙をこぼすほどの痛みがぶり返す――そんな深い傷を、心の奥に負っている。

 そう、あの女は手負いなのだ。
 尊大で無慈悲な魔女、というだけではなく。
 「一人では生きてはいない子供」のような脆弱さも持っているのだ。

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