そもそも、なんだってあんなこと言い出したんだとか考えたところでわかるわけもないし、まあなんとなくあれかなーとか思い当たったりするものがあったりしなくはないけれど、もう面倒だから言い訳も体裁づくりもぜんぶ放棄することにした。
子作りの方法を聞いてきたということは行為そのものを知らないのだろうし、知っていたとしても色々触るとかその程度なんだろう。たぶん。今時の学校がどこまで情操教育をしているかなんて余計に知ったこっちゃないし。
まあだから聞くまでもなく初めてで、具体的に何をどうされるのかもわからなくて、でも行為が意味することだけは知っている。
これはある意味とても面倒な相手なのだと、舌を入れた途端逃げられそうになってようやく理解した。
とりあえず舌には慣れてもらってから、するりと衣服を解いていく。
……訂正。言うほどするりとはいかない。片腕がない状態ではどうしてもまごつく。シャツのボタンを半分ほど外して肌が露出したあたりでやっぱり面倒になって、ぺたりと膨らみに触れた。ぺたりとかいう擬音が合うほど平面じゃないけど。
「っ……」
自分のすぐ前、両膝を立てたその中に座り込んだキーリはぴくりと身じろぎした。
本当は真正面から向かい合うなり組み敷くなりしたいところだったが片腕で相手を気遣いながらとなると色々と難易度が増すばかりなので仕方なく取った体勢である。ここ座ってと指示したら妙に安心した顔をされたので、キーリとしても悪くない話だったらしい。理由はこれまたなんとなく想像がついたので、心の中だけで後悔させてやると呟いて済ませておいた。
キーリは接触から逃れるように僅かに後退して、こちらの胸に後頭部を当ててくる。ふわりと石鹸だか洗髪料だかの香りがして、瞬間的に意識が飛びかけた。
おかげで何か声をかけようとしたはずなのにセリフが頭から抜け落ちてしまった。なんだったかなと考えながらそのまま続ける。
「ぁ、や……」
ところでキーリは下着をつけていなかった(いや下はつけてるけど)。ちゃんとベッドで寝れるようなときだからなんだろうけど、なんていうか自分危なかったなあとか気付かなくてよかったとかとりとめのない思考が浮き沈みしてやっぱり適当に言い繕って逃げてしまおうかとかいう気になる。
でも指先とか手の平が感じる触感はそれがいかに馬鹿馬鹿しいことであるかを告げていたし、機能的には一応問題なさそうなそれが、……あー、まあ元気でよかった。とかそこまで考えたところで思考も放棄した。誰かに心の中を覗き見されることはおそらくないだろうが、微妙に気恥ずかしい。っていうかちょっと自分に嫌気が差しそうだった。青臭いガキじゃあるまいしたかだかノーブラってだけで本当に馬鹿じゃないのか俺。
キーリは片側だけを弄くり回しているこちらの腕に力なく手を添えてその震え具合とか反応の程度を伝えてくる。ここから見えるのはキーリの頭頂部がほとんどで表情すらもわからないが、たぶん唇を噛んでいる気がする。喘ぐのを無理やり押し込めたような吐息が断片的に聞こえるだけだし。指を噛んでないだけマシかと思いつつでもやっぱ物足りないと思ったので声をかけた。
「キーリ。声だして」
「な……んっ!」
「そうそれ」
声高なそれが聞けて素直にもっと聞きたくなって、揉みしだいて柔らかくなった中で唯一硬質さを保つそこを重点的に刺激する。暗がりの中キーリの体がピンクに染まり始めた錯覚を受けつつ(でも顔は間違いなく赤くなってるんだと思う)、確認してみるかと上体を下げた。
左肩から覗き込むようにして表情を窺うと肩口まで伸びた髪の毛が邪魔だったが髪の間に見え隠れする耳が結構赤いように見えてそこそこ満足感が湧いた。柔らかそうな耳たぶだ(もちろん耳たぶが柔らかいってことくらいわかってる)と思ったときにはそこに口を寄せていた。
「ひゃっ?!」
軽く噛んだのは単に一つしかない手が胸にかかりきりで指で柔らかさを確かめられないからであって、別にキーリを辱めようとかそういう意図があったわけじゃない。断じて。たぶん。おそらく。
「は、ハーヴェイっ、やだ何しっ、……てるのっ」
奇妙な間を空けつつキーリが抗議してくる。手の動きと連動具合がピッタリでちょっと気分いい。
こっちを向かないのは耳を噛まれてるからかと気付いて口を離す。
「柔らかそうだなって思って」
そうして振り向いた顔は頬どころか全体を上気させて涙を滲ませた目が上目遣いで睨んでくるとかいう回避不能な予想以上のものであったりして、……あーいいかげんマズいかも。今更だけど俺。
「ハーヴェイへんだよっ……んぅ?!」
叫び途中のキーリの口を自分ので塞いで勢いそのまま舌を絡め取って、ここで右腕があれば支えられたのだろうけどないものはしょうがない、唇を支点に上から押さえつけられるような形でキーリはずるずると尻を滑らせた。
逃げようとしてるわけじゃないんだろうけどそう感じてしまうのは止められず、名残惜しい胸から左手を外して細い右肩を掴んだ。地滑りが止まる。
位置を固定されたキーリが息苦しいのかもがいているが、気を遣う余裕がものすごく希薄になっていて舌を離すことに考えは及ぶものの行動にまで繋がらない。ごめんキーリたぶん俺ものすごい自己中っぽい。
思うだけなら何とでもできる。そんなやっぱり青臭いガキみたいなことをしながらキーリにのめり込んでいく自分。ハマってるなあと他人事な自分が居たけれど、無視。
唇を開放されたキーリは何かを話せる状態でなく、でも咳き込みながら呼吸困難を解消させつつ潤んだ瞳を恨みがましく向けてきたりする。いやだからそれは止めた方がいいと思う。確実に。
もう少しだけ待って落ち着いたかなというところで話しかけてみる。……何て言えばいいんだこういうとき。
「……何怒ってんの」
「ハーヴェイがそのっ、……へ、へんなことするからっ」
へんなことって言われても。じゃあこの先はどうなるんだとか予想して頭を抱えたくなってきた。
「しようって言ったのお前だろ」
「い、言ったけどっ……」
まさか耳たぶ噛まれるとは思いませんでしたって? 何だかな。ていうか本当にここから先を進めて大丈夫なんだろうか。
赤くもなく液体というよりはゲルじみた体内を流れる命の源。それが下方に集中しているのがわかる。意図して集めているわけではないそれは、まごうことなき生理現象というものだ。わかりやすく表現すると、俺は今キーリに欲情してる。そりゃそうだ少なからず思ってる相手から誘われてその気にならない方がおかしい。傷の治りの遅い隻腕の不死人といえどそのへんはいたって正常かつ健康的に機能しているわけで、ここまで人間が繁栄したのも頷けるとかよくわからない悟りを開いたりして。
……などと思考の上で逃げたところで現状が劇的に変化したりするわけもなく。
本当にどうしたものだろう。
中途半端にずり落ちた体勢のまま、キーリは逸らした視線を所在なさげに動かしている。向こうも向こうで迷っているのは明白で、ならもう答えはひとつしかないんじゃないのか。
「キーリ」
「う、うん」
「……やっぱやめよう」
「えっ」
途端にがばりと体を起こすキーリ。はだけたシャツの前を引き寄せながらまた上目遣い。体勢的にしょうのないことなんだろうけど本当に止めてもらえると有難い。もったいないとか後で思わなくて済むし。
「もしかしてハーヴェイ、わたしのこと気を遣ってる? あの、そりゃあ初めてでわかんないけど、でも大丈夫だからわたし」
「……遣わないわけにいくか」
訴えてくる瞳の熱っぽさと相反するように、前身ごろを押さえた両手が震えているのを見てしまってはどうしようもない。
「おまえ今怖いって思ってるだろ」
「う……思ってる、けどっ。それは誰だってそういうものでしょ? ……たぶん」
どんな豊富な知識も信憑性ある説明も理知的な論理も結局は、単純明快な経験そのものに勝ることはないのだろう。だいたい今までもがそうだったように、キーリを説得しようって方が間違ってる。だいぶ長く(少なくともキーリにとっては)一緒にいたけれどそんなの成功した試しがない。
今日何度目だかわからない面倒臭さを感じてこの体勢のまま自分だけ寝ちゃえばいいんじゃないのかと妙案らしきものが浮かんだがすぐにそれのどこが妙案なんだと打ち消した。思考自体がおかしくなってるなどうも。早いうちにケリを付けた方がよさそうだった。
「つーか、大事にした方がいいと思う。そういうの」
「大事って……わたし、ハーヴェイだから、ハーヴェイじゃなきゃやだから言っ」
人差し指で唇に触れた。熱っぽい。薄いその輪郭を軽くなぞりかけてまた引き戻されそうな自分に気付く。キーリにというよりはむしろ自分に言い聞かせるように続けた。
「たぶんおまえが想像つかないようなこととか嫌がることとか痛いこととかたくさんするから。やめたほうがいい」
キーリをそんな目にあわすのはこっちだって勘弁だし。いややるのは俺なんだけど。さっきので九割方気を遣ってやれないってのは証明済みだし、これはどう考えても止めるべきだと思う。……別に、後悔すんのは慣れてるし。
生々しい単語を出したのが良かったのか、キーリは反論もなく俯いたまま微動だにしない。できればそろそろ自分の部屋に戻って欲しいところなんだけど。擬似血液の流れを操作できるとはいえさすがにしんどい。
「……ハーヴェイは」
かすれた声は震えていてよく聞き取れなかった。耳をそばだて自然と首の位置が下がる。
「ハーヴェイは、わたしのこと嫌い?」
「だから、嫌いだったらこんなことしてないって」
「じゃあ好きなんだ」
……即答できない自分はやはり甲斐性なしとかいう部類に入るんだろうか。
黙っていると顔を上げたキーリの両目にこぼれる寸前というあたりまで涙がたまっていて、なのに口調はかすれても震えてもおらず、静かな怒りを孕んでいた。
「答えてよハーヴェイ」
「……じゃあ、好き」
「じゃあって何!」
「いやお前が言ったんだろ今。じゃあ好きなんだって」
「す、好きならいいじゃないっ……わたしもハーヴェイのこと好きだもん! ハーヴェイにならいいもん怖くても嫌でも痛くても我慢できるからっ……」
そのままぎゅうと首に抱きつかれる。耳元でしゃくりあげられてばかハーヴェイとかかいしょうなしとか微妙に失礼な文句が混じったりしつつ、先ほどから胸に当たっている柔らかい物体の正体に思い当たった時点でもういいかげん白旗を揚げることにした。
……だってこのままだと本当に甲斐性なしみたいじゃないか、俺。
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