「コーディネーターだからって、アンタ本気で戦ってないんでしょう!」
フレイの叫び声は、未だ胸に突き刺さったまま。
いつまでも傍に。
サイが気遣って、フレイを連れて食堂を出て行く。
僕はフレイに返す言葉も無く。
"コーディネーターだからって"
僕は今まであまり自分がコーディネーターということを意識したことがなかった。
中立のヘリオポリスでは、ナチュラルもコーディネーターも関係なく暮らしていた。
だから僕もコーディネーターだなんてことは敢えて言わなかった。
ただ仲の良かったトール達には話していたけど。
でも、それで彼らの僕に対する態度が変わるなんてことは無く、
ナチュラルとコーディネーターが忌み嫌いあうなんて世界とは無縁だったんだ。
そんな世界、僕は・・・―――― 知らなかった。
「・・・ラ、キラ?」
「・・・あ、何?」
呼ばれて、気づけばミリィが心配そうな顔を向けていた。
「大丈夫?」
「う、うん。」
なんとか言葉を搾り出して答える。
トールの手が僕の肩に置かれた。
「フレイの言ったことなんて、気にするなよ。」
「…うん、ありがとう、トール、ミリィ。…僕、まだ整備残ってるから行くね。」
二人の優しさに涙が零れそうになって、僕は慌てて食堂を出た。
整備なんて本当は残ってない。
きっと勘の鋭い二人のことだから、僕の嘘に気づいてるだろうな。
そんな二人に感謝しつつも、僕はまだフレイの叫びがリフレインする頭を抱えながら
一人になるために格納庫へと向かった。
「おーい、坊主―!」
「…っはい!!」
マードックさんに呼ばれて、慌ててストライクのコックピットから這い出る。
見渡せば、このストライクのある周辺以外はすべて電灯が消されていて、
格納庫に残っているのは、数人くらいのようだった。
「まだOSの修正やるのか?」
少し呆れ顔で僕を見上げるマードックさん。
本当は修正なんてしなくてもいいんだけど、
まだ僕は皆の居る居住区に戻る気にはなれなかった。
「・・はい。あとちょっと。」
僕の返答に、マードックさんは一つ大きくため息を吐き、
そして自分のポケットをごそごそと探り始めた。
ようやく探し物を取り出したマードックさんは、ソレを僕に向かって投げた。
「?」
無重力によって、ソレはゆっくりと僕の方へと飛んでくる。
なんだろうと待っているうちに、
「あんまり根を詰めるなよー!」と言ってマードックさんは行ってしまった。
マードックさんがくれたもの、それはキャンディだった。
水玉の包み紙に包まれた小さな。
こんなカワイらしいものを、あのマードックさんが持っている姿を想像すると
すこし可笑しくて。
コクピットに戻り、もらったキャンディを口に入れた。
口に広がるイチゴ味。
とても、とても甘くて。
でも、キャンディが甘いぶん、僕の胸に突き刺さったままのフレイの言葉が、
痛かった。
カリッ。
段々と小さくなっていったキャンディは、口の中で割れた。
ソレはまるで、僕の心のようだ。
今まで戦争とは無関係の、ぬくぬくと育ってきた環境。
カレッジで皆と楽しく過ごして、卒業したらどこかでエンジニアとして働いて、
仕事や恋愛に勤しんで…
そんなフツーの将来を思い描いていた。
フツーの。ありきたりな未来予想図を。
そんなモノは、今はもう現実となることはありえない。
「夢」と言うほど、大志を抱いたものじゃなくて
ごくフツーに生活していれば、簡単に繰り広げられるはずだった未来予想図は、
今はもう、跡形もなく壊れてしまった。
ソレは僕の口の中のキャンディのように。
どうして、こんなことになってしまったんだろうか?
…どうして?
"コーディネーター"が存在するから?
でも、"コーディネーター"を作り出したのは"ナチュラル"だ。
なのに、どうしてお互いを忌み嫌いあって戦争なんか…
「…どうしてッ・・・ぅ・・・ぁぁ・・」
「…キラ?いるのか?」
急に名を呼ばれ、緊張で身が固まる。
おそるおそる顔を上げると、目の前にはフラガ大尉がいた。
「・・ぁ・・・」
「どうしたんだ?」
心配そうな面持ちで、大尉が僕を見る。
「・・・な・なんでも・・なぃ・・です・・。フラガ大尉こそ・・どぅっ・・!!!」
僕はそれ以上言葉をつむぐことが出来なかった。
なぜならフラガ大尉に抱きしめられたから。
狭いコクピットの中では、身動きすることが出来ず、僕はただ大尉の胸に顔をうずめていた。
「なんでもなくなんかないだろ?・・・こんな赤い眼をして。」
「っ!!」
大尉の大きな手が僕の頬に掛かり、親指で目元を拭われる。
止まりかけていた涙が、フラガ大尉の手の温かさでまた溢れ出した。
あの時もそうだった。
初めて宇宙でのMS戦に赴き、死の恐怖を身をもって実感した。
あまりの恐ろしさにコクピットから出ることが出来なくなった僕を、
フラガ大尉が優しく包み込んでくれた。
彼の温かさは、僕の恐怖や不安という氷を溶かしてくれる。
そっと。僕に負担をかけないように、ゆっくりと。
「・・・大尉・・」
僕が落ち着くよう、まるで子供をあやすかのように背中をさする大尉。
煙草の匂いが染み付いている彼の大きな胸に顔をうずめたまま、僕は大尉に話しかけた。
「"ナチュラル"と"コーディネーター"って・・・何が違うんですか?」
能力や身体的なことを言っているわけではないことは分かっていた。
キラが、居住区に戻らないところから察するに、コドモ達の誰かに何か言われたのだろうか。
今の状況が、キラにとってすごく酷である事は分かっている。
ヘリオポリスにいたのなら、コーディネータを差別視するなんていう経験を
したことはないのだろう。
キラを見れば、今までどれだけ平和に暮らしてきていたのか安易に想像できた。
悪く言えば"無知"ということになるだろうが、キラのその純粋さや真っ直ぐさを
この戦争で汚すことはしたくない。
「なにも違わないさ、何も。」
小さなキラをより強く抱きしめた。
俺の軍服を掴むキラの手にも力がこめられたのが分かった。
「コーディネーターであろうがなかろうが、キラがキラであることには変わりは無い。そうだろ?」
ふっと胸に突き刺さっていた矢がなくなった。
完全に癒えた訳じゃないけど、フレイの言葉でできた傷は確実に小さくなった。
でも、もうすこしだけフラガ大尉の温かさに包まれていたかった。
「…フラガ大尉、もう少しだけこのままで・・いてくれますか?」
"少しだけ"なんて言わずに ―――― いつまでも傍に。
Fin.
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