times | Imperial | event |
B.C. | 〜スキー時代〜 | |
紀元 | スキー好きの上司についてショップに行ったところ、上司がボードグッズ一式衝動買い。ご想像のとおり業務命令により私も強制購入。スキー道具一式新調した年であり、既に2月だというのに・・・ そしてその日のうちにナイターへ。空手をやっていたので、ブルース・リーみたいなフォームだなぁっていうのが第一印象。3回ほど大佐へ。1回サイオトへ行ってシーズン終了。当時の大佐名物ワーゲンビートルキッカーにて後頭部強打により初失神。 先にボードを始めていた友人達に一泡ふかされたシーズンでした。みんなすごくうまくて・・・ |
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002年 |
クィーンと出会い初めての冬。うまくだまくらかしクィーンにグッズ一式購入させる。(CBKローン利用) 忘れもしない大晦日サイオトへ。あまりの人の多さに林の中へ退避。なんとクィーンがみずから超小キッカー建立。なぜかメンバー全員ハマる。この日がトリック元年。 そのまま若さゆえの体力に任せ、どんべ○で年越しそばを済ませ、比婆バレイのカウントダウンへ。たしか広島初のオールナイト系イベントだったような・・・しかしとんでもない夜が待っていた。コースの下半分しか雪が無い。上半分は人口芝マット。リフト降り場には滑りを良くするためのオイルワックス。コース端には人口雪マウンテン。しかしまさかこの夜がこれほどの革命的な夜になろうとは・・・ |
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カービング元年 | 人工芝用オイルワックス。走らないんだこれが。しかし私は素晴らしいところに気がついた。エッジで滑れば止まらないジャン!歩いて降りている人たちをヒョイヒョイクリアし雪のあるところに到着。そのままの感覚で滑ると走る!曲がる!何だコリャ!かくして私は運命に導かれるかのように必然的?にカービングに出会う。「カービング」なんて名前があることすら知らず・・・ | |
サブロク元年 | 昼間にクィーンキッカーで練習した180を人口雪マウンテンで試したところ、あまりの大きさに数える事もできないほど回る。その後調整し、サブロク完成。 |
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ハマー元年 | この後、我々に多大な影響を与える大司教ハマーさんに出会う。それもあの伝説のオソラトリプルキッカーにて。雪上に一本しか残らないボードの軌跡。あまりの高さにコマ送りのようなビッグエアー。そして凄まじい直滑降。いまだに勉強になる事ばかり・・・永遠の師匠です。 | |
003年 | カップルにてバートンデビュー。調子に乗ってレースデビュー。サイオトバレンタインカップに出場。なんと準優勝! 上司(人事課長)とゲレンデへ行った日の結果。誉められるどころか、どれほど遊んでるのかを指摘され・・・今に至る。どうやら一生出世できそうにありません。 |
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004年 | トマムにて初北海道。内気な私も恐羅漢ローカルの魔族さん、大杉さん、ばかひこと打ち解ける。 初めてバッヂテストに興味をもちZESTへ。1級を取るにはどうすれば良いのかというお馬鹿な質問に「2級から受けてくださいね〜」という優しきお答え。ちょっと悔しかったので10日で1級まで取得。その後もZESTさんにはさんざんぱらお世話になる。 |
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005年 | 初めて道具で失敗。反省のため道具オタクへの道一直線。なんとなくあきらめたシーズンでした。でもキロロへ行っちゃった。 | |
006年 | またもや道具で失敗。失意のうちにケンジローから中古のハマープラチナ156購入。とてつもなくボロボロだったがとても使いやすく今後の参考になりました。 B級イントラ合格。事前キャンプにて八田デモに出会う。おっとりしっかり素晴らしいスノーボーダーでした。真剣に応援していきたいと思いました。 |
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007年 | イントラになろうと思っていたが、転勤により不可能に。 GRAYデビュー。良い板です。 仕事のうっぷんをはらすため?SAJ技術選広島大会に出場、4位。調子に乗ってJSBAテク選出場、なんと全国大会出場権獲得、ルスツにて全国30位。みな信じられんかったみたいだが誰よりもびっくりしたのは私である。 |
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008年 | 次期テク選にむけスノーヴァandアクロス通い開始。パイプ初特訓。かなり帝国の財政を圧迫する。予想通りというべきか力みすぎていろいろと失敗し、テク系で思うような結果を出せず。しかたないのでBXデビュー。初出場のムラサキカップにてオープンクラス優勝。そしてアバラ骨折。痛いまま出場したJSBASX西西大会では2回戦敗退。 シーズン終わりのホワイトサマーカップではアルペン勢と戦い6位。今まで見て見ぬ振りしてきたアルペンに興味を持ってしまいついにアルペンデビュー。しかし手に入れたソニックの174センチと言う長さに負け痛い目に合い持病の膝爆発・・・ |