クリスマスの回


12月8日

広樹:「ぬう・・・・・・。」
 悩んでいる。俺は今悩んでいる。
工藤:「何やってんだ、朝倉?」
 隣にいた友人、工藤叶が話しかけてくる。
広樹:「いや、ちょっと考え事をな。」
工藤:「考え事?」
 そう、俺は考えている。あることが原因で考えさせられている。
ことり:「あれから2時間近く経ったけど、まだ悩んでるんだね・・・。」
 ことりが苦笑する。
工藤:「・・・?一体何を考えてるんだ?」
広樹:「実はな・・・。」

 事は2時間近く前までさかのぼる。
 2時限目終了後、俺はことりから呼び出された。
 呼ばれて廊下に出てみると・・・。
眞子:「久しぶりね、朝倉。」
付属の時のクラスメイト、水越眞子がいた。
広樹:「よお、眞子。久しぶりだな。」
 ことりも後ろからやってくる。
眞子:「ごめんね、白河さん。呼んできてもらって。」
ことり:「別にいいですよ。これは私達のも関係あることだし。」
 ことりと眞子に関係あること?
 普段関わることの少ないこの二人が関係することって・・・・。
 頭のハードディスクをフル回転させる。
 ・・・・・・ダメだ、思いつかん!
眞子:「ところで朝倉、一つ頼みがあるんだけど・・・。」
広樹:「頼み?」
眞子:「うん。今度のクリスマスパーティーで、音楽部と声楽部共同でコンサートをやるのよ。」
広樹:「ほお・・・。」
 声楽部マネージャーの俺でも初耳だ。
ことり:「でも、そこで演奏する曲が決まらなくて困ってるんですよ。」
広樹:「やっぱりクリスマスソングか?」
ことり:「それ以外にクリスマスパーティーで演奏する曲はないと思うんだけど・・・。」
 それもそうだ。クリスマスパーティーで銀マスク大ヒーローの歌なんか歌っても雰囲気ぶち壊し
 だ。
眞子:「そこで、あんたに曲を選んできて欲しいのよ。」
広樹:「なるほど。」
眞子:「あ、洋楽でお願いね。」
広樹:「洋楽かい・・・。」
眞子:「明日の放課後までに決めといてね。で、決まったら放課後、音楽室に。」
広樹:「わかった。考え・・・ってちょっと待て。」
 疑問に思ったことが一つあった。
眞子:「何よ。」
広樹:「なんで俺に頼んだんだ・・・?」
 俺以外のヤツに頼んでもよかったはずだ。
眞子:「だってあんた、昔から英語得意だったでしょ?」
 それだけかよおい!
眞子:「じゃ、頼んだわよ朝倉。」
 そう言って眞子は自分の教室へ戻っていった。
広樹:「・・・・・・・・・。」
ことり:「と、とりあえず、頑張ってね。朝倉君。」
広樹:「・・・・・・はい。」

工藤:「・・・で、その曲が未だに決まらずに悩んでいる、と。」
 工藤の言うとおりである。
 洋楽のクリスマスソングは幾つもある。しかもそのほとんどが名曲なのだから余計迷うのだ。
広樹:「はぁ・・・なんで引き受けたのかな、俺・・・。」
 ちょっと後悔してます。

ことり:「は〜たいやきおいしいな〜。」
 下校中、その辺りで買ったたいやきをことりは食べていた。
広樹:「ことり、それ何個目だ・・・?」
 さっきから何個も食べてるような・・・。
ことり:「もぐ・・・5匹。」
広樹:「いや、さすがに食いすぎだろ。それは。」
ことり:「うぐぅ〜。そんなことないと思うよ・。」
 その「うぐぅ〜」に聞き覚えがあるのは気のせいか?
ことり:「そういえば朝倉君。」
広樹:「ん?」
ことり:「曲決まった?」
広樹:「いや、全然。」
 即答で返してしまった。」
 はぁ・・・なんか今思うとすげぇかったるい。
広樹:「・・・いいや。家帰ってから考えよう。」
ことり:「え?CDショップに寄らないの?」
 確かにCDショップで探すという手もある。
 だが俺にはそうする必要はなかった。
 なぜなら・・・。
広樹:「いいんだ。洋楽なら家にいくらでもある。」
 そう、洋楽好きな母が買ったCDが何枚もあるのだ。
 俺が英語得意なのも親の影響なんだろう。
 ・・・あまり嬉しくないような気もするが。
ことり:「へぇ、そうなんだ。今度借りてみてもいっかな?」
広樹:「結構古いのばっかだぞ。」
 まぁ、CMとかで流れてる時もあるから知ってる曲もあると思うが。
ことり:「大丈夫だよ。私が好きな洋楽も古い曲が多いし。」
広樹:「サイモンアンドガーファンクルとか?」
ことり:「そうそう。それからクイーンとか・・・。」
 ことりが色々知ってるとは以外だった。
 それから俺とことりは洋楽の話しで盛り上がった。

 暗くなった商店街を俺は一人で歩いていた。
 家に帰ってから醤油がないことに気づき、買うために来たのだ。
広樹:「朝気づけばよかった・・・。」
 そう思いながら醤油を買って帰る途中・・・。
広樹:「お・・・・・・?」
 店から流れる曲を耳にして立ち止まった。
 自分が知っている洋楽のクリスマスソングだ。
広樹:「・・・・・・よし。」
 しばらくその曲を聴くと俺は再び歩みだした。
 意外なところで曲は決まった。

12月9日
眞子:「で?曲の方は決まったの?」
 昨日言われたとおり俺は放課後、音楽室に来ていた。
広樹:「ああ、決まったぞ。」
 偶然決まったがな。
ことり:「一体何にしたの?」
広樹:「ワムのラストクリスマスでどうだ?」
ことり:「ラストクリスマスかぁ・・・。」
 ラストクリスマスは有名なクリスマスソングの一つだ。
 個人的に結構好きな曲で昨日、店で流れていた曲もこれだった。
広樹:「俺としてはいいと思うんだが・・・。」
 眞子達は俺が持ってきたCD(探すのに苦労したぞホント)を聴いていた。
眞子:「うん。いいと思うわ。ありがとね、朝倉。」
 俺の案は無事採用された。
ことり:「朝倉君、ご苦労様。」
眞子「さぁて、曲も決まったことだし、練習・・・ってお姉ちゃん寝ないの!」
 眞子も姉である萌先輩はいつもどおり寝ていた。
 ・・・本番ではちゃんと起きててくださいね・・・。

12月24日

 2学期最後の日、クリスマス・イヴのこの日、風見学園クリスマスパーティーは行われた。
 ことりとクリスマスパーティーを回った後、俺は体育倉庫の片隅にいた。
 クリスマスパーティーの日、それは俺とことりが初めて出会った日である。
 俺とことりにとってはちょっとした記念日だ。
 そしてこの体育倉庫の片隅が、二人が出会った場所なのだ。
広樹:「・・・ん?」
 誰かやって来た。
 月明かりを長い髪に反射させ、それこそ月から・・・別の世界から現れたように立っていた。
広樹:「・・・ことり?」
ことり:「え?誰かいるんですか?」
広樹:「舌であぐらかいてるよ。」
ことり:「あ、朝倉君か。ごめんね、よく見えなくて・・・こんな所で何してるの?」
広樹:「さあな。自分でもそれを考えてた・・・・・・。」
ことり:「そっか・・・。」
広樹:「・・・・・・。」
ことり:「・・・・・・。」
 しばし沈黙。
広樹:「・・・・いいのか?それこそこんな所で男と二人っきりで。」
ことり:「・・・?あはははは。あなた、いい人ですね。」
広樹:「悪い人だよ、俺は。」
ことり:「ううん、私にはわかる。あなたの感じ、いつまでも割れないシャボン玉みたい。」
広樹:「なんだそりゃ?」
ことり:「屋根より高いところにあって、いつ割れてしまうんだろうって、つい気になっちゃうの。」
広樹:「よく分からないぞ。」
ことり:「うふふふふ。説明すると私もよく分からないです。うん。」
 ことりがひとしきり笑って頷く。
 初めて出会ったときの会話、それを再びこの場所でやっていた。
広樹:「まぁ、俺のことはさておき・・・・白河もコンテストの出てたのか?」
ことり:「うん。ちょっと色々あって・・・その前に、隣にいても邪魔じゃないですかね、私?」
広樹:「まぁ・・・俺の部屋じゃないし。」
ことり:「じゃあお礼に、白河じゃなくて、ことりって呼んでいいですよ。」
広樹:「・・・・・・ことりさん、それ、関係あるのか?」
ことり:「ことり。」
広樹:「・・・・・・・・・ことり、それ、関係あるのか?」
ことり:「全然ないですね。・・・で、あなたの名前は?」
広樹:「・・・・・・・・・。」
 ちょっと考える。
広樹:「名乗るほどのものじゃない。」
ことり:「どこまでが名字?」
広樹:「どこまでだろうなあ。」
ことり:「・・・・・・。」
広樹:「・・・・・・。」
 再び沈黙する。
ことり:「・・・ふっ、うふふふふふふ。」
広樹:「・・・くっ、あははははははは。」
 二人同時に笑い出す。
広樹:「今やってみても、ホント変なやりとりだよな。」
ことり:「ふふふふ。ホントだよね。」
 このおかしなやりとりが、二人の最初の出会い。
 でもそのやりとりでお互いに少しは知り合えた。
広樹:「ことり。」
 立ち上がってことりの肩に手を置く。
広樹:「これからも・・・一緒にいような。」
ことり:「うん・・・。」
 やがてお互いの唇が触れ合う。
ことり:「ん・・・・・・。」
 そっと唇を離す。
ことり:「聖夜の夜にキスをする二人・・・幻想的だよね。」
広樹:「そうだな・・・。」
 二人して空を見上げた。星が輝く夜空を。
眞子:「あーコホン。いい所を邪魔して悪いんだけど・・・。」
広樹:「うわっ!!」
 いつの間にか後ろに眞子がいた。
眞子:「二人とも、もうすぐ時間よ。」
広樹:「げ!もうそんな時間か!?」
眞子:「あんたバカァ!?ちゃんと時間覚えてなさいよ!」
 なんかまた聞き覚えのある台詞が・・・。
眞子:「とにかく、あたしは先に行くから。遅れたら承知しないわよ!」
 そう言って眞子は走っていった。
ことり:「朝倉君、早く行こうよ。遅れちゃうよ。」
広樹:「そ、そうだな。」
 眞子の鉄拳だけはゴメンだ。
広樹:「あ、そうだ。」
 大切なことを一つ忘れていた。
広樹:「ことり、ちょっと待ってくれ。」
ことり:「え?何?」
 俺はズボンのポケットからある物を取り出した。
広樹:「こいつは、俺からのクリスマスプレゼントだ。」

ことり:「Last Christmas I gave you my heart♪But the very next day you gave it away♪」
 ことりの綺麗な歌声が体育館に響き渡る。
 体育館にいた誰もがその歌声に聴き入っていた。
ことり:「This year to save me from tears♪I'll giveit to someone special♪」
 壇上でラストクリスマスを歌うことりの左手の薬指には、俺からのクリスマスプレゼントである指輪
 が輝いていた・・・。

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