からっぽの鳥籠は見事な細工の施された代物で、いったいどれほどの価値があるのか見当も付かない。高価だが、ただの籠だ。愛でるべき鳥の姿はなく、なのに視線は虚空にすえられている。そこにあるべきものの幻でも見ているように。
なんと声を掛けようか躊躇ったとき、彼女はしずかに口を開いた。
蝶々でも燕でもいいのだけれど、とは言った。
「足をね、糸で縛り付けてしまったら、どうなるのかと思って」
翅をもつものが、行動のすべてを翅にたよっているわけではない。
花の蜜を吸うために、あるいは梢に憩うため。
そうして何より飛翔と着地のためには両の足がどうしても必要だ。
「死ぬんじゃねえの」
「そうかな」
「飢えて死ぬか、疲れて落ちるか」
「そうなのかな」
「たぶんな」
「じゃあ、」
はすこしの間を置いて、ゆっくりと笑いながら、つぶやいた。
片足ずつぶらぶらと揺らすと、赤い花模様の靴が簡単に脱げ落ちて、床を叩いた。
羅紗張りの椅子が、キイ、と音を立てる。
大きすぎる椅子に座った華奢な体。それにしたって小さすぎる、布で巻かれた人形の足。
「あたしも死んじゃうか」
死ぬわけがないと否定するのは簡単だったが、彼女にとってはいっそ死んだ方がしあわせなのかもしれないと思い、結局黙り込む。
両足を縛られた鳥は見えない糸に翼をうばわれる。
纏足の蝶々がむせかえる花園を知ることは無い。
「…あー修兵もこうなっちゃえばいいのになあー」
「馬鹿いってんじゃねえ」
「そうやって同情が自己犠牲に結びつかないから君が好きだよ」
ためいきまじりには言う。
本音か皮肉か選り分けられずに聞き流した。
自分の両足をおとしたところでが歩けるわけじゃない。言い訳だろうか。何もせずに手をこまねいていることに対しての。卑怯だろうか。結局どうしたってとりかえしがつかないんだと断定するのは。
そして、ああ、蝶々が飛ぶ。
翅に隠れて細い白がひるがえった気がした。よく見ようと窓に目を向けたが、何も無かった。
もういちどに向き直る。内側にどんなものを隠していても外見は平和だ。靴も部屋も鳥籠も、それ自体になにひとつ罪なんて無い。それなら、グロテスクと称されるのは、中身のほうだ。
もう帰るわと部屋を出る間際、はひきとめる言葉は口にしなかった。
檜佐木はしずかにかがみこんだ。
細い、細い糸が、両の足首にまきついていた。少し力をこめると糸は簡単に切れた。
目の前を蝶々がひらりと白を引きずって飛ぶ。
彼はもう何の興味も示さずに歩き出した。
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