浴室フライハイ

 

 

 アルコールをおいしいと感じるようになったのは少し昔のことで、そのきっかけが好きな人とふたり口移しで350mlを吸収してしまったからだというのは、なんだかありきたりすぎて気に入らない。
 あまいのが好き。
 つよいのも好き。
 好きなものを並べ立てるなら、お風呂も忘れてはいけない。
 お風呂に入ることは、寝ることと同じくらい、生活に必要なことだ。生活というのは生きるための活動のことで、お風呂はそのためにどうしたって欠かせない。
 シャワーも「ないよりはずっといい」けれど、私はバスタブいっぱいのお湯がなくちゃ生活できない気がする。濃い水の匂いとあたたかい湿気。
 死ぬ場所を選べるならあたたかい浴槽の中がいい。お湯と一緒に、血が、ざあざあと排水溝に流れていけばいい、と思う。
 お湯につかりながらアルコールを口にすると、面白いほど早く酔う。
 もともとそれほど強いほうではないのだけれど、この飲み方をしたときだけ、自分より早く世界がハイになっていくのが見える。そうなった世界はむしろ汚い。汚い分だけ、胸に迫るほど鮮やかだ。
 甘い、果物のにおいがする。
 朽木家の当主と婚約を交わしたのはもう一月前だがいまだに信じられない。あんなに綺麗で非の打ち所のない人が、こんな自分を選んだなんて、まっさらの嘘であるよりは夢のほうがいくらかマシだ。どちらにせよ現実ではない気がする。
 せめてこの鮮やかな空間に一緒にいられたらいいのに。
 そうすればひとつくらい汚いところを見つけて、わたしはきっと安心できる。
 

 

 

 

 

 

 甘い甘いにおいに溶けてしまいそうで、不意に泣きたくなって立ち上がる。
 肌の上をお湯が流れ落ち、空気はひどくつめたかった。
 玄関から修兵の声がする。
 こんな寒い空気はかわいそうだから早く扉を開けてあげなくちゃ。

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