小さい頃のはひどくこわがりで、ささいなことでもよく泣いた。こわいゆめをみた、といっては泣き、ひとりにしないで、といっては泣く、そういう子供だった。俺はそういうが邪魔で邪魔で、色々なところに置き去りにしようとするのだけれど、どうしてだかすべて失敗してしまったのだ。
いつから傍にいたのか、古いことはもう覚えていない。
ただ俺はいつのまにかのことが好きだったし、はいつのまにか泣かないようになっていた。
「修兵のことが好き、とても」
笑いもせずに言うから、かえって信じられなくなった。
いいや、それは単なる言い訳で、もうどんなふうに言われたって、本当のことだとは思えなかったのだ。しあわせなことはいつも、いつだって抱きしめる腕からするすると抜け出していく。ヘリウムの風船が一晩経ったら、いつのまにかしぼんでいたみたいに。
信用できないくせに俺はのことが好きだった。騙されて痛い目を見るのは厭だった。だから、わざと傷つけるような言葉を選んだ。
「冗談じゃねー」
はまったく変わらない表情で、そう、と呟いた。
それを見て俺は、ああ信じなくて良かったと、安心した。
俺はいつのまにかのことが好きだったし、はいつのまにか泣かないようになっていた。だからきっとずっと傍にいるのだと無条件に思い込んでいたのに、それから俺たちが会うことは二度となかった。
暗がりを凝視すると小さい頃のが両手で顔を覆って泣いている。
手放すことができないというのに、俺はもうその表情を見ることは叶わないのだ。
あたりまえのしあわせは気がつくとしぼんでいる。
まだ頼りなく浮かんでいた、風船から手を離してしまったのは俺だ。
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