"Please give me the letter of summer. All right?"
「なつのおはがき、ちゃんとちょうだいね」
 なつのおはがき、というのは暑中見舞いのことで、律儀なやちるちゃんは生まれてこのかた、この行事を欠かしたことがない。一番目は水色のインクでつけた手形。二番目はそれが指で書いた線になって、三度目でクレヨンになった。一昨年まで宛名を書いていたのは保護者代行の「剣ちゃん」こと更木さんだったけれど、今では鉛筆でやちるちゃんの字が配達されてくる。
「忘れちゃだめだから約束!」 
 麦わら帽子をかぶったやちるちゃんは真面目な顔で右手をさしだした。
 ぴん、と小指が立っている。
「指きりげんまん、わかる?」
「わかるよ」
 少し不安そうくもった顔に、なるべく明るい声で言葉を返す。指を絡めて上下に振ると、やちるちゃんは、にっこりとわらって、よかった、と言った。
「とおくに引っ越しちゃいそうにみえるんだもん」
 言い当てられたような、うしろめたい気持ちがした。
 そうかな、と首を傾げてみる。
「ちょっとだけだよ。…あ、剣ちゃんだ!」
 坂道の下のほうに、陽炎で揺れる人影を見つけて、やちるちゃんが跳ねるように手を振る。
 更木さんは一度立ち止り、それから、代わらない速さでまた歩き出した。やちるちゃんは、ぼんやりと待つようなことはしない。
「ばいばい、また遊ぼうね」

 

 だいぶ離れてから手をふりかえしたわたしに、やちるちゃんが気づいたかどうか。

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