Chapter 03

 
「屑桐さん」
 
 呼べば振り向くことは知っている。仲間である限り俺たちのことを絶対に見放さないだろう。そういうひとだ。もしかするとずっと仲間でいられるかもしれないことだとか、そのためには現状を維持することが何より大切だとか、そういうことも全部知っている。
 まったく期待を裏切らずに彼は振り返る。丁寧なことに足まで止めてくれた。たかだかチームメイトの一年ごときに、学校内外の期待を一身に背負った主将が!
 優しい人だなあ、と思う。
 
でも それはあなたのスタンスで 優しさであって好意では ないんですよね

 
「屑桐さん、俺」
「何だ」
 
 呼べばすぐに応えが返る距離。手を伸ばして微妙に届くかもしれない距離。
 嘘が嫌いだという、このひとに好かれたい。
 喉の奥が痛い。なんだかいきなり死にたくなった。何か言ったら軋んでしまう。
 
沈黙することは嘘になるでしょうか 真実を歪める行為であるならばきっと
 
 いちばん口にしたい言葉はナイフなんかよりよっぽどひどい凶器だ。持ってるだけならなんでもない。本当になんでもない。間抜けな単語だけど劇薬のチョークだ。ねえ今の距離だってそう悪くないだろう。境界線なんて引くまでも無いだろう。引かせないでよ。
 
あなたに嫌われたくないから この凶器を抱えていられない

 
「どうした」
「俺、…」
 
 致死量が喉をせりあがる。
 熱くてやけどしてしまいそうで、実際もう胸の辺りが爛れているんだろう。あんまり痛いから泣きたい。このひとのまえで流す涙なんてないけど、持ち合わせてるなら滂沱と溢れさせてみたい。
 言えない。
 あなたの嫌うものを抱えるくせに好きです、とても。
 まさか言えるはずなんてない。
 それでも俺がここで泣いたならうろたえてくれますか、俺のために。
 
「…俺のこと、できるだけ嫌いにならないでくださいね」
 
 劇薬を行使してしまう寸前に、致死量ギリギリまで削り取って、いくらかの代わりになりそうな言葉を吐き出した。
 困ったような顔をして「当然だ」と屑桐さんは言う。嘘じゃない。でも、それじゃ足りない。優しさじゃ俺は駄目なんです。
 そうして優しいこのひとを騙し続けている。
 だけど、それでも
 俺は
 
 あなたを。
 
 
伸ばせないから届くはずの30センチが痛んでしまう  

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