Good-Bye,My sweet friend.

 ろっかいせいのひさぎしゅうへい、と言えば、今現在ここに在学している人間のうち90%が彼の功績をすぐさま思い浮かべられる程度に有名な人物である。
 前途このうえなく有望、端麗というには少々険はあるが見目もいい。対人関係にも問題はなく、遊び方も心得ている。しかしながら、そのような彼の隣というスペースは空白で、霊術院の女学生達は遠目にそこに自分の姿を思い描いてみたりして、切ない溜息をこぼすのだ。

「…華々しい」
 思わず素直な感想を口にすると、横目でぎろりと睨まれた。最近できたばかりの傷痕のせいで、やたらと迫力のある一瞥だ。
 その迫力を半減させる、頬に大きな平手打ちのあと。
「うるせーな」
「何、どしたの」
「どうもこうも。断ったら涙目でパン!だ」
 文字通り、苦虫を噛み潰したような顔で言う修兵の頭を、は苦笑してなでる。彼はますます憮然としたようだったが気にせずに言ってやった。
「苦労するねえ色男。今学期に入って、私が知るだけでも6人目」
「知るかよ。初対面でつきあうも何もねえっつうの」
「でもさあ。ほんとに彼女いないの?なんで?」

 よりどりみどりと評するのはおかしいかもしれないが、引く手は数多だ。一晩限りの相手にと求める者もいるのだし、修兵だって誘われれば普通に花町に遊びに行っているし、ひとりくらいは「そういう仲」になっているのが当然な気がする。

 修兵は不機嫌そうな顔のまま「さあな」と言った。

「理由なんて別に。強いて言うなら面倒だからか?」
「面倒って君…あ、次の学科何だっけ」
「霊法倫理」
「うわ、移動教室じゃんよ!先に言え先に!」
「話題振ってきたのおまえだろーがよ!」

 ばたばたと立ち上がったとき、「さん」と声を掛けられた。
 隣の教室の女生徒だった。

「あの、鬼道術式の教本、もし持ってたら、次の時間に借りてていいかな?あたし部屋に忘れてきちゃって…」
「んーちょっと待って…っと、ごめん私も持ってないや」
「俺のでよければどーぞ?」

 何の気なく振り返って当惑した。

「修…」
「あ、ありがとう檜佐木くん。ごめんね、お昼休みまでには返すから!」
 鳴り出した予鈴、彼女は慌てて走り出す。
 小さな後姿を見送ったあと、修兵はさっさと教室を出ようとする。廊下を並んで歩きながら思い出したように言う。
「おまえ、さっき何か言いかけてなかった?」
「え?…ああ、」

 

 あんなにも穏やかに誰かを見つめるのをはじめて見た。
 恋人は「つくらない」のではなく「待っている」のか。

 

「…んー、別に大したことじゃないんだけどね」
「何だよ」
「今日の霊法倫理、私は外で自習することにします。以上」
「サボんのか」
「あたりー」
 へへへと笑ってだけが立ち止る。
「そういうことだから、よろしく言っといて」
 修兵は振り返らずに歩いていった。
 はひとりで屋根の上に寝転ぶことにした。

 

   いつか、たぶんそれほど遠くもない未来に、彼らは恋仲になるだろう。
 彼とも彼女とも仲の良い自分は、「やっぱりねー」と笑うのだろう。
 空は青く雲なんて見当たらず、下のほうからは教本を読む声が聞こえてくる。
 よく聞いたらそれは修兵の声で、微妙に厭そうなその響きに、ああこれは遅刻したせいで読まされているんだな、と思ったら笑えた。ぽつぽつと瓦が濡れたのは雨のせいだ。空は青く風があたたかい。

   

 

 

横を向く 視線の先にいるひとを愛してるなんて前から知ってた

 

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