暦上の春を迎えて数分、数時間前に磨かれた隊舎はどこか華やかだ。
 まだひとどおりもまばらな九番隊詰所、凍るような寒さにつやめく廊下を、白足袋がいっさんに駆けて行く。
「…副隊長ッ」
 目的の人影を見つけては声を高くする。
 走り通しで胸のところがきりりと痛む。
「新、年度、予算案っ、完成しましたッ…」
 ちょうど最後まで言い切ったところで、檜佐木修兵の目前だった。
 傷のある貌をくしゃりとゆがめるように笑って、彼は、低い声でねぎらいの言葉を口にする。
「ご苦労さん」
「ああ、もう…半年分の苦労、先払いしましたよ…仮眠とります」
「そうだなァ、半年後にゃまたやってくる苦労だけど」
 にやり、という形容が一番にあう様子で目を細めると「それはともかく」と修兵は言を継いだ。
「何か大事なこと忘れてないか?」
「…あと副隊長に承認印もらって、今日の会議で発表…」
「仕事じゃねぇよ。そっちは全面的に信頼してるから。今日は何の日?」
 まるで子供のするような問いに、は、やはり子供のようにこたえる。
「年の初め?」
「そ。じゃあ何かすることあるんじゃねぇの?」
 考えても、疾走しすぎてぼんやりするあたまには、答えのかけらも浮かんでこない。
 立ち尽くすに焦れたように、修兵は彼女の袖を掴んだ。
「初詣!今から行こう」
「いやです眠いから」
 にべもなく断りの言葉を口にしたを、唇を尖らせて修兵が見下ろす。まったく年甲斐の無い仕草をするんだからと思うかたわら、でも頼りがいは充分すぎるほどあるんだけどと弁護してしまうのは、部下としての信頼だけではないのだろう。なんとなくしあわせになって笑うと、「何笑ってんだよ」と呆れられた。
「だって、ねえ」
「ん?」
「わざわざ行かなくたって、目の前にいるんですから」
「なにが」
 かみさま、とあたりまえのように言って、はふわりとわらった。
 

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