微かな春2

「兄上、関平にございます」
夜、寝つけずに寝台に転がって書物に視線を走らせていると、小さく戸を叩く音と聞きなれた声。
返事も待たずに顔を覗かせて「久方ぶりに一緒に休みませぬか?」とはにかんだような笑みに、思わず頬が緩む。
「どうした、関羽将軍のところで寝るのではないのか?」
「はい、関羽様…いえ、義父上が、ここに居るのは今夜が最後ゆえ一緒に過ごしてはどうかと仰ってくださったので…」
言いながらいそいそと布団にもぐり込み、私の胸に顔を預ける。
いつも利発で快活な弟の、その仕草が可愛らしくて、擽ったくてクスクスと笑いが漏れるのを止められずにいると、関平が視線をあげる。
「くくッ、体ばかり大きくなったものだな」
「からかわないでくだされ…」
胸に顔を埋めキツく着物を掴んでくるのに、腕枕をしてやりながら、コシのある髪を梳く。随分していなかったのに、子供の頃と寸分違わない感覚に胸がギュ…と胸が軋んだ。
本当に、いつの間にこんなに大きくなったのだろう。

今夜が最後…

弟がただの遊びで武芸に励んでいるのではないこと、どの道ゆくゆくは、その道へ進むだろうことは分かっていた。分かってはいたが、まだたったの18歳。
「本当に行ってしまうのか?」
ジジ…。蝋燭の灯りがユラユラ頼りなく揺れる。
「はい…」
貰い手など他にいくらでもあるというのに、聞けば、関将軍はあの曹操が欲しがるほどの武人、そんな人のところにやれば、命がいくつあっても足りはしないだろう。
「もう会うこと叶わないのだな、寂しくなる…」
「―親不孝、兄不幸はわかっております。ですが義父上は普段なら会うことも叶わないようなお方、そんな方にお供できるばかりか、息子として受け入れていただけるなど、平は幸せ者にございます」
頬まで染めてそう言うのが気に入らなかった。
会うこと叶わないお方なら、会えなければよかったものを―愛情深く育ててきた親兄弟より、ふらりと現れたあんな男がいいのか―
しかし弟にとって僥倖ならば、兄として気持ちよく送り出してやらねば…
「――本当に、行ってしまうのだな」
キツく抱き竦むと、背中にまわされた腕に力が込められる。
そのまま、あの男から覆い隠せたならどんなによかっただろう――
「…兄上、その…」
不意に関平が俯き、両膝をすり合わせる。
「また体が、火照って眠れませぬ…」
上目遣いに見上げて訴えかけると苦笑で返される。
「関平…やり方は教えたはずであろう?」
「じ、自分では上手く出来ないのです…どうか……」
わかったわかったと、涙目になる瞼に口付け、帯を解くと、布擦れの音がやけに高く響いて関平の肌がほんのり染まる。

スルスルと一糸纏わぬ姿にするだけで、弟自身は頭をもたげていた。

初めは、年頃になり初めて夢精したのに動揺したのだろう、「おかしくなってしまいました」と血相をかいて相談に来たのを、噴出しそうになるのを耐えながら、これは病気ではないのだよ…と説明し、自己処理の方法を教えたのだが、あまりにおっかなびっくりやるので、つい「こうだ」と加勢して以来、癖になってしまったらしい。
自分では出来ないと度々兄に頼ってきていた。
自分の責任だろうと、断ることなく繰り返してきたが―今思えば言い訳だったのかもしれない―

 明日からどうするつもりなのだ?

一瞬、関羽の姿が脳裏を過ぎるが、やめよう。
今は弟との最後の夜に没頭したい。

「兄上?灯りを…」
弟の声に思考から引き戻される。燈されたままの灯りに戸惑い、伏目がちに自分の腕に手をかけている。
「ああ。もう会えないのだ、よく見せておくれ。その代わり、沢山してあげよう」
一瞬間を置いて、コクと頷いたのに覆いかぶさると、それだけで自身が角度を増した。
いつもの手順で輪郭に指を這わせ、軽く握るとビクッと過敏に反応してくるのが、かわいくて堪らない。
「今日はいつもより敏感だな」
「ぁ…はぁ、言わないで下さ、れ……ッ」
もっと強く、と自ら足を左右に開き、先をねだる。
裏筋を親指で押しつぶすようにして扱きあげると、若いそこはすぐに反り返ってヒクヒクと悦び、あふれた透明な体液が卑猥な水音を響かせる。
羞恥に真っ赤になって耳を塞ごうとするのを、耳を噛んで阻み、なかに舌を入れると鼻から抜ける甘い声がもれた。
「なにを恥らうのだ?隠さないで全部見せるんだ、兄になら出来るであろう?」
「は、はぃ…でも」
「忘れたくないのだ、意地悪をしないでおくれ」
「ッ…兄上」
涙を堪えたぐしゃぐしゃの顔で首に腕を絡めてくるのにあわせ、唇を合わせると強く舌を吸ってくる。
力加減を知らないので舌がチリリと痛んだが、手の動きにあわせて表面を擦り合わせていると吐息に声がまじり、どちらとも判別のつかない涎が頬から首筋を濡らす。
「んぁ、ぁ、ぁ…ッあにう、え―あぁ!」
あっけなく手を濡らした弟が、しどけなく脱力する様に息を呑む。 男の自分でもゾクリとする、えもいわれぬ艶―
「兄上…、兄上のが…ぃ…です」
涙目で見上げてくるのを瞳を伏せて、なんとか理性を保つ。
「それは出来ないよ、平…いけないんだ」
「なぜ、ですか…?」
「お前はもう、将軍のものであろう――?傷つけるわけにはいかないのだ」
「あにう…ッ」
言い募ろうとするのを唇で塞いで、確かめるように繰り返し頬を撫でる。
「一番辛いのはお前だよ?」
これはあくまで気持ちよく旅立たせるための準備。弟の中に想いを残したまま、今生の別れになるのは酷だ。
たしかに誰にも渡したくない、しかし傷つけるのはもっと赦せなかった。
「ぁにうえ――……では、せめて、一緒…に」
「平―…」
―壊してしまいたくなる
互いに昂ぶりをすり寄せ、抱きしめて加減なしに揺さぶると、脚を絡めて快楽にひたる。
「あぁっ、気持ち、いっ、です…ッ兄上、うぁ」
「そんなに、ッ声を出しては聞かれてしまうぞ…?」
耳元に吹き込むと、首をふって身悶え、その振動に互いに快感がつのり透明な体液があふれる。
「あ、あ、あにう、え…あにうえぇ――ッ」
「平、平――!」
夢中で揺すり上げて快楽を貪りあい、水音が二人の間に大きく響いて、弟の爪が背に食い込む。
「くぁ、あに、ぅえ…ッ、もう…もうッ」
「平、私も…ッ」
「ぁ、ああ……ッ―――!」
果てる瞬間に唇を塞ぎ、誰にも聞こえないように声を封じ込めた。

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