花輪和彦の記憶の中にある小学校時代は、いろんな意味で楽しかった。
家柄などのしがらみなどなく、普通の子どもになれたから。
中学校時代は少し複雑だった。
男女間で体格も考え方も変わってきたし、意識の違いにも格差が出てきた。義務教育の終わりが近かったから当たり前なのかもしれないけれど。
高校からは父親の方針で東京の有名私立に通った。学力と家柄がその人間の人柄を決めつけるような学校ではあったが、社交場に必要なことは全て身につけさせられた。
それから大学を出て、親の経営する会社に入って────。



社会人二年目に入ったそんな折り、懐かしい小学校時代の同窓会の便りが届いたのだ。
一気に楽しかったあの頃の記憶が蘇り──中には面映ゆかったり忘れたい記憶もあるが、それらが仕事に疲れた和彦の心に少しの潤いを与えてくれた。
「そう言えば、彼女は元気かな……」
三年四組の中でもひときわ印象の強かった彼女。さくらももこ。小さくて強がりで、しかし弱さと優しさを持っていた女の子。
小学生の頃はただのクラスメイトだったまる子だけれど、中学生になってからも変わっていく他の女子生徒とは違い、いつまでも変わらない友人関係を築いてくれた。そして先にその関係が物足りなくなってきたのは、和彦の方である。
結局まる子とは最後まで何もないまま中学を卒業した。彼女は地元に残り、和彦は上京し、以来再会の機会がないまま年は過ぎていった。


────逢いたい。


恋慕じゃない。和彦とてあれから人並みの恋愛経験を積んできたから、今更どうこうしたわけではない。
ただあの日々に淡い恋心を抱いた懐かしい彼女に逢って、思い出話でも肴に呑んだりしたいと思ったから。



結論から言えば、さくらももこは同窓会には来なかった。
僅かな期待を胸に参加した和彦は盛大な肩透かしを食らったわけで、心なしか落胆した翌日の仕事では珍しく小さなミスを犯した。
しかしいつまでも未練を引きずる男ではないからして、幼き日の初恋に早々にサヨナラをすると、再び仕事の日々に没頭していった。



そして同窓会があったことすら忘れようとしていたタイミングで、転機は向こうから飛び込んできたのだ。



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