「ただぁいま〜!」
勢いよく玄関を開けると、三日ぶりの我が家は寒々としていた。慌てて暖房を入れると、車から下ろした荷物を両手に持った和彦がようやく家の中に入ってきた。
「やぁ、結構疲れたね、ハニー」
「結婚すると、両方の実家に顔出ししなきゃいけなくてめんどくさいねぇ」
「そうかな? 僕はキミの家に行くの、好きだけどね」
「……ちょっと」
部屋が暖まってきた。コートを脱ぎながらズカズカと和彦に詰め寄ると、ももこは人差し指で彼の胸を突く。
「キミの家、じゃなくて、あたしの実家、でしょ?」
「?」
だ〜か〜ら〜、とため息を吐きながらももこはぎゅうっと暑い胸板に抱きつく。ぐりぐりと頭を擦りつけながら、彼の匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。
「あたしの今の家は、和彦と住んでるこの家なんだから」
「────ッ」

大晦日から清水に出向き、最初は花輪の家で正月を迎え、一日はさくらの家に挨拶に行った。
その間ふたりきりの時間などほぼなくて、寝る時でさえ先にももこが寝落ちる始末。さくら家に至っては、ももこの姉も帰省していた為に和彦だけ花輪の家に帰らされ、出張でもないのに久々に独り寝を味わったものだ。

正月なのに、正月だから。

お互いふたりきりに慣らされた心と身体が、自然と唇を重ねさせた。
「ん……」
三日ぶりのキス。
結婚してから軽いキスも濃いキスも毎日欠かさず交わしてきたから、少し触れ合わないだけで物凄く渇いている。
攻め入るように、追いかけるように交わす口づけは、一度交わしてしまえば最後までを予感させた。
でも、とももこは理性を総動員して和彦の胸を押す。合わせていた唇の間を細い銀糸が伝って落ちた。
「だめ、だよ……」
「なぜ?」
「だ、だって」
抱かれた腰が益々引き寄せられて、和彦の昂りを押し付けられるもぷるぷると首を振る。
「だって、花輪の家からもあたしの実家からも、色々もらったきてんじゃん!」
それこそ生鮮食品から細々とした調味料まで。欲を埋める前に生物やら野菜は処理して小分けにして冷蔵庫に仕舞ってしまわねば。
ももこの言いたいことを汲むと和彦も、ぎゅっと彼女を抱きしめ、渋々解放することにした。残念無念。
「なんだか一気に所帯染みてきたものだ……」
「所帯持ってんだから当たり前じゃん、旦那様」
情けなく眉を八の字にしていたが、そう言われてひょいと片眉を上げた。その呼び方も悪くない。
男なんて単純なもので、少しのことで気分が浮上するものだ。
「仕方ないね、ベイビィ。じゃあ僕は荷解きをやろう」
「率先して協力してくれる旦那様、大好き!」
ももこがチュッと頬にキスをすると、満更でもない様子で和彦はキャリーケースを持ち上げるのだった。










片付けもした。夕飯も済んだ。風呂も浸かった。
あとは寝るだけである────。

「……あんた、寝ないのかい?」
最後にゆっくりと風呂に入っていたももこは、いつまでもソファに寝そべって洋書を読んでいる和彦を見て呆れた。
時間はまた十時を回ったぐらいだが、正月の疲れと車の移動でクタクタだと思っていたのに。
リビングは暖房で暖かい。例えソファの上でうたた寝したとしても、風邪をひくことはないだろうが疲れは取れないだろう。
「ん〜……」
しかし気のない返事しか返ってこない。
やれやれと溜息をつきながら近づくと、和彦はもう半分以上眠っていた。言わんこっちゃない。
「ほら〜、ちゃんとベッドで寝とくれよぉ」
「ん……」
暖簾になんとやらか、仕方ない。
「あんたがここで寝るなら、ベッドはあたしひとりで寝ちゃうからね」
「いや……。もも、────ちゅ……」
眠たい駄々っ子が舌足らずに強請るお願いに、苦笑しながらももこは応えた。────ちゅう、と頬に。
「くち……」
「はいはい」
ちゅ、と触れるだけの。それでは足りないと、太い腕に抱き寄せられた。口づけを深くしていきながら、腰を抱かれて、和彦の身体の上には引き上げられて。
そしてももこの身体中を巡る手のひらが、いつもと違う彼女に気づいて和彦は寝ぼけ眼を見開いた。
「────パジャマ?」
「……今日は、これがパジャマなんです」
いつも着ているシルクの手触りよりも、肌に馴染む薄い布。体温が直に伝わるくらいの薄さに息を呑む。
己の身体の上にももこを引き上げ、自分を見下ろしてくる妻の格好に釘付けになった。
「あんまり見ないでよ、恥ずかしいからさぁ」
「……それは無理な相談だな、マイスウィート……」
ふわりと揺れる裾から手を忍ばせ、柔らかな太腿に這わせた。

純白のベビードール。胸元に大ぶりのリボンが結んであり、そこから左右に開く形になっているらしい。
恥じらう彼女と相まって、よく知ったはずの肢体が急に初めて目にするような気になって興奮を呼んだ。
「どうしたんだい、こんなにキュートな格好して」
胴を跨いでいる足の付け根から腹を触る。緩やかにくびれたウエストを撫であげながら、片方の手で解いてくださいと言わんばかりのリボンを自由にした。はらりと袷が開き、小振りだが形のいい乳房が見え隠れした。
「その。結婚してからしばらく経つし、そろそろ飽きてきたかなって」
「何にだい?」
「え〜っと、……あたし? の、身体?」
ブラジャーすらつけていない胸をゆさゆさと揉む。すると耐えかねたような甘い吐息を漏らすこの可愛い女に、いつ飽きるというのだ?
きりっと両方の乳首をつまみあげると、跳ねるようにしてももこが全身で快感を享受した。
「キミは────、本当におばかさんだなぁ……」
噛み締めるようにしみじみと呟くと、ももこが首を傾げた。その仕草がやっぱり可愛くて、苛めたくなってくる。
「どーいうことだよぉ」
「キミに飽きるとか、ありえないだろ……」
こんなにも、こんなにも男を奮い立たせているのに。
和彦はおもむろにももこの左手を自分の下半身へと誘導する。そこにはすでに岐立した剛直が天を向いてそびえていたのだ。手の感触だけでそれを知らされたももこが思わず耳まで赤らめる。
「ね? キミは最高だよ……」
「バカ……」
「そんなバカに、キミの全てを与えておくれ」

最初は可愛らしい乳房を。
柔らかな腹を。
匂い立つ恥丘の奥の花園を。

舌と指でドロドロかき混ぜながら、ももこには和彦自身を愛してもらった。大きくて太いペニスはももこの口には入り切らず、根元は手で擦って愛撫した。その間もどんどん硬くなり血管の筋が浮いてくる。
「ン、はッ、あ、……ぁん」
ぴちょぴちょと舐める音は、果たしてどちらのものなのか。
「もう……、ももこ、きて」
「上に?」
「ん……」
いつもももこが下になることが多いのは、彼女が挿入を恥ずかしがるからだ。しかし今日は自らいやらしい下着を身につけ誘ってきてくれる。ならば和彦の上に乗るのも厭わないかもしれない。
案の定、最初は躊躇っていた彼女だったが、ほとんど紐でしかないショーツを脱ぎ去ると、秘部に亀頭をあてがいゆっくりと腰を下ろし始めた。
ぬぷぷと粘っこい水音が溢れ、呑まれる快楽に和彦が呻く。
「全部、挿入った……」
「じゃあ次は、自分で気持ちよくなるように動いて……」
こくん、と頷く素直な彼女。やがてぎこちなく動き始めた腰だったが、やがて大胆に前後に動いてはグラインドさせて和彦を攻め立てた。
「あッ、あァ、イッ! だめッ」
「いいよ……素敵だ、もも、気持ち、い……」
呑まれる。ももこに、快楽に。搾り取られるほどの肉の吸いつきがリズムを呼び、大波小波の快楽の渦がふたりを襲った。
「────ァ、ッ────」
堪えるような音のない叫び。
飽きるなどありえない。飽きるところか知れば知るほど、抱けば抱くほどもっと好きになり求めてしまうのに。
やがてももこは和彦に覆いかぶさるほど前屈みになりながら腰を振りだす。ももこの好きな態勢で、こうすると挿入の気持ちよさに加え恥丘同士が擦れ合いクリトリスも擦られるのだ。
絶頂の寸前。それは何も考えられなくなりただただ本能のままに快楽を求めるだけの動物になる。
抉り、絡まり、こすられ、搾る。何度も何度も、意味のない言葉をまき散らしながら。
やがてひときわ大きな波がももこの下半身を襲う。じわじわとした熱が瞬く間に甘い疼きになり、身体の芯を強く強く穿ちたくなる衝動だけに支配され────。
「……ッ、ッ!」
波に突然さらわれた瞬間、快感が突き抜けると同時に強い力で一気に意識は引き上げられて抜け殻になった身体が、びくびくと震えだした。

イッた…………。

しかしももこが完全に手放す前に、今度はがしりと腰を掴まれ、下から和彦の激しい突き上げが始まったのだ。
「ひゃ、あッ、ァ、んン!」
もう力など入らない。ただ逞しい身体にすがりつきながら、和彦の動きに翻弄されるだけだ────。




二度目の絶頂にぐったりとしたももこの髪の毛を愛おしそうに梳きながら、和彦は溜息を吐いた。
「一年の計は元旦にあり、か……」
正確に言えばすでに元旦ではないけれど。
年初め一発目が騎上位だなんて、今年もももこの尻に敷かれるのだろうかなどと考える。
しかし繋がったまま浅い寝息を立て始めた可愛い妻の薔薇色の頬を撫でると、それも悪くないと思う和彦だった。










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