師走は老若男女問わず忙しいものである。
残業に次ぐ残業が少しだけ片づいた頃、ヨロヨロとしながらようやく自宅へと帰る花輪和彦の後ろ姿があった。
任された分の責任は年々重さを増し、今年に限って言えばこの一週間ぐらい会社に泊まり込んでひたすら仕事をやっつけていたのである。会社役員ともなれば労働基準法など適用されるわけがない。サービス残業中のサービス残業、サービスオブキングとは和彦のことではなかろうか。
例年であれば自宅に帰ろうが会社に泊まりこもうが疲労度には全く代わりがないのだが、今年は絶対家に帰りたい理由があった。


結婚をしたのだ。


相手は幼馴染の女の子で、しばらく会ってなかったのが社会人になってから偶然再会し、改めて一目惚れした和彦の怒涛のプッシュに彼女が降参したことで関係を進めた。彼女に対してだけだが、自分の中にこんなに強引な自分があるのを初めて知ったほど。
やがて求めて、求められて、唯一無二の存在と永遠を誓うまでに、少々の時間は要したものの、結婚の受諾は速やかに受理されて夫婦になったのが半年前。彼女の誕生日だった。

それからというもの、毎日彼女の顔を見ないと疲れが取れない。仕事が終わった気がしない。

プライベートの切り替えは奥さんの笑顔だったりするから、この男も大概だろう。




「ただいま……」

そっと玄関のドアを閉める。すでに深夜で、恐らく彼女は寝ているだろう。
彼女は漫画家を生業にしていて、夜遅くまで作業していることも多々あるが、確か今月の締切は一昨日のはずだ。だから今日は何も無い。
可愛い寝顔を早く拝みたくていそいそとスリッパを履いた和彦だったが、不意に水音が聴こえて広い室内を見回す。音の出処は浴室だった。


こんな時間に?
首を傾げながら柔らかな灯りの漏れる浴室に声をかけると、思いがけず返事があった。
「おかえりなさい、和彦クン! そして久しぶり〜。こんな時間まで大変だったね」
もこもことした泡風呂の中、お約束のように鼻の頭に泡をつけたももこが満面の笑みで和彦を出迎えてくれた。
本当は一週間の会社缶詰に耐えられなくて会社に顔だけでも見せてもらいたいと思っていたが、彼女が締め切り前というのも考慮して我慢した。我慢したのだ。
「────ただいま、ももこ。キミこそこんな時間にお風呂かい?」
コートを脱いでスーツのジャケットを脱いで、更にはネクタイも緩めながら問う。
それがね、とももこが照れくさそうに頭をかいた。
「ほら、一昨日締切だったじゃん? 徹夜続きだったからそのまま寝ちゃったんだけど、目が覚めたのがさっきでさ〜」
ほぼ丸一日寝ていたということか? いくらなんでもそれは寝すぎで、却って身体に悪そうだが。
「ご飯はラップしてあるから温めて」
「食事よりもまずは風呂かな。結構冷えてしまったから」
「わかった。今出るからゆっくり入って疲れ取ってよ」
「キミも一緒がいい」
「あたしもぉ?」
ええ? と顔を真っ赤にしたももこが両手で顔を隠す間もなく、和彦が浴室に入ってくると軽くシャワーで身体を流し、たちまち泡だらけの湯船にダイブしてきた。
「つめ! 冷たいぃッ!」
「そりゃあ外は真冬だからね、ハニー」
背後からぎゅうっと抱きつかれたももこは、和彦のあまりの冷たさに思わず声を上げた。派手な音が浴室に木霊して、それを和彦が笑う。悲鳴を上げながらも、しかし手を振り払わない彼女が愛おしい。
「ももこは温かい……」
すぐそこにいて触れられる幸せ。手を伸ばせば応えがある。求めれば求め返してくれる彼女は、和彦の欠けた部分をたちまち満たして溢れさせた。
しみじみとした和彦の呟きをうなじで聴いていたももこは、おもむろに身体を反転させるときょとんとした顔の彼を逆に抱きしめ返す。
「いつも、一緒だよ?」
だから心配しないでね。
「────……」
こんな時、本当に彼女は鋭い。そして優しいのだ。優しくてつい甘えてしまう和彦を、ふわりと包んで安心をくれる。
結婚を機に、ようやく家族が与えてくれる一般的な愛情に触れられたような気がした。


ああ、好きだなぁ。


言葉にならない呟きは、代わりに口づけで伝える。好きだという想いを込めて、何度も何度も小鳥のように。
「和彦……」
ももこが名前を呼んだのがスイッチだったのかもしれない。
細い身体を引き寄せると、湯船とももこの体温で温まった手のひらが滑らかな肌を忙しなく這う。久しぶりの肌の感触は、疲れた和彦にとっては刺激が過ぎた。
「ちょ、勃って……」
「しばらくぶりにキミに触れるんだ……。許してくれ」
蓄積された疲れは理性を壊す。
なによりも何も身につけていない美味しそうな彼女を目の前にして、勃つなという方が拷問だ。
右手でささやかな膨らみをまさぐりながら、左手は背中から腰を廻ると、吸い込まれるように臀部の割れ目に沿っていく。
「んん、ぁッ! そこぉ……」
「もうここがヌルヌルしてるよ」
泡の入浴剤のせいだけではないだろう。泥濘んだ秘裂にまずは指を一本沈ませると、ももこの身体が小さく震えた。寒さでもなんでもない。よく知った悦楽が滲んできているだけだ。
キスをせがめば快楽に従順なももこは喘ぎながらも唇を合わせてくる。チュッチュッと啄む隙間で舌を滑り込ませ、セックスに臆病なももこを捕まえた。
「ふぁ、……ンンッ。かず────」
「もも、可愛い」
乳房を揉んでいた手を下腹部に滑らせると、湯船の泡で行方がわからなくなる。それでも和彦の指は的確にももこの弱い部分をなぞり、摘み、クリクリと弄ると、一際高い声で甘ったるい嬌声が浴室に響いた。
「あ! だめ! そんなとこッ」
「どんなところを弄られてるの? 泡で見えないから僕に教えてくれないか?」
自分でも自覚しているが、きっと今いやらしい顔をしている。仕方ないじゃないか、好きな女が自分の行為で欲情に濡れ始めれば止まれるわけがない。
「かずひこに、されてること……?」
「うん。ここ、気持ちいいんでしょ?」
「はぁンッ!」
ぐりっと潰したクリトリス。その瞬間大きく肩を跳ねさせて、涙目のももこがびくびくと震えだした。
「イッちゃった……?」
「ん……。イッちゃった……」
「何をされて?」
しばしの逡巡。しかし頬を真っ赤に染ながらももこはきちんと言葉を紡ぐ。
「かずひこの、ゆびで。ぐちゃぐちゃされて、クリをね、ぐりってされ、て……」
舌っ足らずの喋り方が、またなんともそそる。もうだめだ。和彦の方こそ我慢がきかない。
「よく出来たね。さあ、もっと気持ちよくなろうか……」
「……ッ、ンあぁ!」
急に和彦の肉棒がももこの身体を突き上げ、突然の快感と驚きに思わず和彦にしがみついてきた。こんなに性急な彼はなかなか珍しい。
しかし揺すられてナカをかき混ぜられると、次第にももこの思考は薄れていき、ただ腰を振ることだけしか出来なくなっていった。
和彦とて久しぶりのセックスにすぐに持っていかれそうになっていた。しかしそれをぐっと堪えて耐えながら、夢中で自分の上で腰を振るももことの悦楽に潜っていった。
求められている。今はセックスの快楽が後追いしてくるからかもしれないが、その一時だけで彼女がただひとり和彦を求めてくれることが嬉しいのだ。

動きの激しさに湯船が波立ち、それに掬われて泡が浴槽を滑り落ちていく。ジャブジャブという水音と、ふたりの息遣い、そして耳を刺激する甘い声が湯気で煙る中で柔らかく響いた。
「かず、も、……ぁ、ん! きもち、い?」
嬌声の合間に問われて頷く。
「う、ん……。────ももの、ナカ、すっごく……」


気持ちいい────。


久しぶりにシているせいもある。身体はクタクタに疲れているはずなのに、なぜか性欲が溢れてくる。抱きたい、貫きたい。ぐちゃぐちゃに合わさって、─────────

「ッ、ァ! だッ、も────」
しがみついてくるももこの身体に力が入る。和彦のペニスを包む膣肉が搾りとるように濃密に絡みつき、射精を促してきた。イク。彼女のナカで、出したい。
「────ッ!」

たぶん、追うように。
思う存分ももこのナカに精を吐き出すと、しばしふたりはぐったりとしながら浴槽の縁にもたれた。
荒い吐息の隙間で名を呼ぶと、首だけ巡らせて彼女が和彦の頬に唇を寄せた。




「お風呂でって、便利なのかなぁ……」
落ち着いてからお互いシャワーで身体を流すと、パジャマ姿のももこが髪の毛を拭きながらテレビをつけながら呟いた。深夜ならではの通販番組は途端に賑やかな音を溢れさせる。
かなり遅めの夕飯をあっという間に平らげて食器も荒い終わると、ソファーに座るももこの隣に腰を下ろす。
「あ、なんか飲む? コーヒー淹れるけど」
「じゃあお願いしようかな」
「オッケー」
「で、なにが便利だって?」
耳ざとい夫の言葉に頬を赤くしながら、ももこが口の中でモゴモゴと呟く。
「だから。お風呂で、スルの……」
先程は勢いでセックスをしてしまったが、確かに最初からお互い裸だし終わったらすぐにシャワーを使える。便利と言えば便利なのかもしれない。
「ふぅむ……。だけど僕は、ももこを脱がすのも好きなんだけどな」
そう言いながらコーヒーを運んできたももこの腰をすくい、自らの太腿の上に座らせた。そうやっても背丈の小さなももこは決して和彦を見下ろせない。
「この、すけべ」
「ももこに対してすけべじゃなければ、いつすけべになればいいんだいハニー?」
「う……」
普段はすこぶる男前の旦那様が、こんな時ばかりはやに下がった顔をしている。

どうやら第二ラウンドも時間の問題だ。










それからふたりは、後日になって浴室セックスの代償を実感する。

なぜなら精子の温度は三十五度前後。熱に弱い精子は熱いシャワーを浴びるとたちまち固まってしまうのだ。

それが浴室の排水溝を詰まらせて業者を呼び、結果として羞恥で顔から火が吹き出そうになるとは、この時のふたりは知るよしもなかった……。







                                        了







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