「花輪クン? 見てないけど」
手当り次第道行く知り合いに声をかけてみるも、手応えは微妙だった。
ある人はさっき見た、すれ違ったというし、ある人は今までそこに居たのにと言う。実にタイミングが悪い事の連続なので、むしろ避けられてるのではないかと勘ぐってしまうほど。
こんなに狭い校内なのにこんなに会えないだなんて、これなら最初から探さない方がいい気さえしてきた。いっそそうしようか。
しかしそう思うたびに「さくらを探していた」と言われ、そうなるとこちらだけ探すのを諦めるのが申し訳ない気持ちになる。ああ、どうしよう……。
 
体育館ではバンドの生演奏が始まったようだ。そう言えばビートルズメドレーをやるような事が書いてあった。ビートルズといえば、和彦も好きなバンドだったはずだ。もう何も考えずにとりあえず行ってみよう。
何せ次の喫茶店仕事まで時間がない。ここからの移動時間を差し引いたら十分間もないのだから、思い立ったが吉日だ。ぐるりと見にいくだけでもしておこう。
そう自分に言い聞かせながら入っていった体育館だったが、実際はバンド演奏の爆音と照明の暗さでとてもじゃないが人を探すどころの話ではなかった。甘かった。どうにもこうにも詰めが甘かった。
「こりゃあ諦めろって事かね……」
全校生徒プラス外部からの来客数の中からたったひとりを探すだなんて、どだい無理な話なのかもしれない。
ため息を零しながら踵をかえして体育館を出る。外の空気の涼しさに、体育館がいかに熱気だっていたかを伺い知った。きっと長居したらゆでダコのようになっていただろう。
それにしても酷い演奏だった。いつだったか、小学生の時に和彦がやったロカビリーの真似事の方が何倍も上手かった。
と、同時に眉間にシワが寄った。
 
なぜだか無意識に、なにかにつけて花輪和彦を引き合いにだしてないかい、あたし?
 
なんでよ。
しかし自問自答する前に、自分にあっさりと白旗を上げた。
もういいじゃないの。認めちゃいなさいよ、彼が他の男子とは違うって事を。
それが異性として意識しているかはまだ分からないけれど、少なくとも、好印象を持っている事は認めよう。隣りを歩いていても嫌な気持ちにはならないし、話をしていても楽しい。
厄介なのは、もっと話していたいと思ってしまうことで?────。
 
「戻りました〜」
教室に戻ると、客足もまばらな喫茶店内は、少しずつ片付けられるところは片付け始めているようだった。というか完全に営業を終えていないのにいいのか、それは。
確かにシフトも最後の時間帯だし、裏方はほとんど片付けられているようだけれど。
「お疲れ様〜。さくらさん、これ終わったら後夜祭行くでしょ?」
模擬店までは強制参加の文化祭だが、後夜祭は自由だ。後夜祭では各部門ごとに審査員が点数をつけ、来客者数と合わせての成績発表もあるが、一年生である今年は箸にも棒にもかからない成績だと思っている。他に目玉はミス、ミスターコンぐらいのものか。
「ううん、行くかどうかはまだ決めてないんだ」
相手はいない。いつもの相手は男にとられてしまったし、未だに探している相手は見つけられない。
「あれ? さくらさんて、花輪クンと回るんじゃないの?」
「え? てか、全然約束してないし」
「そうなの? さっき来てった時に、これ渡しって言われたんだけど」
「……!」 
そう言いつつ渡されたメモ紙には、懐かしいミミズののったくったような悪筆の文字。
思わずうわ、と呟いて、両手で胸に引き寄せてしまった。
「早めに上がっていいからさ、行ってあげなよ」
待ってるんでしょ? と言われて、素直に頷いた。
 
風邪でもひいたみたいに身体が熱くて、くらくらしそう。抱いたメモ紙からドキドキの波が中に広がってくみたいに。
 
それから仕事が終わるまではどんな風に動いていたのか、正直記憶がなかった。
ただひとつだけ、和彦がももこを待っていてくれるという約束だけがすべてのようで。
 
 
 
『全部の仕事が終わったら、僕の携帯電話に連絡をして欲しい。
もしさくらクンが嫌ではなかったら、一緒に後夜祭菜を過ごさないかい?
携帯電話の番号は────……』
 
 
 
 
 了
 



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