ももこの出番はクラスの喫茶店だけではない。
所属している美術部の展示会で、持ち回りで監視員をする仕事もあるのだ。
 サッカー部の出店で焼きそばを買って美術準備室で腹ごしらえすると、先に監視員をしていた美術部員とバトンタッチだ。
「さくらさん、その恰好でやるの?」
「午後からもシフト入っちゃってて」
「まあ、王子様の格好よりはいいわ。そう言えばさ、聞いてよ! 午前中に本物の王子様が来て、さくらさんの事聞かれたのよね」
「それは……、どこの国のですかね?」
 展示場────に置かれた椅子に座りながら、キョトンと聞き返した。できれば石油王あたりに見初められて、楽をしたい人生である。
「いやねぇ、例えよ例え! でもね〜、メチャクチャ品が良くって背が高くて、カッコよかった」
「はぁ……」
カッコいいかは置いといて、自分が知り得る中でも品が良さげで背が高い自称王子様っぽい人物を思い浮かべた。
「その人があたしの事を?」
「うん。さくらももこクンは美術部に在籍してますかって」
ああ、確定だ。女の子をクン付けで呼ぶ知り合いは彼ぐらいしか思いつかない。
「たぶん、それ知り合い……」
「やっぱり? そうですよって答えたら、来ますかって聞いてくるから、午後から当番ですって」
「そこまで教えちゃったんですか?」
「ダメだった?」
ダメではない。ダメではないが、そうなると午後から和彦が来てしまう。たくさんの女子生徒を引きつれながらももこの仕事ぶりを見に来て、そして何がしたいのだろう。マリーアントワネットのように、まあ庶民って大変なんですのねとか言いたくてわざわざ来るのだろうか。果たしてマリーアントワネットがそんな事を言ったかは知らないが、あくまでイメージだ。
「じゃあ、当番お願いね」
頷きながらももこはぐるりと展示会場を眺める。
文化祭に向けて美術部員が取り組んだ作品達が居並ぶ空間。ある人は油絵を、ある人は石膏を、彫刻に陶芸。ジャンルは多岐に渡る。
その中には勿論ももこの絵もあって、しかし何を描こうか最後まで悩んだ作品だ。
この絵を見て、和彦はどう思ったのだろうか。
聞きたいような、怖いような。
────彼の目に、自分はどんな風に映っているのだろうか。
 
ももこから見た和彦は、中学時代の彼よりも大分大人に見えた。外見だけではなく、多分中身も環境に鍛えられているのが滲んでいる。実家から離れたこともプラスに働いているのだろう。
きっと今ももこが寮があるとは言え、実家から離れて暮らせと言われても即答で無理だと答える。堪える、耐えられないと思う。甘いのだ。
そう思うと、なんだか自分がちっぽけな人間に思えてくる。いや、花輪和彦という将来的にも約束された人間と並び立つだなんておこがましい話なのだけれど。

「おい、さくら」
「あ。なんだ、永沢が何さ」
物思いに耽っていたのを突然横からつつかれて、驚きつつも悟られないように返すと、永沢はやれやれという風にため息を吐いた。
「キミ、花輪クンが探していたよ」
え? 花輪クンが?」
またか。あんなに女の子達を侍らかせているのに、なぜ更にももこを探すのか。
「だって、他に女の子達いるじゃん」
「いや、いなかったね。彼ひとりで歩いている所に行きあって、さくらを見なかったら聞かれたんだけど」
「はあ?」
ますますわけがわからない。
────けれど、
「彼の携帯に連絡してみればいいじゃないか」
「携帯電話なんか、あたしが知るわけないじゃん」
そもそも 携帯電話を持ってる人間の方が少ないご時世だ。番号を知っててもどうやってかけたらいいのかわからない。
「ああ、そうかい。それじゃあ一生スレ違いだね」
「……」
それだけ言うと、永沢は美術室を出ていった。
一体なんだソレ。ただそれだけ言いたいがためにわざわざここまで来たのか。暇人か。それか気まぐれのお節介か。
 
────花輪クンが探していたよ。
 
「……だから、なにさ」
取り巻きの女の子たちはどうしたの。どうせなら一緒に回った方が楽しいじゃないのさ。それをしないでももこを探す意味がわからなくて────。
当番終了まではあと十五分。
ぎゅうっと拳を握りしめながら過ごしたその時間は、今まで体験した事がないぐらい長い十五分のような気がした。





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