いらっしゃいませ、と声を上げかけたももこは、来店してきた客を見てあからさまに顔を顰めた。
「そんな顔しないでよ、まるちゃん」
「ズバリあからさまでしょう!」
そりゃあ一緒に文化祭を回ろうと誘って断られた親友と、昔からの友人が揃って来店してくれば顔も渋くなるというものだ。
「せっかく可愛い格好してるのに、そんな顔したらダメじゃない」
「ご注文はキャラメルフラペチーノと黒酢ですねわかりました」
「まるちゃんったらぁ!」
さっさと空いている席に案内すると、一番値段が高いメニューと一番キワモノのメニューを勝手にオーダーした。そのぐらい受けてもらっても構わないだろう。
「だいたいさぁ、たまちゃんの相手が丸尾くんとか、それなんの冗談? ギャグ?」
「何気に失礼ではないでしょうか、さくらさん」
「そう言うんじゃないってば、もー!」
どんなに弁明されたとしても、ふたりでここに来ている以上はそうとしか捉えられない。
こっちなんて昔の同級生を押し付けられた挙句、その男にも振られてひとりだっていうのに!
「花輪クンは?」
「知らない。他の女子に囲まれてどっか行っちゃった」
「ええ? てっきり花輪クンはまるちゃんと回りたいんじゃないかって思ってたのに」
「待ってよ。どこをどうやったらそんな事になるのさ」
接客もそっちのけでふたりの席に椅子を追加して座り込んだ。まだ客足もまだらだったから、クラスメイトも大目に見てくれるようだ。
「遡れば、あれは夏休みの事でしょう」
口火を切ったのは末男の方だった。
 
夏休みに和彦にたまたま出会ったのは、まず最初に末男と長山だったという。
図書館で勉強中の場に突然現れた旧友は、少し驚いた顔をしながらもすぐに微笑みを浮かべた。
────キミ達ならここにいてもおかしくはないね。
和彦が図書館を訪れた理由はよく分からなかったが(なんでもその町の図書館の蔵書を見れば、経済状況などがわかるらしいことを言っていた)、とにかく三人はその後も喫茶店に入り近況を報告し合ったという。
そしてその場で更にはまじらとも合流し、翌日は和彦の都合も聞かずにボーリングに繰り出す事に。その中にはたまえも含めて何人か女子も混じっていて、楽しくプレイしながらたまえが和彦に聞かれたという。「さくらクンは来ないのかな?」と。
 
「だからてっきりあたし、花輪クンはまるちゃんの事を待ってると思ったんだけど……」
「そりゃあたまちゃん、きっと花輪クンの事だから、いつものメンバーにあたしがいないのが不思議だったってだけさ」
謎はすべて解けた。
どこぞの名探偵のような事を呟きつつ、ももこはトレーを片手に立ち上がった。おあつらえむきに客入りも多くなってきたところだ。
「そうかしら……?」
「そんなもんだよ」
それはたまえに言ったものなのか。
はたまた自分に言い聞かせたものなのか。
次第に忙しくなっていく喫茶店の業務に追われ、いつふたりが教室を出ていったかわからなかった。
そして午前中のシフトが終わって、ふと気づく。
 
ああ、あたし。誰とも約束してなかったな……。
 
寂しいわけじゃない。
あてもなくふらりと廊下を歩いていたら、対向側の誰かと肩がぶつかってたたらを踏んだ。
相手の顔も見ないでごめんなさい、と口の中で呟くと、ももこは財布の入ったポシェットを引き寄せながら再び歩を進めた。
 
 
 
みんなが浮き足立つ文化祭。
日常の中の非日常は、誰も彼をもかがやかせる。
ふわふわした空気に飛び交う囁き。
 
────けれども。
 
一瞬脳裏にチラついた笑顔を慌てて振り払う。今きっと、たくさんの女子とよろしくやってるはずだから。
本当は久しぶりに会えて、懐かしさがむず痒くて認めたくなかったけど、嬉しかったのに。可愛いって、お世辞でも言ってくれたのに。
今のももこは、たったひとりでたこ焼きを買っている────……。




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