「はっなわクーン!」
遠くからでも見つけられる長身に、ももこは思わず大きな声を上げて手を振った。それに気づいた彼もまた、抑えがちに手を振って応える。
 
実に中学以来、七ヶ月ぶりの再会だった。
 
 


 

 
 


 
中学までは地元清水の公立中学校に通っていた和彦であったが、高校からは都内の進学校に進路を進めたことによって、ももこや地元進学組の同級生とは袂を分けたのだ。
その和彦が高校に入って初めての夏休みに三日程清水に帰ってきた日。ももこはたまたま親戚の家に行っていなかったのだが、幾人かの同級生達が久しぶりに和彦と出会ったという。そして相変わらずの軽い外国人被れな様子だったということと、秋に文化祭があるから誘ってみたら来たいと言っていたと言う事を伝えてきた。
なんでわざわざももこにそれを言うのか。
だって仲良かっただろ、小学校ん時。
みなが口を揃えて言うふたりの間柄は「仲のいい幼馴染」である。
そうか、「仲良く」見えた「幼馴染」か。
「アイツもたまにしか帰って来れないみたいだけどさ、そん時くらい昔の仲間で楽しくやってやろーぜ!」
そんな事を言っていたはまじだが、お前こそ文化祭の実行委員で暇がないだろうと言いたい。言いたかったが、当日は本当にどこにいるか分からなかったから、ぶつけようにもぶつけられなかったももこである。
「キミが花輪クンを案内してやればいいじゃないか」
相変わらず責任は負いたくない永沢が言う。
「あたしだって、たまちゃんとかと回りたいよぉ」
「あ、まるちゃん……。ごめん、あたしね……」
「……! たまちゃんまで!」
そう、文化祭というイベントは恋の花が舞い散る期間でもあるのだ。
たまえも実を結ぶまでは行かないまでも、そんな誘いを受けているのなら仕方ない。親友としては内心ギリギリと歯噛みしながらも、表面上は優しく見守るとしたものだろう。相手はいつか炙り出してやる。
 

 

 
 
 
「そんなわけで、あたしが花輪クンの案内係を仰せつかったってわけ」
「オゥ……。青春だね、オーディエンスは」
「まったくだよ。何を好き好んで男子と付き合おうってんだか」
そんなももこは、端から男の子から男子に成長した同級生たちを蔑んでいた。それは中学に入り、思春期を迎えた頃から変わりない。
「────さくらクンは、相変わらず周りの男子が好ましくない様子だね」
隣りを歩きながら和彦が苦笑混じりに呟いた。
「あ、たこ焼き美味しそ〜」
「買ってあげようか」
「ううん、案内するって言っておきながらなんだけど、あたしこれからクラスのシフトで仕事あるからさ」
そう言いながらヒラリと一回転するももこの格好は膝上丈のミニスカメイド服である。チラリと見え隠れするパニエが目を眩しく、ニーハイソックスが作るいわゆる絶対領域は目のやり場に困るものだった。
「さ、さくらクンがそういう格好するのは、珍しいね」
「えへへ。馬子にも衣装でしょ? こういう機会じゃないと、こんなひらっひらの似合いそうにないやつ、着る機会ないじゃん!」
普段からこんな丈のスカートなんて履かない。ましてや夢みる乙女のふんわり仕様になんて、シラフでは絶対に着ないから。
改めて制服をマジマジと見られて恥ずかしくなったももこは、ぎこちなく視線を逸らした。
文化祭の雰囲気に呑まれて落としていた羞恥心を、思わずうっかり拾い上げてしまった。そうなるともう、「お客様」として外部からやってきた和彦の目にどのように自分が映っているのか気になるし、晒されるのが恥しくて頬に血が集まるのだ。
「可愛いよ、さくらクン」
「……そぉ?」
「勿論。キミは、昔からキュートだ」
「……」
よくもサラリと歯の浮くようなセリフを言えるものだ。
おずおずと視線を上げると、口元を緩めてる優しく微笑む彼の表情に息を飲んだ。
「シフトは何時からだい?」
「えっと、……十時」
「じゃああと少しだけ、この僕に付き合ってくれるかな、マドモアゼル?」
まるで芝居のように身振り手振りをつけて軽く屈んだ和彦に、ももこが思わず噴き出した時だ。

「花輪クン? 久しぶりね〜!」
 
そう言いながらわらわらと見馴れた女子生徒達が彼に群がってきたではないか。
ああ、そうだった。この気障でノリのいい男は、バックボーンも相まって女子に大人気だったっけ。
中学から持ち上がりが多いこの高校にも和彦の事を知っている生徒は多く、そうなれば懐かしさと下心で群がりたくなる気持ちもわかる。
「や、やぁレディ達」
「花輪クンがいなくて、高校も寂しいんだからぁ」
「そんなことはないだろう?」
「花輪クン、一緒に回りましょうよ」
「いや、僕は────」
突然の事態に言い淀む和彦に、ももこは助け舟を出す。
「いいよ、みんなと行っといでよ。あたしもこれから仕事だし」
「さ、さくらクン!」
呼び止める声を背中に聞きながら、ももこら踵をかえして足早にその場を去る。後ろの様子になんか、構っていられなかった。
 
これは助け舟だ。そう信じて疑ってはいけない。
振り返らない背後では、きっといつもと同じ柔和な笑顔で女子生徒達と会話をしている和彦がいるだろう。みんながきゃあきゃあと群がる理由が、さすがのももこにもわかった。
そっと胸に添えた右手をキツく握る。微かに震えていた。どうしよう……。
 
久しぶりに見た和彦は、中学卒業の頃に比べてこの短期間に更に背が高くなったように思う。見下ろされた感覚が違った。
そして優男でしかないとばかり思っていたのに、精悍な印象が強くなった。頼りになると感じさせられて、戸惑った。
昔はももこの方が和彦を引きずっていたのに。
「……参ったなぁ……」
粗野じゃない。行儀がいい分、他の男子とは完全に別の生き物のように感じる。こちらを気遣える心の余裕と、リードしてくれる逞しさが垣間見えた。
急に色気づいて目の色を変えていった他の同級生たちとの違いに、ももこ自身が戸惑って。それから。
それから────……。
 
そっと振り返った後ろには、すでに和彦と女子生徒達の姿がなくなってホッとした。
そしてホッとしたと同時に物凄く残念な気持ちになった自分には、気づかないふりを決め込んで蓋をすることにしたのだった。





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