夏は、濃い。 湿度も、 気温も、 汗も、 熱気と、 それから君とのお喋り。 ※ 「──だからあたしゃ、言ってやったのさ。そんなのアンタが悪いでしょって」 「ふぅむ……。確かにそうかもしれないね。しかし横から口を挟んで、いらない火種を抱えるものでもないかな」 ラムネ瓶の中のビー玉が涼やかな音を立てた。裏腹に表面には玉の汗が幾つも浮いて、まるで暑さに堪えた二人の額のようになっている。 そう、暑い。 普通にしていたらジリジリと脳天が焦がされるから、みつやでラムネを買っte そのままに軒先の陰でひと息つかせてもらっているのだ。 夏休み手前の最後の学校。いつもならヒデじいが迎えにくるところだが、今日は帰り道にみつやに寄ろうと決めていたから断った。自宅までの距離など歩いたって知れている。 「でもさ、はっきりさせたいじゃん」 「グレーの有用性は無視するのかな」 「あたしゃ性に合わないねぇ、白黒つけなきゃ」 変なところで江戸っ子気質が見え隠れするキミ。生まれも育ちも生粋の清水っ子だと豪語している癖に、時たま彼女はそうなる。 「ごちそーさま!」 「瓶、置いて置きます」 残りの液体をぐいっと飲み干した彼女につられて、和彦もラムネを煽る。普段こんなものは飲まないから喉の奥を強かに刺激する炭酸は少し痛いけれども、こんなにじっとりとした日には、このぐらいの爽快さが却って気持ちがよかった。 「そんでさ〜、アイツったら酷いんだよ!」 脈絡なく飛ぶ会話は自由自在。一度見失ったらたちまち迷子になってしまいそう。 跳ねて、 降って、 飛び散り、 「それは大変だったね、ハニー」 追いつくのがやっとなのに、そんな事を悟られたくなくて飄々とした態度をわざととる。変なところでプライドが出てしまうんだ。 キミの前なのに。 キミの前だから。 「あ〜ぁ、夏休みは何をしようかねぇ?」 憂鬱そうな声音も、 「プールは外せないね! 花輪クンも行くかい? あ、花輪クンの事だから別荘でも行ってプライベートビーチとかもあったりするんじゃないの?」 すぐにキラキラとした色をまとい、 「ていうか、長い休みの時はだいたい海外旅行だもんね。いいな〜、まる子も一度でいいから行ってみたいよ……」 夢見心地は虹色の音。 「ねぇ、どこに行くんだい?」 振り返る笑顔に弾んだ声。 キミが海外旅行に行く訳でもないのに、さては土産の菓子を想像しているのだろう。 「ベイビー、残念ながら今年は受験生だからね。せいぜいが三泊の予定で母がいるニューヨークに行くぐらいさ」 「どっちにしろ海外旅行に行くんじゃん!」 「おや。そう言われればそうかもしれないね、セニョリータ」 「この、お金持ち!いつかあたしも連れてってよね!」 「キミが望むならば、いつだって」 約束約束〜、なんて言いながら交わされた指切りげんまん。 触れた小指が、夏の暑さとは違う熱でじんわり熱い。 キミは海外旅行がいいと言うけれど、 そんな場所よりも本当は、キミの隣りで戯れていたい。 放射線のように降り注ぐ言葉のシャワーを浴びながら、 キミのお喋りという名のスコールを楽しむ以上の贅沢なんて、思いつかないからね。 ※ 夏は、恋。 今、キミの全てに恋している。 了 |