VOICE

手抜き短文だったけど何故か先生には好評でした

 部屋に独り。ふいにあなたの声が聞きたくなって。
 名簿を見て、こっそり携帯電話に登録したナンバーを呼び出す。少し迷ったけど、押してしまった通話ボタン。いざとなれば間違い電話でもなんでも装ってしまえばいい、そう思って。
 ここまでに必要なのはわずかな指の動きだけ。簡単なのに。
 耳に触れる機械から聞こえる呼び出し音。
 彼がいつも、ケイタイをバイブにしてるのを知っている。この間はそれで、「電話してもなかなか気付かない」って友達に苦笑混じりに怒られて、笑ってた。
 銀色の、少し古い型のケイタイ。今この瞬間それが震えているのは、彼の鞄の中だろうか、ポケットの中だろうか。それとも、もっと別の場所?
 短い時間にあれこれ考えて、想像して。だから油断していた。
「はい、もしもし」
 突然途切れた呼び出し音。間髪入れずに聞こえた彼の声。
 少し訝しげな声音。非通知設定でかけている正体不明の人物に対するものだから、当然か。
 それよりなにより。彼の声は予想以上に私を乱すようで。
 上昇する体温。
 加速する鼓動。
 おかげで何も言えなくなってしまう。
『スミマセン、マチガエマシタ。』
 そんな常套句すら出てこないこの状況。どうしよう。
「…モシモシ? 誰?」
 少し苛立った口調は、私をさらに焦らすのには充分。思わずそのまま電話を切った。
 しまった、これじゃただの悪戯電話。不審人物。ごめんなさい、と心の中で小さく謝った。
 彼の、低くて優しくて甘い声。
 それはみんな、今も彼の隣に居るのだろう、彼女のモノだから。
 せめてこれぐらいはいいよね、と自分の行動と不甲斐なさに言い訳をする。
 手のひらの中の携帯電話。つい先程までは確かに彼の声を伝えていてくれたそれは、今はただディスプレイに現在時刻を表示させるだけで、沈黙している。それも当然。
 ふう、と溜め息を吐き出す音が、独りの部屋には思いがけず大きく響く。
 そんな日曜の昼下がり。 

 

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