MONEY

ちゃんと全部書くとものすごい長編になるんだろう(希望)

「なあ拓也、占ってやるよ」
「…はあ?」
 親友の突然の申し出にいささか不機嫌な声で返したのは、畳に寝転がっていい感じにうとうとしていたところを邪魔されたからだ。
 しかし、おもいきり眉をしかめた俺の顔など、篤司は全くお構いなしのようで。そしてそんな彼のマイペースぶりを長い付き合いで知っているからこそ、俺は溜め息をつきつつ体を起こした。
「で、なんで占いなんだ」
「今テレビでやってたから」
「ふうん」
 俺は映りの悪い小さなテレビに視線を向けた。画面の左隅に白い数字で表示された時刻は午後四時十八分。中途半端な時間帯にふさわしく、顔も名前も知らない女性タレント数人が大騒ぎをしてるバラエティ番組が流れている。
 その隙にも篤司は鼻歌なんか歌いながら、どこから出したのか、手にしたトランプを器用に素早くきっていく。
「…うちにそんなモンあったっけ…」
「ああ、コレ?」
 くいっと、篤司は俺にトランプを掲げて見せた。裏面には赤を基調とした幾何学模様がプリントされた、どこにでもあるタイプ。
「ここに引っ越してきたときさあ、細々としたもん駅前の百円ショップで揃えたじゃん。そん時に目えついたから、ついでに買ってみた」
「じゃ、それ百円か」
「正確に言うとプラス消費税で百五円だけどね。イマドキの百円ショップは、なんでも置いてあるよなー」
 言いながらも、篤司の手は止まらない。カードをこれでもかというほどシャッフルし、古びてボロボロの畳の上に円形になるように何枚か並べる。
「まあ、それは置いといて。どうやって何を占うっていうんだ」
「だから、さっきテレビでやってたトランプ占いで、…明日の運勢を」
 そう言って篤司は唇の端を吊り上げ、にやりと笑った。それは不適な笑みというより、悪戯を思いついた少年がする表情に近かったから。
「…悪趣味だな、おまえも」
 負けじと俺も苦笑で返して、続ける。
「明日がどんだけ重要な日か、わかってんのか?」
「わかってるって。だからこそこうして占いを! …まあ見てなさい」
 楽しげな口調。鼻歌の続きが始まり、篤司の手がカードをさばいていく。裏返したり移動させたり、かと思えばひっくり返して重ねたり。目まぐるしい動きを追うことはとっくに諦めていた俺は、ぼんやりその光景を眺めていた。
「…おまえ、ソレさっきテレビで見たばっかっつったよな」
「ああ」
「見ただけで、そこまですらすらできるんだな。相変わらずすげえなあ」
「まあね、俺の得意技だから」
 篤司の記憶力の良さにはいつも感心する。今だって、でたらめにカードを並べているわけではない。テレビで流れた情報をすべて記憶し、頭にインプットしたうえでやっていることなのだ。 
 頭の回転も早く、中学・高校と成績はトップクラスだった篤司。そんな彼が大学に行くことも叶わず、俺なんかと古臭い六畳一間のアパートで細々と共同生活をしているのは、やはり納得できないものがあり、俺は社会に歯痒さを感じる。
「…おい拓也、聞いてんの?」
「あ、ああ、聞いてる聞いてる」
 上の空になりつつあった俺を引き戻し、篤司はこれが過去だのこれが願望だの前置きしてはカードをめくり、マークと数字の解釈をべらべらと喋る。
「そんで、これが」
 真ん中にぽつんと残されたカード。それを篤司の指先がちょん、と摘む。
「一番知りたがってることを表すんだってさ。つまり、俺たちの、明日」
 勿体つけるつもりかやけにゆっくり言って、篤司はカードをめくる。そこに現れたのは、ハートのクイーン。
 ひゅう、と篤司が口笛を吹く。
「すっげーな拓也、これ一番いいカードだよ。明日はばっちりだな!」
「はいはい」
 にこにこと満面の笑みを浮かべる篤司に対して、少々投げやりに相手をする。それでも篤司はまだ嬉しそうで、緊張感も何もないその様子に俺は半ば呆れて溜め息をついた。
「ま、どーせ信憑性もない占いだからあてにはしねえよ。篤司の腕で、しかもタロットとかならともかく百円のトランプだもんな」
 やれやれと立ち上がり、机の上に散らばっている紙の束に手を掛ける。明日の計画書をもういちど確認しておこうと思ったからだ。
「だからいいんじゃん」
 あっけらかんとした篤司の声。俺は文字と数字の羅列から目を離して、ああん?と小さく聞き返した。
「百円で俺の腕前で、そんで悪い結果が出てたら笑い飛ばせてたろ? でも占いの結果は良かった。明日の運勢、百円でラッキー買えたんだ。喜べよ」
 しばらくきょとん、としてしまった俺を、篤司は念を押すように見つめていた。やがておかしさがこみあげてきて、俺は咽の奥でくくっと笑った。
「なーに笑ってんだ」
「いや、とことん俺たちの人生って安上がりなんだな、と思って。明日の運命も百円か。そりゃいいや」
「そんなもんだろ? 俺たちの今までってさ」
 もう笑ってはいないが、穏やかな口調の篤司に頷く。
「安い人生だったさ。価値なんかなくて、どん底で。…だから、明日」
「…わかってる。明日、よろしくな、相棒」
「まかせとけ、親友」
 まっすぐにお互いの瞳を見て。けれどすぐに顔を緩め、声を上げて笑う。負の感情を吹き飛ばすかのように。
 篤司と同じ施設で育って、以来ずっと親友として側にいた。俺の苦しみを一番理解してるのは篤司だし、篤司の苦しみを一番理解しているのは俺だという自信がある。
 道を外れた利己的な行為であることは十分にわかっている。けれど俺も篤司もそれが歯止めにならないほど追い詰められていたし、俺立ち成りのれっきとした理由もあった。他人にはわからない、語ることのない理由が。俺たちにはそれだけ揃えば充分だった。
 
 青木拓也と新堂篤司。
 十六時間後には銀行強盗という犯罪を犯す予定の彼らは、今は笑って明日のことを話していた。 
 大金を手にする、しかしたった百円の価値の幸運が待つ日のことを。
 
 運命の日は、明日。 

 

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