ちいさなことからはじめます

今ドキこんなん少女漫画にもなさそうだ…(汗)

 体育祭企画委員なんて体のいい雑用係か、もしくは連絡係だと、倉田詩織は心の中でこっそり溜め息をついた。
 仕事と言えばクラスメートそれぞれの種目を決めたり、生徒会で提案された企画をクラスに持ち帰り伝えることぐらい。ただの下っ端で、名前が大袈裟な割には何の実権もなく、細々とした仕事が多いせいで拘束時間だけはやたら長いこの役職は毎年誰もやりたがらない。詩織の居る2年B組では、何の役員でも委員でもない者でくじ引きをして決めたくらいだ。そしてそれで、詩織は見事当たりを引いてしまったのだ。
 そのうえ相方がこれでは…と、詩織はちらりと視線を正面に向けた。彼は全く気づくことなく、黙々と机上のプリントを睨みつつペンを動かしている。
 男子の間で、同じくくじ引きで決められたそうな体育祭企画委員のもう一人、泉智一。小柄な詩織とは正反対で、身長百八十センチと大柄な彼はいつも無口で、無愛想で、ぶっきらぼうで。特に男友達も居なくて、普段男子とあまり話すこともない詩織にとってなんとなく怖い人、というイメージがある。
 だから、放課後の教室に二人で残って、体育祭の希望種目のクラスアンケートを集計している最中という今に、詩織は居心地の悪さを感じていた。
「…やっぱ楽なのに集中しやがんな…」
「うん、そだね」
 ぼそりと漏らされた呟きはまるで独り言のようだったけれど、一応相槌を打っておく。智一はプリントの束から視線を上げようとはしないし、ペンを持つ手も止まらないから、詩織も作業を再開させることにする。自分は暇な茶道部だからいいけど、智一は剣道部なのに部活に行くのを遅らせてまでこうやって真面目に仕事をしているのだから、悪い人ではないんだけどな、なんて思いながら。
 しばらくはペンの走る音と、時折紙をめくる乾いた音だけが教室内には存在していた。遠くには、蝉の鳴き声に混じって部活中の生徒のかけ声や歓声、吹奏楽部の奏でる雑多な楽器の音色が。
「…倉田がピアスって、なんか不釣合いだよな」
 のどかな雰囲気になっていたところで、ふいに話掛けられて。あまりに唐突な事態に詩織はすぐに言葉を返すことができなかった。こんな風に普通の話題を振られることは無いだろうと思っていたし、まして自分のピアスのことを聞かれるなんて。
「えっと、泉。それは…嫌味?」
「あ、ごめ、違う。倉田は他のやつらと違って、なんか極端じゃないって言うか…」
 最後の辺りはしどろもどろになって、しまいにはあー、とうめいて頭をわしわし掻き乱して黙り込んでしまった。うまく言い表せない様子の智一に、だけど彼の言いたいことはなんとなくわかった。
 詩織は比較的おとなしめな女の子、の部類に入る。行事にも、今回のようなくじ引きでない限りはそこまで積極的に参加しようと思わないし、目立つことは苦手だ。そんな詩織の両耳にひとつづつ飾られている、ピアス。
 いくら詩織の通うこの早瀬高校が自由な校風で、生徒のピアスを許可しているといえどピアスをしている生徒はそんなに多くない。そしてその多くない生徒は大概にして行動からして目立つ、華やかな人間なのだ。
 智一はまだ困っている風で、初めて見る彼のそんな様子に詩織はふと口元を緩める。いつもは男友達と居てもあまり喋っていないような彼が、珍しくこうして話掛けてくれたのだから、自分もつられて饒舌になってみようかと、口を開いた。
「私のはね、消去法なの」
「消去法?」
「そう、女の子だもん、やっぱアクセサリーしたいさ。でも、どうも私あの、首とか腕とかに纏わりつく感じが駄目で。…だから腕時計もしないんだけど。だったらピアスだと全然違和感なくていいよって言われたから」
「誰に」
「母さんと姉さん。そう、その二人が先にピアスあけてたってこともあって、高校入ってすぐあけたんだよね…。うん、でもいいよピアス。時々付けてること忘れちゃうくらいだもん」
「…だから、無くなっても気がつかないのか?」
「えっ?」
 言われて、咄嗟に両の耳たぶに触れる。右はすぐに丸くて堅い感触を確かめられたけれど、左はいつまでたっても柔らかい感触しかない。
「うそ、ほんとに無い…。どこで失くしたんだろ…」
 今日していたのは、様々な色合いの青色がマーブリング模様を描いている、直径五ミリにも満たない小さなガラスの球体がついたピアスだ。まだファーストピアスのはずれないうちに初めて母親に買ってもらったもので、大切なお気に入りのピアスだった。
「ホラ」
 耳たぶを押さえてうろたえる詩織に突き出された智一の手のひらの上。そこにのっかっている物はまさに、今詩織が捜し求めようとしていたピアス。
「これだろ?」
「う、うん、それ! どこにあったの?」
「クラスの前の廊下に落ちてた」
「そっか、…ありがとう。ホントにありがとう! …でも、よく私のだってわかったね」
「…よく見てるから」
「…え?」
 やけに真剣な響きのある口調にどきりとする。言葉の意味をどうとっていいのかわからなくて、もどかしさに受け取った片方のピアスを握り締めると、キャッチ部分を無くしたピアスが手のひらの柔らかい皮膚に食い込んでわずかな痛みをもたらした。
「…俺のぶんは集計は終わったから、もう部活行くな」
「あ、うん」
 智一はばさばさと荒い手つきでプリントをまとめると、派手な音をたてて椅子から立ち上がる。鞄を抱えて背を向けるまでの間、終始智一はうつむいていたから、詩織は彼の表情を読み取ることができなかった。けれど、去り際。ぴたりとその足が止まって。
「…言っとくけど、そういう意味だから。心のどっかにでもとめとけ」
 言い終わってから、智一は足早に教室から出て行った。一度も振り返ることはなかったけど、彼の耳とわずかに見える頬が真っ赤になっていたことに、詩織は気づいてしまった。
 そして一人残された詩織も、なんだかよく回らない頭で智一の台詞を反芻しながら顔を赤くし、痛むのもかまわずピアスの収まった右の拳に更に力をこめるのだった。
 智一は無愛想なのではなく、不器用なだけだということを詩織が思い知ること、そしてその不器用さを、智一の隣で微笑で受け流すことすらできるようになるのは、もう少し先のこと。

 

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