オレは振り返らない
(オレは振り返る)
いつでも捨てれるように
(いつでも追い縋れるように)
簡単に捨てられるように
(力ずくでも振り向かせれるように)
お家に帰ろう
「じゃ、ね。」
「ああ。じゃあな。」
分かれ道。右はカカシの家へと続く道。左はオレの家へと続く道。
いつもこの岐路でカカシと別れる時、人生の岐路に立つような感じがする。
オレは寂しくなってカカシの細い左手首を掴んだ。
「…何?」
「いや、名残惜しいなー、と。」
数秒掴んであっさりと離したそれは予想以上にオレの手に温度を移した。
つれない恋人は離された左手首を見てちょっと笑った。
「明日また会えるよ。」
わかってるよ。
それでも、あんたのその瞳が伏せられる度にオレは不安になる。
「ああ。」
サスケに触れられた左手首がひどく熱を帯びている気がした。自分の血色の悪い手首に名残を見つけるように視線を下ろし、しょぼくれているであろう恋人の顔を思って少し笑った。
「明日また会えるよ。」
お前かオレが心変わりしなければ。
そんなことを考える自分が空しくて思わず視線を伏せた。
サスケが不安なのはわかるんだ。
傍にいたいっていう気持ちも嬉しい。
でも、傍にいて、もしそれが当たり前のようになってしまったら?
もし失えない存在になってしまったら?
怖いね。
きっとお前がオレを捨てるときに笑っていられなくなってしまうよ。
つ、とサスケがオレの前髪に触れた。
「ん?」
小首を傾げてみると少し赤くなったサスケは言った。
「明日も絶対、会うからな。」
妙な所で聡いサスケはオレの前髪をつん、と引っ張りながらこちらを見た。
「絶対だからな。」
うん。優しいね、サスケ。大好きだよ。
そんな稚拙な言葉でさえオレは気を許してしまいそうになる。こんなオレは、まるで砂の城だ。
『家においで』。そう言ってお前を安心させてあげたいんだ、本当は。
オレも、もっと傍にいたいんだ。
それでも、いつかの苦しみを思い出すと自然と足は岐路へと向かってしまった。
霞むような優しい笑顔に胸がざわついた。
あんた、迷ってるだろう?不安なんだろう?
知ってるよ。会うたびにこれが最後だっていうみたいな表情してキスすることだって。
オレがいなくなることが不安でしかたないんだろう?
馬鹿だな、そんなことありえはしないのに。
手放す気持ちなんてこれっぽちもないんだから。
あんたの不安をどうにかして取り去ってやりたい。
「じゃ、ね。」
そんな逡巡をしている間にもカカシは背を向ける。残り香さえ残さずに。
いつものように。
いつものように背を向ける。そしていつも通りの帰り道を睨む。オレは右へ、サスケは左へ。どうかこの砂の城が崩れる前に帰らなきゃ。サスケ、何も言うなよ
。もうオレは心底想った相手がいなくなった時の瞬間を味わいたくないんだ。
好きだよ、サスケ。だから、どうかオレを捕らえないでくれ。
カカシの細い影がオレのシャツに伸びる。
いつも通り、このまま終わるのか?
このままずっとこの関係なのか?あんたを苦しめたまま。
そんなの、絶対に、ダメだ。
「愛してる。」
本当に、思わずそんな言葉が出た。
「愛してる。」
いともたやすく背中に投げかけられた言葉。
驚いて振り返った瞬間、こっちに向かって走る姿が見えた。
ああ、オレの砂の城は簡単に、お前の一言で崩れ去ってしまった。
バカ。バカサスケ。どうしてくれるんだ。
サスケの愚かにも甘い言葉を罵った。
それでも、顔を赤くしながら走るサスケを見た途端、そんな考えも、自分の自己防衛の本能も吹き飛んでしまった。
オレは気がつけばでかい図体でつっこんできたサスケを抱きとめて、その暖かい背中に手を回していた。
影が重なる。
オレはサスケに手をさし伸ばし、言った。
「おいで、サスケ。」
お家に帰ろう。
やっとさし伸ばされた白い手はひどく冷たくてオレの体温と混ざるのがわかった。
離さないよ。やっと居場所を見つけたんだ。
さぁ、お家に帰ろう。
オレは振り返る
きっと追いかけてくれるから
その姿を抱きとめられるように
オレは振り返る
そして帰ろう
二人であの家へ
『お家に帰ろう』