僕を欺くあなたの唇

偽りの甘い唇

紡ぎだされる赤い嘘



 Liar



あんたの優しい言葉や甘い囁きが遠い誰かのものなんだって、知ってる。あんたがオレだけに見せるあの透き通った視線も差し延ばした真っ白な手も、全てオレを通り越したものなんだって、昔から知ってる。
オレの髪を梳きながら誰を思ってる?
オレの腕に抱かれながら誰を感じてる?

オレがあの時言った言葉をあんたは悲しい顔で微笑んで受け止めてくれた。
あんたは卑怯だ。
オレの中に誰かを捜し求めようとして一緒にいるんだからな。
そして、その事を知っててあんたに告白したオレもまた、卑怯だ。


深夜に喉の渇きで目が覚めた。
重い上半身を億劫ながらも起こすと、鈍い痛みが頭を揺さぶって思わず呻き声をもらした。
ちらりと隣に眠る人を見ると、神経質そうに睫が微かに揺れただけだった。
その薄い瞼に触れる位に口づける。

喉が焼けるように痛んだ。

「っつ…」

そうだ、水を飲まなくては。妙に汗ばんだ手のひらをシーツにこすりつける。
ひどく喉が渇いた。

きしむベッドから立ち上がろうとした瞬間、痛いほどの力で腕を掴まれ後ろへ引かれた。

「カカ…」

「また、オレを置いて行くの?」

 切羽詰った、震えた声だった。だけどそれは押し殺した叫びにも、聞こえた。
カカシが濁ったような、傷ついた動物の目でオレを見上げる。腕を掴んだ手のひらは汗ばんでて、ひどく冷たい。オレは喉の焼けるような痛みを堪えて、カカシの耳元で囁いた。偽りの恋人の言葉を。赤い嘘を。

「大丈夫、ここにいる。」

そう、オレはここにいる。

カカシは泣きそうな顔をして笑ったあと、キスをねだった。
オレはカカシの思うままにキスをしてやる。
噛み付くようなキスだったので唇が千切れてしまうんじゃないかと思った。
カカシの長い指がゆっくりとオレの髪の毛をかき混ぜる。その手の動きがあまりにも自然で、愛しげで、オレは泣きそうになった。

キスをしているカカシの唇は苦くて、甘さもカカシの匂いもかき消してしまうような強い酒の味がした。

しばらくキスをしているとカカシがふっと力を抜いた気配がした。見ると、恍惚とした表情で泣きながら眠っていた。
カカシは酒を飲んだあとはこうしてオレと誰かを間違えた。けれど次の日にはそのことを覚えていて必ず、「ごめんね。」と小さく謝るのだった。

謝ってもまた、カカシは酒を飲み、オレと違う誰かとキスをする。
あの「ごめんね。」は予告なのかオレに対する罪悪なのかはわからない。それとも両方なのか。

カカシとオレはそれでも一緒にいる。ときに互いに愛の言葉を囁きあう。
カカシは青く透き通った目をしてオレを見る。そして小さく囁くのだ。

「サスケのことが、好きだよ。」

オレはそれを聞くたび、喉が焼けるように痛んで泣きそうになる。取りすがって揺さぶって真実を吐かせたくなる。嘘吐きと罵って殴りたくなる。
どうして、そんな透き通った瞳でオレに平気でそんな事を言うんだ。嘘吐き、卑怯者。

それでもオレはその真っ赤な、血のような嘘に酔いしれることしかできない。そう、オレはカカシの手の中で、カカシの思うまま踊ってやるのだ。
そうすることによってカカシはきっとオレに少なからずの罪悪感を感じてくれる。それでいい。オレはあんたの棘になりたいんだ。

オレの存在が誰かのものなのだったのならオレは多少なりともあんたの心の片隅にひっかかるような、消化不良の棘になりたい。
そのことでオレもあんたも苦しみ傷つけあうようなものだったとしても、オレは幸福だ。

 ぐったりとしたカカシをベッドに横たえてむき出しの白い腕と肩にシーツをかけてやった。カカシの白い手が隠れる。オレを翻弄させる冷たい手が。

スプリングを軋ませて冷えた台所に素足で歩いていく。喉が、ひどく渇く。

朝起きると喉にかきむしった後が残っている時がある。そんな日は必ず隣にカカシが寝ている。
蛇口をひねって細かい泡の浮く水に口をつける。夢中になってそれを飲み干した。
それでも渇きは収まらないので流れる気泡だらけの水に直に口をつけた。

するとカカシとキスをした時に傷つけたのだろう、唇の端が水にしみてひどく痛んだ。
唇にそっと触れる。

 「痛い。」

 顎を伝う水をぬぐいもせずにつぶやくと、視界が滲んだ。
もう一度同じ言葉を呟くと涙がこぼれそうになったので台所の白けた蛍光灯を睨んだ。

 何度も嘘をつき、何度も嘘を呑み込んだ喉が焼けるように痛む。

 喉の渇きは、おさまらない。

 


愛しい嘘吐きの赤い唇

嘘しか言わないあなたの唇

 
どうせ騙すなら上手に騙して

 
僕が死ぬまで

あなたが死ぬまで

 

 

 

 

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