幸せに定義はありますか?



 

 
 幸福論




 

 カカシとのセックスにはどこか、いつも物悲しさが付きまとう。

どんなに快楽にしがみついたとしても、カカシの一言で途端、悲しみにすりかわるのだ。

 

『ごめんね…』

その一言で。

 

 

熱に浮かされたようにオレの背中をなぞる白い手。熱をもった体にカカシのその冷たい手は心地よくてうっとりする。この、背中を這い回る白い綺麗な手が今は自分のものだけなのだと思い描くと、それだけでオレはいきそうになってしまう。

ぐっと細い腰に手を添え、己の腰に引き寄せれば苦痛に耐えるような泣き声をあげ、仰け反る白い喉笛が汗に濡れて目に眩しかった。

闇夜にぼんやりと濡れて浮かび上がる白い鎖骨。普段では考えられないような無防備さに下半身が脈打った。

噛み千切ったら、さぞかし綺麗な濃い赤が飛び散るんだろうな。

白と赤の原色のコントラスト。

カカシの血は舐めたら甘そうだ。

そんな甘い幻惑に誘われて細く浮き出た鎖骨に噛み付いた。

 

「っあ!」

 

不意打ちの攻撃に掠れて湿った声が上がった。

やばい、だめだ。

 

「ごめん、オレ、もう…余裕ない」

 

そう低い声でカカシの肌に唇を触れながら囁けばひくりとカカシの体が震えた。

ぐっと更に腰を押し付けると息を呑む音が聞こえる。その表情、たまんねぇ。

恥ずかしいことに、オレはここら辺から夢中になって我を忘れてしまうのだった。

そして絶頂を迎える瞬間、背中に立てられた爪の痛みに一瞬だけ我にかえる。

目に飛び込んでくるのは顰められた眉、赤く濡れた唇の微かな動き。

その時に、聞いてしまうのだ。快楽の喘ぎの中、たった一言洩らされる悲痛な呟き。

 

「ごめんね…」

 

無意識の懺悔。

 

あっと思う間もなく、一際きつく中で締め付けられオレは気持ちよくカカシの中で射精した。

快楽の中、燻るような当惑と悲しみだけを残して。

 

(どうしてあんたはあんな事を言うんだ。)

 

 

『ごめんね…』

なぜかその言葉の理由は聞いてはいけないような気がした。

それこそ最初の方はカカシがこの行為に対する罪悪感からの言葉だと思っていた。14歳差、元部下で男。カカシが悩まされるのは当然のような気もした。

だが、回数を重ねるうちにその言葉が行為自体に対するものではなく、オレに対しての懺悔だと伺いしることができた。

なぜあんたはオレに懺悔する?

聞いてはいけない気がする。

だが、やっと過去に縛られていたあんたを手に入れたというのに、オレだけが幸せであんただけが悲しみを背負っていたら割りに合わない。あんたはきっとそれでもいいと言うのだろうが、オレは納得しない。無鉄砲なガキだからな。

そう、ガキの我侭で聞いてみよう。それがいい。

だけどもし、理由を聞いてあんたを傷つけることになったとしたら…その時はオレがあんたの傷を全身全霊癒してやるから心配無用だ。

 

そして今、カカシは目の前にいる。

例によって例のごとくいかがわしい本がカカシの綺麗な白い手に図々しくも居座っている。

カサリと乾いた音をさせて、ページを撫ぜる動きが昨日の情事を思い出させてオレは思わずその動きを異様な位凝視してしまった。

 

「手に穴があく。」

「え」

 

ポツリと呟かれた言葉にはっとして顔を上げるとおもしろそうにこちらを見るカカシの瞳とかちあった。

 

「何みてんのさ。」

 

きゅっと猫のように笑う唇にオレはいつもキスしたくなる。

 

「昨日のこと思い出して。」

 

素直にそういうとカカシは「バカ」と言ってオレの鼻を指先で弾いた。

くすくすと密やかな笑い声が耳を撫ぜる。

そんな声にですら心を奪われて聞き入ってしまいそうになる。

だがしかし、オレにはやらねばならないことがあるのだ。

オレは覚悟を決めてきゅっとカカシの方に向き直ると、本題を切り出した。

 

「あんた、セックスの時にいつもオレに謝るよな。ごめんね…って。」

 

カカシの動きが止まる。

ゆっくりと顔をあげると銀色の睫の下から悲しげにこちらを見る蒼い瞳を見つけてしまった。

 

「どうしてそんなこと聞くの?」

「どうしてって…オレはあんたにいつも幸せでいて欲しい。」

誰よりも。

 

オレはカカシの悲しそうな瞳から視線を逸らさないように必死になった。

つ、とカカシから視線を下ろした。自分の指先を見ている。

昨日の夜とは正反対の血色の悪い唇が動く。

 

「オレは、お前を幸せにしてやれないからだよ。」

 

そっと、でもこともなげに呟かれた言葉にオレは心底驚いた。

 

「あんた、何言ってるんだ。」

「何ってサスケ、お前の悲願は一族の復興にあっただろう?悪いけど、どんなにオレが願ったとしてもオレにはサスケの子供は産めないんだよ。だから、幸せにできない。」

 

口の端だけをくっとあげて自嘲気味に笑うカカシはそれでも異様なほどに綺麗でオレの五感すら奪ってしまいそうだった。

だけど、今はその愚かな考えをすぐにでもぶち壊してやりたいと思った。

 

「なぁ、カカシ。確かに世間一般的には家族があったほうが幸せって思われてるんだろうな。だけど好きでもない女に子供産ませて、一番好きなあんたを置いて家族を作ったとしてもオレはそれこそ不幸だ。」

「でもオレは」

 

言いよどむカカシからオレはやっぱり視線を逸らすことはしなかった。

誰よりもあんたにわかって欲しいんだ。

 

「バカだな、あんた。オレは別にあんたに幸せにしてもらいたいわけじゃないんだよ。オレがあんたを、幸せにしてやりたいんだよ。」

 

「サスケ…」

 

戸惑いがちに瞳が揺れる。そんな表情がひどく幼げでオレはカカシに安心するように笑いかけた。

 

「あんたが傍にいて、オレのこと幸せにしてやれないとなんとか言って悩んでる。俺はそれだけでバカみたいに幸せになれる。あんたがオレのことを好きなようにオレもあんたのことが好き。ただ、それだけでいいじゃないか。常識なんかオレたちの間じゃ必要ない。そう、幸せに定義なんかありはしないんだからな。」

 

見開かれたカカシの蒼い瞳がガラスみたいだ。

オレは一気にそう言うと呆けたように開かれていた薄い唇に軽くキスをしてやった。

 

軽く触れられた唇をそっと離してカカシの表情を伺い見ると、カカシが困ったように、けど花のように笑っていた。

 

「お前、強くなったね。」

 

そう言って、ひどく幸せそうにまたカカシは笑った。

それだよ、その笑顔。

オレはその笑顔で何度となく幸せになれるんだ。

あんたの幸せがオレの幸せなんだ。

 

 

 

 

再度質問をします。

幸せに定義はありますか?

 

そんなもの、僕らの間にはありません。

ただあるのは

世論に惑わされない幸福論

限定されない君と僕とだけの幸福論のみです。

 

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