今までの常識を想いを

全てを覆すようなキスを

生まれて初めてしてしまった


 炭酸ラバーズ  大人編

サスケとの初めてのキスは、色んな意味で俺を打ちのめした。

 

その日は先生の命日だった。
どうせ今日もサスケは熱心に俺の家へ来るとわかっていたのだけれど、今日だけは先生の傍にいなくてはならなかった。否、どうしてもいたかった。
俺は里を一望できる、かつて先生が愛してやまなかった場所へと腰を下ろした。

先生が死を賭して守った里を見ながら、俺は答えのない呼びかけをした。

 先生、先生はいつもこの場所で俺たちを見ていたね。
今ここには先生の形だけを模した岩しかないよ。

先生はいないのにね。

 

空を仰げばフラッシュバックするように先生の笑顔が次から次へと洪水のように溢れ出してきた。 

 

『カカシ。』

そして俺の名前を呼ぶあの声。

 

あの声が俺の名を呼ぶ度、ただもうそれだけで涙が出る位幸せだった。
だけどもう、あの声が俺の名を呼んでくれるのを二度と聞くことはできない。

先生、貴方が呼んでくれなければこの名前に意味はないのに。
本当に俺の名前を呼んでくれたのは貴方しかいないのに。

貴方のいないこの世界では、俺の存在は、独りだ。

 

ああ先生、すごく寂しい。たまらなく貴方に会いたいんだ。

 

いつか先生は言ったね、こんな俺にも先生と同じように俺を愛し、この名前を呼んでくれる人が現れるって。
でも俺は、最後にもう一度だけでいいから貴方にこの名前を呼んで欲しかったんだ。

 

俺の愛したあの声で。
もう一度、

「カカシ。」

はっとした。気配すら感じなかった。
走り回ったのだろう、少し息の切れたサスケが俺の名を呼んだ。
かつて先生がそうしてくれたように。

俺は後ろを振り返ることができなかった。

「あんた、こんなところにいたのか。」

 不機嫌そうな低い声に我にかえり、自分がなぜここにいるのかをリアルに思い出した。
今日はあの人が死んだ日。死んで、燃やされて、真っ白な骨だけになってしまった日。
俺は先生が死んでいった時の温度や、燃やされて逝った時の先生と同じ目をした青空に昇る煙やらを、生々しく思いだした。

そして最後に、先生が自分を呼ぶときのあの笑顔と、命が離れる寸前の自分を呼ぶ声を思い出した。

 「カカシ。」

 サスケの声が重なって、先生の声がかき消された。
今を強く生きている者と、俺の過去の幻想の声。

そう、生きている者の前では過去の者は幻想でしかありえないのだ。
生の前に薄れる死。

俺はその事実にむしょうに悲しくなった。


「先生は、死んだんだ。」


あの日、あの晩、あの場所で。
現実を認めようとしない自分に何度も何度も言い聞かせた言葉を声に出して呟いた。

サスケの、息を呑む音がした。

 先生のことを忘れたくない、先生の死を認めたくない。何年たってもこの悲しみを引きずり生きてきた。耐え切れない。
それでも俺は前に進まなくてはいけない。先生が生きろと言ったから。
なんてひどい、なんて悲しい最後の命令。

俺は先生が死んだ日のような、先生の抜けるような青い眼に似た青空を見上げて、涙をこぼさずに、嗚咽を殺して泣いた。

 

先生のこと、忘れたくないのに。 

 

ふと目の前が翳った。
サスケの、まだ幼くて暖かい子供の体温が、指を伝って俺の額に触れる。
稚拙な、それでいて優しい仕草で髪をかきあげられた。俺はこれには本当に驚いたので思わず顔をあげてしまった。
目の前には少年のひどく整った、やけに大人びた表情。
黒髪が頬を掠める。


そして軽く、本当に軽く、少し湿った暖かい唇が俺の乾いた冷たい唇に、触れた。


一瞬の出来事だった。

俺の唇がサスケの唇に触れた瞬間、何かひどく痛いような甘いような痺れが背中を駆け抜けた。
なんて、痛い。
脳まで痺れそうだ。

 

サスケは自分からした行為だというのにひどく取り乱して俺から飛びのいて姿を消してしまった。
俺はといえば、麻痺したようにそのかっこうのまま動くことができなかった。 

この痺れ。

どんな人間とキスをしたときも、先生とふざけてキスしたときをも凌ぐ痺れだった。
サスケが行ってしまってからも俺はキスされた時と同じ体勢で呆然と空を仰いでいた。

どんな瞬間も忘れたことなんてなかったのに。たとえ少しづつ薄れていったとしてしまっても。
あの声だけは覚えていたのに。
それなのにあの瞬間だけ、全てが吹き飛んでしまった。 

まだ体が微かに痺れを残していた。
そっと唇に触れてみる。

もうサスケの温もりは残っていなかったけれど、仄かな甘さと痺れだけは抜けてくれなかった。

先生、現れたのかもしれない。
俺の名前をもう一度呼んでくれる人が。

目を閉じて俺を呼ぶ愛しい声を思い起こそうとした。

 

「カカシ。」

 

まだ少し幼さが残る低い声。
そこに、先生の声は聞くことはなかった。

 

 

<俺はこの全てを覆されるような衝撃によって、確かな何かを確信したのだった。>

 

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