何もなくて良いだろうか。
在り来たりな台詞を並べてみたって、たかが知れてるけれど。
何もなくて良いだろうか。
あるのは、余りある愛くらいだけれど。
僕をあなたに
「誕生日、何か欲しいもんあるか?」
9月8日の朝、起きて居間に行くなり突然聞かれた。勿論、サスケに。
寝ぼけていたから深くは考えなかったけど、確かにそう言っていた。
その日は任務に赴くとかで朝早くから準備していたサスケは、俺が起きて来るのを
待っていたらしい。
だから俺に言いたいことだけ言うと、「考えておいてくれ」と言い残して家を出て
いってしまった。
…来週だったんだ、俺の誕生日。
今更ながらに気付いて、ぼんやりした頭で壁に掛かったカレンダーを眺めた。ちなみ
にそのカレンダーは、サスケが我が家に持ち込んだものだ。そういう所が何とも律義
でサスケらしい。
思わず、口元を緩めた。
来週、9月15日。
何歳になるんだっけ…あぁ、29だ。サスケと14違いだから。
自分の歳を覚えてなくて、サスケの歳から計算するなんて。だいぶ毒されてる。
「はぁ…」
諦めと、充足感と、いろんなものが混じり合った溜息をついて、サスケが入れていっ
てくれたコーヒーに口をつける。
「苦・・・」
いつもより苦く感じたその液体を、甘く満たされた気持ちで飲み干した。
景色の緑が眩しい。陽光が木漏れ日を作っては、それが後方へ弾け飛ぶ。
新鮮な空気を吸い込みながら、しかし考えていたのは一週間後のことだった。
誕生日、何すれば良いかなんて解んねぇよ・・・。どうすりゃ良いんだ・・・。
今まで考えるのに費やした時間は、三ヶ月。当日は、たったの24時間。
・・・割に合わねぇ。
解ってるんだ、そんなことは。俺の想いはいつだって割に合わない。それが快感でも
ある。
末期だ。死んどけ、自分。
・・・いや、死ぬわけにはいかない。
明後日は、カカシの誕生日なんだ。29回目の、記念すべき日。
馬鹿みたいに混乱する頭をいくら絞ったところで、良い考えになんて辿り着けそうも
ないけれど。
俺の倍の月日を過ごして来たあんたに、今までで一番の時間を送ってやりたい。
自惚れなんかじゃなく、実際に。俺は、そう決意した。
「何か、欲しいもんあるか?」
だから聞いたんだ、誕生日の一週間前である今朝。
キョトンとした顔をしてこちらを見たカカシに軽く口付けて、俺はカカシの家を後に
した。
本当は、聞かなくてもよかったんじゃないかとも思った。
カカシの誕生日は、俺が計画たてて実行して、それでカカシに喜んでもらえれば良
い。
あるいは、自信が無かったんじゃないのか?喜んでもらえるだけの自信が。
「・・・んなわけあるか」
一人呟いて、俺は任務先への道を急いだ。
「ん?」
微かな気配がして、寝ていた身体を起こした。
まだ遠いけれど、それは確実に近付いて来る。
外はそろそろ薄暗くて、太陽は西の地平へと沈みかけている。
起き上がって窓の縁に手をかけると、西日をもろに受けた。・・・眩しい。
懐かしい、一週間振りの気配がやってくる。
あの、嘘吐き野郎。三日間って言ってたのに・・・。
今日は何日だ、馬鹿。
「・・・ったく」
同じ仕事柄、任務の延長なんてざらにあることくらい知っている。
でもサスケのレベルの任務だったら、本人の失態が原因であることがほとんどだ。
カレンダーの日付は、もう9月14日だった。
どうして遅れたかくらいは、言ってもらわないと。
もう家の前に来ているであろうサスケを迎えに、俺は玄関へと足を運んだ。
「よく・・・解ったな」
ドアを開けてみるとそこには、花束を肩に担いで立っているサスケがいた。予期して
いなかったのか、驚いた顔で俺を見上げる。手の中には、いっぱいの、バラの花束。
入ろうかどうか迷っていたらしく、目が泳いでるのが見えた。
「サスケ・・・?」
「悪かった、ごめん・・・任務、延ばして・・・」
こういうことは、天然だから出来るのかもしれない。ドアの向こうで決まり悪そうに
花束を掲げる俺の肩までの身長に、見惚れてしまった。バラが夕日を反射して、濃い
オレンジに染まる。
似合いすぎてて、逆に怖い。
「何で、お前・・・・・・」
解ってるよ、明日は俺の誕生日だからでしょ?でも、今日帰ってくるなんて、思わな
かったから。
「今日は、前夜祭。本番は明日なんだけど、どうせ明日もここにいるから」
そう言って花束を俺の目の前に差し出すと、サスケは誇らしげに、でも照れ臭そうに
笑った。
…その顔、凄く好きだ。
「何固まってんだよ」
視界いっぱいに広がった赤と、鼻孔をくすぐる甘い匂いに意識を飛ばしていると、サ
スケが声をかけてきた。
早く家に入りたいらしい。
もう一度サスケを見ると、いつもの顔に戻っていた。気取ったような、スカしたよう
な、子供らしからぬ、そんな顔だ。誰が教えたんだか。夕日を受けて赤く光るサスケ
の瞳を確認して、無性に安心してしまった。
「ん?あぁ、入って」
そう言って玄関の端へ寄る。サスケが前を通り過ぎるその時、肩に一枚の花びらを見
つけた。
「・・・ありがとう」
言いながらそれを取り除いて、笑った。サスケの好きな顔で。
サスケは案の定、照れ臭そうな、物欲しそうな顔をした後、口を開いて呟いた。
「今日のあんたは、いつもよりずっと綺麗だ」
照れ隠しに、そそくさと居間に戻ってしまった。
いつから、あんな顔をするようになったんだろう。
「カカシ」
「何?」
努めて平静を装ってみても、きっとこの子供には解っているんだろう。
後から部屋に入ってきたサスケの方を振り向かずに、台所へと向かった。
バラを、花瓶に活けてしまわなければ。ちょうど良い、クールダウンの時間だ。
「カカシ」
「だから何〜?」
真剣な声が、後方から聞こえる。
バラを触る手は止めない。
「プレゼント、何も用意してないんだけど・・・」
そう言いながらサスケは俺の隣に来ると、こっち向けと言いたげに肩を掴んだ。
「うん」
されるがままにサスケの方を向いてやると、真剣な瞳にぶつかった。
「俺が居るだけでプレゼントになるかと思って」
・・・思わず手を止めてしまった。恥ずかしい。
「あのねぇ、サスケ君。ホストみたいなこと言わないの」
いつからそんなこと言うようになったの。最近、変なことばっかり覚えて来て・・
・。
「・・・嘘だよ。本当は、何も、思い付かなかったんだ」
最後にごめん、と小さく呟いたサスケは、やっぱり15歳の顔をしていた。俯いてバツ
の悪そうな表情をする。
それをまじまじと覗き込んで、眺めながら言った。
「しょうがないでしょ、任務延長しちゃったんだし」
例え自分のせいだとしても、それは不可抗力だ。仕事なんだから、仕方ない。
悔しかった。俺は、カカシの為に何も出来てない。
「そうじゃないんだ!!」
任務のせいにされて、腹が立った。
カカシにじゃなくて、自分自身に。
「え・・・?」
カカシは少し驚いた顔をした後、俺が話し出すのを待つように静かに目を伏せた。
それを確認して、言葉にならない言葉を外に出していく。カカシに伝わるように。
「任務が遅れたのは、俺のせいだ。・・・実は・・・」
言いにくい。恥ずかしい。言えたもんじゃない。
アカデミー生でもこんな間違いなんてしないだろうに。
「何?」
カカシはちゃんと聞いてくれる。
俺も、ちゃんと言わなければ。
「・・・あんたの誕生日のこと考えてたら、道を間違えて・・・近道しようと思った
ら全然違う場所に出て・・・」
そこまで言ってカカシを見やる。
カカシは聞いてくれているけれど、内心馬鹿にしてんだろうな。
「だから、本当にごめん・・・まさかこんなに遅くなるとは思わなくて・・・」
涙で視界が滲む。
何で俺は泣いてんだ。
馬鹿みたいじゃないか。
「ごめん」
この想いが伝われば良い。
あんたのこと、考えてたんだ。
何も考えなかったわけじゃない。
必死なんだよ、いつだって。
「ごめん」
もう一度謝った。
カカシの顔は、怖くて見ることが出来なかった。
「ありがとう」
「え?」
顔を上げる。
カカシは、笑っていた。
俺の大好きな顔で。
「カカシ・・・?」
信じられなくて、怪訝な顔をしてしまう。
本当に、あんたは笑ってるのか?
「サスケが無事に帰ってくれたことだけでも良かったのに、まさか、おまけ付とは思
わなかった」
そう言って苦笑すると、カカシは手元にあったバラを一本だけ取った。
「それに、こんなにたくさん貰ったし。・・・遅れたのは、チャラね」
最後にそう言い残すと、カカシは嬉しそうにバラを片手に持ちながら、台所を出て
行った。
「カカシ!!」
追いかけて行くと、カカシはにっこりと笑って俺を振り向いて、最高の一言を言って
くれた。
「サスケがいてもそれはそれでプレゼントだけど、そしたら毎日が誕生日だよね」
時計は8時を指していた。後4時間で、あんたの記念すべき日になる。
いや・・・語弊があるな。正しくは、「俺たちの」だ。
「明日も明後日も、ずっと誕生日で良いだろ」
それが幸せなら。
「え〜、それじゃ任務できなくなっちゃうよ」
本望のくせにそんなことを言う。
天邪鬼め。
「愛してるよ、おめでとう」
そして俺たちは、また一年を一緒に過ごす。
愛してるよ、おめでとう。
あんたにしかやらないんだ、俺の言葉も、俺自身も。
僕をあなたに。
最高の、殺し文句だ。