何で走るか、
理由なんていらない。
RUN RUN RUN
「いつものトコで、また明日」
昨日の約束。普段なら、もう着いてる時間。待ち合わせ5分前。
「…っくしょおおおぉぉぉぉ!!!」
俺は有り得ない早さで家の中、主に洗面台と自室を移動していた。
理由が理由なのだけれども。
・・・何だって、こんな大切な日に寝坊なんて馬鹿なことするんだ、俺は!?
もう髪形なんて、服装なんて。気にしていられない。
唯々、あんたに早く会いたい。
早く会いたいんだ。
自分で遅刻しておいて、こんな自分勝手極まりないことは無いのだろうけど。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
一人の室内で、苛つきを抑え切れずに絶叫した。
叫んだからって、準備する速度が上がるわけじゃない。でも、叫ばずにはいられな
かった。
もっと早く
動け、動け、動け!!
昨日の夜。
一日中任務だった死にそうな体をたたき起こして、あんたに会う準備をした。
服を出して、行く店を決めて、更には言う台詞なんかも考えて。
楽しみで楽しみで、今すぐ会いたくて。今すぐ抱き締めたくて、キスしたくて。
でも、それも叶わぬ夢。明日までお預けだ。そう考えたら、早く眠りたかったのに眠
れなくなった。
いつの間にか真夜中になっていることに気付いて無理矢理眠らせた身体は、しかし最
後まで落ち着くことは無かった。
そして俺は、大切なことを忘れてしまっていた。
「目覚まし…新しいの買わなきゃな」
そう、目覚まし。
壊れていて鳴らなかったわけじゃない。
俺がセットし忘れて今日の朝寝坊したから、八つ当たりでブッ壊した。唯、それだけ
のことだ。
それだけのことに、俺は・・・。
今朝、やけに暑くて目が覚めた。窓から差し込んでくる太陽光がうざかった。
今、何時だ…?
「…っの…クソ目覚ましがあっ!!俺の邪魔をするなああぁぁぁっ!!!」
しばらく固まった俺はすぐに我に返って、手元にあった目覚ましを渾身の力で投げ
た。
投げ飛ばしたそれは、無残にも壁にぶち当たって崩壊した。
馬鹿だ、俺は。
大切な生活用品をブッ壊すなんて。結構気に入ってたんだけどな…。
そして俺は、目覚ましの重要性を再確認した。
「くっそ…ぉ」
まともに朝ごはん食べてる暇なんか無い。
髪形を気にしながらも、食パンをトースターに突っ込む。
無意識に髪に触った。
…髪の毛ハネてる!!
鏡の前にダッシュして、整える。なかなか直らないのに悪戦苦闘しながらも、形良く
落ち着いて立った髪を鏡でチェックする。
「…よし、完璧」
フッ…。
流し目で台詞を言ってみる。
「よぉ…カカシ。待たせたな」
…そうだよ、待たせてんだよ!!
気付け、馬鹿!!
またダッシュして台所に入る。生焼けのトーストを口にくわえて、トースターのプラ
グを引っこ抜く。節電節電…。
家を出る前に鏡で最終チェック。
よし、大丈夫だ。
待ってろよ、カカシ。今行くからな。
家を飛び出たのは、待ち合わせ時間の5分後。いつもカカシは10分くらい遅刻するん
だけど、俺
がちょっと遅れた日に限って早く来てたりする。理不尽だ。
全速力で待ち合わせ場所へと向かう。夏の太陽が、じりじりと照り付ける。首筋が熱
い。
焼けたアスファルトを踏み締めて、坂道を転がるように下ると、あとは長いストレー
ト。
全速力で駆け抜けるだけ。
「うらあぁっ!!」
チャクラを足に溜めて、思い切り地面を蹴る。俺の足がもっと早かったら…。
歩き慣れた長い道。
でも、いつもより長く感じるんだ。
人気の無い道を駆け抜けて、カカシの待つあの木の下へ。
前方を見やる。
木に背中を預けて本を読むカカシを見つけて、もっと早く加速する。
姿を見ただけで力が出るなんて、本当、どうかしてる。
あと少し
あと少し。
「カ〜カ〜シイイィィィ!!」
思うように大声が出なかった。でも、それでもカカシは気付いてくれて、いつもと変
わらない笑顔で、軽く手を振った。
「やっほーサスケ」
その笑顔に会うために、俺は走って来たんだ。
「か、カカシっ!!悪い…っ、待たせ、たっ!」
「大丈夫?」
心配してくれるあんたが嬉しくて。
「どしたの?サスケ」
「…何でも、ない。ちょっと、こう・・・してて」
思わず抱き着いた。汗かいてるのに、それでも優しく抱き返してくれる。
カカシの胸に顔をうずめて、鼓動を聞いて。乱れた呼吸が、段々落ち着いてくる。
居心地が良い。
ここが俺の居場所だ。
何で走るのか、
理由なんて、無くても良いだろ。
何で抱き締めるか、
理由なんて、無くても良いだろ。
それでも、理由はここにあるんだ。
君が好き。
君が好き。
君が好き。
その気持ちだけで、俺は世界で一番速くなれる。
一番、強くなれる。