――― 浦原×紅姫 著者:四条 ◆JeifwUNjEA様 ―――
「本日から副長という事になりました。よろしくお願いします、浦原隊長」
紅姫はそう言っていつもの無感情な表情で頭を下げた。
早いな、と思いつつ返事をする。
「ああ、よろしくな」
紅姫。黒い長髪を首の後ろで束ね、すらりとした身体。整った顔立ちで、女性にしてはやや低い声。
目の輝きは膨大な知識と鋭い思考をを凝縮したような印象だ。
結構名の知れた名家の次女で、周囲の反対を押し切って入隊した。名前だけではやっていけない
世界だからすぐに戻ってくるだろうと家の者達は楽観視していたそうだ。
体力が追いつくまでは苦労していたようだが、それ以後は着実に実績を伸ばした。
一度だけ任務中に重傷を負い長期に渡り治療院の世話になっていたが、その後は
実力を生かす機会を逃さず、階級は近年稀に見る早さで上がっていった。
家の者はことある度に危険だから辞めろ、お前には似合わないと辞めるように説得したが、全て無視。
そんな経緯で紅姫は家を嫌っている。家の名前を呼ばせないように初対面の者には名前だけを言い、
家の名で呼ぼうものなら相手が誰であろうと暫らくは口を利かない。
もう少しくだければ良いだが、こればかりは本人がどうにかするしかないだろう。
第三席になったのが半年前、そして副長として目の前に立っている。
突然に扉が開かれ、一人の男が入ってきた。
「隊長!」
と元副長、現三席が駆け寄り報告した。
「強力な虚でした。私達では対処出来ません。どうかお願いします」
つい先ほどこの隊の管轄に虚が出現し、三名の隊員が向かっていたのだが珍しく出番らしい。
「そうか、わかった。副長、行くぞ」
「了解しました」
三席は顔を歪めているが、見たところ身体に外傷はない。自分の弱さを責めているようだ。
こいつも真面目すぎるのが難点だ。
「ま、そんなに思い詰めるな。ここで休んでいろ」
声を掛け、部屋を出た。
その虚は辛うじて人型で、細長い骨細工のような外見で脆そうにみえるが、確かに強い。これなら
三席が倒せないのも頷ける。他の隊員も牽制しか出来ないようだ。
「よし、お前達は引け」
既に虚の意識は俺と紅姫に集中していたが、傷を負った二人は油断せずにじりじりと下がる。
さて、と一歩足を進めると、すぐ傍を紅姫が通り過ぎる。
「私が」
とひと言だけ残してさくさくと雑草を踏み分けて進む。
「やばそうなら手を出すからな」
そう言って俺は静観を決め込む。紅姫への信頼と、その戦い方への興味がそうさせた。
彼女は斬魄刀を止め以外では抜かない。鬼道だけで虚を倒すと言って良い。
迷いなく直進しながら、紅姫は袖を捲くり白い腕を剥き出しにする。懐から小刀を取り出し、
手の平に深い傷をつける。当然のように血が流れるが、彼女は構わずに印を結び、言を唱える。
虚は間合いに侵入した敵に腕を振るうが、紅姫は危なげなく回避しながら術を完成させた。
組まれた両手の前には、その手と同じ大きさの何十という火球が生まれ、虚に次々に飛び掛かり、
その身体をばらばらと崩していく。
紅姫は大げさに腕を振り、周囲に血を飛ばしながら次の術に取り掛かる。虚も黙っている筈がなく、
俊敏に移動し苛烈な攻撃をするが、紅姫は無駄の無い回避をしながら氷槍を創り虚を貫く。
虚は距離を取ろうと後方に跳躍した。その足が着地の瞬間に何の前触れもなく弾ける。
雑草に付着した紅姫の血に触れたのだ。その間に虚に張り付いた血がざわざわと集約し、
片膝を固定してしまう。大きく踏み込もうとしていた虚は無様に転がり、紅姫の血で更に傷付く。
紅姫は自分の血を使い、攻撃できるのだ。彼女が言うには鬼道の一種だそうだが、
これまでの常識を覆す能力だ。間違いなく紅姫だけの特殊能力で、恐らくは一代限りの特異能力だ。
虚は強引に片足で跳ね殴りかかる。しかし紅姫の放つ雷光ではじき返され、固定されている膝を
意識して体勢を整えようとするが、その束縛は既に解かれていて余計に体勢を崩し、背中から
倒れてしまう。起き上がろうする矢先、巨大な火球が腹部を直撃する。四肢には鬼道で凶悪化した雑草が
絡みつき自由を奪う。次いで肩や胸の紅姫の血が剣になり、虚に乱立する。
感情が一切排除された声は一瞬も途切れずに響き、その腕の動きも星々の運行のように乱れない。
相変わらず凄まじい。剣の腕前は五席にも劣るが、鬼道なら全ての隊長より上だろうか。
そして光の矢を全身に浴びせかけ、斬魄刀で止めをさした。
自らの血で腕を赤く濡らし、相手を朱に染め周囲をも同じく緋色で埋め尽くす。紅姫とはよく言ったものだ。
傷付いた手に治癒術を施しながら何事もなかったように俺の前で報告した。
「終わりました」
「ああ、ご苦労さん」
あれだけ血を失っても顔色や呼吸は戦闘前と何ら変わるところがない。
やせ我慢しているという事もあり得るが、それはそれで大した精神力だ。
腰にある短めで反りがない斬魄刀を見ながら俺は言う。
「それも使えるようになれると思うけどな・・・あれだけの見切りと体捌きなら、もっとやれるだろう」
紅姫は俺を冷たく見詰めて言った。
「この細腕で虚を斬るのは効率的ではありません。中途半端な技術を二つ持つよりは、
極められた一つの技術を持つべきではないでしょうか」
堅苦しい口調で、とてもじゃないが可愛げがない。が、無駄な軋轢を生むつもりはないし、
こちらが折れるか。
「いや、決定的な弱点を作らないで欲しいって事さ」
背を向けてこれ以上話さないと意思表示して歩き始める。紅姫も何も言わずに俺に続いた。
共同の大浴場で湯船に浸かり、ぼんやりと副長のことが頭に浮かぶ。
もうちょっと感情を出してくればやりやすいんだがな・・・俺が読み取れるようになれば良いのか?
ま、これからは一緒にいる時間は増えるからな。少しは解るようになれると思うが。
と言っても、もう3ヶ月が経つ。思い切って飲みに誘ってみるか・・・
何でこんなに気にしてるのか、自分でもよく解らない。隊長と副長の連携が良いに越したことはない。
上手くかみ合う為の取っ掛かりすらない現状をどうにかしたい、では少し足りない感がある。
ま、時が経てばはっきりするか。
平服を着て夜風に当たりながら部屋に戻る。副長以上の部屋には風呂が付く。しかし大浴場の開放感
や風呂上りに涼ませてくれる機能はない。台所もあるのだが、食堂のように料理人がいることもなく、
・・・この二つを存在させている理由は謎だが、放っておこう。
副長の部屋の前を通り過ぎる。と、かんかんとやや硬い音が聞こえる。
「・・・、・・・」
僅かに紅姫の声もするが、よく聞こえない。
襖に嵌めてある曇り硝子をを軽く叩き、反応を待つ。音と声は止まらずに聞こえ、思い切って開けてみる。
紅姫は背中を向けていて、座布団に正座していた。
「ほ、よっ、それ、よいしょ」
声を上げる度に白い紐が繋がった赤い玉が黒髪の上に飛び上がり、落下する。
紅姫の視線はその玉に向けられているらしく、首が玉にあわせて上下している。
感情がこもった声。副長ではなく、紅姫としての声だ。何だか悪戯をしたくなった。
少し脅かしてやろうか。
足音を立てずに彼女のすぐ後ろで膝を折り、遠慮なしに肩に手を置く。
座った姿勢で一寸ほど跳ね上がり、着地と同時に体ごと振り向いた。
驚いた顔で、口を開け閉めしている。手にしていた道具を背中に隠すことは忘れない。
流石だな、と思いつつ紅姫の声を待つ。
「た、た、隊長!」
おお、叫んでる。あの鉄仮面副長が、頬を染め感情丸出しで。
「ああ、隊長だぞ」
などと普通の反応を見せてみる。
今更気が付いた。洗髪剤の香り、束ねられていない流れる髪、白を基調とした浴衣。
両手を後ろに隠す仕草。結果として突き出された、平均よりも小さい胸。
女性だと意識させるのには十分な情報が、俺を少しだけ動揺させる。
「あ、と。勝手に入って悪かった。で、何してた?」
「その、・・・ええと・・・」
紅姫の混乱は一向に収まらないらしく、いつもの冷静な声と明瞭な返事がない。
それなら、と俺は身を乗り出して紅姫が隠している物を見ようとするが、紅姫もそれを阻止しようと
体を捻る。しかし死角から伸びていた俺の腕が目的の物を捕らえた。
こんな手に引っかかるとは・・・
「あ─、・・・っ」
紅姫はまじまじとそれを観察する俺を見て、俯いて何も言わなくなった。
俺は意図的に明るい声で言ってやった。
「さてコイツをどうやって入手したのでしょうか?
1、瀞霊廷で買った。
2、手作り。
3、友人から貰った。
さあ、はりきって答えをどうぞ!」
数秒後、沈んだ顔と声で紅姫はようやく答えた。
「・・・言わなければ、いけませんか?」
本当に残念そうな言い方だ。全く、しょうがないな。
俺は彼女の膝にそれを、けん玉を返してやった。
「鍵くらい掛けろ。しかし、まぁ・・・」
奥の箪笥には人間界でしか手に入らない玩具や置物がこれでもかと置いてある。
魚の形をした提灯や三角の旗。曲がりくねった針金、その向こうにある暦には何やら沢山の文字が
書き込んである。
言うまでもなく、正規の手続きを踏まずに向こうに行くのは規律に違反している。
これだけ人間界の物があり、人間界の情報に精通しているということは、違法な手段で、しかも頻繁に
行き来している何よりの証拠だろう。
「俺じゃなかったら問題になってたぞ」
「はい、すみません」
紅姫は真面目な性格だから、明日には全部撤去してしまうだろう。やっと見つけた彼女の趣味。
どれほど大事なものかは解らないが、俺に奪う権利はない。
「こいつらをどうしろって言わないが、・・・見つからないように用心してくれよ」
紅姫は何も言わずに目を伏せている。もう一歩、か。
「俺の部屋にはいつ来てもいいからな。良かったら、また来てもいいか?何か面白そうなのがあるし」
そこまで言うと、紅姫は顔を上げて微笑んだ。
「はい、よろこんで」
暖かい視線と優しい声に、俺は安心することが出来た。
数日後に律義に紅姫は俺の部屋に来た。
「・・・凄い、ですね」
「そうらしいな。皆そう言うよ」
壁際にこれでもかと積まれている書物に、紅姫は目を丸くして驚いている。
俺自身は慣れているから殆ど気にならないのだが、やはり他の人にとっては珍しい光景なのだろう。
「ちょっと待ってろ。お茶煎れる」
台所で湯を沸かしながら久しぶりに茶筒を明ける。匂いは、よし。
きゅうすに茶の葉と湯を入れ、二つの湯飲みと一緒に居間に持っていく。
紅姫は食い入るように書物の題目を目で追っていた。
「そんなに珍しいか?」
俺は部屋の真ん中のちゃぶ台に座り、湯飲みに茶を注ぐ。
「どういう基準で、集めてるんですか?」
料理、哲学、医療、図鑑、経済、、あらゆる分野が混ざっているのが不思議だと思っているようだ。
いや、普通はそう思うか。
「なに、その時に目に付いたのを選んでるだけだよ。紅姫はこういう雑学には詳しいのか?」
「いえ、私は鬼道関係のは読みますけど、この手のは殆どないです」
二人で茶を飲み、少し沈黙が続いた。
「それにしても、凄い数です。好きなんですね」
「そうだな・・・内容よりも、書いた人の熱意に触れていたいのかもしれないな」
「熱意、ですか」
「ああ。こいつを一冊書き上げる労力や時間は実際相当なものだと思うんだ。その辺りを
想像すると、俺も負けられないなって思える。・・・そう思いたいから読んでいる、かな」
「・・・あの、もしかして、料理とか洗濯とか出来るんですか?」
紅姫の目はそれらの書物に向いている。
「一応な。意外と面白いもんだ」
最近は全然やってないが、そこそここなせる自信はある。
気が付くと紅姫の湯飲みは空になっていた。
「もう一杯飲むか?」
「いえ、そろそろ戻ります」
そう言って立ち上がり、歩きかけて止る。
「何冊か、借りても良いですか?」
いつもの感情の薄い表情だが、目の輝きが好奇心の強さを語っている。
そんな顔をしてくれたのが少し嬉しかった。
「いいぞ。気に入ったら返さなくてもいいからな」
では、と先程見ていた料理の書物を持ち、紅姫は自室に戻った。
数日後。
いつもの様に風呂から上がり戻る途中、紅姫の部屋からどさりと音が聞こえた。
人が倒れる音だ。まさか。
襖を開けると、予想通りに彼女が畳に俯せになっていた。両方の肘と膝で体を支えているが、
息は荒く、それ以上は何も出来ないようだ。
傍に寄り、声を掛ける。
「紅姫、どうした?」
「ただの、貧血、です。・・・大丈夫、ですから」
その声はとても小さく、細い。大丈夫なはずがない。早く寝かせてやらなければ。
俺は無言で寝室に入り、押し入れから布団を出して敷く。
立とうとする紅姫を抱き上げ、その軽さに驚いてしまう。・・・いや、当然か。
他の者と違い、紅姫は筋力を使わない戦い方をするのだ。
出来るだけ静かに寝かせる。もっと酷くなるかもしれない。しばらくここにいて様子を見よう。
幸いにも貧血の症状は悪化せず、時が経つにつれて回復していく。
こんな体であの技を使うのは止めろと言いたいが、言ってもきかないだろう。これまで上手く
やれていたのだから、心配はいらないだろう。が、それでも不安になってしまう。
「隊長」
紅姫が俺に顔を向けて言った。
「ありがとうございました。帰られても結構ですから」
「本当にいいのか?」
「後は寝ていれば回復します」
顔色は大分良い。声もしっかりしている。一応釘を刺してておくか。
「そうか。無理なら明日の仕事は休んでもいいからな」
立ち上がろうとすると、く、とこもった音が聞こえた。
俺、ではない。紅姫はというと、赤い顔で向こうを見たまま動かない。
「・・・・・・・・・・・・」
沈黙が俺の考えを肯定していた。
「ふ、ははは」
何だか可笑しくて、つい笑ってしまった。
「笑わないで、ください」
表情は冷静を装っているが、声音は明らかに拗ねている。こんな声は初めてだ。
「いや、悪い。飯食ってないんだろ?何か作ってやるよ」
そう言い残して寝室を出て台所に行く。
飯は炊けている。そして料理に必要な器具や調味料は揃っている。
今置いてある材料で消化の良いもの。粥だろうな。
手早く小鍋で作り、木製の小さい杓子を添え盆に乗せ寝室に持っていく。
紅姫は上体を起こして待っていた。その期待に応えられる出来なら良いのだが。
「お待たせ。粥、作った」
彼女の膝に置くと、固かった頬が緩む。
「良い匂いです。・・・頂きます」
蓋を開け、杓子で軽く混ぜて口に運ぶ。
感想を聞きたいが、紅姫が言い出す迄待つことにする。
何度か食べて、ようやく言葉を発した。
「おいしい・・・」
何の飾りもない素直な表現が、とてもうれしい。
「そりゃ良かった。作り方、教えておくか」
つらつらと調理手順を説明する。紅姫は軽く頷きながら聴き、説明が終わると味を確かめるように
一口食べた。何やら難しそうな顔だ。
「どうした?」
「いえ・・・少し、悔しい気がして・・・」
お嬢様育ちの身ではあるが、男に料理で負けるのはすんなりと納得出来ないようだ。
「俺がこれ以上、上手くなることはないよ。紅姫ならすぐ追い越せるぞ」
俺としては最低限のものが作れればそれで良いと思っている。
「いつか、必ずお返しします」
俺の言葉に触発されたらしく、力の入った声だ。それがいつになるかは解らないが、期待して
待っていよう。
そろそろ時間も遅くなったし、戻るか。
「じゃ、帰るよ。出来るだけ寝てろよ」
寝室を出ようとすると、背中に紅姫の声が届いた。
「隊長。ありがとうございました」
俺は首だけを回し、紅姫を視界に入れて返す。
「気にしなくていいよ」
彼女ははっきりと微笑んでいた。自然な、無理のない笑顔だ。
つられて俺も笑みを浮かべてしまう。
もっと見ていたいが、帰ると言ってしまった以上、眺め続けるのはいかにも間抜けだ。
惜しいな、と思いつつ部屋に戻った。
翌日の朝。紅姫は時間通りに仕事場に来た。
仕事も何の変わりもなく効率良く進め、完全に回復したことを示しているようだった。
その姿に、俺はやはり安心してしまう。
そして終業時刻。
紅姫がしずしずと俺に寄り、口を開いた。
「もし良ければ、晩ご飯をご一緒したいのですが・・・」
早くも「お返し」をしたいらしい。断る理由もなく、俺は承諾した。
「それで、全部紅姫が?」
「いえ、ご飯とお味噌汁だけ用意しておいてください。おかずは私が作ります」
完成したら持っていきます、と言うとぱたぱたと帰った。
俺は言われた通りに飯を炊いて味噌汁を煮て待つ。
しばらくすると紅姫が大きめの鍋をもって現れた。
「まだ手の込んだものは作れないですけど・・・」
緊張した顔で言うと、ちゃぶ台に乗せて蓋を開けた。
様々な食材が湯気の向こうに見えた。匂いも良い。野菜は少々不格好だが、形そのものは
崩れていない。
深い皿に採り、早速食べてみる。素直に美味いと思った。煮込まれているものの種類は
決して少なくはないのだが、どの組み合わせでも問題なく味わえる。
飯と味噌汁を時折口にして、煮物に集中する。
ふと紅姫の視線にようやく気が付いた。
「悪い。これ、美味いな。正直言って、驚いてる」
ほぅ、と息をひとつ吐いて緊張を解いて紅姫は箸を動かし始めた。
「良かった・・・何も言ってくれないので不安でした」
「俺より才能あるぞ、絶対」
あの書物を貸してからの僅かな期間でこれほどのモノができるのだから、大したものだ。
食べ終わり、茶をすすりながら話す。
「紅姫に友達とかいないのか?」
「昔からひとりでいるのが好きでしたから、特に親しい人はいません」
「ふぅん・・・それで、気晴らしに人間界に行って遊んでる、か?」
「そう、ですね・・・」
壁の時計が深夜と呼ばれる時間に差し掛かる事を教えてくれた。
紅姫も俺の視線を追い、同じ事を確認したようだ。
「そうだ、この煮物の作り方を伝えておきます。まず、・・・」
「いや、いいよ」
紅姫の言葉を遮って、俺は続ける。
「紅姫がもっと美味い料理を作れたら、その時は誘ってくれればそれでいいよ。
ま、もし気が向いてくれたらで良いから・・・また美味いの食わせてくれよ」
それ以上にこういう事をしてくれるのが嬉しいのだが、言わないでおこう。
紅姫は俺を見詰め、照れた顔で頷く。
「はい、私、頑張ります」
余計な重圧だったかな、と少し後悔する。
それから間もなく紅姫は部屋に戻った。
紅姫の態度はここ数日で随分と砕けてきた。俺以外の者にもそうしてくれると良いのだが、
もう少し時間が必要か。
それからも紅姫との交流は続き、互いの部屋に相手の持ち物が馴染むようになった頃。
俺が知恵の輪に苦戦していると、紅姫が声を掛けてきた。
「今度の休みは、予定はありますか?」
俺や紅姫のように立場が上になると、休みといっても仕事場に行かなくても良い程度の[一日待機]で
しかないが、月に一度、完全に自由になれる連休がある。明後日とその翌日がそれだ。
「いや、特にない」
いつもの休みと同じく部屋にいるだろう。流魂街出身の叩き上げにとっては帰る家もなく、
のんびりと羽を伸ばすしかない。
「あの、私と一緒に出掛けませんか?」
見ればひどく緊張した面持ちで言っている。こんな必死な紅姫は初めてだ。
「いいぞ。で、どこにって、・・・・・・もしかして?」
こくんと頷いている。
あちらの一般常識は解っているが、足りないものも多い。
「義骸とか金とか・・・そう、だったな」
そういう事に慣れている人物が、目の前にいるのだ。
何やら自信たっぷりの顔を僅かに覗かせると、紅姫は言う。
「用意してあります」
行き先等もしっかりと考えてあるに違いない。全てを任せっきりというのは男としては
不本意だが、仕方ないだろう。
「解った。よろしく頼む」
「お任せください」
誇らしげに胸を反らせている紅姫。あちらではどんな顔をするのだろうか。
約束の日になった。
言われた通りの時刻に紅姫の部屋に行く。
彼女は俺を招き入れると、内鍵を掛け、言った。
「そちらの箱に隊長の義骸が入ってます。服はそれですから」
長く大きな木箱とすぐ傍の衣服を指さし、明快に説明する。
「着終わったら呼んで下さい」
紅姫はそう言うと寝室に入った。その中で俺と同じことをするのだろう。
箱を開ける。その義骸はよく出来ていた。正規の手段なら技術開発局から借りるのだが、
紅姫は恐ろしいことに自分で作ってしまった。こんなものまで作れるとは。。。
義骸は当然のごとく裸で、性器も付いている。付いているのだ。色はともかく、
形はほぼそのままである。・・・かなり、恥ずかしい。紅姫はどのように見て
触れていたのか、考えるのは止めよう。顔をあわせられなくなる。
局の借り物にはない。一般の人間との過剰な関係を持たせない為だ。
「隊長?」
襖の向こうからの紅姫の声に我に帰る。悩んでいられないな。
「もう少し待ってくれ」
急いで義骸に入り、畳まれていた洋服を着る。着てしまってから気が付いた。
味覚はまだ解らないが、他の感覚や筋力は入る前とかなり近い。まず問題なく動けるだろう。
「いいぞ、紅姫」
俺の声に紅姫は姿を見せた。
白い無地の長袖に、桜色のスカート。小さな赤い鞄を持っている。
長い髪は束ねられず、さらさらと流れている。
いつもの和服と違い、手に取るように判る女性らしい柔らかい丸みに目を奪われてしまう。
「・・・似合いませんか?」
「いや、よく似合うよ。うん」
見惚れる、という体験は初めてだと思う。それくらい紅姫は綺麗だ。
俺の服は襟の付いた長袖とズボンだ。双方が黒で、死覇装と大差がない。
「お似合いですよ。・・・浦原さん」
隊長と呼ばない。こちらの事は忘れて楽しもうという意志表示で間違いないだろう。
「それならいいんだが・・・で、どうやって行くんだ?」
「簡単ですよ。こちらにどうぞ」
紅姫は寝室に俺を入れ、部屋の奥にある[門]を見せた。
壁に取り付けられた呪符が、人間界へ繋がる四角い入り口を造っていた。ちょうど人一人入れる
大きさで、その門の向こうには、既にあちら側の光景が見えている。時折形が歪むが、
俺はその安定度に絶句してしまう。任務で使う門はもっと大きいが、形は常に変化し見ていて不安を
覚えるものだ。
術についての知識は一通りあるが、どうやってこれ程の安定度を実現させているのか見当もつかない。
「なあ、どうすればこうなるんだ?」
「秘密、です」
目の奥にある堅い決意を隠すような微笑み。俺は追及が不可能だと判断せざるを得ない。
今日は、こちらの事は忘れる日だったな。
「悪い。今のは無かったことにしてくれ。・・・通っていいんだよな?」
「いつでもどうぞ」
俺は先程の失言を償うつもりで紅姫より先に入った。
連れてこられたのは、所謂「遊園地」と呼ばれる娯楽施設だった。
季節は初夏の少し前あたりだろう。昼過ぎでも気温はそれほど高くはないが、日差しは強い。
紅姫は慣れた様子で他の人間と同じように入場券を買い、俺達は揃って中に入る。
しかし・・・
「今のは本物ですよ。安心してください」
俺の思考を見透かすように言う紅姫。最初は偽装術を施した紙だった、か。
いや、ここまで来て余計な事を考えるのは止めよう。
「こういう所は初めてなんだけど、どれから回るんだ?」
努めて明るい声で、園内の地図を指さす。
「ふふ、覚悟してくださいよ」
言うなり紅姫は俺の腕を引っ張り歩き始めた。
地獄、だった。
手にある案内書の[ジェットコースターの殿堂]という別名は誰もが頷くだろう。
あらゆる種類のものが、冗談のような数で存在し、いずれも狂っているとしか思えない質だった。
俺が朧げに思い出せるのは、縦横無尽に暴れまくる景色と他の人間の悲鳴、そして
紅姫の楽しそうな笑い声だった。
「はぁ〜」
ようやく終わりらしい。魂が抜け出しそうな溜め息が出てしまう。
紅姫は晴れ晴れとした笑顔だ。
「大丈夫ですか?初心者向けのだけを選んだつもりですけど」
あれで?良く言うよ・・・
「最後、あれにしましょう」
指さすのは観覧車だ。あれなら、いいか。
「おう、最後だな」
乗ってから今日のことをあれこれと聞いてくる。ジェットコースターに乗っている間に
彼女は何度も俺に呼び掛けたそうだが、全く記憶にない。
初心者向けでこの有り様だ。この先は命の危険を覚悟するべきかもしれない。
「本当に好きなんだな、お前」
「ふふ、そうなんですよ」
素直に答えを返してくれる。
「そうですね・・・次の休みは違うところにしましょう」
「そうしてくれると、助かる」
と言ってみたが、実際どうなるか予想はつかない。次も生き延びることが出来るだろうか。
紅姫は何も言わずに外の風景に見入っている。好奇心旺盛な瞳で、こんな一面も持っている
普通の女だと思い知らされる。・・・それに、こいつがあんなにも笑うなんて思ってもみなかったな。
天気は良く、夕焼けの兆しの黄色い光がきれいだと思える。
「・・・いい眺めだな」
「そうですよね・・・」]
変化が乏しく、常に閉塞感が付きまとう世界。
安定はしているが、それは本当に価値がある世界なのだろうか。
不安定で危険が多く、目を背けたくなる事件が絶えないこの世界の方が、
よほど魅力があると思えてしまうのは間違った感性なのだろうか。
「はい、お疲れ様でした」
義骸から出ていつもの姿に戻った紅姫が言った。満足そうな、少し残念そうな表情だ。
「ん、楽しかったぞ、紅姫」
「はい。来月も、出掛けましょう」
「お手柔らかにな」
本当に、いい体験をさせて貰ったと思う。だから。
「え、あ」
もう少しだけ、感じていたいというのは、悪いことなのか。
何をしている。紅姫の気持ちを確かめずにこんなことをするのは、卑怯だろう。
離れたくないなら放せ得たいのなら棄てろ続けたいなら終わらせろ。
今は、駄目だ。
「・・・・・・っ!」
理性を総動員して、胸から紅姫を解放する。
「悪い。今のは、忘れてくれ」
俺は視線を逸らしたまま言い、背中を向ける。
また来たいなら、帰るのだ。部屋から出ようと足を進める。
手を掴まれた。込められた力の弱さが、俺を強く束縛する。
「そんなの、無理です」
小さい声。振り返ると、濡れた瞳。
吸い寄せられるように再度抱きしめる。細くて、柔らかい。その当たり前の事実が、
俺を昂ぶらせる。
微かな呼吸音が乱れていく。す、と服が擦れる音に顔を下に向けると、紅姫が見詰めて
いた。俺の背中に回された腕が、紅姫と離れている部分を少なくする。
無言で俺を感じたいと言っている。自分を感じて欲しいと言っている。
それは、俺も同じだ。
閉じられた唇を重ね、伝わる温かさが俺と紅姫の時間を奪う。
紅姫が頬を染めて離れ、言った。
「布団、敷きますね・・・」
「・・・そうだな」
すぐにでも抱きたいと思っていたのが恥ずかしい。青臭いガキと変わらないな、全く。
紅姫は俺の手を引いて寝室に入った。押し入れから布団を出して敷いている。
その姿にすら艶があるように感じられて、激情を抑えるのがやっとだ。
紅姫は作業を終えると俺に体を向け、迷いを表情に表していた。
「その・・・一組では、足りませんね」
再び背中を見せ、腕を伸ばす。もうそんなことはしなくていい。
「一つで、いいよ」
後ろから白い手を掴み、俺に向き直させる。
空いている腕を背に回し、二度目の口付け。
先程の「触れる」ではなく「溶け合う」ことを目的とした、激しい行為だ。
舌に舌を巻き付け、唇に唇をこすり付ける。
「あん、・・・・・・は、ん・・・んは、ふ、・・・」
俺の手は紅姫の腰や胸を求めて這いずりまわっていた。華奢な身体をくねらせ、
紅姫はその快感を素直に表している。
「は、んふ・・・ふは、はぁっ」
酸欠で、思考が鈍る。大きく酸素を取り込もうとしても、紅姫が許してくれない。
俺の顎を両手で固定し、尚も続行する。がくりと紅姫の膝が揺れた後、くたりと身体
から力が抜けた。抱いていなければ倒れていただろうか。
はあ、はあ、は、ふう。
同じ空気を吸い合い、小休止する。紅姫は甘えるように俺の胸に顔を埋めた。
「どきどき、してます」
そりゃあ、そうだ。あんなに苦しくて、それ以上に気持ちいいことなんて滅多にないからな。
だがな、紅姫。
「お前も、同じだろ。それに、まだ序の口だぞ」
一層強く、押し付けてくる。恥ずかしいのか、期待しているのか。
俺はそのまま抱き上げて、布団に寝かせた。
熱を帯びた頬が可愛い。手で撫でると、覚悟を決めたように目を閉じた。
胸の帯を解き、その下の紐も解く。ゆっくり、焦らすように。
紅姫は解きやすいように身を動かすだけで、抵抗はしなかった。
着物を開く。白っぽい肌襦袢が上下していた。羞恥心で腕が閉じようとしているが、紅姫は
懸命に耐えている。俺は我慢できずに、最後の一枚を取り除いた。
紅姫の香りがふわりと広がった。
その素肌は、月の白さだった。決して押し付けがましくなく、見ているとどこまでも
吸い込まれるような白さだ。
綺麗な身体。触れば、崩れてしまいそうな儚さ。手では駄目だ。力が入りすぎてしまう。
隠されないように、雪色の腕を押さえ付けるのに使おう。
俺を誘うように膨張と縮小を繰り返す胸骨。その上の可愛らしい双丘。迷ってから、
右を選んで接吻した。
「ん、・・・」
ひくりと震え、始まりを悦んでいる。離して、別の所にもう一度。
「・・・は、ん」
もっと、だ。もっとこの反応を見たくて、次から次へと狙いを変えて、口付ける。
「あ、ん、・・・はぁん、う、ふあ」
浅い快感も繰り返されると大きな波になるのだろう。震えが揺れに変わっていく。
何だか逃げられそうな気がして、俺は彼女の両足の間に腰を据える。
思い切って唇で挟んでみる。
「ああ、ああん!」
表面は信じられない位に柔らかく、少し強めに掴むと、筋肉のほど良い硬さが感じられる。
その二つの官能的な感覚が、儚い印象を完全に打ち消した。
手を放し、紅姫の背中を引き寄せる。口は夢中になって女性の象徴を攻めていた。
「あ、ん!・・・くふ、ふぅん!」
ぐちゃぐちゃに濡れた胸に、更に興奮してしまう。
下は、どうなっているのか。指で軽く触れただけで、胸と変わらないくらいに溢れていたのが
解った。
いつの間にか紅姫は目を開けて、俺に訴えていた。待たせるつもりはなかったのだが、
焦らしすぎたか。
「悪いな、紅姫」
俺は膝立ちになり袴を下げ、腰帯と褌を取る。突き出た俺の性器は紅姫のと
同じく濡れていた。それを見た紅姫の身体はより赤く染まっていく。
俺は紅姫の秘所に性器の先端を合わせ、僅かに侵入させる。
「っは、あぁ!」
小さく鋭い喘ぎに、本能が勝手に腰を進ませる。理性を大量に消費させても、
一気に貫くのを防ぐのが精々だ。
「ああ、は、あ、ぁあん」
ずぶずぶと、確実に埋まっていく。紅姫との距離が縮まって、零になった。
「ん!は、・・・んん」
虚ろな目で下腹からの快楽に耽っている。
紅姫の身体を少し抱き上げて、半開きの唇に口付ける。
意識が幾分鮮明なったのか、とろける瞳で紅姫は言った。
「熱い、んですね」
「当たり前、だろう」
優しく寝かせ、俺は無言で始めた。
「あん!・・・ああ、ん!は、あ!」
中は十分にぬめっていて、俺の性器を追い掛けるように、熱い襞が常にうねっていた。
出来るだけ優しく、と思っていたけれど、残っていた理性は簡単に底をついてしまい、
俺は本能の猛りをそのまま動きにしてしまう。
「あ、あ、あっ!ひ、い・・・ああん!」
理性という障壁が消え、先程の何倍もの快感が俺を襲い、俺を突き動かす。
粘度のある液体を混ぜる音に汗が弾ける音。それらと高い悦声と低い唸りが俺達を包んだ。
甘い痺れが、脊柱を駆け上がって来ている。紅姫にも分けてやりたくて、何度も身を沈めた。
「っ!や、あん!あ、は、はあ!んあ!」
「う・・・あ、ぐ、ううっ!」
紅姫は背を反らせながら渾身の力で俺を締めつけ、俺は全力の打突で応じた。
千切られそうな蠢動に、最後の力で最奥を貫く。
「く、う!っ!・・・っ!んあああああ!」
「う、ああ!」
呼吸さえ忘れ、注ぐ。
「は・・・・・・う、ん・・・あ・・・」
「あ・・・く、う」
数回に渡る放出。紅姫も受け止める度に、痙攣した。
紅姫の胸に崩れ落ち、余韻に浸りながら、呼吸を整える。
余力が出来、自分の性器がまだ張り詰めているのに気が付いた。
ふと柔らかい何かが額に触れ、顔を上げると紅姫が微笑んでいる。
「服、脱いで、んふ、いませんよ」
そういえば、着たままだったか。その言葉のもう一つの意味にも気が付き、
何だか急に恥ずかしくなってしまう。
「そうだよな。今、脱ぐよ」
身体を起こすと、皺だらけの紅姫の服が目に入る。脱がせた時とはまるで違う。
そんなに激しくしていたのか。
性器を抜いて、膝立ちのまま背中を向けて羽織を脱ぐ。何となく見られているとやりにくい気がしたからだ。
と、温かい何かが後ろから巻き付いた。はぁ、と熱い吐息が背に吹き付けられた。
「大きい、です」
紅姫が後ろから抱きついて、俺の胸を撫でていた。
紅姫は舌と手で俺を味わい、俺は紅姫がしやすいように正座する。
手は腹まで下降し、背で踊る舌はより活発になっていく。ぴたりと密着している胸、その向こうの
鼓動が早くなる。つられるように、俺も息が荒くなってしまう。
触れられるというのは、こんなにもいいものだったのか。
ついに、いや期待通りに、繊細な十の指が性器に辿り着いた。
「は、・・・あ、紅、姫」
その白い触覚は、ゆるゆると撫でるだけで、きつく絞るようなことはしなかった。
くちゅ、と表面の液が泡立つ淫靡な音。
俺も手を被せてもっと強くさせてみたいが、ひどく幼い行為に思えて、躊躇ってしまう。
このまま達してしまうのが嫌だと中断させるのも、馬鹿らしい。
どうすることも出来ずに、紅姫の手が熱心に蠢くのを眺めるしかなかった。
「う、んっ、は・・・はぁ」
危うく放ってしまいそうになり、何とか押し留めた。
するりと紅姫の手が俺を解放し、振り返る間もなく俺は口付けられ、押し倒される。
どさ、と着地した直後に紅姫が俺の腹に跨がり、俺達の液を薄く塗るように腰をずらして
紅姫は身体を俺に重ねた。突き出した尻の割れ目に、俺の性器が当たっている。
らしくもなく俺は戸惑い、呼び掛ける。
「・・・紅、姫」
俺の声に顔を見せた。動揺した表情で尻を上下させ、竿をしごいている。
「ん、は、浦原、さぁん・・・ん、ああ」
秘所の疼きに耐えられず、恥じ入りながら俺を求めている。瞳に貯まった水分が頬を
伝って落ち、俺はその涙と呼ばれる水を舌で拾ってやった。
「なに我慢してるんだ、紅姫」
挿入なら、何時でも出来るだろうに。
「だって、その・・・恥ずか、しい」
「そんなこと、ないだろ。ほら、腰、上げて」
指示通りに紅姫は体を動かし、俺は秘所に性器を触れさせた。
腰を手で支え、動かさない。この先は彼女にさせよう。
見詰めると、紅姫はおずおずと尻を下げる。
「や、は、あああ!」
重い一撃に、紅姫は早くも達しそうになっている。俺も同じだ。
彼女はぶるぶると震える身体をどうにか持ち上げ、二撃目。
「きゃあん!」
びくりと白い身体をのけ反らして、止る。既に秘所以外の筋肉に力が入らないのか。
それなら、助け船を出さないと。
丸い尻に手を伸ばす。その感触を楽しみたいけれど、限界がすぐそこまで近付いている。
だから、上げて、下げる。
「はぁぁあ!」
「は、ぐ」
どす、と快感を突き刺し、突き立てられる。ぎりぎりと締められ、必死の想いで三撃目。
「んああああ!」
俺の腕は疲れ切ってしまって、動かない。他の手段は、腰を揺するくらいか。
ぐちゃぐちゃの中を、一番奥から掻き混ぜた。入り口も丹念に擦ってやる。
「ああ!ん、や!あん!きゃあああ!」
ぎゅう、と強引に静めるように内壁が圧迫し、それに加えて性器の先端が擦られる快楽が
俺をもっと狂わせる。
紅姫の尻を鷲掴みにして、俺に押し付けながら、揺する腰と逆の方向に動かす。
「うあ、べに、っ、ひめぇ、ぐ、う!」
「うら、ああん!あ、ああ、あ!ふあぁぁああ!」
どく、どく、どく。
鼓動か、噴出か。その音と灼けるような快楽を共有し、気が済むまで貪り合った。
はぁ、と紅姫は震える息を吐くと俺に身体を投げ出した。
その重さが嬉しい。暫くじっとしていよう。
「一つでよかったですね」
抱いている紅姫が言った。二人を包んでいる布団はとても温かくて、ずっとこうしていたい。
ずっと変化がなかった日常が終わり、明日からは少し気恥ずかしいけど新しい生活に変わる。
嬉しくて、紅姫を引き寄せる。自然な笑みで、俺をさらに喜ばせてくれた。
唐突に視線を逸らし、とても辛そうな顔になる。
「私は、貴方が思っているような者ではありません・・・」
過去なんでどうでもいいだろう。
「それでも、ずっと傍に居ても、良いですか?」
だから、そんな顔をするな。
黒髪に手を添えて、強く胸に押し付けてやる。紅姫も安心したように背中に腕を回してくれた。
もう離すものか。
次の連休も人間界に出掛けた。
「映画」というやつで、紅姫が期待して待ち続けた作品らしい。
広い室内暗くなり、幕が開く。
そこそこ面白い。演出は凝っていて話の内容も悪くはないのだが、所々に変な流れの悪さがある。
紅姫は泣いてる。意外だ。涙脆い方ではないと思っていたが、そうでもないのか。
終了し、明るさが戻る。
「良かったですね」
やや迷って、答える。
「そうだな、それなりにな」
紅姫が気に入ったならそれでいいか。
それから食事をして帰ろう、となったのだが。
「あら、もう飲まないんですか?」
俺に気を遣って和食になったが、紅姫は酒を遠慮なく飲んでいる。
その色っぽい顔は魅力的ではあったが、無事に戻れるのだろうか。
「心配ないですよ。駄目ならどこかに泊まって、明日帰りましょう」
「駄目ならって、お前・・・」
既にできあがっている。けらけらと笑ったかと思うと、俺を惚けたように見詰めたりしてる。
限界だな、これは。
「紅姫、そろそろ出ようか」
暴れるのはなさそうだが、寝られると非常に困る。俺ひとりで宿泊施設を探し、
更に手続きなど不可能ではないだろうか。
「うん、そうします」
赤い顔で頷いてくれた。
何とか支払いを済まし、ふらつく紅姫を半ば支えるようにしてしばらく歩く。
酔いが覚めてきたらしい。足取りは確かになり、はっきりとした声で言った。
「飲み過ぎました。失敗です」
「気にするな。目の保養にはなったよ」
紅姫としては納得出来ないのか、僅かに俯いたままだ。
「で、泊まるのか?」
「・・・はい。帰るのは、無理そうです」
来る時は簡単だが、帰るとなると人除けの結界などが必要で結構手間がかかる。
義骸から出ればと思えるが、義骸が酔えば魂も影響を受けざるをえない。
義骸から抜け出す為には、魂が正常である事が要求される。そして今は心身共に酔っている。
斬魄刀があれば俺が穿界門を開くのだが、さすがに持ち出せなかった。
何にしろ、酔い潰れてくれなかったのは助かった。
「そこに、泊まりましょう」
そこそこ値が張りそうな雰囲気だが、他に見当たりそうにない。
紅姫は受付で二人部屋を借り、早速部屋に向かった。
紅姫は入るなり洋式寝具に腰を下ろす。俺も隣に座る。
和式の布団とは違い、かなりの弾力がある。
「水、持ってくる」
そう言って立とうとすると、紅姫は肩で俺に寄り掛かった。
「もう少し、このままで居て下さい」
静かな時が訪れる。無音で手を握られ、紅姫がこちらを見ていた。覚めかけて平素に戻っていた
頬が、また赤くなっている。
何も言わずに唇を重ねる。紅姫の手を握り返し、舌を伸ばす。
流れ込む暖かい唾液。残っていた酒に紅姫の味と香りが程よく混ざっている。
美味い。俺にとっては最高の酒だ。口内からその銘酒を出来るだけかき集め、飲む。
俺だけ味わうのも悪いな。今度は紅姫に飲ませてやる。俺と同じように紅い舌を暴れさせ、溜飲した。
一度口を離して、もう一度重ねた。
俺達だけの銘酒を何度も酌み交わす。口も手も結び、夢中になって飲んで、飲ませた。
紅姫は気が済んだのか、唇を離すと服を脱ぎ始めた。俺も続く。
洋式の下着は初めて見る。最も女性を感じさせる部分だけが巧妙に隠され、何ともいい感じである。
「・・・どうですか?」
「うん、いいよ」
寝具に座らせ、胸を下着越しに撫でる。布地はさらさらと手触りがよく、高級品ではないだろうか。
「ん・・・はぁ、あ、ん・・・」
ふと気がついた。
「なあ、紅姫」
「何、ですか・・・は、ぁ」
「いつもより大きく見えるぞ」
「気のせい、です」
「そうか?}
たくし上げ、露にすると見慣れた形になった。乳首を指で転がし、更に訊く。
「大きく見えるような構造なんだろ?」
「ん、そう、です。私、小さいから・・・ああん」
そんな事はしなくても良いのに・・・
「俺は、この形が一番好きだぞ」
押し倒して、膨らみを舌で濡らす。左腕を背に巻き、右腕は股に埋め秘所を下着の上からなぞる。
「んあ、や、あぁん・・・」
するするという音がやがて聞こえなくなり、きゅ、と湿った感触になる。その下の情景が見たい。
俺は紅姫を解放し、彼女の太股の隣に座った。
「脱がすよ」
手を掛け、ゆっくりと脱がしてやる。紅姫はこれ以上ないぐらいに頬を赤くして、羞恥を示している。
白布から薄い茂みが覗き、股間と両脚の隙間が白で埋まって、また見えるようになった。
扇情的な光を放つ細い糸が秘所と下着を結んでいた。
「っ・・・浦原さ、ん・・・恥ずかしい、です」
脱がした後、入り口を指で軽く弄ぶ。とろとろと蜜が絡み付いて、俺は堪らず中指を入れた。
「んあ!・・・くぅ、うん!ふ、ん!」
きりきりと締められ、指では物足りないと訴えている。が、俺も同じだ。
深く、繋がりたい。
抜いて、紅姫をうつ伏せにさせた。彼女も俺がどうしたいか理解していて、何も言わずに四つん這いの
姿勢になった。丸い尻に手を乗せる。
「ん!・・・ぁ、ん」
ひくりと揺れた。いつもより、感じてくれているような気がする。確かめなきゃ、な。
狙いを定め、一気に貫く。
「んああああ!あ!は、あ・・・」
理性の大半が焼失した。神経が剥き出しになったような刺激。
まだ最初だというのにこんなにも気持ち良い。やはり、いつもと違う。
簡単に果てるのが嫌で、動きは可能な限り遅くした。
「く、ああああ!・・・ふ、うん・・・やあああ!」
奥を突く度に背骨を反らし、達してしまいそうな肉圧になる。
突撃の為の引き抜きにも震え、次に期待しているように背を丸めた。俺が貫くと紅姫も背筋を伸ばす。
紅姫も凄く感じている。こんな、顔が見ないままで終わるのは、好きではない。
懸命になって性器を抜き、寝具に尻をついて座る。
「紅姫、来るんだ」
汗で光る身体で横たわる姿は余りにも妖艶で、待っているのも辛い。
荒い息をしながら身体を起こし、俺のモノを受け入れながら座る。
「はぁあああ!はっ・・・あ、ん」
心を焦がす快楽に目が虚ろになっている。
寝具の弾力を利用し、思い切り突き上げる。
「ひゃ、ああ!ああ!あ!あ!あん!」
ぎしぎしぎしぎしぎしぎしぎし。
寝具の悲鳴。肉の連結部の軋み。理性の絶叫。どれでもいい。
理性が燃える炎が全身を熱くする。
「ま、ってぇ!うら、は、あぁん!」
紅姫が、呼んでいる。止めて訊いた。
「どうした、紅姫」
「あ、ふ、・・・ん、は」
答えはなく、大きい呼吸を繰り返している。
快楽を鎮める時間が必要らしい。口から滴り落ちる涎を唇で拭いてやると、ようやく言った。
「良すぎて、その、恐いんです・・・」
その台詞に黙っていられる男がいるものか。
抱きしめて口付けし、俺は言う。
「もう喋るな。舌、噛むぞ」
抱いたままで激しい縦揺れを再開させる。黒い髪が波打つ。小さい胸とそれに乗っている下着も
一緒に揺れて、俺を欲情させる。
「きゃ、あ!あぁあ!ひ、ん!ん!んああ!」
全身の熱が性器に集中していく。紅姫の中も外もこれ以上はない、というくらいの熱さだ。
溶岩のように赤く煮えたぎっているのだろう。
限界、だ。
「紅姫、っ!」
「はいっ!は、あああああああ!」
灼熱に、白熱をぶちかまし、叩きつける。染み込ませる。
「あ、んん、・・・は、はぁ・・・」
眉間から力が抜け、皺が消えていく。身体の緊張を解いて俺に体重を預け、一体感を感じてくれていた。
ただの一回で完全に果ててしまったが、いつも通りの満足感はあった。
「凄い声だったぞ」
「だって、良かったんですから・・・あっちの方、敏感にし過ぎました」
納得だ。だが、俺としては・・・
「悪いんだが、むこうと同じくらいにしてくれるか?」
「・・・どうしてですか?」
「良すぎて、ゆっくりしてやれないからな」
快感に責められて交わっている、という感じが強すぎる。やはり丁寧に時間をかけて、したい。
頬を染め、紅姫は了承してくれた。
「解りました。あちらに合わせておきますね」
むこうに戻ったらもう一回抱くか、と馬鹿なことを考えてしまう。
ふと今までずっと頭にあった疑問を口にしてしまった。
「紅姫は・・・何でこんなに人間界に興味を持ったんだ?」
あちらの生まれなら、こちらの情報を得る機会はまずないし、仕事で来るにしても長時間はいられない。
文字通りの箱入り娘だった紅姫は、どうやって興味を持つほどの情報を手にしたのだろうか。
「私の家の事は知ってますよね」
失敗だった。家の事に及ぶ話だったのか。
「いや、悪い。話したくないならいいんだ」
「いいんでよ・・・何代か前の当主が遊び人で、家の権力を使ってやりたい放題してた
そうなんです。それで、こっちにも頻繁に来ていて、こちらから帰る度にお土産として
玩具を持っていきました。私、小さい頃はこちらの玩具でよく遊びました」
そうか・・・玩具だけではなく、それ以外の情報も多く伝わったのだろう。
「子供の頃は、人間界で暮らすのが夢でした。毎日が楽しくて、幸せだろうって思ってました」
夢、だな。間違いなく。
もしこのまま逃げたとしても、必ず追っ手が来るだろう。隊長、副隊長が何人も差し向けられ、
捕らえられた後はどうなるか。厳しい懲罰か極刑か。死ぬまでいかなくても、牢獄暮らしは
避けられない。
「諦めてますよ、それは」
「ま、こっちで暮らすのも大変だろうしな」
月に一回くらいが丁度いいのだろう。
ぐ、と抱きつきながら紅姫は言った。
「それに、こちらに来れなくても、私は幸せです」
・・・恥ずかしい。けれど、俺は紅姫を幸せにしてやれているという事が、とても嬉しい。
しかし、与えられるものの方が大きいのが悔しい。大したことをしてやれないのが残念だ。
もっと沢山のことをしてやりたい。大きな何かを与えて、幸せを感じさせてやりたい。
「何もしてないよな、俺は・・・」
「そんなことないです。・・・十分、貰ってます」
焦る必要はないか。必ず何かが見つかるだろう。とりあえずは、今の関係を深めよう。
「浦原さん・・・」
紅姫は呟くように続けた。
「何があっても、ずっと傍にいますから・・・」
強い決意が秘められた言葉。何かあったのか。
「どうした、紅姫」
少し待ったが返事はなかった。聞こえるのは穏やかな寝息だ。
一緒にいてくれるならそうして欲しいと思が、改めて言う理由が解らない。
ま、無理やりに知る必要もないか。
そこまで考えると心地よい眠気に力を抜いた。
「浦原さん!」
その声に俺は目覚め、斬魄刀で迫り来る虚の足を次々と斬り落とした。
追撃はなく、距離を取りながら状況を改めて確認した。
今回の相手は巨大な蜘蛛に似た風貌だ。全ての部分が堅い殻で覆われ、厄介なことに
常に壊死と再生を繰り返す。傷付けた殻はあっという間に剥がれ、再生されてしまう。
長く鋭い足も同じく切り落として間も無く新しく生える。
多数の足を全部斬り、胴体に一撃を加えるのは不可能に思えた。
紅姫の術も堅い殻によってごく表面を傷つけるだけに終わってしまう。
血を付着させても、殻と一緒に地に落ちてしまい効果がない。
虚は様子見の姿勢を崩していないが、こちらは完全に手詰まりだ。一気に攻められたら、終わりだ。
他の所で虚と戦っている三席が戻っても結果は同じか。
「大丈夫ですか?」
すぐ後ろの紅姫の声に答えた。
「ちょっと殴られただけだ、心配ない」
先程無理に斬ろうとしたが、この有り様だ。不覚にも一瞬気絶し、夢などを見てしまった。
・・・こいつだけは死なせない。生き延びさせる。俺がしてやれる事はそれしかない。
肩越しに紅姫の顔を見た。不安そうな表情で、俺を見詰めていた。
最後は笑った顔を見たかったが、仕方がないか。
「紅姫、後を頼む」
これ以上は幸せに出来ないが、許してくれ。
地を蹴り飛ばし、間合いを詰める。8本のうち5本は斬れる。残りが俺の命を奪うだろう。
しかし、死んでしまう前にやつに致命傷を負わせるのは可能だ。
紅姫を守るのは可能だ。それが、俺の望みだ。
横からの突き刺しを斬る。1。
袈裟斬りのような一撃を払う。2。
真正面からの速い突きは身体を捻りながら回避し、刃を叩きつけた。3。
両足を狙うなぎ払いを斬り上げる。4。
腹を吹き飛ばす斬撃も力づくて退ける。5。
胴体に刀の先端が届く距離。まだ倒せない。深く斬り裂けない。後一歩。
視界の隅から現れた鋭い足。腹から胸に大きな損傷を受けるのは間違いない。だが、即死はしない。
踏み込んで、殺せる。望みは叶う。
どす。衝撃で身体が止った。派手に血が飛ぶ。胸に暖かい感触。
紅姫の血が、霞のように広がり、盾を創った。再生した足の攻撃を防いでいる。
降り注いだ大量の血が虚が離れようとする動きを完全に封じている。
お前、何、してる。
紅姫は、俺の抱きついて切り裂かれ、早口で言った。
「ああ時間がない私ごとあいつを貫いてください早くして浦原さん!」
致命傷。助からない。紅姫。俺は、こんな時なのに何もしてやれない。
痛そうだ。苦しそうだ。辛そうだ。
「早くっ!」
叱咤の声に、従っていた。
真っ赤な刀身が、紅姫の腹を通り抜けた刃が虚に刺さる。
彼女の力も虚に入り込み、爆散した。
顔を見せたくて、身体を上向きにさせると紅姫の斬魄刀が落ちた。
がしゃ、と一点の曇りもない白刃が覗く。
何で笑ってるんだ、紅姫。
「これで、いいんです・・・これで、浦原さんは死ななくて済むし、私の願いは叶うんです・・・」
お前が死んだら、そんな事に意味はないのに。
意味があるのなら、何でそんな、今にも泣き出しそうな顔をしてるんだ。
「・・・・・・・・・・・・早く、してください、ね。ずっと、待ってますから」
言うと、紅姫の身体は赤い霧になって、彼女の斬魄刀に吸い込まれた。
死んだのか。遺体を俺に見せたくない、ということなのか。
だが。
「隊長!」
三席の声。
「副長は?どこにいるんですか?」
あいつは、紅姫は・・・生きている、気がする。
「あいつなら、死んだ。虚に喰われてな」
生きているとなると色々と面倒だから、いや、違うか。生きているかもしれない、という
ことを俺だけのものにしたいのか。
三席は紅姫の斬魄刀を見ると、辛そうな表情で納得したようだった。
「・・・爺さんには、俺が話す。戻るぞ」
爺さんは俺の説明で満足したのか、追求はしなかった。
俺と紅姫の関係を知っていたからかもしれないが、あっさりと部屋に戻してくれた。
彼女の遺品である斬魄刀の所持も許可された。
紅姫。本当に死んだのか。疑問に思えてならないのは、間違いなのか。
「待ってますから」
死ななくて済む、と言った直後にこんな、俺の死を願う言葉を言うのだろうか。
・・・最後に、冗談を言いたかっただけではないのか。
下手な冗談で、俺がより長く生きることを望んだのではないか。
・・・あいつは、紅姫は冗談を言う性格ではない。この刀から解放してくれるのを
期待しているのではないか。どうやって、そんなことをすれば良いのだ。
何か、取っ掛かりがないかと紅姫の部屋に入る。・・・無意識に、寝室の襖を開けようとしていた。
明日にしよう。頭を冷やしてから来るべきか。
冷静でいられる自信がない。
三席が正式に副長に戻るのは、早くても来週だ。それまであいつはこの部屋には入らないだろう。
まだ、時間はある。
不意に気が付く。丸い手掛けの触感が、俺の部屋と違う。滑り止めが貼ってある。
何故だろう。全く意味がないな。・・・回せる、のか?
上には動かない。下には回る。滑り止めが真下に移動すると、それ以上は回らなかった。
変わった音や振動などはなかった。部屋の物が動いた気配もない。
回す前と何も変化はない。ないのか。。。
ついでに寝室を見ておくか。すぐに出れば、取り乱すことはないだろう。
襖を開ける。見慣れた寝室ではなかった。
広い部屋に変貌していた。左には大きな机が三つ並んでいる。いずれにも分厚い書物が、
山積している。
右には書物を収める棚が並んでいる。高く、幅もある。
「秘密、です」
紅姫はそう言っていた。秘密の部屋。研究室と呼ぶべきか。
建物の構造に、明らかに合わない広さだ。紅姫の独自の術で造られた空間を利用しているに違いない。
この室内で、鬼道を探求していたのだ。誰も入らせずに一人で、孤独に。
棚にあるのは手製の資料のようだ。鬼道の知識が全くない者にも理解出来る簡単なものから、
研究院ですら不明とされる分野を明確に解説しているものもあった。
禁術も調べ尽くされている。それと同程度の術が、二百近く開発されていた。
それらを確実に上回る術も百に迫る数で記してある。
・・・紅姫の鬼道の資質は、俺の想像を遥かに越えていた。
恐らく、今までの先人達の全ての資質を合わせても、紅姫一人に遠く及ばないのだろう。
次元が違いすぎる。この表現すら、適切ではないだろう。それほどの違いを感じさせる。
膨大な資質に抗えずに、半ば戦うように開発に打ち込んでいたのだろう。
三つの机に目を向ける。
左は鬼道の机か。書物にも埃が厚く積もっていて、術の開発は随分と前から止っていた、
あるいは終わっていたのだろう。見たことがない補助器具もある。
続いて中央。義骸関係の研究をしていたようだ。こちらも使われなくなって大分経つようだ。
左の机ほどでもないが、埃が乗っている。
右の机。最近まで使用されていたようだ。埃はなく、書物よりも手製の資料が多い。
斬魄刀についての研究のようだ。
一番手前にある資料によると、魂を斬魄刀に封じる術が完成していたらしい。
・・・この術を使ったのだ。
死の寸前の、零に近い規模に薄められた存在になって初めて成功する、転送の術。
・・・後ろに並ぶ資料に、初心者向けの資料が入っているのはやはりおかしい。
紅姫一人が使うものなら必要がないものだ。彼女は自分が消えた後、誰かがここを訪れることを
予測していたのか。
・・・解放して欲しい、ということなのか。
「待ってますから」
解った。助け出してやるからな。そしてお前の夢も叶える。
分厚い埃を払い、鬼道用の机に座る。紅姫の実力に近付くのが第一歩だ。
待て。その前にこの研究室を俺の部屋から入れるようにしなければ。三席が来る前に終わらせる。
立ち上がり、資料の題目に目を移した。空間制御の方法はどれに記してあるのだろうか。
「もっと強くなれよ」
穿界門を通る他の隊員を横目で見ながら、俺は副長に言った。
帰りが遅いので来てみると、案の定苦戦していた。仕方なく助けてやった。
防御は良いのだが、どうしても攻撃に難がある。そろそろ思い切った攻めを覚えて欲しいものだが。
「は、精進します」
真面目な返答だ。・・・本当に頼むぞ。
今日が最後なのだから。
「さて、爺さんを呼んで来てくれるか?」
は?と言葉の意味を理解出来ないでいる。無理もないが。
「どういうことですか?」
いや、すぐ来られるのも良くはないな。
俺は思い直し、困惑の副長に言う。
「ああ、悪い。そうだな・・・ちょっと寝ててくれよ」
副長が再度疑問の表情を作る頃には、俺の手刀が彼の首筋を一撃していた。
うつ伏せに倒れ、窒息しないように仰向けにする。
研究室に繋がる門を造り、するべき作業を頭の中に描く。
さて、急ぐか。
少し離れた場所に穿界門が開いて、三名の死神が現れた。
止まることなく俺に接近し、先頭の剣八が言った。
「浦原、どうした?虚はいないみたいだが」
流石爺さんだ。こいつに副長の八千流、三席の斑目も加われば倒せない虚はいないだろう。
最悪の事態、即ち俺が虚に倒されているのを危惧した人選だ。
ま、その想定すら超える悪い事件になるのだが。
「何だその格好は・・・」
紅姫と人間界へ行った時の服なのだが、説明は要らないだろう。
「剣八、爺さんを呼んでくれるか?」
「ああ?ここに、人間界にか?」
怪訝な顔だ。すぐに解るだろう。
「そうだ。話したいことがあってな」
「・・・どういう、話だ。聞かせろ」
何か感づいたらしい。多分合っているな。
「そっちに戻らない事にした」
「ほほう、つまり、俺達の敵になるってことか?」
好戦的な笑みで、微妙に俺の思惑と違うことを言う。
「ちょっと違う。そう受け取られてもしかたないが・・・行って来てくれないか、剣八」
「敵なら、倒すのが当然だよなぁ」
聞けよ。既に戦うつもりらしく、斬魄刀を抜いている。
八千流も斑目も戸惑い、どうにも出来ないでいる。
そうだな、呼ぶだけならこいつ以外の者でも良いだろう。
「戦うのか?」
「おうよ。遠慮なくやれる良い機会だしな!その女物の斬魄刀なんか捨てろ。そこに転がってる
三席のを使え。待ってやるからよ!」
「そうか・・・」
す、と揃えた二本の指を剣八に向ける。
「は、おいおい、まさか知らない筈がないだろう?」
知っている。剣八は剣での戦いを何よりも好む。故に術を使わせない為に、羽織の裏側には
対術用の護符をこれでもかと縫い付けてある。廷内で最も術に対する耐性が高いのは間違いない。
「はっ、まあ良いさ」
刃が欠けた刀を持ち、無造作に歩み寄って来る。
全く理解不能な男だ。何故そんな紙切れに依存していられるのか。
「縛道の一、塞」
足を止め、がっくりと両膝をつき、続いてうつ伏せに倒れる。
おや、思ったより効いたか。
「手前、何、しやがったっ!」
「何?人間用の縛道だろ。一番低級な縛道だよ。知らない筈がないだろう?」
冷や汗を掻いている。らしくないぞ剣八。
「嘘だ、ありえねえっ・・・」
「一応手加減はした。それでもこれだよ」
ぐ、と言葉に詰まっている。紅姫なら、口も利けないだろう。
「その程度の護符に頼るのは止めた方がいいぞ。無効化するまでもないからな」
護符を無効にする術は俺と紅姫以外で知る者はいない。
倒れる剣八に近付き、俺も腰の得物を抜く。
「大丈夫ですよ、八千流さん。後はなにもしませんって」
側面から強烈な剣気を叩きつけてくれる彼女に声を掛けるが、信用していない。
ふむ、動いてくれそうにないか。
「斑目くん」
「は、はい!」
普通に呼んだだけなのだが、やけに驚いている。怖がっているのか。
「そういうことだ。護廷十三隊総隊長、山本元柳斎重國を呼んできてくれ」
「承知しました!」
叫ぶと、穿界門に走りだした。
「・・・本気か、浦原」
「だから、お前の考えと違うよ、剣八」
一際大きな門が現れ、開く。
爺さんを中央に両脇に隊長が二人ずつ。その後ろには副長が付いている。
合計十人。即座に動かせる最大限の人員だろう。
俺の足元に倒れる剣八を見て、それぞれが異なる反応を示している。
重々しく爺さんは口を開いた。
「話とやらを聞かせてもらおうか、浦原」
「既にご存知では?ソウル・ソサエティには戻らないと」
「撤回するなら、まだ間に合うぞ」
「そんな気は全くありません」
「・・・全く、お前という奴は」
爺さんが俺を睨みながら言うと、四本の刀が紅い盾で防がれていた。
ぎぎ、と刃が噛みつこうとしているが、紅姫は相手にしていない。
副隊長達の背面からの鬼道は俺の造った反射壁が遮る。
「──っ!!」
静観する爺さんを除き、皆驚愕の表情だ。まさか防がれるとは思っていなかったのだろう。
「全力なら、皹(ひび)の一本くらいは入ってたかもしれないですね」
嘘だ。全力であっても完璧に防いだだろう。
視線を落とし、言う。
「この人のように地味なやり方で宜しいですか?派手な方法もありますが」
その気になれば一瞬でこの辺りを五回程焼け野原にする熱地獄に出来るし、
稲妻で巨大な檻を造り、一人一人を確実に倒すことも可能だ。
だが、それは敵を造る結果しか生まない。
俺以外の全ての顔が強張る。剣八を術で束縛したという事実で何を伝えようとしているのか解るだろう。
さて、これで話は通りやすくなった筈だ。
「・・・退け」
爺さんの命令に従い、全員が速やかに退く。
「要求は、何だ」
爺さんは素早く計算したようだ。この場で重要人物が何人も死傷するよりも、俺一人を手放す方が
得策である、と。
「知っての通りですよ。人間界に居させて欲しい、と。ああ、ただでとは言いません。
人間界常駐の支援要員という扱いに変えてくれれば良いのです」
「・・・それだけ、か」
「そうです。貴方達と敵対するつもりは毛頭ありませんよ」
爺さんは今だに決心がつかないようだ。
それなら、見せてやるか。
俺はあちらに繋がる門を斬魄刀なしで開く。何を驚いているのか・・・
そして、門に手を押し当てた。
ばちばちと火花が散り、門の向こうに手は入らない。
「ご覧の通りです。既に行けない術を施してあります。力づくでは何があっても戻れない身体ですが」
「・・・その義骸の怪しげな術を解けるのは、お前だけか?」
「そのようです」
ふん、と爺さんは息を吐いた後に言った。
「よかろう。後で連絡をやる」
帰るぞ、と言うなり俺に背を向けて歩き出す。八千流が剣八を、斑目が気絶したままの三席を抱えて
穿界門に入った。
門が消え、俺と紅姫だけが残る。
ざあぁと風が通り、ようやく巡ってきた始まりを実感する。
これからだ。
紅姫、一緒に暮らそう。必ず幸せにするからな。
人間界に定着して、それなりの時間が経過した。
一人の死神が尋ねて来た。名は朽木ルキア。死神の力をある事情で失ってしまい、回復の為に義骸を
都合して欲しいとの事だった。
俺は見抜いていた。失ったではなく奪われたが正しい表現だろうと。
恐らくは力が戻るようなことはない。
回復までの時間をどのように過ごすのか訊くと、失った原因である人間の家に押しかけるそうだ。
その人間は結構な霊力の持ち主で、死神業の代わりを務めることすら可能だと言う。
・・・あちらに戻っても、ただでは済まされないだろう。戻されるまでの僅かな間に出来るだけの
思い出を作らせたい。紅姫と同じ構造の義骸を与えよう。尤も、外見上の違和感を埋める為に
体型をかなり幼くする必要はあるか。
急に紅姫の血縁が出来たようで、それだけでこの女を特別視してしまう。
しかし朽木ルキアは俺のことを全くと言っていいほど知らない。徹底した情報操作が行われたのだ。
あちらから手を出してくる事態はまだない。油断は禁物だが、爺さんは俺をどうこうするつもりは
ないらしい。その時への準備もしてあるが、そうならないに越したことはない。
その後は様々な事件が相次ぎ、死神の力を得た少年と知り合い、あろう事かあちらに連れ戻された
朽木ルキアを助け出すという無茶に付き合っていた。
俺としても助かってほしい。出来るだけの手は尽くした。
結果は運次第と言わざるを得ないが、俺がやれるのはここまでだ。
成功したとしても、俺が直接関わった事件だ。あちらは黙っていないだろう。
どう対応するべきか・・・口で説得したいものだが。
閉店後、何時ものように研究室で机に向う。
ふと新聞の折り込みチラシを思い出す。
「そういえば、隣町に新しいたこ焼き屋が出来たらしい。・・・必ず連れていくからな、紅姫」
そう言うと、腰の紅姫はほんの少しだけ俺に身を寄せた。
「解ってる。約束だ」
紅姫を助け出す方法はある。まだ時間が掛かるが、実現出来る。
待っていろ、紅姫。もう少しだ。
これ以上は無理か。
転送した際に零に近付いた魂は、斬魄刀という身体を得てある程度は戻った。
が、やはり長くは持たない。時間を追うごとに希薄になり、もうすぐ消える。
紅姫をこの刀から出してやる術は完成した。だが、出した直後に次の身体である義骸に入れる力は
俺にはない。義骸には特殊な回復術が施してある。紅姫が入ってくれれば、完全に元に戻る。
この術を斬魄刀にかけるだけの実力は身につかなかった。
紅姫は自分の意思で義骸に入らなければならない。希薄な魂は、それを考えるだろうか。
分の悪い賭けだ。だが、これしかない。
・・・始めよう。もう時間はない。
座った姿勢で始める。完成後、立っていられるか解らないからだ。
補助器具を併用し、術を完成させる。
疲労で身体が重い。しかし倒れる訳にはいかない。
すぐに紅姫は姿を現した。あの日と全く同じだ。目に光がない事以外は。
俺を認識していない。夢遊病者のようにゆっくりと首を巡らせ、ゆらゆらと部屋を歩く。
足元の義骸を無視し、彷徨う。
その姿が、急速に薄れていく。
まだ間に合う。早く気付いてくれ、紅姫。
待った。
動きが遅くなる。立ち止まり、思い出したように歩く。
待った。
紅姫の身体が透け、向こうの壁が見える。止まったままの時間が長い。
待った。
足首から先と手が見えない。膝や肘もどうにか見える程度だ。
目の前が暗くなる。心が絶望と悔恨に埋もれていく。
・・・認めろ、浦原。
全部、間違いだったという事を。
彼女は助け出して欲しいと言ったのか。「これで、いいんです」
人間界で俺と暮らしたいと言ったのか。「諦めてますよ、それは」
紅姫が言った願いはこれだけだ。「ずっと傍に居ても、良いですか?」
たった一つの願いすら続けられないようになろうとしている。
挙句に彼女の存在すら無き物にしようとしているのではないか。
勝手な思い込みで紅姫の意思も願いも存在もを壊そうとしているのは誰だ。
与えようと躍起になり、全てを奪う結果しか生まない行為をしたのは誰だ。
誰なのか言ってみろ、浦原。
言えないのか浦原!
「私は幸せです」
俺は、紅姫を不幸にした。幸せにしてやると誓っておきながら、この有様か。
莫迦な男だ。救いようがない莫迦だ。
「好きだ、紅姫」
ずっと言えなかった言葉。このひと言と引き換えに、何もかも喪う事に今更気が付くとは。
紅姫・・・結局、何もしてやれなかったな。ごめんな。
許してくれないだろうけど、何度でも謝る。この身体が朽ち、魂も擦り切れるまで続ける。
俺がしてやれるたった一つの事だ。最後のわがままだ。後はなにもしない。
俺が終わるまで、続ける。ごめんな、紅姫。
「─、・・・」
・・・何の音だ。
顔を上げると紅姫が俺に抱きついた。義骸に入って、俺の肩に顎を乗せていた。
聞こえた。小さく掠れた声で、確かに言った。
ありがとうございました、と。
何言ってる。それは俺の台詞だろう。ありがとうな、紅姫。よく待ってくれた。
すうすうと穏やかな寝音。疲れただろう、ゆっくり休め。今度は俺が待つ番だよな。
ずっと傍にいてやるから、安心しろ。
この重さが嬉しい。
間に合ったのだ。間違っていなかったのだ。
もう一度、彼女の願いを叶えられるのだ。
「・・・この間の休みって新婚旅行?」
「いや〜黒崎サン!遂に!長年の努力が実を結んだのですよ!
黒崎サンだって念願の彼女、ゲットしたんでしょ?知ってますよ」
「・・・うるせー」
「ははは。・・・これで、良かったんですよ」
「おう。そうだな」
終
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